種村季弘 『ヴォルプスヴェーデふたたび』

「夏の終りのある日、前記の人びとが集まった座で、沼に落ちておそろしい死に方をした一人の男のことが話題に上った。すると、クララ・ヴェストホフが、沼の底からときおり浮かび上ってくる齢千年を経た伝説的な「沼の死体」の話を口にした。」
(種村季弘 『ヴォルプスヴェーデふたたび』 より)


種村季弘 
『ヴォルプスヴェーデふたたび』 
Wieder in Worpswede


筑摩書房 
1980年4月10日 第1刷発行
274p xiv 口絵(カラー)4p 
20.6×15.4cm 
角背紙装上製本 貼函 
定価3,500円
装幀: 草刈順

函: フォーゲラー 銅版画集『春に寄せて』のカバーより 1899年
表紙型押: フォーゲラー 雑誌『白樺』の表紙絵下絵 1912年
見返: フォーゲラー パルケンホーフ 銅版 1910年
口絵: ハインリッヒ・フォーゲラー 夏の夕べ (あるいは「コンサート」) 油彩 1905年/オットー・モーダーゾーン 砂穴の上の月 油彩 1890年/パウラ・モーダーゾーン=ベッカー エルスベート 油彩 1902年/同 ライナー・マリア・リルケ像 油彩 1906年



本書「あとがき」より:

「本書の原形は雑誌『流動』一九七八年一月号から一九七九年三月号に連載された。雑誌掲載時の題名は「ヴォルプスヴェーデ再訪」。イーヴリン・ウォーの「ブライヅヘッド再訪」にあやかったつもりであった。単行本に際して改題したのは、英語の revisited に当るドイツ語がそのままではしっくりしないということから平たくしたまでで、それほど意味はない。」


著者はこう書いていますが、吉田健一訳の邦題「ブライヅヘッドふたたび」にあやかっています。
本文中図版(モノクロ)多数。


種村季弘 ヴォルプスヴェーデふたたび 01

函表。


種村季弘 ヴォルプスヴェーデふたたび 02

函裏。


種村季弘 ヴォルプスヴェーデふたたび 04


帯文:

「世紀転回期、ドイツの寒村に花開いた、フォーゲラー、パウラ・ベッカー、リルケなど芸術家たちの審美的共同体、その激しくも悲劇的な運命を活写する紀行的評伝。」


種村季弘 ヴォルプスヴェーデふたたび 03


目次:

序章 白樺の家
第1章 世代と故郷
第2章 死と祝祭
第3章 遠方から 遠方へ
第4章 仮装行列としての生
第5章 ピュグマリオンの嘆き
第6章 美の独裁
第7章 皇帝への手紙
第8章 大洪水の後
第9章 イカロスの失墜
終章 バルケンホーフその後
*
補遺 コロニーとキャバレー

あとがき

巻末
 年譜
 人名索引
 参考文献



種村季弘 ヴォルプスヴェーデふたたび 05



◆本書より◆


「世代と故郷」より:

「その夜、私たちは農家の納屋を改造したメクセパーのアトリエでセロニアス・モンクを聴きながらウイスキーを飲み続け、深夜になってからメクセパー夫人を呼び出して、ホテル・カフェの誰もいない大食堂で熱い濃厚なスープの夜食を摂ったのだった。」

「当主のウァルデマール・オットーはちょうど仕事を終えたところだった。アトリエの隅に等身大よりすこし大き目の、出来かけの木彫の人形のようなものが立っている。その木屑のなかから這い出すようにしてオットーは客を迎えた。」
「オットーが暴力=遊戯人形装置を作る理論的背景には、ユング派の美術史家エーリヒ・ノイマンの『太母』の現象学が隠見しているように見受けられた。暴力も悪も、原型としてのマグナ・マーテル(太母)の全体性の否定面にすぎず、不意の疾風や雷鳴のような偶発的暴力が激発するとしても、それはあくまでも全体として持続する宇宙的原秩序の一面であって、いかなる男性的な暴力の形もすでに豊饒な太母像のなかに一部分として包括されているのである。したがって瞬間的な発顕としてはいかに恐ろしげでも、やがてその激発は豊沃な太母の腹中に波のうねりが鎮まるように呑み込まれてゆく。」



