イエーツ 『鷹の井戸』 松村みね子 訳 (角川文庫)

「わたしは世界を持つて
それをわたしの兩手でこなごなに碎いて
そのくづれて行くのを眺めてあなたが微笑(わら)ふのを見たい」

(イエーツ 「心のゆくところ」 より)


イエーツ 
『鷹の井戸』 
松村みね子 訳

角川文庫 685

角川書店 
昭和28年12月20日 初版発行
平成元年11月15日 再版発行
95p 
文庫判 並装 カバー 
定価320円



William Butler Yeats: At the Hawk's Well
正字・正かな。図版3点。
訳者による「あとがき」はイエーツの略年譜のみで、収録作品への言及はありません。


イエーツ 鷹の井戸 01


カバーそで文:

「本書は、
わが国の能舞台にヒントをえた作品として
広く知られる。
古色ゆたかなアイルランドに生をえた
薄明の詩人イエーツが
ケルト神話をもとに描いた
幻想と神秘の物語。」



目次:

カスリイン・ニ・フウリハン 一幕
心のゆくところ 一幕
鷹の井戸 一幕

あとがき (松村みね子)




◆本書より◆


「カスリイン・ニ・フウリハン」より:

ピイタア けふは遠くから來たのかい?
老女 遠くから、たいへん遠くから來たよ、わたしほど遠いとこを旅をして來たものはどこにもありやしない、そしてわたしを家に入れてくれない人がいくらもあるよ。丈夫な息子たちを持つてる人で、わたしの知つた人があつたが、羊の毛を切つてゐて、わたしの言ふことなんぞ聞いてくれないんだ。
ピイタア だれでも、自分の家がないといふのは、なさけないことだ。
老女 ほんたうにさうだよ、わたしがまごつき歩いてゐるのも長いことさ、初めて無宿者(やどなし)になつたときから。
ブリヂット そんなに長く放浪(たび)をしてゐてそんなに弱りもしないのは不思議だわねえ。
老女 時々は足が草臥れて手も靜かになつてしまふけれど、わたしの心の中は靜かぢやない。わたしが靜かになつてゐるのを人が見ると、年寄になつてすつかり働きがなくなつたのだと思ふかもしれないが、心配が來ればわたしは自分の友だちに話をするよ。
ブリヂット どうした譯で放浪(たび)を始めたの?
老女 あんまり大勢の他人が家(うち)にはひつて來たので。
ブリヂット ほんたうに、お前さんも苦勞したらしいね。
老女 ほんたうに、苦勞したよ。
ブリヂット 何が苦勞の初めだつたね?
老女 土地を取られてしまつたのだ。
ピイタア たくさんの土地を取られたのかい?
老女 わたしの持つてゐた美しい綠の野を。」

ブリヂット 正氣だらうか? それとも、この世の人ぢやないのかしら?」

「老女 わたしはいろいろな事を考へていろいろな事を望んでゐるよ。
マイケル どんな事をのぞんでゐるんだい?
老女 わたしの美しい土地を取り返す希望(のぞみ)と、それから、他人を家(うち)から追ひ出さうといふ希望(のぞみ)と。
マイケル どうすればそれが出來る?
老女 わたしを助けてくれるいい友達があるから。わたしを助けようとして今みんなが集まるところだ。わたしはおそれやしない。もしあの人たちが今日負けても明日は勝つだらうから(立ち上る) わたしの友だちに會ひに行つてやらう。わたしを助けに來てくれるところだからあの人たちのむかへに行つてやらなければ。」

ブリヂット おばあさん、まだお前さんの名を聞かなかつたね。
老女 ある人はわたしのことを「かはいさうな老女(としより)」と云つてゐる、ある人は「フウリハンの娘のカスリイン」とも言つてゐる。
ピイタア さういふ名の人を聞いたことがあるやうに思ふ。はてな、誰だつたか? だれか俺の子供の時分に知つてた人らしい。いや、いや、思ひ出した、唄で聞いた名前だ。
老女 (入口に立つてゐて) この人たちはわたしのために唄が作られたのに驚いてゐる。わたしのために作られた唄は澤山ある。」

老女 わたしを助ける人たちはつらい仕事をしなくつちやならないよ。いま赤い頬をしてる人たちも蒼い顔になつてしまふ。丘も沼も澤も自由に歩きまはつてゐた人たちは遠くの國にやられてかたい路を歩かせられるだらう。いろんな好い計畫は破れ、せつかく金を溜めた人も生きてゐてその金を使ふひまがなく、子供が生まれても誕生祝ひの時その子の名をつける父親がゐないかも知れない。赤い頬の人たちはわたしの爲に蒼い頬になる。それでも、その人たちは十分な報いを受けたと思ふだらう。」

