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多田智満子 『動物の宇宙誌』

「いずれにしてもこの地上で人間ばかりがのさばりすぎ、多くの動植物を絶滅させつつあることへの罪の意識、あるいは後(うしろ)めたさの産物といってよいかもしれないが、それ以上に私が人工より自然を好み、いきものと共に存るのを幸せと感じる、ということなのである。」


多田智満子 
『動物の宇宙誌』


青土社 
2000年6月15日 第1刷印刷
2000年6月30日 第1刷発行
247p 「著者について」2p 
四六判 角背紙装上製本 カバー 
定価2,200円+税
装丁: 高麗隆彦



本書「あとがき」より:

「花道嵯峨御流の季刊誌『心粧』の創刊号(一九九一年夏)から三六号(二〇〇〇年春)まで、「伝承の博物誌」と題して連載したエッセイに多少の筆を加えて一巻にまとめたものである」


多田智満子 動物の宇宙誌 01


帯文:

「東西神話伝説逍遥
古代史と神話に深く身を浸し、千年単位で世界を観想する詩人が、動物にまつわる神話的な伝承の宇宙を逍遥して綴る、典雅で香気溢れる随想集。」



帯背:

「不思議の巻物」


目次:


 常世の使者
 息の長い話
 空飛ぶ亀
 石亀の眼
 天地を支える者
 空から落ちる者
 歌う亀
 家としての動物


 天仙のモデル
 鶴の踊り

いるか
 魂の子宮
 人間の救助者


 天馬ペガソス
 風の馬・水の馬
 太陽の馬車
 戦車競争
 死出の旅路の騎馬軍団
 歴史に残る悍馬たち
 馬の目利き、伯楽
 トロイの木馬
 馬人たち
 人語を発する驢馬
 驢馬の耳


 はじめに牡牛ありき
 おおいなる生贄
 太陽神の牛を盗む*
 太陽神の牛を盗む**
 ヘラクレスの牛小屋掃除
 牛人ミノタウロス
 牛に導かれて
 牛頭天王縁起
 聖牛の国インド
 美しい牡牛の受難
 太陽の仔牛
 淵に棲む牛

あとがき



多田智満子 動物の宇宙誌 02



◆本書より◆


「魂の子宮」より:

「動物についての神話伝承を調べていくうちに、同じ動物について抱くイメージが民族や地域によってずいぶん異なるものであることを否応なしに気づかされる。(中略)たとえば鶴についていえば日本人や中国人は鶴の容姿の高雅な美しさや長命であることなど、いわばプラスの面を強調して様式的に美化したのに対して、西洋ではどちらかといえば鶴を生態学的に捉え、動物としてのダイナミズムに注目したのである。
 イルカについては、東洋と西洋の抱くイメージは鶴以上に差があるように思われる。近ごろでこそ西洋の影響を受けてイルカの高い知能や「人間に近い」情操が注目されるようになったが、少なくとも日本古来の伝承の中では、イルカの占める地位はきわめて低いといわねばならない。一方、イルカは古代地中海世界、とりわけギリシアではことのほか親しまれ尊ばれた生物であって、数々の神話伝説に登場する。亀や鶴とは反対に、イルカの評価は「西高東低」なのである。」
「アポロンに乗っ取られるまで大地母神の聖域であったデルフォイという地名は、ユングも強調していることだが、たしかに子宮(デルフュス)ともかかわりがあり、子宮をもつ胎生の動物であるイルカ(デルフィス)とも浅からぬ因縁がある。ことばの偶然の類似以上のものがあると考えるべきであろう。
 ピュタゴラス教――例のピュタゴラスの定理で有名な数学者を開祖とする、霊魂不滅を唱える教義――の輪廻説によれば、人間の霊魂はその転生の過程でイルカの段階を通過しなければならない。この過程を経てはじめて魂はより高い生へと生まれかわることができる。イルカはこの意味で「魂の子宮」とも考えられよう。」



「あとがき」より:

「どんな動物も人間と比べればどこかしら優れた点をもっている。象や虎、牛、馬など、大型の獣の威容と体力はいうまでもない。ひよわいうさぎや玲羊たちの敏捷さ、鳥たちの自由自在の飛翔、またのろまな亀の耐久力など、みな人間がとうてい敵(かな)わないものだ。
 昔の人々が動物に畏敬の念をおぼえ、神性を感じとったとしても、それは決して笑うべきことではない。野獣はむろんのこと、馴化されたものであっても、動物は人間の意識にとって一種の不透明なふしぎさをそなえている。あえて存在論的不透明性とでもいっておこうか。そこには私たちの認識力を超えた、時に不気味な、神秘的な力、宗教学者の用語を借りてヌーメンとしか名付けようのないなにものかがあり、古代人はこれに敏感だったのだ。たとえば牛を崇める人々は、個体としての牛を神とみなすというよりは、牛のさまざまな力、働き、恩恵のなかに、神の顕現を感じとっているのであろう。近代人がそうした感性を失ったのは、一つには人間だけを被造物の支配者とみなすキリスト教的な観念が行きわたったためであるが、一つには動物との自然な接触の機会がなくなったせいでもあろう。肉屋の店先にならんだ牛肉しか知らない者に、牛の偉大さはわかりようがないのだ。
 動物についての古い逸話や神話を気ままに綴ったこの小著は、近代社会でとみに権威失墜した動物たちへの、ささやかな表敬の書としての一面をもつ。私はさきに拙著『森の世界爺(せかいや)』で、樹木への敬意をあらわしたが、こんどは動物たちである。いずれにしてもこの地上で人間ばかりがのさばりすぎ、多くの動植物を絶滅させつつあることへの罪の意識、あるいは後(うしろ)めたさの産物といってよいかもしれないが、それ以上に私が人工より自然を好み、いきものと共に存るのを幸せと感じる、ということなのである。」




こちらもご参照下さい:

富士川英郎 『失われたファウナ』
























































































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うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
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Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

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好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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