FC2ブログ

J・L・ボルヘス 『夢の本』 堀内研二 訳 (世界幻想文学大系)

「私は無傷の鹿がしくじった猟師に申し訳ないと謝っている夢を見た。
――ナムル・イブン・アルバルード」

(J・L・ボルヘス 『夢の本』 より)


J・L・ボルヘス 
『夢の本』 
堀内研二 訳

世界幻想文学大系 第43巻

国書刊行会 
1983年9月30日 初版第1刷発行
1989年2月10日 初版第3刷発行
278p 口絵(折込)
四六判 丸背紙装上製本 貼函 函カバー 
定価2,200円
造本: 杉浦康平・鈴木一誌
挿画: 渡辺冨士雄

月報37:
ボルヘスのチェスタートン一斑(富士川義之)/予言都市ブエノス・アイレスの作家(山口勝弘)/魂の導き手マルセル・ブリヨン 幻想文学の冒険①(田中義廣)



「『夢の本』について」(堀内研二)より:

「本書は Jorge Luis Borges : Libro de Suenos, (Torres Agüero Editor, Buenos Aires, 1976)の全訳である。」


ボルヘス編「夢」アンソロジー。のちに装幀を簡略化した新装版も出ています。


ボルヘス 夢の本 01


函カバー文:

「『ギルガメシュ』『旧・新約聖書』
から、イェイツ、キャロルまで、
「夢」にふれた詩・断章・逸話を蒐集
――盲目の詩人ボルヘスが紡ぐ、
「夢」のブリコラージュ!」

「夢の中で、人間は将来のための修練を行う。=ニーチェ
人生は眠りであり、愛はその夢である……=ミュッセ
夢は演劇の作者にして/宙に組んだその舞台の上にて/暗闇を美しい物影で飾り立てる=ルイス・デ・ゴンゴラ
夢は奇蹟に満ちている!=ボードレール
ああ! よろしい! 夢幻の世界に入らせてあげるがいい!=アラゴン」



函カバー背:

「盲目の詩人の
手による、
「夢」の
ブリコラージュ!」



函カバー裏:

「私は骨と肉をもつ人間から生まれた
本物の人間ではありません。
私は夢の中の人物でしかないのです。
私は夢がつくられているものと
同じものでできている! というわけです。
この私は私を夢に見る人がいるから
存在するのです。
その人が私の夢を見始めた時、
私は存在し始めたのです。
私の真の生は眠っている私の創造者の
心の中で展開されるものなのです。
しかし、私の夢を見ている人は誰なのか?
私を浮かび上らせ、
目覚めると同時に私を消し去ってしまう
その人は誰なのか?
幾度私は眠っているその主人のことを
考えたことか!……J・パピーニ『悲劇の日々』
――J・L・ボルヘス『夢の本』より

ホルヘ・ルイス・ボルヘスは一八九九年、
ブエノスアイレスの、数万冊の蔵書の埋った
書庫があるという家庭に生まれた。
幼い頃からヨーロッパ文学に親しんだ彼は、
数年間に亘るヨーロッパ滞在ののち帰国し、
前衛芸術運動が勃興する二〇年代のブエノス
アイレスで本格的な創作活動を始めた。
以来現在に至るまで、詩、短篇小説、評論、
翻訳と旺盛な執筆活動を展開し、
今世紀を代表する作家の一人となる。
「迷宮」「鏡」「死」「同語反復」などとともに
「夢」にとり憑かれてきたこの盲目の詩人が、
世界最古の物語『ギルガメシュ』
『旧・新約聖書』から、イェイツ、キャロルに及ぶ
厖大な作品に現われた、「読者諸君が
再び見るかもしれない夢の数々」を集め、
一冊の書物にとじこめた本書は、恐怖と
幻想と哄笑にあふれた「夢」の大図書館である。」



ボルヘス 夢の本 02


目次:

口絵
 ボルヘス(1964年)
 執筆中のボルヘス
 朱の入れられたゲラ
 ネブカデネザルの夢(『人間救済の鏡』より、15世紀)
 パロの夢(サン・ルイの詩篇より、13世紀)
 ヤコブの夢(J・ヴァクスムートの版画、18世紀)
 同(ランベス聖書より、12世紀)
 フランスの挿絵画家J・J・グランヴィル『罪と贖罪』より



