ハナ・グリーン 『分裂病の少女 デボラの世界』 (佐伯わか子・笠原嘉 訳)

「時として彼女は深い悲しみを感じながら、この病院の患者たちより遙かに狂っている、外の世界のことを考えるのだった。(中略)当時病院の壁の外にはヒトラーがいたが、病院の内と外と、いったいどちらが正気の世界なのか、彼女にも判断できなかった。」
(ハナ・グリーン 『分裂病の少女 デボラの世界』 より)


ハナ・グリーン 
『分裂病の少女 
デボラの世界』 
佐伯わか子・笠原嘉 訳


みすず書房 
1971年10月10日第1刷発行
1987年12月5日第16刷発行
370p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,884円(本体2,800円)



本書「訳者あとがき」より:

「「デボラの世界」はハナ・グリーン(本名 Joanne Greenberg)の“I Never Promised You A Rose Garden”(Holt, Rinehart and Winston, Inc.)の全訳である。直訳すれば「私はあなたにバラの園をお約束したわけではない」となる。これは、文中フリード博士が患者デボラにいう言葉からとられたものである。」


グリーン デボラの世界


カバー裏文:

「狂気の世界の魅力と不思議さが、これほど明晰に、美しく描かれたことはなかったであろう。十六歳の少女の、三年間にわたる精神病院での生活と、狂気から現実への旅路をえがくこの小説は、すぐれた精神科医フリーダ・フロム=ライヒマンの面影をつたえているといわれる。狂気を語る小説は数多いが、分裂病という難病について、現代の精神病理学がもっている知見をこれほど正確に十分にふまえて書かれた小説は他に類をみない。一つの生命のきびしい闘いの勇気にみちた物語は、無限の悲哀とかずかずの恐怖をテーマに含みながらも、その読後感は、さわやかに人を勇気づけるであろう。」



◆本書より◆


「時として彼女は深い悲しみを感じながら、この病院の患者たちより遙かに狂っている、外の世界のことを考えるのだった。彼女はドイツの病院にいた頃知っていたティルダのことを思い出した。当時病院の壁の外にはヒトラーがいたが、病院の内と外と、いったいどちらが正気の世界なのか、彼女にも判断できなかった。ベッドに縛りつけられ、カテーテルで食べさせられ、薬で辛うじて抑えられるほどだったティルダの殺意をもった憎悪さえ、時には力が衰えてそのあいまから光明がさすことがあった。」
(p. 13)

「デボラは『どうすれば気にいるの? 脳みそまで変えたいっていうんでしょう』と言いました。」
(p. 44)

「「以前に知っていた患者さんで、ありとあらゆる怖ろしい方法で自分をいじめていた人があります。なぜそんなことをするのか、と聞きましたら、『世間がする前に、やるんだ』と言うのです。そこで『世間が本当にやるかどうか待ってみたらどう?』とききますと、『でも結局はそうなるんだ。だから、まず自分からすれば、その時には少なくとも私は自分の自己破壊については主人なのだ』と言うのです」
 「その方は……よくなられましたか?」
 「よくなられましたよ。でもあとでナチスにつかまってダハウにおくりこまれ、そこで亡くなりました。」」
(p. 49)

「デボラに会って、何を、どう言えばよいか、私にはわかりません。あの娘(こ)は父親には全く会いたくない、と言っています。それにこの前あった時は私に対しても、うつろな夢遊病者のような目つきしか見せませんでした」
 「本当に危険なことは、一つしかありません。ことに今はその点で、とくに感じやすくなっていられますから」
 「それは何でしょう? 先生」
 「うそをいうことです、もちろん」
(p. 50)

