中野美代子 『塔里木秘教考』

「カラマイといえば、そのまちからさらに東北へ約百キロ行ったウルホの魔鬼城(まきじょう)が、ウルムチの住人たちには知られていた。魔鬼城とは、風蝕土堆(ふうしょくどたい)群を意味するヤルダン地形のなかでも、風蝕された土堆が高層ビルほどの高さで点在し、夜はその土堆群が風によって無気味なうなり声を発するため、あたかも魔鬼が住む城(まち)のようだとしておそれられているところである。
 ジュンガル盆地には、このウルホのほかにも魔鬼城と称せられるところが二、三あるし、天山より南の広大な塔里木(タリム)盆地には、とくに東部に魔鬼城と称すべきヤルダン地形が散在していて、絶えて人跡を寄せつけなかった。」

(中野美代子 『塔里木秘教考』 より)


中野美代子 
『塔里木秘教考』


飛鳥新社 2012年1月27日初版第1刷発行
334p 折込口絵(関係地図)1葉
20.5×15.5cm 角背紙装上製本 カバー 
定価2,500円+税
装幀: 芦澤泰偉

投げ込み: 「『塔里木秘教考』登場人物」



書き下ろし長編小説『塔里木(タリム)秘教考』。

一九七〇年代中国、ウルムチ博物館で研究員をつとめるウイグル族の青年アブムリクは、展示されている「古ウイグル文字による古ウイグル語の十二世紀写本」が、実際には、ソグド文字ソグド語の九世紀ごろの写本ではないかと疑いはじめる。しかし調べてみるとそこには、二十世紀の人間にしか知ることができない原爆実験に関する政治的告発が、現代ウイグル語で、ソグド文字を使って書かれていたのだった。
いっぽうそのころ、九世紀末中央アジアでは、アブリムクにそっくりなソグド人の少年ウィルカークが、商人として経験を積むべく、シナへの隊商の旅に出たのであった。
二十世紀のアブリムクとウスマン、九世紀のウィルカークとワヌーク、二組の双子の運命が時空を超えて交錯する、その有為転変を、秘教マニ教の「火を生じる水」にまつわる預言を縦糸に描く長編SF秘教ミステリーです。


中野美代子 タリム秘教考1


タイトル文字(表紙・背)はエンボス加工。金文字。
カバーの金色の部分は指紋の跡が残りやすいのでご注意下さい。


帯文:

「魔界ノ水ハ劫火ヲ生ジ、
明界ノ水ヲ得テ纔(はじ)メテ
コノ世ノ水トナル…

たび重なる
原爆実験と
ウイグル族
弾圧!――
現代中国の
現実に影を
落とす、
謎の古写本の
正体とは?

マニ教教祖マーニーの
聖なる預言が、
1700年の闇を駆け抜け、
20世紀中国の
広大な沙漠に谺(こだま)する!
国家と民族の裂け目を
鋭く穿(うが)つ、渾身の
書き下ろし力作長篇。」



帯背:

「地と砂が紡ぐ
衝撃の意欲作」



帯裏:

「事件の発端!

困惑と怒涛、そしていくばくかの快楽のいっときが過ぎると、アブリムクはアンナを抱いたまま眠りに落ちた。ほんの一瞬のまどろみだったかもしれないし、深い井戸に沈みこむような熟睡だったかもしれない。ともあれ、かれの眠りを破ったのは、
「おい、服を着ろ」
とどなる男の声だった。はっと身を起こすと、見知らぬ男が三人、ベッドのまわりに立ちアブリムクを見おろしている。そのひとりが、こんどは静かな声でいった。
「公安だ。おまえを逮捕する」
「逮捕、だって? いったい、なんの罪で? アンナに連れられて、ここに来ただけです」
見まわすと、横に寝ていたはずのアンナのすがたは、ない。
 ――第一章より

【塔里木】(タリム/Tarim)中国、新疆ウイグル自治区南部にある盆地。天山・崑崙山脈とパミール高原に囲まれ、中央にタクラマカン沙漠がある。」



目次:

