J・L・ボルヘス 『エバリスト・カリエゴ』 岸本静江 訳 (新装版)

「ブエノスアイレスの夕暮れと夜がなかったらタンゴは生れないだろうし、その空にはタンゴのプラトン的なイデアが、その普遍的形体が我々アルゼンチン人を待ち受けているわけだ」
(J・L・ボルヘス 「タンゴの歴史」 より)


J・L・ボルヘス 
『エバリスト・カリエゴ』 
岸本静江 訳


国書刊行会 
1978年11月25日 初版第1刷発行
2002年1月28日 新装版第1刷発行
201p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,500円+税
装丁: 中山銀士



訳者解説より:

「本書は Jorge Luis Borges, Evaristo Carriego, Buenos Aires, Emecé Editores, S.A. 1955. の全訳である。
 一九三〇年に刊行された本書初版本は、『エバリスト・カリエゴ』のタイトル通り、本書の第六章にあたる「拾遺稿」で完結しているが、(中略)一九五五年出版の全集版では、「騎馬民族考」以下が加えられており、ボルヘス自身も、これによりカリエゴ伝としてまとまった、と記しているため、訳出にあたっては、五五年の全集版を使用した。」



岸本静江訳『エバリスト・カリエゴ』新装版。新装版とはいうものの、付記によれば、訳文に制約上可能な限り手を加えた「改訂版」になっているようです。


ボルヘス エバリストカリエゴ


帯文:

「ボルヘスが、その最も早い時期に書き上げた、
深い愛着とノスタルジーに満ちた、
ブエノスアイレスへの熱きオマージュ。」



帯背:

「ブエノスアイレスと
夭折の詩人」



目次:

序文 (1955年1月)
言明 (1930年)

I ブエノスアイレスのパレルモ
II エバリスト・カリエゴの生涯
III 異端のミサ
IV 場末の詩
V こんな梗概も
VI 拾遺稿
VII 馬車名鑑
VIII 騎馬民族考
IX 短刀
X エバリスト・カリエゴ全詩集出版にあたっての序文
XI タンゴの歴史
XII 二通の手紙

ボルヘスとブエノスアイレス、あるいは都市のイマージュ (岸本静江 1978年9月/2002年1月)




◆本書より◆


「ボルヘスとブエノスアイレス、あるいは都市のイマージュ」(岸本静江)より:

「これはボルヘスの数多い作品の中でもむしろ初期の作品に属するものであって、ブエノスアイレスの場末パレルモからほとんど一歩も出ることのなかった、この夭折した無名詩人をテーマにした作品誕生の消息は、ボルヘス自らその「自伝風エッセー」で詳細に述べている。少し長くなるが引用してみよう。

……一九二九年、例の第三エッセー集が、第二回ブエノスアイレス市文学賞を受賞し、当時としてはかなりの額である、三千ペソの賞金を獲得した。わたしはまず古本屋で『大英百科辞典(エンサイクロペディア・ブリタニカ)』の十一版を買った。それから賞金によって保証された一年間の経済的余裕を利用して、アルゼンチン的なものを主題にした長い作品を書こうと思いたった。母は三人の偉大なアルゼンチンの詩人――アスカスビ、アルマフエルテ、ルゴーネス――の誰かについて書くことを勧めた。いまにして思えば、彼女の言うとおりにすべきだったと思う。ところが、わたしはほとんど無名の詩人、エバリスト・カリエゴを選んだ。両親は、彼の詩はそんなに優れたものではないと忠告してくれた。「でも、彼はわたしたちの隣人だったし、友人でもあったから」とわたしは言った。「それだけで、彼が一冊の本の主題になる資格があると考えるなら、思いどおりにしなさい」というのが彼らの返事であった。カリエゴはブエノスアイレス郊外のごみごみした地区――わたしが少年時代を過ごしたパレルモ――の中に、文学的可能性を見出した詩人であった。彼の生涯はタンゴの展開――当初は陽気で快活で勇壮であるがしだいに感傷的になる――とよく似た展開を見せている。一九一二年、彼はただ一冊の本を残して、結核のため二十九歳の若さで夭折した。彼がわたしの父に贈ったその一部が、ジュネーヴに持参され、わたしがそこで何度も繰返し読んだ、数冊のアルゼンチンの本の中にあったことを覚えている。一九〇九年ごろだったと思うが、カリエゴはわたしの母に捧げる詩を書いたことがあった。それは彼女のアルバムの中に書かれた。そこで彼は、わたしのことを次のようにうたった。「あなたの愛し子が、やがて霊感の翼に乗って舞い上がり、崇高なぶどうから新たな詩(うた)の美酒がうまれるというお告げを、完遂せんことを。」さて、カリエゴの伝記にとりかかってみると、カーライルが『フリードリッヒ大王伝』を書いた時に経験したようなことが、わたしにも起った。書き進めば進むほど、わたしは主人公から離れていったのだ。彼の率直な伝記を書くつもりで始めたのだが、途中から徐々に往時のブエノスアイレスの方に興味が移ってしまった。もちろん読者にも、この本がその題名『エバリスト・カリエゴ』にそぐわないことに気づかれてしまい、予期したほどの反響は得られなかった。二十五年後の一九五五年に、『全集』の第四巻として再版された時、わたしはこれに数章を付け加えたが、その一つが「タンゴの歴史」である。加筆の結果、『エバリスト・カリエゴ』もあるまとまりを得て、良くなったと思っている。(J・L・ボルヘス『ボルヘスとわたし』牛島信明訳)