ギルガメシュの物語
宝玉の果てしない夢 (『紅楼夢』)
神、ヤコブの息子ヨセフの運命を、また、彼を媒として、イスラエル一族の運命を定める (『創世記』)
ヨセフとエジプト王の給仕役の長と料理役の長 (『創世記』)
ヨセフ、エジプト王の夢判断をする (『創世記』)
神、夢を通してその僕たちと話す (『マカバイ記』)
ダニエルとネブカデネザル王の夢 (『ダニエル書』)
モルデカイの夢 (『エステル書』)
アビメレクの夢 (『創世記』)
ヤコブの夢 (『創世記』)
ソロモンの夢 (『列王記上』)
夢のむなしさ (『ベン・シラの知恵』)
慎しみについて (『伝道の書』)
予言者の幻 (『ダニエル書』)
二重の夢 (『使徒行伝』)
ヨセフの夢に現われた主の使 (『マタイによる福音書』)
ケシの物語 (紀元前二千年のヒッタイト族の物語)
夢はゼウスより来るもの (『イーリアス』)
ふたつの扉 (『オデュッセイア』/『アイネーイス』)
ペーネロペイアの夢 (『オデュッセイア』)
三月十五日 (プルータルコス『対比列伝』)
カプリ島にて、カエサルがルーキウス・マミリウス・トゥルリーヌスに宛てた、書簡体の日記より (ソーントン・ワイルダー『三月十五日』)
近親相姦 (ロデリクス・バルティウス『数であるものと数でないもの』)
スキーピオーの夢 (ホセ・フェラテール・モーラ『哲学辞典』)
夢はいずこからどのようにして生じるか (プラトーン『ティーマイオス』)
カプリ島にて、カエサルがルーキウス・マミリウス・トゥルリーヌスに宛てた、書簡体の日記より (ソーントン・ワイルダー『三月十五日』)
解明かしを間違えた夢 (ベルナベ・コボ『新大陸の歴史』)
家庭的な夢 (ロデリクス・バルティウス『数であるものと数でないもの』)
証し (S・T・コールリッジ)
いつも見る夢 (ジュゼッペ・ウンガレッティ『プリーメ』)
夢の本質について (ルクレーティウス『物の本質について』)
夢とは何か (アルフォンソ賢王『セプテナリオ』)
悪夢 (ホルヘ・ルイス・ボルヘス)
夢について (ジョーゼフ・アディソン)
名だたる神の贈物 (アントニオ・マチャード)
カイドモン (ホルヘ・ルイス・ボルヘス)
区別するのがふさわしい (フランツ・カフカ)
病める騎士の最後の訪問 (ジョヴァンニ・パピーニ『悲劇の日々』)
孔子、己れの死の夢を見る (エウスタキオ・ワイルド『北京の秋』)
白鹿 (ホルヘ・ルイス・ボルヘス)
よくあること (ホルヘ・アルベルト・フェランド『パロ・ア・ピケ』)
異議なし (オーリゲネース)
故郷の夢 (ゴットフリート・ケラー『緑のハインリヒ』)
塔の郷士の見た夢 (エッサ・デ・ケイロース『名門ラミーレス家』)
礼儀 (ナムル・イブン・アルバルード)
夢と現実 (フランシスコ・アセベド『ある司書の回想録』)
ウルリケ (ホルヘ・ルイス・ボルヘス)
幻想詩『夜のガスパール』第三の書 (アロイジュス・ベルトラン)
準備 (ニーチェ)
「ふたつの自分の間には何と大きな相違が!」 (ロデリクス・バルティウス『数であるものと数でないもの』)
神が魂に糧を与えるためにお使いになる方法 (ガストン・パディーリャ『あるとるに足らぬ者の回想』)
宰相の夢 (ヴィルヘルム一世に宛てたビスマルクの書簡)
アロンソ・キハーノ、夢を見る (ホルヘ・ルイス・ボルヘス)
ある大統領の死 (コロンビア区の警察署長ウォード・ヒル・ラモンの覚え書より)
よき職人 (『オリエントの行者たちの生涯』)
風月の鏡 (『紅楼夢』)
メラニアの夢 (ガストン・パディーリャ『あるとるに足らぬ者の回想』)
最後の審判の夢 もしくはされこうべの夢 (フランシスコ・デ・ケベード『この世の身分、職業における濫用、不正、欺瞞を暴き出す、真実についての夢と陳述』)
夢と運命 (ヘロドトス『歴史』)
魂と夢と現実 (ジェイムズ・ジョージ・フレイザー『金枝篇』)
職業に貴賎なし (ラビ・ニシム『イエスのすばらしいお話』)
地獄篇、第五歌 (フアン・ホセ・アレオラ『物語集増補版』)
夢うつつ (ジュゼッペ・ウンガレッティ『埋もれた港』)
ピランデッリアーナ (ルイージ・ピランデルロ『夢か、いやおそらくは違う』)
パリの夢 (シャルル・ボードレール『悪の華』)
コールリッジの夢 (ホルヘ・ルイス・ボルヘス)
アステュアゲスの夢 (ヘロドトス『歴史』)
ロマンティック (アルフレッド・ド・ヴィニー)
パンの奪い合い (『学者たちの散歩』/『ナザレのイエス物語』)
お入り (ルイ・アラゴン)
夢うつつ (ポール・グルーサック『知性の旅』)
アッラーの微笑 (中東の民間伝承より)
夢の中の存在 (フアン・ホセ・アレオラ『物語集増補版』)
荘子の夢 (ハーバート・アレン・ジャイルズ『荘子』)
サルミエントの夢 (D・F・サルミエント『故郷の思い出』)
ルーキアーノスの夢 (ロデリクス・バルティウス『数であるものと数でないもの』)
暗闇を飾り立てるもの (ルイス・デ・ゴンゴラ)
王の夢 (ルイス・キャロル『鏡の国のアリス』)
夢の虎 (ホルヘ・ルイス・ボルヘス)
聖堂、町、原型、夢 (ミルチャ・エリアーデ『永劫回帰の神話』)
ことわざと歌 (アントニオ・マチャード)
エトセトラ (レーモン・ド・ベッケル)
夢を見る人の声 (ロデリクス・バルティウス『数であるものと数でないもの』)
ダランベールの夢 (エウスタキオ・ワイルド『フランス文学』)
夢 (オー・ヘンリ)
マカリオスの夢 (『オリエントの行者たちの生涯』)
意識と無意識 (ロデリクス・バルティウス『数であるものと数でないもの』)
エルの夢 (プラトーン『国家』)
横糸 (ガストン・パデーリャ『あるとるに足らぬ者の回想』)
王の目覚め (H・デヴィニュ・ドゥーリトル『世界史散策』)
ラグナレク (ホルヘ・ルイス・ボルヘス)
死ぬこと、眠ること、おそらくは夢を見ること (エリセオ・ディアス『偶然に関する覚え書』)
SONAR (セバスティアン・デ・コバルービアス・オロスコ『カスティーリャ語もしくはスペイン語辞典』)
ふたりの騎士 (イブラーヒーム・ザイド『雑録集』)
In illo tempore (あの当時) (ロイ・バーソロミュー)
敵のエピソード (ホルヘ・ルイス・ボルヘス)
本当か否か (ロデリクス・バルティウス『数であるものと数でないもの』)
石油の夢 (ムハンマド・モサッデク)
投影 (『ゾーハル』)
十字架の夢 (9世紀のアングロサクソン族の作者不詳の詩より)
タマーム・ショト(終わった) (ロイ・バーソロミュー)
隠された鹿 (『列子』)
ペドロ・エンリケス・ウレーニャの夢 (ホルヘ・ルイス・ボルヘス)
夢を見たふたりの男の物語 (『千夜一夜物語』)
ユーリウス・フロールスへ (ホラーティウス『書簡集』)
この世の薔薇 (ウィリアム・バトラー・イェイツ)
神学 (H・ガルロ『世界をめぐりて』)
夢うらない (フランソワ・ラブレー『パンタグリュエル』第二の書)
SUENO (セバスティアン・デ・コバルービアス・オロスコ『カスティーリャ語もしくはスペイン語辞典』)
師の帰還 (アレクサンドラ・ディヴィッド・ニール『チベットの神秘主義者と魔術師』)
死の宣告 (呉承恩)
一九五八年五月十二日 (ロイ・バーソロミュー)
説明 (ナサニエル・ホーソーン『ノートブックス』)

