中野美代子 『鮫人』

「あなたも人魚になってくださる? そうすれば、わたしたちは、完全に愛し合えるのだわ。」
(中野美代子 「鮫人」 より)


中野美代子 
『鮫人』


日本文芸社 
1990年5月20日 第1刷印刷
1990年5月25日 第1刷発行
283p 初出誌・著者略歴2p 
四六判 丸背布装上製本 貼函 
定価2,150円(本体2,087円)
装幀: 芦澤泰偉

付録 (12p): 
bungei salon 黄昏時にお茶を飲みながら――
特別対談: 中野美代子×高山宏 「積木遊びの快楽」



中野氏の旧作戯曲集『鮫人 Ko Jin』。
装幀がよいです。
函入りの布装で、表紙は光の加減によって色が変わります。


中野美代子 鮫人 01


帯文:

「Eros
燦と揺らめく
夢幻と妖かしの
凛乎たる
物語空間
密命を帯びた若き美貌の貴公子と人身魚
尾の鮫人が紡ぎ出す性交不能ゆえの鮮
烈なエロティシズムが、暗く気だるい南海の
エキゾチシズムの中で妖しく揺らめく………
………………………壮大な構想力により
史実と虚構が凛乎と綾なす[レーゼドラマ]
としての傑作幻想戯曲集。」



中野美代子 鮫人 02


目次 (初出):

鮫人 (「北方文芸」 1970年8月号)
「鮫人」自跋

耶律楚材 (「日本及日本人」 1977年盛夏号・爽秋号・玄冬号)
「耶律楚材」自跋




中野美代子 鮫人 04



◆感想◆


「鮫人」とは半魚人ですが、本書の鮫人はうら若い女性であり「人魚」とほぼ同じ意味で使われているようです。個人的には、「鮫人」というとチャペック(「山椒魚戦争」)やラヴクラフト(「ダゴン」)を連想するので、陸にあがって進化することを断乎として拒否し、母なる海に引きこもったオルタナティヴ人類として、いってみれば憧れの存在です。マンディアルグの短篇小説「ポムレー路地」は、「鮫人」文学の傑作でした(「ポムレー路地」は、谷崎潤一郎の「鮫人」と「魔術師」を足して蒸留したような小説です)。

さてそこで本書所収の戯曲「鮫人」ですが、著者による「自跋」には、

「本戯曲が「鮫人」と題された所以は、言うまでもなく、谷崎潤一郎の小説『鮫人』を意識してのことである。(中略)谷崎『鮫人』の巻頭には、盛唐の詩人岑参(しんじん)の五言律詩「送張子尉南海」が引かれ、その第四句に見える鮫人の語に圏点を付しているところから、題名の由来はおのずと明らかであろう。」

とありますが、内容的には高等遊民小説である『鮫人』よりも「人魚の嘆き」に近いです。

「送張子尉南海」は、

「不擇南州尉 南州の尉を択(えら)ばざるは
高堂有老親 高堂に老親あればなり
楼臺重蜃氣 楼台に蜃気重なり
邑里雜鮫人 邑里に鮫人を雑(まじ)う
海暗三山雨 海は暗し三山の雨
花明五嶺春 花は明るし五嶺の春
此郷多寶玉 此の郷に宝玉多ければ
愼勿厭清貧 慎みて清貧を厭うなかれ」


中野氏による訳、

第一、ニ句「君が南州の尉のような割のわるい地位をえり好みもせず引受けたのは、養うべき年老いた御両親がおられるからであろう。」
第三、四句「さて南海の地はエキゾチックなところで、楼台がそびえているかと見れば、蜃気楼が幾重にも積みかさなっているのだったり、町の中に鮫人という怪しい半人半魚の動物が雑居しているのに出くわしたりすることもあろう。」(この部分の訳は、中野氏は、斎藤晌による訳文を引用しています。)
第五、六句「三山、すなわち番山、禺山、堯山に雨が降りこめる時は、海も暗くけぶっていることであろう。しかし、春は早く訪れることであるから、五嶺(中略)に咲く花は明るく、君を慰めてくれることであろう。」
「最後の二句は、かくして、詩人の友に対する餞けの言葉である。この二句は、(中略)いわゆる「合浦珠還」の故事である。言いかえれば、この地方は真珠を産するので、その誘惑によって役人は清廉の心を失いやすいというのである。真珠はまた、鮫人の涙である。従ってここでは、「宝玉」として富を象徴し、併せて鮫人の妖しい誘惑をも暗示する。最後の句が説教臭を必ずしも感じさせないのは、南海の地に妖しいエキゾチシズムを予覚した詩人が、「高堂に老親あれば」こそ「南州の尉を択ば」なかった若者も、その妖しさの虜となるかもしれぬという危惧を抱いているからであろう。誘惑に負けて堕落し、ついには破滅するかもしれぬ若者について、この最後の句は、読者にさまざまな物語を組みたてる余韻を残してくれる。」


そして中野氏の戯曲の主人公も、鮫人の誘惑に負けて堕落し破滅してしまいますが、それでよいです。われわれもまた鮫人の誘惑に負けて、堕落し破滅すべきです。カフカは「オデュッセウスを誘惑しないセイレーン」について書きましたが、ことほどさように、誘惑してくれる鮫人に出会えるということは僥倖です。それかあらぬか、白人の「オリエンタリズム」の傲慢を批判したサイードの『オリエンタリズム』でも、エキゾチシズムの誘惑に負けて堕落し破滅した詩人ジェラール・ド・ネルヴァルは、例外的に批判をまぬがれています。









































































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好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

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