「妹のスジーが生れた時、デボラは、その赤ら顔の、やかましいへんなにおいのする、肉塊を侵入者としか思えなかった。それなのに親戚のだれもかれもが子供部屋におしかけてきて、赤ちゃんはきれいだ、とか、かわいいとか言って、彼女のいる場所さえなくなってしまったのだった。その上、その連中は彼女が赤ん坊のことをどう思っているかを知って、驚いたり腹をたてたりした。彼女が赤ん坊を醜いと思い、大きらいだと言い、きれいだとか仲間だなんて全然考えられない、と言った時、それは小さな姉にとってはごくあたりまえのことだったのに。
 「でも妹さんができたんでしょ、うれしいはずよ」その人びとは言ったものだ。
 「だって私がつくったのでもないし、相談をうけたわけでもないのに」
 それを聞いた時以来、家族は彼女に不安を感じはじめた。五つの子供らしくもない、ませた口をきく、そしてまるでかわい気がない、冷たくて残酷な女の子だ。正直なのかもしれない、でも自分のことしか考えない怒りんぼだ。優しい気持なんてまるでない子だ。」
「悪霊にとりつかれたように、デボラの口から、全身から、呪いが発散し、それは消えることはなかった。」
(pp. 60-61)

「《お聞き、小鳥さんよ、お聞き、荒れ馬であるものよ、お前はあいつらの仲間ではない!》」
「《お前さんはあいつらの仲間だったことはない、決してない! お前さんは全然ちがうのだ》」
(p. 63)

「《お前はかれらの仲間ではない、お前はわれわれの一人だ》」
「《あいつらのうそと戦うのはもうやめなさい、お前はあいつらの仲間ではない》」
「《われわれの小鳥になるがよい、風の中を自由にとんで。われわれの野性の馬になるがよい、頭をかかげ、恥じらわないで》」
(p. 77)

「「何もかも憎しみ――世界も、キャンプも、学校も……」
 「学校も反ユダヤ的でしたか?」
 「いいえ、学校はましでしたわ。その憎しみはどれもこれも私だけのものだったんです。行儀作法ではどうしようもない本物の嫌悪。でもちょっとした嫌悪感がいつでも本物の怒りや憎悪に燃え上りました。そのたびに私はどうしてそうなるのか自分でわかりませんでしたの。よく人からきかされたわ、『あんたがあんなことをしたから……』『あんなひどいことを言われた後で……あんたのことかばってあげられると思ってるの?』私はいつも、いったい何を言ったのかしら、したのかしら、と思ったものです。(中略)私はしょっちゅう『ごめんなさい』をいって歩かなければならなかったの、でも私にはなぜ、そして何をしたから、そんなに詫びなければならないのか、さっぱりわからなかったんです。」」
(pp. 87-88)

「「怖ろしい力が……怖ろしい破壊力が私にある。お願い。私に……だれをもそんなふうに傷つけさせないで」」
(p. 134)

「「私は決してばらの花園を約束しませんでしたよ、私は決して完全な正義など約束しませんでしたよ。(博士はふとティルダを思い出した。ニュルンベルクの病院を退院して、かぎ十字(ハーケンクロイツ)の支配する町へ出ていったが、やがて戻ってきて、やすりのようにかたい作り笑いをして言った。『恒久平和(シャロムアレヘム)! 先生、あいつらはわたしよかずっときじるしよ!』))……平和も幸福も約束したおぼえはありません。私がお手伝いするのは、あなたがそういうものと自由に戦うことができるためです。」」
(p. 141)

「「しかしわれわれがあの娘(こ)に与えた世界はちっともそんなに怖ろしい世界ではありませんでした」とジェコブは言った。
 「でも、彼女はあなたがたのその世界を全然うけとらなかったのです。おわかりになりませんか? 彼女は一個のロボットをつくりあげたのです。そのロボットが現実世界の中で動きまわっていただけなんです。本物の彼女は、そのかげに隠れて、ますます遠のいてしまったのです」」
(p. 146)

「「どうぞあの子をなおしてください」「行儀よくふるまえるようにしてください。そして私たちの夢を実現できるように、まともにしてください」それが家族たちの言葉なのだ。彼女は嘆息をついた。インテリの親も、正直で善良な親も、自分の子供を売りわたすことは平気なのだ。」
(p. 147)

「「すみませんが、先生。私がふつうの人とちがうということが、私の病気なのではありません。」」
(p. 223)

「「いつも……合っていないのです。……顔の表情と。私が怒ってもいない時に、『何を怒っているの?』ときかれ、そんなことまるで考えていない時に『人をばかにしないで』とよく言われました。それが〈検閲者〉が必要だったり〈Yr(イア)〉の法則が必要だったりした理由の一つですわ」」
(p. 268)