『夢の本』について (堀内研二)



ボルヘス 夢の本 03



◆本書より◆


「序」より:

「ジョーゼフ・アディソンは、夢を見ている時、人間の精神は肉体を離れ、それは同時に劇場であり、俳優であり、さらに観客でもあるとの見解を述べている。我々はさらに、精神が己れの見ている物語の作者でもあると付け加えることができる。ペトローニウスやドン・ルイス・デ・ゴンゴラにも同じような表現がみられる。
 アディソンの隠喩を文字通りに読むと、我々は夢がすべての文学ジャンルの中で最も古くて複雑なジャンルをつくり上げているという、危険なほどまでに魅惑的な命題へと導かれる。この好奇心を刺激する命題は、(中略)容易に是認し得るものであり、夢の通史とその文学への影響についての著述を正当化することであろう。種々雑多なものの寄せ集めである本書は、好奇心の旺盛な読者の気晴らしのために編纂されたものであるが、何らかの資料を提供することになるであろう。この仮説的な歴史を通して、オリエントの予言的な夢に始まり、中世の寓意と風刺のこめられた夢、さらにはキャロルやフランツ・カフカの純然たる遊びに至るまでの、このかくも古いジャンルの進展と分化とが考察されることになるだろう。」
「この本には、夜の夢――これは私が典型的なものと考えるものである――とか昼の夢――これは我々の頭脳の意図的な働きによるものである――さらに出処のはっきりしない夢、たとえば「アングロサクソン族の十字架の夢」のようなものなどが含まれている。『アイアーネス』の第六巻には、『オデュッセイア』からの伝統に従い、夢が我々のもとにやってくる際の神の扉はふたつあると書いてある。ひとつは象牙の扉で、これはいつわりの夢の扉である。もうひとつは角(つの)の扉で、これは予言的な夢の扉であると。詩人が選んだ材料から判断するならば、未来に先んじる夢が、眠っている人間の偶発的な創作であるいつわりの夢ほどはすばらしいものではないことに、詩人が漠然と気づいていたと言うことができよう。」



