現代詩文庫50 『多田智満子詩集』

「わたしの瞳に魚が沈む
わたしはおもむろに悟りはじめる
わたしがしあわせな白痴であることを」

(多田智満子 「葉が枯れて落ちるように」 より)


現代詩文庫 50 
『多田智満子詩集』


思潮社 
1972年11月25日 第1刷発行
1973年9月1日 第2刷発行
152p 
18.6×12.4cm 
並装 ビニールカバー 
定価420円
装幀: 国東照幸



本文二段組。


多田智満子詩集 01


目次:

詩集 〈花火〉 から
 花火
 フーガの技法
 黎明
 古代の恋
 カイロスの唄
 城
 波
 崩壊
 挽歌
 失業
 疲れ
 この島
 夜の雪
 行人
 嵐のあと
 ひとつのレンズ
 パンタ・レイ
 ドン・ジョヴァンニのレシタティヴォ
 EPITAPH
 朝の夢
 告別
 星の戯れ
 韜晦
 ヴェーガの尖塔
 わたし
 食卓
 五月の朝
 微風
 風
 ひぐらし
 露草
 晩夏
 収斂
 秋
 枯野
 氷河期
 冬の殺人

詩集 〈闘技場〉 から
 闘技場Ⅰ
 闘技場Ⅱ
 闘技場Ⅲ
 日曜日
 映像Ⅰ
 映像Ⅱ
 映像Ⅲ
 死刑執行
 朝の花火
 葉が枯れて落ちるように
 雪の伝説
 船のことば
 ふたたび船のことば
 遠い国の女から
 或るREFLUXのために
 矮人物語

詩集 〈薔薇宇宙〉 から
 発端
 虹
 死んだ太陽
 歌
 夏のはじめとおわりの唄
 べつべつにうたわれる朝の唄
 太陽がいっぱい
 闇
 薔薇
 夜の管のなかに
 薔薇宇宙

詩集 〈鏡の町あるいは眼の森〉 全篇
 眠りの町
 道たち
 鏡
 鏡の町あるいは眼の森

詩集 〈贋の年代記〉 から
 アリアドネ
 オルペウス
 オデュッセイア
 ヒヤシンスの墓
 夏の魚
 穀霊
 エクピローシス以後
 鏡の港
 海へ
 うたごよみ
 春
 朝あるいは海
 秋の思想
 フランスでわたしは
 風が風を
 降誕節のプロローグ
 皇帝のいない国
 井戸
 煙
 最後の晩餐
 神話学
 子供の領分
 陰翳
 きのうの蛇
 暮念観世音

評論
 ヴェラスケスの鏡

自伝
 薔薇宇宙の発生

作品論
 クロノスと戯れ (鷲巣繁男)
詩人論
 詩人を訪う (高橋睦郎)



多田智満子詩集 02


カバー裏推薦文:

「「書かれたものとしての作品」ということの意味を、そこから湧出する愉しさも恐ろしさもともどもに、本当に骨身に沁みて体得している人は、いわゆる詩人や詩論家の中にも(奇怪なことではあるが)ほんの数人しかいないようだ。そういう数少い詩人の一人、重畳する詩の逆説に足をとられずに《作品》の真の意味を見据えて歩むことのできる貴重な詩人の一人が、多田智満子だ。その作品には往々《知的》という評言が与えられるが、それは彼女の作品が十分に《本質的》であることについての、きわめて迂遠な印象を述べる言葉に過ぎぬ。
入沢康夫」




◆本書より◆


「花火」:

「永劫を嘲ける
かん高い朱と金のアルペジオ
羊歯類は落魄に飢え
一夜熾んなヒステリア」



※参考 吉田一穂「鰊」より:

「色なす鰊の群(むれ)を追うてゆく鴎。
透き冴える岩礁に波は激して咽び、
眩暈(めくるめ)く熾んな碧水の比私天里亞。」


「夜の雪」:

「冬ごもりの獣のように
身をまるめ まなことじれば
大屋根小屋根に雪がふりつむ
かけているふとんのうえに雪がふりつむ
まぶたのうえに雪がふりつむ

夜のうえに夜がふりつむ」



※参考 三好達治「雪」より:

