中野美代子 『契丹伝奇集』

「北海とも南海ともつかぬ未知の海へ、彼は流されていくのである。趙汝适は、それでいいと思った。」
(中野美代子 「海獣人」 より)


中野美代子 
『契丹伝奇集』


日本文芸社 1989年11月30日第1刷発行/1990年4月5日第3刷発行
308p 初出一覧1p 著者略歴1p 
A5判 丸背布装上製本 貼函 
定価2,600円(本体2,524円)
装幀: 芦澤泰偉

付録 (12p): 
特別対談: 中野美代子×田中優子「「私小説」嫌いの小説」



中野美代子小説集。本書と『ゼノンの時計』の二冊で、1980年代までの中野氏の小説作品(既刊のものも含む)を読むことができます。
中野氏の小説は、やはり氏のエッセイ(本書に関していえば『中国の青い鳥』『仙界とポルノグラフィー』『敦煌ものがたり』等)を先に読んでおくと入りやすいのではないでしょうか。
わたしがすきなのは、「掌篇四話」の表題の下に一括して収められている、かつて「夜想」に掲載されていた掌篇小説です。澁澤龍彦へのオマージュ「ワクワクの樹」では、嬰児のような実がなる木が生えるエキゾチックな「ワクワク」の国がじつは「倭国(ワクォク、日本)」であったというのが幻惑的です。「海獣人」は、中野氏の戯曲「鮫人」とも共通する掉尾(「北海とも南海ともつかぬ未知の海へ、彼は流されていくのである。趙汝适は、それでいいと思った。」)が、たいへんすばらしいです。


中野美代子 契丹伝奇集1


帯文:

「〈キッタン・でんきしゅう〉
奇想天外な
幻想の物語
蜃気楼のごとき夢幻のなかで、時空を超えて繰りひろげられる摩訶不思
議な語りの宇宙――警抜な着想を、豊かな想像力と精緻な文体で織
りなし、怪奇とロマンが横溢する初の幻想小説集。」



帯背: 

「初の幻想小説集」


目次 (初出):

女俑(じょよう) (「海」 1980年3月号)
耀変(ようへん) (「海」 1979年6月号)
蜃気楼三題 (「北方文芸」 1970年4月号)
青海〈クク・ノール〉 (「三田文学」 1960年12月号)
敦煌 (「三田文学」 1960年1月号)
掌篇四話
 考古綺譚 (「夜想」4号 1981年10月)
 ワクワクの樹 (「夜想」3号 1981年4月)
 海獣人 (「夜想」5号 1982年1月)
 屍体幻想 (「夜想」5号 1982年1月)
翩篇七話 (「遊冶郎」創刊号~5号 1985年3月~9月/本書初出 1986年11月執筆)




中野美代子 契丹伝奇集2



◆本書より◆


「耀変」より:

「アイヌ語ではオンコと呼ばれる一位(いちい)の老木が風害で無残に半ばから折れ、そればかりは手をつける気のないままに放置しておいたが、それにもむろん雪が積もり、無残さはかえってうすらいだ。初雪に心がおどるのは若者ばかりではあるまい。或る朝目がさめたら大地の汚穢がすべて蔽われている、それほどの革命は、初雪を措いて他にないのである。」

「影絵芝居がある、人形劇がある、蹴毬(けまり)がある、水芸がある、女相撲がある、蛇使いがある、闘牛闘鶏闘虫がある、凧あげがある、雑劇がある、講談がある。……それにありとあらゆる食べもの屋の屋台がある。雑踏に身を委せて歩いていると、講談師として近ごろとみに売り出している陳一飛(ちんいっぴ)が、三蔵法師の西天取経の故事をおもしろおかしく語っているのが見える。勾欄(よせ)の中ではなく、往来からも見聞できるように葦簀(よしず)囲いの席を設(しつ)らえ、幼童どもを相手に語っているのだが、猴行者(こうぎょうじゃ)とやら名のる猿公(えてこう)が三蔵法師の弟子になったとか、三蔵法師がその猿公に西王母(せいおうぼ)の蟠桃を盗んで来いと唆(そその)かしたとか、まことにもって面妖な話であるらしかった。」
「陳一飛の講談の小屋を過ぎると、促織(こおろぎ)の闘技を見せる屋台にまたも幼童たちがたかっており、その屋台の蔭の地べたに古ぼけた陶磁の茶盌や壺を二つ三つ並べてひさぐ老翁が蹲っていた。珍しくもない商いに、そのまま通りすぎようとしたところで、やおら顔をあげた老翁の牡蠣(かき)のように濁った目に呼びとめられた。」

