モーリス・メーテルリンク 『ガラス蜘蛛』 高尾歩 訳

「というわけで、このちっぽけな蜘蛛は、私たちより以前に、たくさんのことを知っていたのである。それらを蜘蛛に教えたのは経験だろうか、それとも、記憶にないほど遠い昔から重ねられてきた、先祖代々のさまざまな試みの成果としての、何らかの先天的な知恵だろうか。」
(モーリス・メーテルリンク 『ガラス蜘蛛』 より)


モーリス・メーテルリンク 
『ガラス蜘蛛』 
高尾歩 訳


工作舎 
2008年7月10日 発行
138p 口絵(カラー)2p
著者紹介・訳者紹介1p
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価1,800円+税
エディトリアル・デザイン: 宮城安総・佐藤ちひろ



Maurice Maeterlinck: L'Araignée de verre, 1932 / Bulles bleues - souvenirs heureux, 1948
花の知恵』に続くメーテルリンクの博物誌エッセイ。「ガラス蜘蛛」は「ミズグモ」のこと。日本語版には原著にはない図版(カラー2点/モノクロ10点)と、晩年の回想記『青い泡』から5篇が追加収録されています。


メーテルリンク ガラス蜘蛛 01


帯文:

「『青い鳥』のメーテルリンクが綴る
ミズグモの驚異
本邦初訳
クリスタルの潜水服をまとい、釣鐘型の水中の部屋を建設する
蜜蜂・白蟻・蟻の昆虫三部作と
『花の知恵』につづく珠玉の博物文学
解説・杉本秀太郎(フランス文学)/宮下直(クモ学)」



帯裏:

「●今でも、祖父の「博物誌の小部屋」の机の上に、ガラスの容器、ごくふつうのジャムの瓶が置いてあって、その中で、祖父がギリシア語源にしたがって「私の銀色の蜘蛛たち」と呼んでいたものが、元気に跳ね回っているのを見るような気がする。私の心はすっかり彼らのとりこになった。(本文より)」


カバーそで文:

「空気を呼吸するミズグモ。
にもかかわらず、栄養源である甲殻類の幼虫や
マツモムシは池などの水底に暮らす。
窒息か、飢え死にか、だが突如、ミズグモは天才的なひらめきを得る。
先史時代の闇夜に、いついかにしてなのか……!
今日のエンジニアたちが、橋脚や桟橋、海や河の水中建造物の基礎を
築くために不可欠な釣鐘型潜水器あるいは防水潜函を、
どうやら発明したらしいのだ。」

「モーリス・メーテルリンク
一八六二年八月二九日、ベルギー北部の河港都市、商工業が盛んなゲントに生まれる。ゲント大学で法律を学び、弁護士としての修業を目的にパリに赴くが、パリの文壇に輝く詩人たちとの出会いが、文学の道を決意させた。霧の国ベルギーの幻想的な雰囲気を漂わせた、詩集『温室』や戯曲『マレーヌ姫』『ペレアスとメリザンド』などにより十九世紀末の文壇に躍り出た後、一九〇六年作の『青い鳥』が世界的に知られるようになり、一九一一年にはノーベル文学賞を受賞。
最後の作品となったエッセイ『青い泡―幸福な思い出』には、こうした文学遍歴と並んで、博物誌好きの祖父や園芸好きの父の影響を強く受けた少年時代の思い出が語られている。ゲント郊外の水辺の大きな別荘や祖父の家は虫や花でいっぱいで、そこで過ごした日々は、楽しい驚きに満ちあふれていた。本書『ガラス蜘蛛』で扱われる水蜘蛛たちとの出会いも、ここに始まる。その後、自らもノルマンディー地方の田園や南仏ニースの郊外に館をかまえて昆虫たちや野の花々に囲まれて暮らしたメーテルリンクは、独自の神秘主義的世界観を反映させた昆虫三部作(略)や『花の知恵』など、博物文学の名品を残すことになる。『ガラス蜘蛛』は、これらに続いて一九三二年、七十歳のときに刊行された。」



目次:

ガラス蜘蛛(1932)
 I 水中のドラマ
 II 虫たちの発明
 III クモ形類
 IV さまざまな工夫を凝らして
 V ミズグモの仲間たち
 VI ミズグモ、その分類学的描写
 VII 昆虫学者の仕事
 VIII 銀色の蜘蛛たちとの出会いと再会
 IX 発見とその後
 X 自然の悪戯
 XI クリスタルの潜水服
 XII 潜水服の形成
 XIII 潜水服の正体
 XIV 釣鐘、この快適な住い
 XV 釣鐘の建設方法
 XVI プラトーの実験
 XVII ダイヤモンドの釣鐘、結婚、子育て
 XVIII 釣鐘呼吸器
 XIX どのように知るのか
 XX 虫の知性
 XXI 仮説
 XXII 生命の記憶
 XXIII 最も奥深い秘密
 XXIV 謎の源泉をめぐって

青い泡――幸福な思い出(1948)より
 オスタカー/溺死/たらい/ミツバチ/桃の木

解説
 メーテルリンクの「美しい人生」 (杉本秀太郎)
 「ガラス蜘蛛」雑感 (宮下直)