第一章 ウルムチの博物館にて「古ウイグル語写本」を疑い撮影すること
第二章 サマルカンドの製紙業者の隊商に加えられ未知の東方に旅立つこと
第三章 崑崙(クンルン)の玉(ぎょく)を拾いあげダンダン・ウィリクの沙漠にて砂嵐に遭うこと
第四章 ターチュンにて水が火と化す井戸に出くわし遠近の狂いに戸惑うこと
第五章 ウルムチにて恩師を喪(うしな)い「古ウイグル語写本」を解読せんとすること
第六章 ホジョの仏教壁画の上にマニ教壁画を描き仏教徒に復讐すること
第七章 ターチュンの油田を発見しチケンリクの原爆基地に行かんとすること
第八章 ベシュバリクにて石綿(アスベスト)を堀りシナ軍を追ってホジョにもどること
第九章 ベゼクリクのマニ教壁画が破壊され古井戸の紙本画(しほんが)のみ遺(のこ)ること
第十章 ウルムチにて「古ウイグル語写本」を解読し崑崙の玉が破砕すること



中野美代子 タリム秘教考2



◆本書より◆


「そもそも三世紀のイランに生きたマーニー(俗称はマニ)の創始したマニ教が、バビロニアでの迫害をのがれオクサス河(現アム河)をわたって北上し、ソグド人の土地にやってきたのは四、五世紀のころである。拝火教とも呼ばれるゾロアスター教との絶えざる抗争をくり返しながらも、サマルカンドにひとつの拠点を築き、さらには東方のシナへと布教の道を伸ばしていた。これは、ソグド人のシナへの交易の道と軌を一(いつ)にしていた。
 マニ教は、既存の宗教であるキリスト教やユダヤ教や仏教の教義などをたくみに取りこみながら、光と闇、善と悪といった極端な二元論を確立した。」


「「この絵を見て」と、アバソフ将軍は口をひらいた。「パターワルは、教祖マーニーが六百年も昔に預言した、水を火と化して噴出させる暗黒界の井戸がいまの世に実現したのを知ったのだ。つまり、マニ教は救済のための宗教ではなく、遠い未来を預言する秘教になったのだ、とな。」


「ホジョのまちがあるこの盆地は、いわば擂鉢(すりばち)の底のようになっていて、ベシュバリクからの細い一本道の峠を過ぎると、あとはひたすらゆるい傾斜をくだる。その傾斜地の大部分は礫(れき)沙漠で、夏の暑さは苛烈だった。ホジョのまちは擂鉢の中腹にあたるが、擂鉢のまことの底には、たしかに湖があるとのことだった。湖といっても、濃い塩分をふくんだ鹹湖(かんこ)であるから、端(はじ)で塩を採るほかは、だれも近づかない。そんな鹹湖が底なし湖であるとは、チャオ某も知らなかったし、まして二、三百騎ものシナ軍が一騎のこらず呑みこまれるとは、にわかに信じられるものではない。しかし、消えたとすれば、そう信じるしかないのである。
 あるいは、あのニ、三百騎のシナ軍がまぼろしであって、この擂鉢型の盆地の酷熱のなかで、陽炎(かげろう)のようにゆらめき消えてしまったのだろうか。」


「シナ高官のチャオ某が、タービットをからかって、
 「火に投じても燃えない布というのは、火鼠(ひねずみ)の毛皮からつくるのだ。汚れたら、水でなく火で浣(あら)うので火浣布(かかんふ)と称しておるが。われわれシナ火とが珍重する火浣布は、すべて南海に産したもので、こんな山を掘ったって、出てこないぞ」
 といったので、そばにいたウィルカークはおどろいた。バグダードのスーク(市場)のはずれに立っていた布(ぬの)売りのあきんどは、不燃の布は、南のワクワーク島に産する火の鳥(サマンダル)の羽毛を織ったものだといい、シナの役人は、南海に産する火鼠の毛皮からつくるという。サマンダルといい火鼠といい、動物ではないか。するとタービットがいうには、
 「ほほう、火鼠ね。アラブのカズウィーニーという博物学者も、サマンダルは火の鳥ではなく、火の鼠だといっておりますから、そっくりですなあ」
 おっと、タービットはとんだアナクロニズムを犯してしまったようだ。ペルシア生まれの博物学者カズウィーニーは十三世紀の人だから、タービットより三百年以上もあとなのに、こんなことをいってよいものだろうか。」



中野美代子 タリム秘教考3




こちらもご参照下さい:

山田憲太郎 『香談 東と西』



































































































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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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