「何の変哲もない無愛想な茶盌だと思って立ち去ろうとした時、その茶盌の内側にキラリ輝く星宿がこぼれたかに見えた。
 腰をかがめてのぞきこむと、掌中に収まる茶盌の内部は、満天の星が互(かた)みにまたたき互みに消える夜半の蒼穹となった。……
 「どうだ。ただの茶盌ではあるまい。この茶盌、名づけて耀変というのだが、貴人の所持すべき逸品だとは思わぬか」」



「ワクワクの樹」より:

「亜剌比亜(アラビア)はアッバース朝の御代、第二代の教主(カリフ)アル・マンスール治世下であった。」

「そこに、見馴れぬ鉢植の樹が在った。つい先刻まで無かったものであった。」

「果実と思っていた数顆のまるいものが、もぞもぞと動き始めた。よく見ると、それ等は嬰児が裸かでぶら下っているのだった。(中略)手足をばたつかせると枝がゆらめいた。
 「おお!」
 と、教主は呻いた。その声が、果実の嬰児をよろこばせた。一斉に、赤ン坊らしい笑い声をたてたのである。
 「どこの国の産物なのか」
 教主は、興奮して立ち上った。かくも珍奇な貢物にめぐりあったことはなかった。
 「倭国(ワークォク)でございます」
 問いと答えが三人の通訳を経て往き来するもどかしい時間を、教主はただ耐えて珍木の鉢植に見入った。果実の嬰児、いや嬰児の果実は、笑い、そして愛くるしく手足を動かした。
 「ワクワクでございます」
 という答えを聞いたその時、教主は驚異の念を如何ともし難く、嬰児の果実に手を触れた。と、数顆の果実は忽ち萎み、そのまま落下した。あとには、ウシャルの実のようなまっ黒い殻が残っているだけである。」



「海獣人」より:

「鮫人たちは海獣となった趙汝适を見ようともしなかった。彼女たちに、俺は見えないのかも知れない、と彼は思った。言い知れぬ寂しさが襲い、それと同時に、強い潮の流れが、彼を鮫人たちの群れからひき離した。……
 北海とも南海ともつかぬ未知の海へ、彼は流されていくのである。趙汝适は、それでいいと思った。」



本書付録対談より:

「中野: 契丹というのは、厳密に言うと遼(りょう)を建てた契丹族です。おそらくその契丹という民族の名前が、いまのロシア語における中国を意味するキタイの語源になったと思うんです。」
「田中: ロシア語の視点から言えば契丹というのは、特定の民族を指すわけでなくて、中国全体を指すんでしょうか。
中野: 中国人ということになちゃうんですね、いまのロシア語のキタイでいくと。小説を書く場合、「中国」と書けば面白くないし、正確でない場合が多いですね。ですから、状況によって、「支那」と書いたり、「シナ」と書いたりする。(中略)そこで、今度は中国、支那というのを使わないで、と思って、ロシア語のキタイから、その語源になった「契丹」を思いついたんです。ただ、「契丹」と書いても、ロシア語ふうに「キタイ」と読まないで、「キッタン」と読みたいという、いろいろ無理がありまして。それに、「契丹」と漢字で書くと契丹族を普通は連想しますから、タイトルは非常に無理をしながらつけたわけです。
田中: どうしても中国とか支那という言葉には日本独特な中国のイメージというのがあり過ぎますね。この小説集は、中国の文化の中の話ではなく、縦横に世界を駆け巡っているという気がするんです。そうするとやっぱり「契丹」という、どこか日本人にとってはとらえにくいイメージがあったほうが、むしろいいのではないでしょうか。
中野: 中国の周辺部も多少含むというので契丹にしたんですが、日本人にはあまり馴染みがないんで、へんだなと思われると思いますけれどもね。」

「田中: この「翩篇」はヘンペンと読むんですか。
中野: ヒラヒラ、つまんない、という「片片(へんぺん)」、「翩翩(へんぺん)」の二つの意味と、「へんぺん」の音を組合せ、それに短篇や掌篇の「篇」をひっかけた私の造語です。塚本邦雄さんの『悦楽園園丁辞典』(一九七一年)の中に「瞬篇小説集」というのがありますが、あれのまねです。漢字一字のタイトルというのも、塚本さんのまねです。私のも、一篇ジャスト四百字。」














































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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