「「病気の症状も、病気自体も、秘密も、みなそれぞれにいくつかの存在理由があるのですよ。それらがお互いに支えあい、補強しあっているんです。(中略)症状の一つ一つはたくさんの必要に迫られて組み立てられたもので、複雑な目的をもっています。だからこそ、取り除くのは苦しいことなのよ」」
(p. 275)

「『本当にしたいと思うことをなさい』」
(p. 308)

「彼女は自分を捉えた人びとと妥協したけれど、もはや「ふりをする」ことを続ける気は全くなくなっていた。何はさておき、どこかに帰属していたいという気はなくなっていた。今では彼女はそうすることの代価がどれほど高くつくか理解していた。」
(p. 331)



著者ホームページ(英文)
http://mountaintopauthor.com/



◆感想◆


本書の邦題は、たいへんまぎらわしいです。実在の患者の手記あるいは臨床記録と思いきや、小説でした。著者のホームページによれば、本書は「自伝小説(a fictionalized autobiography)」です。
あるいは「統合失調症になった高機能自閉症の少女デボラの世界」とでもすればわかりやすいと思いますが、「病」とか「症」とか、そういう体制側からの抑圧的な押しつけターミノロジーはもうたくさんです。

本書をよんで、子どもの頃に共感した「樽のなかの哲学者ディオゲネス」の話や、グノーシス主義思想、ラブレー/アレイスター・クロウリーの律法「汝の意志するところをなせ、それが法の全てとならん」、ミュータントものSF『スラン』『人間以上』、中井英夫の『虚無への供物』などを思い出しました。

「時として彼女は深い悲しみを感じながら、この病院の患者たちより遙かに狂っている、外の世界のことを考えるのだった。(中略)当時病院の壁の外にはヒトラーがいたが、病院の内と外と、いったいどちらが正気の世界なのか、彼女にも判断できなかった。」
(本書より)

「考えてくれ、いまの時代で、気違い病院の鉄格子の、どちらが内か外か。何が悪で、何が人間らしい善といえるのか。」
(中井英夫『虚無への供物』より)

ちなみに本書(原書)は『虚無への供物』と同年、1964年に刊行されています。


デボラは、現実の世界と、心のなかの世界、ふたつの世界の対立に苦しみます。
・〈いま(ナウ)〉 
「現実の世界」
・〈Yr(イア)王国〉 
デボラが現実の世界に恐怖を感じると逃げ込む世界 「黄金の牧場と神々」 独自の「秘密の言語」があり、現実の世界とは違う「暦」がある 当初は自閉症のデボラが安らぎを見出すことができる世界であったが、しかし統合失調症になってから「何かが変化して、〈Yr〉は美と守護の源泉から、恐怖と苦痛の源泉と化してしまった」
「Yr」には、〈穴(ピット)〉とよばれる、意味が重要ではなくなり、「恐怖さえ意味をもたない」場所があり、そこでは「時々は彼女は自分の言語さえ忘れてしまうのだった」 
そしてこのふたつの世界のあいだに〈中立地帯〉があります。

デボラの心の世界の住人たち:
・〈アンテラビー〉 
「落ちつつある神」。デボラが子どもの頃に見たミルトン『失楽園』挿絵のサタンの記憶から作られたイメージ。アンテラビーと落ちていった先に「Yr」がある。「お前はあいつらの仲間ではない!」「お前さんはあいつらの仲間だったことはない、決してない! お前さんは全然ちがうのだ」
・〈ラクタメオン〉 
「Yr」で二番目の権力者。
・〈検閲者〉 
警告を与える者。デボラを「小鳥ちゃん」と呼び、現実の世界に対する警戒をうながす。「〈検閲者〉は、はじめは私を守ってくれるはずだったの。最初〈中立地帯〉にいて、〈Yr〉の秘密がこの世界の会話のなかで洩れないように気をつけていました。〈Yr〉の声や儀式がこの世界の人びとに知られないように私の言動をきびしく見張っていました。でもとにかく暴君になっていったのです。私の言うこと、することの一切を命令するようになりました。」
・〈集団(コレクト)〉 
デボラを「怠け者」「うそつき」と責め、憎悪と呪いの言葉を投げつける、内面化された現実=健常者の世界。「お前はわれわれの仲間ではない!」





























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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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