「証し」:

「もしもある人が夢の中で楽園を横切り、そこにいたことの証しとして花を一輪もらい、もしも目覚めた時手にその花があったとしたら……それからどうなるのだろうか?
――S・T・コールリッジ」



「夢と現実」:

「この会話はアドロゲでなされたものである。当時おそらく五、六歳であった私の甥のミゲルは、地面にすわり猫と戯れていた。いつもの朝のように、私は彼にこう訊いた。
 「ゆうべはどんな夢みたの?」
 甥は私に答えた。
 「森の中で道に迷ってしまい、やっと丸太小屋が見つかる夢を見たの。扉が開き、おじちゃんが出てきたよ。」
 それから急に怪訝な顔つきをして私にこう訊いてきた。「ねえ、言って、おじちゃんあの小屋で何をしていたの?」
――フランシスコ・アセベド『ある司書の回想録』(一九五五)より」



「意識と無意識」:

「自伝の中でユングはある印象的な夢について語っている。(もっとも印象的でない夢などないが。)ある寺院の前で蓮(はす)の姿勢をし地面にすわっていると、深い瞑想に沈んでいるひとりのヨガ僧に気がついた。近づいていって見ると、ヨガ僧の顔は自分の顔だった。恐怖にとりつかれ逃げ出すと目が醒めたが、彼は次のような思いにとらわれた。「瞑想にふけっているのは彼の方で、彼が夢を見、この自分は彼の夢の中の存在なのだ。彼が目覚めたら、自分はもはや存在しなくなる。」
――ロデリクス・バルティウス『数であるものと数でないもの』(一九六四)より」



「横糸」:

「我々が疲れきりぼんやりした状態で絨毯(その図柄には決して同一のものはない)を眺めて思うことは、それがおそらくは地上の生の一断面であろうということだ。裏側の横糸はこの世のもうひとつの側面を描き出す。(そこでは時間と空間が消えているか、あるいいは両者が屈辱的に又は華々しく誇張されている。)つまり、裏側の横糸は夢を織り成している。絨毯の製造業者でフェルドウシー広場の前で商売をしているモイセス・ネマンは、テヘランでこのような夢を見た。
――ガストン・パディーリャ『あるとるに足らぬ者の回想』(一九七四)より」



「投影」:

「この世のものすべてはふたつに分かれている。ひとつは目に見えるものであり、もうひとつは目に見えないもの。目に見えるものは目に見えないものの投影にすぎない。
――『ゾーハル』第一章三十九節より」



「SOÑAR」:

「ラテン語の動詞 somnio から派生。我々が眠っている時、意識がつくり出すある種の幻想のことで、それについてはあまり気にする必要はない。ただ医師たちが病人において支配的な体液を判断する材料とするあの夢のたぐいは、何らかの真実らしき様相を帯びている。また、神がヨセフや他の聖者たちに行なった神聖なる啓示はこれとは違うものである。「盲が目の見えるようになった夢を見、夢の中で何をしようかと考えていた。」それは犬の夢に変わった。一匹の犬が一切れの肉を食べている夢を見ていた。肉をしっかりと噛み、満足そうに響きのない声で唸っていた。飼主は犬がそうしているのを見ると、棒を取り何度もなぐりつけた。それでやっと目を醒ましたが、何故だかわからないが棒でなぐられていた。
――セバスティアン・デ・コバルービアス・オロスコ『カスティーリャ語もしくはスペイン語辞典』(一六一一)一九三四年版より」




こちらもご参照ください:

G・H・シューベルト 『夢の象徴学』
ロジェ・カイヨワ 『夢の現象学』
多田智満子 『夢の神話学』
西郷信綱 『古代人と夢』
レメディオス・バロ 『夢魔のレシピ』
島尾敏雄 『夢日記』
Joseph Cornell's Dreams, Edited by Catherine Corman



























































































































関連記事
スポンサーサイト



プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。
歴史における自閉症の役割。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本