 引用文中にもある通り、このタイトルの下に収められた個々の章は、詩人の伝記そのものではない。むしろ伝記自体が占める部分は全体からみて実に少ない。まずブエノスアイレスの場末の町パレルモの歴史より説き起し、第二章がいわば本論とも言うべきカリエゴ伝、第三章が代表的な同名の詩集からの抜粋及びその批評、第四章は遺作集『場末の詩(うた)』からの抜粋、その批評、第五章、第六章は第四章の付言、あるいは註であるがそれでも六章の後半は直接にはカリエゴとは何の関係も持たぬカードゲームと人生についての省察となっている。それを起点として、以下第七、八、九、十一章はそれぞれ独立したエッセーである。十二章は十一章の附録もしくは十一章のエピローグである。十章はむしろ六章の後におかれるか、あるいは第二章の後に挿入されるべきであろう。しかし全編を貫いているのは、ボルヘスの生れ育った都、ブエノスアイレスへの限りない愛着とその都の古きよき時代(ベル・エポック)への深いノスタルジーである。」



「序」:

「わたしは長年、ブエノスアイレスのとある場末の町で、危機にさらされ目にみえてさびれていった数々の通りのある場末の町で育ったのだ、と思い込んでいた。実際には、鉄の忍びがえしの植わった柵の奥の庭で、数さえ知れぬ英語の書物を収めた書庫で、育ったのである。ナイフとギターがパレルモの辻々で幅をきかせていたと人は言うが、朝な朝なわたしを訪れ、夜な夜な快い戦慄を与えてくれたものは、馬蹄の下で悶えるスティーブンソンの盲目の海賊、友人を月に見棄ててきた裏切者、未来から萎れた花を持ち帰った時間の旅人、ソロモン大王の壺に幾世紀もの間幽閉されていた悪魔、あるいは宝石と絹の陰に癩病を隠している、ベールを被ったヨラサンの予言者などであった。
 その間、忍びがえしのついた鉄柵の向う側には何があったのだろう? わたしから僅か数歩しか隔っていない胡散臭い店先とか、危険きわまりない荒地では、土地柄にふさわしい苛酷な運命がどのように展開していたのだろうか? そもそも、パレルモとはいかなる土地であり、仮に美しかったとして、それは果してどのようなものであったろう。
 こうした問いに、記録というよりも想像の所産たるこの書物は答えることを願ったのである。」



「IV 場末の詩(うた)」より:

「『マルティン・フィエロ』を鑑賞するには、それがパンパの詩(うた)なのではなく、パンパに追放された男の詩(うた)、村落といった類の居留地や社会的「村」に集約される田園文化に拒まれた男の詩(うた)であるということを理解すれば充分なのである。フィエロは超人的勇気の持ち主であったが、孤独に耐えることはやはり苦痛であった。孤独がパンパを意味するからだ。」


