『ユトリロ展』 (1997年)

「1938年 4月7日、母シュザンヌ・ヴァラドンが他界する。ユトリロの悲しみは深く、葬儀に列席することもできなかった。
ユトリロの信仰心はさらにあつくなり、「ラ・ボンヌ・リュシー」に小さな礼拝堂を設け、祭壇に母の自画像を掲げて日々礼拝する。」

(『ユトリロ展』 「年譜」 より)


『ユトリロ展 1997』
Retrospective Maurice Utrillo

編集・発行: 谷口事務所 
1997年
248p 
29×22.6cm 並装(フランス表紙)
企画制作: 谷口事務所
翻訳: 大森達次/鈴木紘一
制作: キャラクター

東京展 1997年9月18日―10月26日
伊勢丹美術館(新宿)
名古屋展 1997年10月30日―11月18日
松坂屋美術館
広島展 1997年11月22日―12月28日
ひろしま美術館



出展作品カラー図版89点。その他モノクロ図版多数。
挟込の変更作品カラー図版1葉。


ユトリロ展 1997 01


目次:

ごあいさつ (主催者)
献辞 Remerciments
「単純な人」モーリス・ユトリロ (ジャクリーヌ・マンク)
Maurice Utrillo, "Le simple" (Jacqueline Munck)

カタログ
1 モンマルトルのコルトー街 (1905年頃)
2 モンマニー周辺 (1908年)
3 モンマニーの風景 (1908年頃)
4 青い水差し (1909年頃)
5 ボワ=コロンブの通り (1909年頃)
6 パリの場末 (1910年頃)
7 ノルヴァン街 (1910年頃)
8 村の通り (1910年頃)
9 サン=ニコラ=デュ=シャルドネ教会 (1911年頃)
10 ポン広場、サルセル (1911年頃)
11 モンマルトルの通り (1912年頃)
 → モンマルトルのコルトー街12番地 (1912年頃) ※「作品番号11は都合によりこの作品に変更されました。」
12 城館 (1912年頃)
13 アベス街 (1912年頃)
14 モンマルトルの通り (1912年頃)
15 ラ・クールヌーヴの通り (1912年頃)
16 モンモランシーの通り (1912年頃)
17 廃墟の大修道院 (1912年頃)
18 フェール=アン=タルドゥノワの教会 (1912年頃)
19 ベル・ガブリエル酒場 (1912年)
20 ベル・ガブリエル酒場 (1912年)
21 テルトル広場、モンマルトル (1912年)
22 モンマルトルのコルトー街 (1912年)
23 ベルリオーズの家 (1912年)
24 アジャクシオ、ナポレオン宮の入口 (1913年頃)
25 テルトル広場とサクレ=クール聖堂、モンマルトル (1913年)
26 サン=ジャン=オ=ボワの教会 (1914年頃)
27 モンマルトルの通り (1914年)
28 モンマニーの教会 (1910-16年)
29 モンマルトルのオルシャン街 (1914年頃)
30 ベルリオーズの家 (1914年)
31 ピエディクロスの修道院、コルシカ (1914年頃)
32 エルゥテール広場 (1914-20年頃)
33 サン=モール公園 (1915年)
34 モン=スニ街 (1915年頃)
35 ムランのノートル=ダム聖堂 (1916年頃)
36 ラパン・アジル (1916年頃)
37 城館 (1916-17年頃)
38 ロバンソンの関の酒場 (1917年頃)
39 モンマルトルの通り (1918年頃)
40 ブリ=シュール=マルヌの教会 (1918年頃)
41 シャルルヴァルの教会 (1918-20年頃)
42 アトリエ座、ダンクール広場 (1920年頃)
43 パリの場末の通り (1920年頃)
44 パリのノートル=ダム大聖堂 (1920年頃)
45 プレスルの雨溝 (1920年頃)
46 植物園のキュヴィエの家 (1920年頃)
47 ボーリュー=シュール=メールの教会 (1922年頃)
48 ジャンティイの売地 (1922年)
49 ヴェルサイユ通りとエッフェル塔 (1922年)
50 サノワのロゼ通り (1922年)
51 ルピック街、ムーラン・ド・ラ・ギャレット (1921-25年頃)
52 ベルヴィルの通り (1922年)
53 望楼のある城館 (1923年)
54 荒廃した教会 (1923年)
55 アンスの病院、ローヌ県 (1923年)
56 リモージュのサン=テティエンヌ橋 (1923年)
57 ヴェルブリーの郵便局 (1924年)
58 モンマルトルのムーラン・ド・ラ・ギャレット (1924年)
59 ポミエ小学校、ローヌ県 (1925年頃)
60 アンスのサン=ロマン地区 (1925年)
61 モンマルトル (1925年)
62 モンマルトル、ミミ・パンソンの家 (1925年)
63 モンマルトルのサン=リュスティック街 (1926年)
64 田舎の別荘 (1927年)
65 アンベリュー=アン=ドンブの教会 (1928年)
66 シャティヨン=ダゼルグ、ローヌ県 (1931年)
67 城館 (1932年)
68 モンマルトル (1932年)
69 ラ・シャペルのサン=ドゥニ教会 (1933年)
70 エクーアン=エザンヴィルの駅前広場 (1935年)
71 アングレームのサン=ピエール大聖堂 (1935年)
72 ル・ペルーの教会、セーヌ県 (1935年頃)
73 トゥールノン城の礼拝堂 (1936年)
74 サン=ジョルジュ=ド~ディドンヌの教会 (1936年)
75 オーヴェール=シュール=オワーズの教会 (1937年頃)
76 ロワイヤンのノートル=ダム教会 (1937年)
77 モンマルトルのムーラン・ド・ラ・ギャレット (1937年)
78 コルムの教会 (1939-40年頃)
79 雪のラパン・アジル (1939-40年)
80 モンマルトルの三つの風車 (1942年頃)
81 教会 (1942年頃)
82 ピュトーの教会 (1944年頃)
83 雪の積もった村の通り (1945年頃)
84 モンマルトルのサン=ジャン=バティスト=クレマン広場 (1946年)
85 サノワの風車、ヴァル=ドワーズ県 (1948年頃)
86 モンマルトルのムーラン・ド・ラ・ギャレット (1950年頃)
87 モンマルトル (1950年)
88 郊外の通り (1945-50年頃)
89 モンマルトルのテルトル広場とノルヴァン街 (1945-50年頃)

