伊良子清白 『詩集 孔雀船』 (岩波文庫)

「顏(かほ)蒼白(あをじろ)き若者(わかもの)に
秘(ひそ)める不思議(ふしぎ)きかばやと
村人(むらびと)數人(あまた)來(きた)れども
彼(かれ)はさびしく笑(わら)ふのみ」

(伊良子清白 「鬼の語」 より)


伊良子清白 
『詩集 孔雀船』

岩波文庫 31-030-1 (緑 30-1)

岩波書店 
1938年4月5日第1刷発行
1981年12月10日第6刷発行
116p 
文庫判 並装 
定価200円



本書「解説」より:

「夥しい作品のうちから僅かに十八篇の詩を鈔した詩集「孔雀船」の初版が、長原止水畫伯の裝幀によつて、東京銀座三丁目の佐久良書房から刊行されたのは、明治三十九年の五月であつた。」
「昭和四年四月、梓書房によつてその再版が刊行された。これは日夏耿之介氏の解説に、中山省三郎の文獻誌的覺書を添へ、外裝を凝らしただけであつて、本文は原書のまま殆んど改訂を加へられなかつた(この文庫本に於ても、同樣の方針に據つて、嚴密なる校訂を經る譯である)。
 再版の解説の中で、日夏耿之介氏は「詩史は次第に移り、詩家は時とともに變つたが、『孔雀船』に盛られた詩情の正しき後繼者はつひに出なかつた。この詩風たるや、人間すべての想像生活の展開に於て見られる普遍性ある必至のもので、この詩情に對する憧憬と要求とは、如何に世界と時代とが變化しても永代不易である」 と、周到な評價を與へられた。」



正字・正かな


伊良子清白 孔雀船


帯文:

「孤高の詩人清白が数多くの詩作から厳選に厳選を重ねて自ら編んだ生涯に一冊の詩集。その清純なリリシズムは読む人の心に沁み透る。」


内容:

岩波文庫本のはしに (伊良子清白 昭和13年3月)
小序 (伊良子清白 昭和4年3月)

漂泊
淡路にて
秋和の里
旅行く人に

海の聲
夏日孔雀賦
花賣
月光日光
華燭賦
五月野
花柑子
不開の間
安乗の稚兒
鬼の語
戲れに
初陣
駿馬問答

解説 (中山省三郎 昭和13年早春)




◆本書より◆


「解説」より、著者による自伝:

「名は暉造、明治拾年拾月四日鳥取県八上(やかみ)群曳田(ひけた)村に生る。幼時父母に伴はれて三重県に轉住。其の地の小學校を経て津中學校を卒業した。中學在學中同志數名と共に和美会雜誌經文學等發行。詩は十六七歳から習作を試みた。次で京都府立居醫學校(今の府立醫科大學)に入學三十二年卒業、後東京に出て傳染病研究所東京外国語學校獨逸語學科に学んだ。醫學校在學中から『文庫』『靑年文』に寄稿し、出京後は『明星』初期の編輯に参与、またその頃大阪で發行せし『よしあし草』(後に『関西文學』)にも執筆した。常に『文庫』の同人として河井醉茗、横瀬夜雨、其他の多くの同志と共に詩作に努力した。三十九年五月詩集『孔雀船』を出版、所収詩篇僅かに拾八篇であつた。出版と同時に東京を去り、島根大分を經て臺灣に在ること十年、大正七年京都まで歸住、其の間みな官營病院の醫師として多忙に生活した。十一年現在志摩鳥羽に移り、はじめて開業、漸く時間を惠まれた、かくて前後二十三年全く詩を遠ざかつたが、昭和三年出京と共に旧友との再會を機とし再び詩に復活するに至つた。」


「月光日光」:

「月光(げつくわう)の
       語(かた)るらく
  わが見(み)しは一(いち)の姫(ひめ)
    古(ふる)あをき笛(ふえ)吹(ふ)いて
    夜(よ)も深(ふか)く塔(あらゝぎ)の
    階級(きざはし)に白々(しらじら)と
       立(た)ちにけり

  日光(につくわう)の
       語(かた)るらく
  わが見(み)しは二(つぎ)の姫(ひめ)
    香木(かうぼく)の髓(ずゐ)香(かを)る
    槽桁(ふなげた)や白乳(はくにゆう)に
    浴(ゆあ)みして降(ふ)りかゝる
    花姿(はなすがた)天人(てんにん)の
    喜悦(よろこび)に地(つち)どよみ
       虹(にじ)たちぬ