「IX 短刀」:

「引き出しの中に一振りの短刀が入っている。
 これは前世紀末にトレードで打ち出されたものだ。それをわたしの父がルイス・メリアン・ラフィヌールから譲り受け、ウルグアイから持ち帰ったのだ。エバリスト・カリエゴもかつてそれを手にしたことがあった。
 それを目にした者はおしなべて一刻それと戯れねばならなくなり、そうすると、しばらく前からそれを探していたのだ、ということに気がつく。手は、握り手を待ちのぞんでいる柄(つか)を急いで握りしめる。従順で力に満ちた刃は鞘の中で正確に働く。
 短刀はもうひとつ別なものを要求する。
 それはただ金属製品というだけではない。人間は短刀を必須の目的のために案出し、作りあげた。昨夜タクアレンボーで一人の男を殺(や)った短刀と、シーザーを殺害した短刀とは一貫して変らぬ共通項を持っている。人を殺害したがる、だしぬけに血を流したがる、というのがそれである。
 書きもの机の引き出しの中、原稿と書簡の類にまじって、短刀が虎のように純な夢を見果てることなく夢見ている。そして人の手がそれを操る時、金属は活気を帯び、ゆえに手も活気づく。金属は触れられる度に殺害者を予感するが、それは短刀が人間を殺すために創り上げられたからなのだ。
 わたしは短刀を見ると悲しくなる。誠に硬質にしてまた実に誠実であり、誠に無感覚というかあるいは無邪気な強慢さを湛えながら、かくして年月は過ぎてゆく、無益にも。」



「XI タンゴの歴史」より:

「わたしの質問した人々は基本的な事実では一致していた。すなわちタンゴの起源が売春宿にあるということである。(その発祥年代においても同様で、誰にいわせても一八八〇年代より前でもなく九〇年代より後でもなかった。)オーケストラに用いられた初期の楽器――ピアノ、フルート、バイオリン、後にはバンドネオン――からみても、費用という点で、このことを実証している。周知のように、六弦のギターでいつの場合でも事足りていたスラム街にはタンゴは遂に生れなかったという。」

「以上述べたようにタンゴの過去への代償作用としての機能は理解できたとしても、まだ未解決な短い神秘は残っている。アルゼンチン人はアメリカ大陸の独立にかなり大きく貢献してきた。(中略)我が国の戦いの過去は数えきれぬほどあるが、異論の余地のない事実としては、アルゼンチン人が自分を勇者であると思う時は、(中略)軍人と自己を同化するのではなく、一般に概念化したガウチョ像、ならず者(コンパドレ)像と同化してしまうものだ、ということである。もしわたしの考えに誤りがなければ、アルゼンチン人の本能的で逆説的な一面がそれを説明してくれる。アルゼンチン人は自己の象徴をガウチョに見出すのであって軍人にではないが、その理由はといえば、先祖からの口伝によってガウチョに象徴される勇気というものが、一つの大義への奉仕にあるのではなく、ただひたすら純粋なものだからである。ガウチョもならず者(コンパドレ)も叛逆者として想像されているが、アルゼンチン人は、米国人やほとんど大部分のヨーロッパ人と異って、国家と自己を同一視することはない。そのことは、国家というものがわけのわからない抽象であるという一般的な事実に帰因するのだ。確かなことは、アルゼンチン人は一個人であって、一市民ではない、ということである。ヘーゲルの「国家とは道徳理念の実現である」という箴言はアルゼンチン人にとって悪意にみちた冗談にすぎないのだ。ハリウッドで作られる映画は、犯罪者の友情を買っては後に警察に売り渡す男(大抵の場合、新聞記者である)のストーリーを繰り返し礼賛しているが、友情とは情熱であり警察は一種の「マフィア」だと思いこんでいるアルゼンチン人にとってそんな「英雄」とは理解し難い悪党だとしか思われない。(中略)加えてアルゼンチン文学に描かれたある夜がその観をさらに深めてくれているが、その絶望的な夜、地方警察の警部は、一人の勇者を殺すという罪に加担することは到底できぬと叫んで、脱走兵マルティン・フィエロと共に、部下の兵士に戦いを挑んだのだった。」












































































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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