日影丈吉 『荘子の知恵』

「黄帝は天下を治めたとき、民の心を純一にさせた。民の中に親が死んでも哭泣しない者がいても、民衆はそれを非難しなかった。」
(日影丈吉 『荘子の知恵』 より)


日影丈吉 
『荘子の知恵』


新芸術社 平成2年2月20日第1刷発行
212p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価1,600円(本体1,553円)
装幀: 真鍋博



本書奥付「著者紹介」より:

「一九〇八年東京に生まれる。父は片岡氏、日本橋魚河岸の大物師。大正十二年関東大震災で、通っていた旧制中学校の内装が全焼、復活が遅れているうち、学校を捜して、川端玉章氏の川端画学校洋画部に入り、午後はアテネ・フランセに通う。アテネの通学は長期に及び、ジョゼフ・コットから古典語を習う。昭和八年頃から講習会をひらき、そのうち料理人の組合で組合員のための仏語教授を担当する。昭和十八年、戦争激化のため閉校。
 戦後、日影丈吉の筆名で岩谷書店宝石誌の探偵小説募集に応募。翌年「かむなぎうた」入選と共に創作活動に入り、昭和三十一年「狐の鶏」で日本探偵作家クラブ賞を受賞。その頃から早川書房の要請で仏文翻訳をはじめる。語学の専門はフランス語で、漢語はほとんど独学である。」



日影丈吉 荘子の知恵


帯文:

「不安の世紀末をどう生きる?
孔子の仁義や人の道を越え、あるがままの自然に共感する独特の道を説く、荘子のつぶやき!
現代に直結する無限の知恵を読む。」



帯背:

「心にしみる
千古の言葉」



帯裏:

「人間がこの世界に生きて行けるには、幾つかのきまりがある。
いわば幾とおりかの型みたいなものがあって、それにはまらないと生きて行けない。われわれは、たまたまその型にはまって生きている………(本文より)」



目次:

はしがき

荘子という人
一 『荘子』を読んで驚いたこと
二 『荘子』という本

荘子読解
一 大いなる視野
二 無差別の思想
三 巫咸の話
    混沌の死
四 老子と孔子
五 道とは何か
    老子の道
    列子の道
六 河伯と北海若の対話
七 この上ない楽しさ
    古代のペシミスム
八 再び道について
九 対話の論理
十 君子と盗賊
十一 百家批判
     墨子の思想
     宗銒と尹文
     彭蒙と田駢と慎到
     関尹と老耼
     荘子の思想

荘子は何を教えてくれたか
一 死について
二 有無の論理




◆本書より◆


「『荘子』を読んでいて、びっくりしたのは、子輿(しよ)という男がひどい病気になったことが書いてあるところである。突然、背中が曲って来て、内臓は上に飛びあがり、頸(あご)が斉(へそ)の下にかくれ、肩が頭の上に突き出し、髪のもとどりは天を指し……で、つまり、からだ全体が、ひっくら返しになってしまったのである。
 だが、子輿は別に驚かなかった。私がびっくりしたのも、子輿がへんな病気になったことではなくて、子輿の次の言葉である。友人の子祀(しし)が見舞いに行くと、子輿はこういった。
 「えらいやつだ、あの造物主は、おれをこんな曲りくねったものに、しようとしている」
 これは『荘子』の内篇、大宗師篇第六に出ている話だが、私は文字どおり唖然とした。突然へんてこな病気にかかって、始末がつかないほど、からだがひん曲ってしまった者が、造物主は偉大なものだ、今度は私をこんな拘拘(こうこう)としたものに、ねじ曲げようとしている、などと暢気に感心していられるものだろうか。」
「見舞いに来た子祀が、「こうなったことを、いやだと思うか」と、きいたときも、子輿のこたえは意表を突いたものだった。
 「いや、どうして、いやなものか。もし造化のはたらきが、予(わたし)の左の臂(かいな)を弾に変えたら、予(わたし)はその弾が射落とした鳥の焼肉を食おう。予(わたし)の尻を車の輪にし、心を馬にしたら、予(わたし)はそれに乗ろう。別に馬車を用意しなくてもすむからな」
 子輿には、だいたい造化者のすることに、文句をつける気はないらしかった。造化の仕事には何かの意味があるらしいから、こちらもそれを素直に受けとって、やってみる。それは絶対だから、最低の場合でも喜んで受け入れるべきなのだ。子輿という男は、いつもぎりぎりのところで、余悠を持って生きていたようだ。(中略)子輿は適当に自分を落(お)っことしてしまっていたのかも知れない。自分を落っことしてしまえば、自分の上に起こることも、他人のことのように思えるに違いない。」
 「子輿の仲間は子祀のほかに子犁と子来と、みんなで四人だった。この四人は、いつもよくこんなことをいっていた。
 「誰が無を頭にし、生を背とし、死を尻にするだろう。誰が死と生と存と亡が一体だということを、知っているだろう。私はその者と友達になろう」
 かれらは顔を見合わして笑いあい、心からうちとけて、そのまま互いに友達になった。その、心に逆ろう莫(な)く、といういい方が、莫逆の友という表現の出典なのである。
 子輿はこういう考え方をしていたから、自分の病気も客観できたのかも知れない。ここで問題は、その自分というものなのである。この何かといえば顔を出す自分というやつを、適当に処理してしまえば、病気はもとより生も死も自分に関係がなくなってしまうだろう。
 子輿がおもしろがるばかりで、気にもかけなかった病気は、ただのお話ではなくて、実際にあるらしい。佝僂病という、骨が軟化して四肢の湾曲を起こす病気である。十七世紀のフランスに、ポール・スカロンという詩人がいて、二十七歳のとき、この病気にかかり、両足が使えなくなってしまった。」
「それ以来、曲ったままテーブルに乗っかって、そこで人と接したり、詩を書いたりしていた。諷刺詩人として名をあげ、スカロネスクと呼ばれる様式を残したのも、その後のことだ。」


