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J・L・ボルヘス+ビオイ=カサーレス 『ブストス=ドメックのクロニクル』 斎藤博士 訳 (新装版)

「機械による支配というものは、もはや人々が事新しく論ずることのない自明の理となっているが、〈無為なる機械〉の出現は、かかる不可避的なる道程をさらに一歩前進させるものに他ならないのである。」
(J・L・ボルヘス+A・ビオイ=カサーレス 「無為なる機械」 より)


J・L・ボルヘス
A・ビオイ=カサーレス 
『ブストス=ドメックのクロニクル』 
斎藤博士 訳


国書刊行会 
1977年6月25日 初版第1刷発行
2001年2月23日 新装版第1刷発行
213p 
19.4×12.6cm 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,200円+税
装幀: 山田英春
Jorge Luis Borges y Adolfo Bioy Casares : Crónicas de Bustos Domecq, 1967



訳者は『ドグラ・マグラの夢』の著者、狩々博士こと斎藤博士(さいとう・ひろし)。


ボルヘス ブストスドメックのクロニクル


帯文:

「偉大なる剽窃作家パラディオン、
宇宙的レアリスム作家ボナベーナ、
無限数の秘密結社存在論者バラルト、
究極の簡略詩人エレーラ……。…………………………
……………………極めて過激で奇矯なる
架空の芸術家たちをめぐる
真面目で奇想天外な短篇小説集」



帯背:

「純然たる
言葉の遊び」



目次:

序 (ヘルバシオ・モンテネグロ)

セサル・パラディオンへのオマージュ
ラモン・ボナペーナとの一夕
絶対の探究
新自然主義
ローミスの様々なる書目とその分析
抽象芸術
結社の原理
世界劇場
ある芸術の開花
詩学階梯
選択する眼
失われしを嘆く勿れ
かくも多様なるビラセーコ
われらが画工、タファス
衣裳革命 I
衣裳革命 II
斬新なる観点
存在は知覚
無為なる機械
不死の人々

H・ブストス=ドメックを讃えて (斎藤博士)




◆本書より◆


「新自然主義」より:

「さて、ウルバスの場合となるとやや別の様相を呈しているのである。この若い詩人は――今日では名声を受け入れてはいるが――一九三八年の九月当時は全く無名の存在であった。この年デスティエンポ社が主催した詩コンクールの権威ある審査員席に陣取った錚々たる文学者の面々が、彼を檜舞台へ連れ出すことになったのである。コンクールの課題は御承知のように古典的にして永遠なる薔薇であった。諸々のペンが功を争い、名のある詩人連もむらがり集った。そしてアレクサンドランはたまた弱強五歩格に鍛え上げられた園芸学的論述の数々が称讃の対象となったのである。しかしウルバスが提示したコロンブスの卵の前にはすべてがその顔色を失ったのだ。ウルバスが衒わず臆せず差し出したのは薔薇そのものに他ならなかったのだ。一人として異を称える者はいなかった。人間の人工的なる娘、言葉は、神の娘、天然の薔薇には勝つことができなかったのである。卒直なる功績に対しては一挙に五十万ペソが授与されたのであった。」


「ローミスの様々なる書目とその分析」より:

「それにひきかえローミスにおいては、書名が即ち作品なのである。読者は両要素の厳格なる一致を驚きの眼をもって認めるにいたるのだ。例えば『寝台』の本文はただ一語、寝台、で成り立っているのである。お話、形容辞、隠喩、登場人物、サスペンス、脚韻、頭韻、社会的な掛かり合い、象牙の塔、アンガジュマンの文学、レアリスム、独創性、古典の隷属的な模倣、そして文構成そのものをも含む一切合財が、完全に手を切られているのである。」


「結社の原理」より:

「この説明によれば、人類は気候的政治的に多様性をおびているにもかかわらず、無数の秘密結社によって構成統合されているのである。そしてその構成員は互にそうであることを知らず、又常にその身分、立場を交替しているのである。ある結社は他のそれよりも永続性に富む。例えば、カタルーニャ姓を鼻にかける人々のそれとか、Gで始まる姓を鼻にかける人々のそれ等。又、別のグループはこれとは反対に速やかに消滅する方に属するが、例えば、ブラジル或はアフリカにおいてジャスミンの香りを嗅いでいるすべての人々のグループとか、もっと学のある連中の例を挙げれば、バスの切符を読んでいる人々のそれとか……。又、別のグループはそれ自身興味ある亜種へと分化している。例えば、ひどい咳に襲われている人々は亜種としてこの同じ瞬間にそれぞれ、スリッパを履く人々、自転車で夢中になって遁走中の人々、テンパリー駅で乗換える人々に分類することができるであろう。別の分派は又、これら咳を含む余りにも人間的なる三様の特徴から遠く離れて身を持する人々によって構成されるのである。」


「詩学階梯」より:

「袖口という言葉は袖と口とで構成されていて、例の権威ある辞書によれば「手首に最も近い袖の部分、特に内側、裏打ちを指す」ということになる。これではギンスベルクは頭をたてに振りはしないのだ。発見されたノートはこう語っている。「袖口という語は私の詩においては、かつて聞いたことがあり、一度忘れ去られ、数年の後に再び思い出されたメロディーが喚起する感情を意味するのである。」



◆感想◆

帯には「短篇小説集」とありますが、本書は評論集の形を借りた長篇小説として読むとよいです。架空の人物「ヘルバシオ・モンテネグロ」(『ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件』に登場する俳優)による序文からしてすでに、巧妙な伏線が仕掛けられています。
体裁としては、ブストス=ドメックなる人物(探偵小説『ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件』の著者)による時評集ということになっているのですが、既に誰かによって書かれ、出版された本を、一字一句変えずに自分の作品として出版する作家とか(作者とその作品の間に密接な関係を見ようとする一般的な批評の立場からいうと、全く同じ作品でも、作者がコナン・ドイルか「セサル・パラディオン」かで、違った意味を持つものになる)、全く同じ詩を、タイトルだけ変えて何度も発表し続けた詩人とか(同じ作品でも、読む人のその時々の関心のあり方によって違った意味をもつものになるので、誰もそれが同じ作品であることに気付かない)について論じているうちに、やがて文学にとどまらず、絵画や秘密結社、ファッション、テレビ、機械文明に論述の対象は及び、やがて「不死の人々」(ポオの「使い切った男」を連想させます)と遭遇したブストス=ドメックが、自らも「不死の人」になる決意をするところで本書は終ります。
























































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