E・M・シオラン 『苦渋の三段論法』 (E・M・シオラン選集 2)

「思想の歴史とは孤独な人間たちの遺恨の歴史である。」
(E・M・シオラン 『苦渋の三段論法』 より)


E・M・シオラン 
『苦渋の三段論法』
及川馥 訳

E・M・シオラン選集 2

国文社 
1976年5月1日 初版第1刷発行
166p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価1,200円



本書「訳者あとがき」より:

「本書の原題はつぎのとおりである。
 E.M. Cioran, Sylogismes de l'amertume, Gallimard, 1952.」



シオラン 苦渋の三段論法


目次:

言葉の萎縮
深淵の詐取者
時と貧血
西洋
孤独なサーカス
宗教
愛の活力
音楽について
歴史の眩暈
空虚の源泉にて

訳者あとがき




◆本書より◆


「言葉の萎縮」より:

「ドイツ人の忍耐力は底なしだ。狂気においてまでもそうなのである。ニーチェは十一年もおのれの狂気に耐えたし、ヘルダーリンにいたっては四十年もその狂気を耐えつづけたではないか。」

「作家の<水源>は羞恥だ。わが身のうちに恥をみいださない作家や、あるいは羞恥を免れている作家は、他に仕方がないので、剽窃でもするか、さもなければ批評家になる。」

「すぐれた劇作家は人殺しの感覚(センス)をもたねばならぬ。エリザベス朝の劇作家たち以来、だれがいったい登場人物の殺し方を心得ているというのか。」

「かつて、哲学者がものを書かずに思索にふけっていて軽蔑を受けることはなかった。ひとが有効性の前にひれ伏してこのかた、作品が俗人の絶対となった。作品を製産しない人びとは<落伍者>とみなされている。しかし、この<落伍者>が前の時代には賢者なのであった。かれらは足跡を残さないという仕方で、われわれの時代の罪のあがないをしてくれることだろう。」



「深淵の詐取者」より:

「かつて、哲学者がものを書かずに思索にふけっていて軽蔑を受けることはなかった。ひとが有効性の前にひれ伏してこのかた、作品が俗人の絶対となった。作品を製造しない人びとは〈落伍者〉とみなされている。しかし、この〈落伍者〉が前の時代には賢者なのであった。かれらは足跡を残さないという仕方で、われわれの時代の罪のあがないをしてくれることだろう。」

「植物的な英知に向おう。」



「時と貧血」より:

「わたしは毎日わたしの骨と密議をこらしている。そしてそのため、わたしの肉はわたしを決して許さないであろう。」

「ベットから起き出さなくてもよいと思われたある時間は、わたしに廃疾者への強い関心をよびさました。ベットの上に、そして絶対の上に縛りつけられたかれらは、あらゆることをたっぷり知っているはずだ! ただし、わが身をかれらと比べるのは、もっぱらわたしの名人芸的になった無気力、朝寝のくりかえしによるほかないが。」



「西洋」より:

「明晰な頭脳のもちぬしは、その怠惰を制度化して公認させ、そして他人にもそれを強制するために、失望連盟をつくるべきであろう。そうすればおそらく歴史の圧力を軽減し、未来を任意選択する可能性もできるはずだ……」

「何人といわず、迂闊にも、あるいは権限の不足が原因で、人類の歩みをたとえほんの僅かでも停止させうるものは人類の恩人である。」



「孤独なサーカス」より:

「死んだ方がよいと思ったときいつでも死ねる力があるからこそ、わたしは生きている。自殺という観念をもたなかったなら、ずっと以前にわたしは自殺していたであろう。」

「みずからの健康をそこなうように作用しない懐疑主義は知的遊戯にすぎない。」

「アルコール中毒の両親をもつという幸運に恵まれなかった人は、両親の美徳の重苦しい遺伝を償うため酩酊して生涯を送らなければならない。」

「いったい、神かわが身のほかに、ひとがまじめに論じうる対象など存在するだろうか?」

「侮辱の効用とか運命の痛撃の魅力をわれわれに示すのは、ストイシズムの戒律ではない。無感動・無感覚という教訓はあまりに合理的である。だがもしだれでも浮浪者のような小さな経験をつむことができたら! ぼろをまとい、辻に立って、通行人に手をさしだし、侮蔑を受け、あるいはもらった小銭に感謝する――立派な修業ではないか! そうでなければ、街に出てゆき、見ず知らずの人を侮辱しては、平手打ちをくらうことだ……」
「ひとは辱しめられているときにしか、自分自身の力を計れないものだ。身におぼえのない恥について自分を慰さめるためには、その恥をわが身に加えてみなければなるまい。大衆がわれわれにむかって唾をはきかけることを予期しつつ、鏡にむかって唾をはいてみなければならない。神よ、人なみすぐれた運命からわれわれを遠ざけるようわれわれを守りたまえ!」



「音楽について」より:

「バッハがいなければ、神学は対象を無くしてしまい、天地創造は作り話になり、虚無は手のつけようもないほど決定的となったことであろう。
 バッハに何もかも世話になっているものがあるとすれば、それは神である。」



「歴史の眩暈」より:

「自由は、異端者たらんという意志で動く人々にとってのみ最高の善である。」

「人間は災害を分泌する。」

「公認の選民たるジプシーたちは、いかなる大事件にも、いかなる制度にも責任を負うことはない。かれらは地上に何も築かないという配慮により地上で勝利を占めたのだ。」















































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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