「知(知識の擬人化)が北方の玄水のほとりに遊びに行き、(中略)たまたま無為謂(むいい)(為すなく謂(おも)うなし。無為自然の擬人化)に出会った。
 知は無為謂に問いかけた。「あなたにお尋ねしたいことがあるのですが、何を思い何を考えたら、道がわかるようになるでしょうか。どんな境地にいて何をしていれば、道に安定していられるでしょうか。何に従い何を拠りどころにすれば、道を自分のものにできるでしょうか」
 三度も繰返して尋ねたのだが、無為謂は答えなかった。答えないというより、答えることを知らなかったのだ。知は質問の答えをもらえず、白水の南に帰って(中略)、狂屈(きょうくつ)(世間一般の常識を越えた生き方をする人)に会った。そこで同じ言葉を使って質問すると、狂屈はいった。
 「ああ、そのことなら私は知っている。いま、きみに話してあげるよ」が、そういってるうちに、いおうと思ったことを忘れてしまった。
 知は質問の答えをもらえず、帝の宮殿に帰って黄帝にお目にかかり、おなじことをきいた。黄帝はこたえた。
 「思うことも考えることもしなければ、はじめて道がわかるだろう。どこにも身を置かず、何もしなければ、道に安定していられるだろう。何にも従わず、何も拠りどころとしなければ、道は自分のものになるだろう」
 知はまた黄帝にたずねた。「私とあなたとは、このことを知っているが、無為謂と狂屈とはこれを知りません。どちらが正しいのでしょうか」
 黄帝がこたえた。「あの無為謂はほんとうに正しい。狂屈はそれに近い。私ときみとは結局、道には遠いのだ。そもそも、ほんとうのことを知っている者は、それを喋らず、喋る者はほんとうのことを知らない。だから、聖人は不言の教え(言葉にたよらない教え)を実行する。道は招きよせられないし、徳はたどりつけない。だが、仁は仕業(しわざ)としてやれるし、義は行わないでもすむ。礼はうわべの騙(だま)し合いである。だから、道が失われたあとに徳があり、徳が失われたあとに仁があり、仁が失われたあとに義があり、義が失われたあとに礼がある。礼は道のうわべを飾る仇花(あだばな)で、乱れの起こるはじまりだといわれるのだ。」
 「知は黄帝にいった。「私が無為謂に質問したとき、無為謂は私に答えてくれませんでした。私に答えなかったのではなくて、答えることを知らなかったのです。私が狂屈に質問したとき、狂屈は私に話をする気になったのに、途中でやめてしまいました。私にいおうとしなかったのではなしに、いおうとしている途中で、それを忘れてしまったのです。いま、あなたに質問したら、あなたは知っておいででした。それなのに、何故あなたが道に遠いとおっしゃるのですか」
 黄帝がいった。「無為謂がほんとうに正しいというのは、彼が知らないということのためだ。狂屈がそれに近いというのは、彼が忘れてしまったということのためだ。私ときみが道に遠いというのは、われわれがそれを知っている、ということのためなのだ」
 狂屈がこの話を聞いて、黄帝のことを、言葉使いを知っている人だと批評した。」


































































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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