「イカロスの失墜」より:

「だが、束の間の制作活動も長くは続かない。翌一九四一年にはドイツ軍がモスクワの間近まで迫っていた。フォーゲラーは他の亡命ドイツ人たちと一緒にカザフスタンの第二十四コルホーズに送致された。大多数が狂信的回教徒のカザフスタン原住民は疎開労働者に敵対的だった。彼は山羊小屋の藁のなかで寝た。病気になれば穀潰しとして食事も看護も与えられずに死ぬまで放置された。娘婿グスタフ・レーグラーの証言によれば、こうして道路工事の強制労働の日々の後で、「彼は山羊小屋の裸の藁のなかで死んだ」。
 ソーニャ・マルクレウスカの証言はこれとまったく食い違う。腎臓を病んだフォーゲラーはコルホーズから四〇キロ離れた最寄りの病院まで橇(そり)を借りて走り、強行軍に疲れ果てて、「それでも病院で死んだ」のである。たぶんレーグラーの証言が正しいだろう。一九四二年にバスティネラー女史はたまたまモスクワでフォーゲラーと同じコルホーズにいた独露混血の理髪師に遭った。この男が立会った画家の最後は、病院の清潔なベッドの上ではなかった。理髪師は言ったのである。
 「そうですとも、私はあの人の顔から虱(しらみ)と馬糞をむしり取ってやりましただ。それから開いている眼を閉じてやりました」
虱と馬糞が「むしり取ら」なければならないほど顔面に食い込むような場所は、家畜小屋であって病院ではないだろう。死んでから二箇月ほど経ってモスクワから指令が来た――「画家は救援されるべきである」。死亡日時は一九四二年六月十四日、ハインリヒ・フォーゲラーは享年七十歳であった。
 不可解な謎が残っている。七十四歳の画家は、またしてもその気なら、カザフスタンの強制労働を避けることもできたというのである。旧友ベルンハルト・ジーヴァースは報告している。
 「世界青年祝祭劇の期間中(一九五一年)、私の滞在していたベルリンでH・V(ハインリヒ・フォーゲラー)の友人――マルクシスト――から聞いた話によると、H・Vがシベリア送りのドイツ人一隊と行をともにしたのは、彼みずからの意志によるものだというのだ。その友人の話では、彼にはそんなことをする必要がなかった……」。
 とすれば、ソ連当局はまたしてもカザフスタン行きを強制したわけではなかったのだ。もともとドイツ人亡命者のうちカザフスタンに送られたのは歴とした反対派と「好ましからざる人物たち」であって、(中略)錚々たる著名人は、時を同じうして凌ぎ易いアルマ・アタに疎開させられていた。身に覚えのないフォーゲラーは、後者を選んで快適な亡命生活を送ることもできたのである。それなのに何故、前者の襤褸に包まれた死の行進の群れに好んで身を投じたのか。ジーヴァースは奇怪なエピソードを思い出している。
 「彼(フォーゲラー)がカップ一揆の話を聞かせてくれたことがある……一揆のさなかで丸腰の人びとが見境もなく突き殺される……一種の宗教的ファナティシズムの光が彼の眼から迸り出て、彼はこう言った。《私は弾丸を身に受けるに違いないという気がした。私もまたいつか射殺され――そうしてはじめて私の運命も全うされるだろうと》」。
 夢想の天空に高々と舞い上った風船が弾丸の一発で破裂して地に墜ちる――イカロス失墜を思わせる「宗教的ファナティシズム」、あるいはむしろ宗教的道徳的マゾヒズムの徴候は、思えば(中略)フォーゲラーの行動に終始一貫しているのである。もう一人の伝記作家H・W・ベツェットは、マルタとの破婚直前のバルケンホーフ最盛期にまで遡って、失墜をひそかに熱望しながら飛翔しているイカロスの奇怪な告白を思い起している。
 「フォーゲラー自身が後に私に語ったところによると、自分はいわば地上の一切の重力を厭離したがる風船の天性をそなえた人間であって――極度に緊張した瞬間にこなごなに砕けて地上に四散するような人物の死でさえもが羨ましくてならない、というのだった」。
 とするならば、カザフスタンの荒涼たる大草原に野垂れ死にした末路は、他人眼にはどんなに悲惨に見えようと、いや悲惨なればこそまさしく彼にとっては本望だったのであろうか。かつてボイマーとの三角関係に堪えながら、妻マルタの裏切りにつれて彼女をいやましに美しい女神としてふり仰いだ画家は、晩年の加虐の相手を北方の酷薄な女神スターリニズム共産主義に擬し、踏みつけられ、ないがしろにされるだけ怖ろしい加虐者をひたすらきよらかな神の座へと高めながら、寒気と飢餓の苦悩の実存的快楽に悶えていたのであろうか。そうだとすれば、死に至るまで理想に忠実な共産主義者として振舞ったこの男は、無慈悲な美女(ラ・ベル・サン・メルシイ)の神聖偶像に焦れて身も心も灼き尽す没落嗜好(デカダンス)を至上の快楽と心得たあまたの世紀末芸術家のなかの、もっとも遠くまで旅した一人にほかならず、忠実な共産主義者とは、蜜を味わい尽すための口実にすぎなかったことになる。」