  月光(げつくわう)の
       語(かた)るらく
  わが見(み)しは一(いち)の姫(ひめ)
    一葉舟(ひとはぶね)湖(こ)にうけて
  霧(きり)の下(した)まよひては
    髪(かみ)かたちなやましく
       亂(みだ)れけり

  日光(につくわう)の
       語(かた)るらく
  わが見(み)しは二(つぎ)の姫(ひめ)
    顏(かほ)映(うつ)る圓柱(まろばしら)
    驕(おご)り鳥(どり)尾(を)を觸(ふ)れて
    風(かぜ)起(おこ)り波(なみ)怒(いか)る
    霞立(かすみた)つ空殿(くうでん)を
    七尺(せき)の裾(すそ)曳(ひ)いて
    黄金(わうごん)の跡(あと)印(つ)けぬ

  月光(げつくわう)の
       語(かた)るらく
  わが見(み)しは一(いち)の姫(ひめ)
    死(し)の島(しま)の岩陰(いはかげ)に
    靑白(あをしろ)くころび伏(ふ)し
    花(はな)もなくむくろのみ
       冷(ひ)えにけり

  日光(につくわう)の
       語(かた)るらく
  わが見(み)しは二(つぎ)の姫(ひめ)
    城(しろ)近(ちか)く草(くさ)ふみて
    妻(つま)覓(ま)ぐと來(こ)し王子(みこ)は
    太刀取(たちとり)の恥(はぢ)見(み)じと
    火(ひ)を散(ち)らす駿足(しゆんそく)に
    かきのせて直走(ひたばせ)に
    國領(こくりやう)を去(さ)りし時(とき)
    春風(はるかぜ)は微吹(そよふ)きぬ」



「不開の間」:

「花吹雪(はなふぶき)
まぎれに
さそはれて
いでたまふ
館(たち)の姫(ひめ)

蝕(むしば)める
古梯(ふるはし)
眼(め)の前(まへ)に
櫓(やぐら)だつ
不開(あけず)の間(ま)

香(かぐ)の物(もの)
焚(た)きさし
採火女(ひとり)めく
影(かげ)動(うご)き
きえにけり

夢(ゆめ)の華(はな)
處女(をとめ)の
胸(むね)にさき
きざはしを
のぼるか

諸扉(もろとびら)
さと開(あ)く
風(かぜ)のごと
くらやみに
誰(た)ぞあるや

色(いろ)蒼(あを)く
まみあけ
衣冠(いくわん)して
束帯(そくたい)の
人(ひと)立(た)てり

思(おも)ふ今(いま)
いけにへ
百年(もゝとせ)を
人柱(ひとばしら)
えも朽(く)ちず

年若(としわか)き
つはもの
戀人(こひびと)を
持(も)ち乍(なが)ら
うめられぬ

怪(け)し瞳(ひとみ)
炎(ほのほ)に
身(み)は燃(も)えて
死(し)にながら
輝(かゞや)ける

何(なに)しらん
禁制(いましめ)
姫(ひめ)の裾(すそ)
なほ見(み)えぬ
扉(とびら)とづ

白壁(しらかべ)に
居(を)る蟲(むし)
春(はる)の日(ひ)は
うつろなす
暮(く)れにけり」



「安乘の稚兒」:

「志摩(しま)の果(はて)安乘(あのり)の小村(こむら)
早手風(はやてかぜ)岩(いは)をどよもし
柳道(やなぎみち)木々(きゞ)を根(ね)こじて
虚空(みそら)飛(と)ぶ斷(ちぎ)れの細葉(ほそは)

水底(みなぞこ)の泥(どろ)を逆上(さかあ)げ
かきにごす海(うみ)の病(いたづき)
そゝり立(た)つ波(なみ)の大鋸(おほのこ)
過(よ)げとこそ船(ふね)をまつらめ

とある家(や)に飯蒸(いひむせ)かへり
男(を)もあらず女(め)も出(い)で行(ゆ)きて
稚兒(ちご)ひとり小籠(こかご)に坐(すわ)り
ほゝゑみて海(うみ)に對(むか)へり

荒壁(あらかべ)の小家(こいへ)一村(ひとむら)
反響(こだま)する心(こゝろ)と心(こゝろ)
稚兒(ちご)ひとり恐怖(おそれ)をしらず
ほゝゑみて海(うみ)に對(むか)へり

いみじくも貴(たふと)き景色(けしき)
今(いま)もなほ胸(むね)にぞ跳(をど)る
少(わか)くして人(ひと)と行(ゆ)きたる
志摩(しま)のはて安乘(あのり)の小村(こむら)」




こちらもご参照ください:

平出隆 『伊良子清白』























































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