杉山龍丸 『わが父・夢野久作』

「それで、彼は、自分が求めていた人間らしい社会は、何処にもないということと、また、名もなく、地位もなく、理由もなく、殺され、殺している世間、世界というものがあることと、人間の社会の恐ろしさを知ったと申していました。」
(杉山龍丸 『わが父・夢野久作』 より)


杉山龍丸 
『わが父・夢野久作』


三一書房 
1976年10月31日 第1版第1刷発行
285p 
四六判 丸背布装上製本 貼函 
定価1,800円
装幀: 中村宏



夢野久作の長男・杉山龍丸(すぎやま・たつまる 1919-1987)による、夢野久作の生活と意見。


杉山龍丸 わが父夢野久作 01


帯文:

「久作の私的回廊を探る決定書!
夢野久作の長男として生れた筆者が、杉山家の血統と激動の時代の交点をしっかりと見定め、不世出の文学者“夢野久作”を回想する。本書によって久作研究はさらに増殖されるであろう。」



杉山龍丸 わが父夢野久作 02


目次:

はじめのことば

Ⅰ 杉山家の系譜と時代的特色
 杉山家
 勤皇開国
 明治維新
Ⅱ 誕生の時代と背景
 自由民権と誕生
 乳母友田ハル
 生いたち
Ⅲ 幼児の時代をめぐって
 杉山学
 能楽
 父と子
Ⅳ 少年時代の軌跡
 流浪
 神童
 地球
 文学少年
 大食い
Ⅴ 青年時代の波乱
 運命
 軍人
 農園
 放浪
 出家
 剣道
 台華社
Ⅵ 壮年期の円熟
 結婚
 転居
 九州日報社
 豪傑連
 童話
Ⅶ 作家の実像
 夢野久作誕生
 女
 甘党
 夫婦喧嘩
 野球
 終焉
 むすび

後記



本文中図版:

 夢野久作関係の地点 (地図 杉山龍丸画)
 杉山家系譜図
 杉山三郎平灌園 (写真)
 「福陵新報」 創立当時血盟した左から結城虎五郎、頭山満、杉山茂丸 (写真)
 明治41年麻布近衛連隊に入営のとき乳母友田ハルと夢野久作 (写真)
 梅津只圓翁 (写真)
 明35年宮崎民蔵、パリにてレーニンと会談する出発時の記念写真
 杉山農園所在地案内図 (地図 杉山龍丸画)
 杉山農園概要図 (地図 杉山龍丸画)
 台華社における杉山茂丸 (写真)
 加藤介春先生、九州日報主筆・副社長、夢野久作に文章の書き方を教え久作から最も尊敬された人 (写真)
 関東大震災発生につき、九州日報の特派員として派遣された夢野久作が画いた震災のスケッチ
 昭和11年大下宇陀児邸にて夢野久作最後の写真



杉山龍丸 わが父夢野久作 03



◆本書より◆


「「夢野久作」というのは、福岡、博多地方の方言ともいうような言葉です。
 どういうことで、福岡、博多に、この言葉があるのか、生れたのかも、全くわかりません。
 私は、子供のころから、「夢野久作さんのごたる。」と、いう言葉を耳にして来ました。
 その意味は、春の空のように、ぼうとした顔で、にこにこして、立っている人とか、何か、遠いところを見るような、そして、人の考えないようなことを言う人とか、または、途方もないことを考えたりそれを言う人。また、経済観念も何もなくて、のんびりとして、やっている人。
 大体、このような人を指して、夢野久作さんのごたる人、と申します。」

「彼の一つの話を記憶しています。
 或るとき、人間らしい社会を求めて、江戸川の或る町工場に住み込み、労働者の群に入りました。
 そして、毎日の昼、隅田川の土手で、昼食の弁当を食べました。
 そしたら、隅田川の向う岸の土手に、毎日昼に来て、土手の斜面に坐って、煙草を吸う人がいました。
 数日たって、どちらからともなく、遠くで顔は見えませんでしたが、彼がこちら側の土手に弁当をもって坐ると、先方がこちらに向って、手をあげて挨拶をするので、こちらも手をあげて、お返しをするようになりました。
 或る春の日、タンポポや、蓮華草の咲く土手に坐ると、相手の人も来て挨拶をして坐り、やおら、煙草を出して吸いだしまして、彼の手許から紫煙が、春の空気に乗って流れるのが見えました。
 夢野久作は、新聞紙に包んだ弁当を開いて、握り飯をつまみ、口に持ってゆこうとして、先方を見ますと、彼に挨拶して煙草を喫っている人の背後から、緑黒色の、作業服を着た人が近づいてゆくのが見えました。
 そおっと彼の背後に行ったかと思うと、かくしていた背から、ハンマーが出て来て、両手で高くかざして、いきなり煙草を喫っている人の頭を打ちつけました。
 ハンマーに打たれた人の頭は、メリ込んだハンマーで半ばへこんだようになったまま、ぐらりと横に、その人は倒れました。
 ハンマーの人は、もう一度、ハンマーを頭上に振りかざし、ハンマーは、太陽にキラキラと反映しましたが、倒れた人が動かないのを見て、すぐ、ハンマーを下し、そして、足で、倒れた人を蹴りましたが、多分、一撃で絶命していたのでしょう。
 倒れた人は、隅田川の斜面を、ころころと転がり落ちて、パシャンと、隅田川の流れに落ちて、桜の花片の浮いている川面を下の方に流れてゆきました。
 ハンマーの人は、流れてゆく死体の様子を見ていましたが、一撃で殺したことを確信したのでしょう。ハンマーを肩にして、向うの土手の下の方に、あっと思う間に姿を消してしまいました。
 夢野久作は、お握りを口にもって行ったまま、「あー、あー、あー」と、心に叫ぶだけで、声にならず、呆然と見ていただけでした。
 それから、彼は熱に浮かされたように、毎日の新聞を、すみからすみまで読んでみましたが、隅田川に、不審な死体が上ったという記事は、一行も見出すことが出来なくて終りました。
 ついに、此の事件は、何の原因で、何処の誰が、誰に如何なる理由で、このように殺されたか判らないままに終りました。
 それで、彼は、自分が求めていた人間らしい社会は、何処にもないということと、また、名もなく、地位もなく、理由もなく、殺している世間、世界というものがあることと、人間の社会の恐ろしさを知ったと申していました。」