モンマルトル界隈のユトリロ関連地図
年譜
参考文献
Bibliographie
Catalogue
作品リスト



ユトリロ展 1997 02



◆本書より◆


ユトリロ展 1997 03

エルゥテール広場、1914-20年頃。


ユトリロ展 1997 04

ベルヴィルの通り、1922年。


「このベルヴィルの通りの絵は、ユトリロがパリのピクピュスで「強制的に」拘禁された1年後に描かれた。
モンマルトルには地下鉄の駅がいくつかあり、このパリにとっては大きな丘のある地区はそのモンマルトルの丘と大きな相似形をしている。
人々がひしめくベルヴィルでは、家々は低く、通りはすぐに突き当たる。しかし、そこには祭りの空気が流れている。人々は邪魔しないためにユトリロを見ないようにして遠ざかる。ユトリロは生きる喜びを共有するのに人間を必要とせず、人物を自らの想像のままにマリオネットのように画面に配する。
彼は休養と看護を必要としており、それまで多くの人々を守ってきた街の壁が、彼が押しつけられた医者たちよりもずっと熱心に彼の治療をしたのではないかと思われる。彼は自分をとりもどし、芸術と交感し、病気のほうには向かわず、わずかの間、避難所としての教会を忘れた。パリの他の通りとは違った生活のイメージを画面にもたらすために、壁に文字を書いている。
絵画にかかわる運動は、彼の興味を引かなかった。ピカソは自らの道を行き、シュルレアリスムは隣の駅に到着していたが、ユトリロは人生におびえながらも毅然として背を向け、それまで生きてきたように色彩の矩形の中で一人孤立していた。」



ユトリロ展 1997 05






























































































































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難破した人々の為に。

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好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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