訳者あとがき
著者・訳者紹介



メーテルリンク ガラス蜘蛛 02



◆本書より◆


「そもそも、われわれが下級と決めつけている他の動物たちでも、何らかの点で間違いなく人間の先を行っている。たとえば、シビレエイが備えている不思議な帯電装置や、ある種の深海魚が持つ眩いばかりのサーチライトについて、われわれはどう説明できるだろうか。しかし、何といっても、不安にさせられるほどまでに、われわれを遥かに凌いでいるのが、虫たちだ。虫たちのものに比べたら、人間の筋肉や、感覚や、神経の強度や、生物学的知識や、生命力なんて、何だというのだろう。さらに、とくに人間のものとされる領域、今しがた話題にした魚たちと人間とが競い合っている技術者たちの領域に目を向けてみれば、ツチボタルの幼虫やホタル、そしてとりわけあのすばらしいビワハゴロモの放つ冷たい光に比べて、人間の照明装置はどれほどの価値を持っているというのだろう。」

「今でも、祖父の「博物誌の小部屋」の机の上に、ガラスの容器、ごくふつうのジャムの瓶が置いてあって、その中で、祖父がギリシア語源にしたがって「私の銀色の蜘蛛たち」と呼んでいたものが、元気に跳ね回っているのを見るような気がする。私の心はすっかり彼らのとりこになった。それから六十二年間、蜘蛛たちのことはまったく忘れてしまっていたのだが、数ヵ月前、ベルギーから、子供の頃目にしたものと見事なまでによく似たジャムの瓶が私の手元に届き、中に、やはり、半ダースほどの水銀の玉が、まさに予想していたとおりの水銀の玉たちが、現実のものとして動き回っていたのである。私は目を疑い、時間の観念を失い、このささやかな巡り合わせのなかで、運命の途方もない神秘の一端に、じかに触れたような気がした。」

「したがって、ミズグモは、ゲントの、ヴェニスとほとんど同じくらい水に浸されたこの町の、周囲の水辺には、かなりたくさんいたのである。発見されたのは一七四四年、ル・マンの近くで、オラトリオ修道会の神父、ジョゼフ=アドリアン・ル・ラルジュ・ドゥ・リニャックによってである。神父が川で水浴びをしていたときのこと、水の中を勝手気ままに進んでゆく泡があるのを目にしてびっくりしてしまったのだが、その泡が空気に包まれた蜘蛛であることが分かると、彼は、大いなる畏怖の念を抱いたのだった。」

「どうやら、虫の知性は、われわれ人間の知性のように個別なものではなく、有機的に、集団が共有しているものであるらしい。多細胞的ではあっても、全員が一体となって営む、こうした生のあり方は、ミツバチの巣やシロアリの巣、アリの巣において、とくにはっきりと現れる。が、同じ一つの種であれば、そのすべての虫の間に、空間的に、でなければ、少なくとも時間的に、同様に見られるのである。(中略)自然は、虫たちのことを知っており、虫たちを、まるで、全員がたった一つの個体でしかないかのように、扱っているのだ。われわれ人間は、それぞれ自分を、大きな有機体の全体であると思っているが、一匹の虫が死んでも、それは、一つの大きな有機体の、一つの細胞が変化することにすぎない。虫は、われわれより、ずっと死なない、いや、おそらく、まったく死ぬことがないのである。われわれ人間にとって、死とは、漠然とした宗教的信念を除いては、完全な終わりである。が、虫にとっては、ありふれた一つの変容なのであり、永遠にくり返されるサイクルの環なのだ。(中略)人間の誕生と死とは、互いに接しておらず、人生によって分け隔てられ、二つの違った世界で起こることのように思われる。けれども、虫の世界においては、誕生と死は、ぴたりとはまり合い、同じ次元を動いてゆくのだ。どこからかは分からないが、この地球上に姿を現すとき、われわれは、(中略)すべてを忘れてしまっていて、すべてを始め直し、すべてを学び直さざるを得ない。けれども、虫は、自分に先行していたものたちの存在を、静かに引き継いでゆく。あたかも、こうした存在が、これまで一度も中断されたことがなかったかのように。」
「こうした集団的存続、種の生命は、われわれ人間のものとは、あまりに大きく異なる。いったい、これは、出発点なのだろうか、到達点なのだろうか。一見、われわれは、そこから出てきたように思われる。そして、文明化するにつれて、そこから遠ざかるのだが、われわれがどうやらそこにいるらしい最高点に達すると、また、そこに戻りたがるのだ。
 だが、答えを出すには、われわれ人間は若過ぎる。虫たちは人間に何千年、いや何百万年も先行しているのだ、ということを忘れてはならない。(中略)虫たちは古生代に属しているのであり、われわれ人間は、虫たちに遅れること数十万年の地質時代最後紀に、やっと出現するにすぎない。死というものは存在しないのだ、それは期待を秘めた一つの下手な言葉、大いなる眠り、あるいは、われわれが失ってしまうと思っているのとは別の生命にすぎないのだと、われわれが虫たち同様知るようになるとき、はじめて、われわれは虫たちと対等になれるのかもしれない。」





















































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

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