「太郎をねむらせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
二郎をねむらせ、二郎の屋根に雪ふりつむ。」


「きのうの蛇」:

「きのう夢のなかで美しい蛇を見た。
 じつは夢ではなくたしかに庭で蛇を見たのだが。雨のしとしとふる夕ぐれの庭の奥の そこだけまだ白い石崖の下で。

 でもきょうは晴れであるし、濡れた黄昏の蛇は二度と現われない。
 完璧のうろこに身をつつみ、鋭敏な冷淡さしか見せなかった、あの白と灰色の大きな縞蛇。彼は私の凝視に堪えて身じろぎもしなかった。
 (私の背後で谷川がざあざあと深い音をたてていた)

 私は昏れていく大地に向って一吹き口笛を鳴らした。とたんに蛇が舌を出した――というより、眼にもとまらぬ速さで舌を出し入れした。
 淡い朱色の とがった顫音(トレモロ)……

 舌をひっこめるとこんどはゆっくり進みはじめた。たいそうゆっくり――しかしやはり一秒に何十回という速さで全身のうろこがふるえ、ふるえながらなめらかに体が前へずれていく……
 頭から尾まで三つうねった波型を少しも変えず、尾の端を消滅させ同時に頭を先へ先へと生起させながら。
 (そのすばやい生滅を進行と人は呼ぶのだろうか)

 蛇は松の根方の濃いくさむらにすべりこみ、私は傘を手にしたまま雨の中にとり残された。ぐらりと傾いた丈高い茸のように。

 そう、あれはやはり夢であったにちがいない。波うちながら生起し消滅した細長い夢。
 (あの全身のうろこの、白と灰色の華麗なヴィブラート!)

 この庭そのものも、きのうのあの庭ではない。くまなくかわいて翳りがなくて、谷川の音も浅くなった。
 たしかに私は暗い幻の雨のなかで眼をみひらいていたにちがいない。
 そして私自身、あのとき、庭の隅の一本の茸であったにちがいない。」



高橋睦郎「詩人を訪う」より:

「詩人は庭のはずれにある径(こみち)を伝って崖下に降り、私は従った。崖下にくだる小径は涼やかな音につつまれる。音は崖下の斜(なぞ)えを落ちたぎつ山川の川瀬で、径は川瀬沿いにもういちど庭へのぼる。庭にのぼったその場所で突然、異形のものを目に入れて、声を挙げて私は跳びしさった。詩人はふり返って、私の驚愕の原因をつきとめ、そのもののそばにしゃがみこんで、私のほうを見た。蛇ね。」
「詩人に言われて、あらためて詩人のすぐ前、私のいる地点からはおおよそ二メートル先に蜷局(とぐろ)を巻いているそのものを確めて、私はもういちど驚いた。穢い灰いろの小さなその渦巻は、稚い頃から教えられ教えられした私の記憶では、まぎれもなく蝮だったからである。
 蝮ですよ! と、その地点から一歩も近づこうとはせず、私は叫んだ。しかし、詩人はあらそおおと言ったまま、その小さな毒虫を覗きこんだ顔を上げようともしない。そのうち、蜷局はするすると解け、蛇身は見る見る短くなって、遂には失われた。詩人はようやく立ちあがって、こちらを見て微笑(わら)った。どうやら、お昼寝の邪魔をしたようね。
 その、おそらくはまだ成長期にある毒虫は、生得のつめたい血液を暖めるべく、日あたりのいいそこで仮眠していたのだろう。偶(たまた)まそれを見つけて私が跳びあがったことも、そのあと詩人がしゃがみこんだことも、蛇にとってはもちろん望んだことではなく、むしろ迷惑だったであろう。彼の迷惑の表情は、蜷巻を解いて身をかくしたそのことに直接的に現われていた。
 お昼寝のすぐ下に穴があってね、そこに入っちゃったらしいの、と、私のそばまで来て詩人が言った。詩人の覗きこんでいた場所に行ってみると、庭のすみのセメントを張った一トところがひわれて、なるほど昏い穴の入口が覗かれた。覗きこみながら、獰猛な首が迫(せ)りあがるのではないかと、私は怕かった。それにしても、何という大胆な女人であろう。」























































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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