ピイタア (パトリックの腕に片手をかけて訊く) 年よりの女がそこの路を下りてゆくのを見なかつたか?
パトリック 見なかつた、若い娘が行つたよ。女王のやうに歩いてゐた。」



イエーツ 鷹の井戸 02


「心のゆくところ」より:

「王女イデーンといふ
アイルランドの王のむすめが、けふと同じ
五月祭の前の夜、誰かのうたつてゐる歌の聲をききました
王女は覺めてるやうな眠つてるやうな氣持でその聲を追つて
フェヤリイの國に行きました
その國はだれも年とつたりしかつめらしくなつたり眞面目になつたりしない
だれも年とつたりずるくなり賢くなつたりしない
だれも年とつたり口やかましくなつたりしない國なのです
王女はまだ今でもそこにゐていつも踊つてゐるさうです
森の露ふかい蔭や
星の歩く山のいただきで」

「夜明の前の水のやうに靑い顏をした子供です」

「みどり色の着物を着た小さい奇妙な年寄の女です」

「言葉も顏つきも異(かは)つてゐました」

「おいで、フェヤリイよ、このつまらない家からわたしを連れ出しておくれ
わたしの失くしたすつかりの自由をまた持たせておくれ
働きたい時にはたらき遊びたい時に遊ぶ自由を
フェヤリイよ、來てわたしをこのつまらない世界から連れ出しておくれ
わたしはお前たちと一緒に風の上に乘つて行きたい
みだれ散る波のうへを駈けあるき
火焰のやうに山の上でをどりたい」

「あたしはお前を連れて行つて上げるわ、花嫁さん
誰も年をとつたり狡猾になつたりしない
誰も年をとつたり信心ぶかくなつたり眞面目になつたりしない
誰も年をとつたり口やかましくなつたりしないところへ
そして親切な言葉が人を捕虜(とりこ)にしないところへ
まばたきするとき人の心に飛んで來る
考へごとでもあたしたちはすぐその通りにするのよ」

「わたしあなたと一緒にゆく」

「お前にまつはる人間の希望は捨てておしまひ
風に乘り、波の上をはしり
山の上でをどるあたしたちは
夜あけの露よりもつと身が輕いのだから」

「どうぞ、一しよに連れてつて下さい」

「しろい鳥、しろい鳥、あたしと一緒においで、小さい鳥」

「日の門から風が吹く
さびしい心の人に風がふく
さびしい心の人が枯れる
そのときどこかでフェヤリイが踊る
しろい足を輪に踏み
しろい手を空に振つて
老人(としより)もうつくしく
かしこいものもたのしく物いふ國があると
笑ひささやきうたふ風をフェヤリイは聞く
クラネの蘆がいふ
風がわらひささやき歌ふとき
さびしい心の人が枯れる」



イエーツ 鷹の井戸 03


「鷹の井戸」より:

「日がくれて
山かげは暗くなる
榛のかれ葉が
井戸の涸れた床をなかば埋めてゐる」
「彼の女のおもい眼は
何も見ず、ただ石の上ばかり見てゐる
海から吹く風が
そばにかきよせられた落葉をふき立てる
落葉はがさがさ散つてゆく」

「ここは恐ろしいところだ」

青年 不意に鷹が鳴いたやうに聞えたが
つばさの影は見えない。私がここに來るとき
大きな灰いろの鷹が空から舞ひおりた」

老人 それは精(シイ)の女だ
山に住む魔の女で、靜まることのない影なのだ
いつもこの山かげにまよひ歩いて
人を惑はしたり亡ぼしたりする」

青年 またあの聲がする。あの女だ
だが、なぜあの女は鷹の鳴くやうな聲をするのだらう」

青年 なぜ、鷹の眼をして私を見る
私は恐れない、お前が鳥でも、女でも、魔の女でも」

「(少女が離れた井戸のそばに行く)」

青年 あの女は逃げて岩の中に隠れてしまつた」



イエーツ 鷹の井戸 04




こちらもご参照ください:

葛原妙子 『鷹の井戸』
フィオナ・マクラウド 『ケルト民話集』 荒俣宏 訳 (ちくま文庫)

























関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本