「私が小学校に入った頃であったと思いますが、その頃、よく人から、
 「龍丸さん、貴方は、大きくなったら何になりますか?」
 と、聞かれました。
 私が即座に、
 「うん、うちな、うちは、陸軍大将になるとたい」
 と答えましたら、父が笑っていました。
 そして、或時、ふと、
 「龍丸、明治維新後、多くの志士が、明治の元勲とやら、大将とやら、男爵とやら、華族になったりして、偉い奴のように思うとるが、あやつらは、みんな人を踏みつけにしたり、ずるいやつばかりなのだ。本当に明治の御一新のために働いた人々、純粋な人々は、皆死んで行ったのだ。いざというとき、あやつらは、皆逃げて行った奴だ。本当の人々は、皆笑って、堂々と死んで行ったのだ。お前は、それでも、陸軍大将になるのか?」
 と、いっていました。」

「さて、彼は、能楽、謡曲というものを、どう考えていたかと申しますと、仏教のお経文や、神道の祝詞と同じように、尊いものをもっていると考えていました。」
「彼にいわせますと、能楽、或は謡曲は、山伏の修験者が、祈祷するのと、仏僧がお経を読誦するのと、同じ効果と申しますか、徳のあるものであるから、全身全霊をもって、謡い舞い行うものであると申していました。
 特に喜多流の奥義と申しますか、心得と申すことに、
 「謡い舞うものは、曲、節廻しなどの巧拙を考えずともよし。また、曲の意義や、演出なども考えずともよい。それは、作者、作曲者、演出法をつくった人が、考えてあるので、謡いは謡い、舞は舞、奏楽は奏楽で、原本の通り、全身全霊をこめて、一生懸命行えば、自然に、曲、演出、言葉、その他の意義も、出るようになっているのだ。」
 と、申していました。」
「特に嫌っていましたのは、能役者になってはならぬということでした。
 役者というのは、芸で、人におもねり、媚びるものであるということで、能は、特に、そのような心や、巧くやってやろうなどとの心では、謡い舞うことの出来ぬものであると申していました。
 また或るとき、私に、
 「龍丸、よく覚えて置けよ。
 人間で、最も喜怒哀楽を表現するのは、顔である。
 能は、その顔を、能面でかくして、しかも、更に深い、人間の心を、観客に伝えるように出来ている。
 感情の極みは、極致というものは、筆舌や、表現で表わされないもので、そこに心のにじみというものがある。
 だから、能楽では、人間の動作を極端に省略することで、その心の深さが、観客に伝わるように出来ている。
 この能の反対が、文楽である。
 文楽と義太夫は、能楽の謡と同様、神道の雅楽、仏教の読経のように、神前、仏前で行ってよいということになっている。
 しかし、文楽の人形や、義太夫は、極端に、人間の情や心をオーバーに表現するようになっている。
 能の方は、最も敏感な、そして、最も情のある人間が演ずるが、文楽の方は、精神も、心もない、人形を使って表現するのである。
 人間のつくった芸術の極致には、この両極端があることを、良く考えろ。」
 と、申していました。」

「杉山家のものといえるかどうか判りませんが? 何か、一つのことに熱中すると、それは徹底してしまうらしい。
 そして、そこから、一般の人には見えぬもの、また考えられぬものを見出す、何かがあるようです。
 夢野久作の作品は幻想とか、怪奇とかの表現でいわれますが、それは、その見方によるのではないか。
 例を鼻の問題にとりますが、夢野久作の作品に『鼻の表現』というものがあります。
 単的に、私から申すと、人の鼻というものは何時も正面から見ている。
 しかし、鼻というものを、唇のところから見たら、一体どんな形であろうか?
 見た瞬間、あまりのグロテスクなのに、自分の鼻ながら、驚くか、ショックを或る程度受けるに違いないと思います。
 鶴見君に言わせると、だから、杉山のものは狂人だというかもしれません。
 ところが、杉山家のものは、それを真実であり、そのような見方もするものだと、主張します。」

「彼は私に柳田国男氏のことを大変尊敬しているといっていましたし、また金田一氏のアイヌのユーカラの研究に対してもとくに感嘆していました。
 金田一氏が、アイヌの老婆から、ユーカラを聞き記録するとき、その老婆は八十歳を超えていて、彼女が死去すると、永久に亡んでしまうものであるだけに、全てを犠牲にして努力された姿、特に或る雑誌に、発表されましたが、何の支援もなく、日本の政府も財界も冷たい処遇しか与えず、学界も白眼視していたときでしたので、その苦心談の悲痛さと、その意義の重要さについて、私に何度も話していました。」





こちらもご参照下さい:

西原和海 編 『夢野久作の世界』 
本書の著者・杉山龍丸が父・夢野久作および祖父・杉山茂丸について書いた文章が収録されています。

鶴見俊輔 『夢野久作――迷宮の住人』 
杉山龍丸の文章が引用されています。































































関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本