「あとがき」より:

「リルケがいみじくも「粘土質の空気」にたとえたように、ヴォルプスヴェーデの空気は重い。たとえばベルリンの、火花が散るほど刺戟的な渇いた空気のなかから帰ってくると、ときおり私は水のなかに降りて行くような錯覚に捕われたものだ。だから午睡のベッドに横になると、そのまま沼地に吸い込まれて行く重い死体が自分であるかのような、にぶい麻痺の感覚に包み込まれる。かりにベッドから立ち上って戸外に出てみても、沼の死体が水のような空気のなかを催眠状態でゆらゆらと漂遊している不安は、いっかな払拭されることはない。
 たぶんこの不安な感情は私が旅行者であるためで、地元の人たちは、魚が水中で安息しているような安堵感に根を下しているのだろう。そういう対照から類推してみると、一九〇〇年前後のコロニー入植者たちの感情もいくぶんか察しがつくような気がする。入植者たちは、もともと本来の故郷からやってきて他処の土地に結びつく、入婿としてのよそ者である。とすれば、フォーゲラーのように土地の娘マルタ(またはソーニャ)の誘(いざな)うがままに、沼に呑み込まれるように自らは消えることで土地と一体化するにせよ、それともリルケのようにいち早く危険を察して、石造の大都会へ、貴族の称号に鎧われた孤独な城館のなかへと、ヤドカリのように寄生して沼から逃れるにせよ、生れついた土地で生きて死んでいった父祖たちの幸福は、彼らにはもはやない。コロニーはそれぞれが根を絶たれた人びとの足の浮いた集合体であって、かりそめに空中庭園の華やぎに装われていても、一度(ひとたび)正体をむき出しにすれば、隔離病棟と強制収容所の素顔が裏側から不気味にせり出してくるからである。
 いや、そう言い切ってしまってはシニックにすぎる。むしろこう言った方がいい。コロニーの住人たちは、それがついには隔離病棟や強制収容所となるまで孤絶したコロニーの生活を徹底して(コンシークエント)生きたのだ、と。彼らがその「隔離の原理」において世界を対象化した結果は、今日私たちに作品として残されて、天国と地獄の相互関係を探る手掛りになっている。」



種村季弘 ヴォルプスヴェーデふたたび 06



こちらもご参照下さい:

『ハインリッヒ・フォーゲラー展』 (2000-2001)
『夢人館 10 リヒャルト・エルツェ』
イーヴリン・ウォー 『ブライヅヘッドふたたび』 (吉田健一 訳/ちくま文庫)






































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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

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尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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