『中井英夫全集 [7] 香りの時間』 (創元ライブラリ)

「そこには時間の闇だけがあり、不在こそがもっとも正しい在り様なのだ。」
(中井英夫 「時間の闇」 より)


『中井英夫全集 [7] 
香りの時間』

創元ライブラリ L な 1 7

東京創元社 
1998年8月28日初版
723p 付録4p
文庫判 並装 カバー 
定価1,500円+税



本書「解題」より:

「『香りの時間』 
 一九八一年三月三十日、大和書房刊行、A5判、二一六頁、二〇〇〇円、装画は建石修志、装幀は高麗隆彦。」
「『墓地――終りなき死者の旅』 
 一九八一年十月八日、白水社刊行、A5判変型、函、一八五頁、一五〇〇円、装幀は吉岡実。
 白水社の「日本風景論」シリーズの一冊として刊行された。」
「『地下鉄の与太者たち』 
 一九八四年一月二十五日、白水社刊行、A5判、一九七頁、二三〇〇円、カラー口絵四枚、装幀は羽鳥祐之。」
「『溶ける母』 
 一九八六年五月三十日、筑摩書房刊行、四六判、二二三頁、一六〇〇円、装画は金子國義。」



エッセイ II。
『香りの時間』所収「建石修志の不在(中井英夫)/おゝ、厳格なる数学よ(建石修志)」はニ段組(上段が中井、下段が建石)。本文中図版2点。


中井英夫全集07 01


帯文:

「小説は天帝に捧げる果物、一行でも腐っていてはならない。
美の司祭の饗宴
『香りの時間』『墓地』『地下鉄の与太者たち』『溶ける母』
エッセイスト・中井英夫の魅惑の世界。
寺山修司への追悼「われに五月を」等収録。」



カバー裏文:

「薔薇、香水、宝石、シャンソン、百科事典、コンピューター……ハネギウス一世の偏愛する美の世界に、一九八三年、田中貞夫と寺山修司、かけがえのない二人の死が齎(もたら)された……。『香りの時間』『墓地』『地下鉄の与太者たち』『溶ける母』を収録。審美家・中井英夫のダンディズムに彩られた横顔とまなざし。」


目次:

『香りの時間』
 I 香りの時間
  待つ
  うなだれる
  訝しむ
  溶ける
  礙げる
  狂う
  記憶する
 II 白銀の暗殺者
  電気地獄草紙
  暗号異聞
  禁じられた扉
  偏愛的俳優列伝――光と影の彼方に
  幻影の都市――私の都市論
  地下鉄幻想
  時間の闇――私の文明論
  香りの言葉
  白銀の暗殺者―香りの源泉について
  立野地蔵尊由来
  流刑地にて――ホモ・セクシュアルについて
  男が化粧するとき
  現代の「いき」の構造
  「新青年」の変遷
  恐山の異臭
  幻町の住人になるには
  建石修志の不在(中井英夫)/おゝ、厳格なる数学よ(建石修志)
 III 黒鳥の呟き
  白鳥扼殺者
  黄いろい涎
  紫匂う舞台
  蒼ざめた月曜
  星雲の志とは
  薔薇と狂気と
  金と銀と銅
  緑いろの血
  茶の犬の墓
  橙果親しむ候
  紅葉づる庭で
  黒鳥の死まで
 あとがき

『墓地――終りなき死者の旅』
 1 自分の墓を求めて(黒蝶譜)
 2 墓場からの逆行
 3 墓へ到る道
 4 水辺の睡り
 5 海という名の墓
 6 墓と墓地と
 7 生きながらの墓
 8 新“懶人考”
 9 天主への祈り
 10 鶯よ、我を憐れめ
 11 絵葉書の裏の歴史
 12 裏切り者の墓
 13 流人とその死
 14 樹の墓・紙の墓
 15 時間の手の持主
 16 鎌原部落の墓と葬制
 17 小説「墓からの贈り物」
 あとがき

『地下鉄の与太者たち』
 I
  ふるさと・わが流刑地
  死者の香――恐山菩提寺
  幻想美術館にて――ボッス小論
  胎児の夢――竹中英太郎
  襤褸の天使――武満徹
  からくり讃
 II
  戦後風俗の中のカフカ
  地下鉄の与太者たち――ボルヘス
  風に唄う人――プレヴェール
  掠れた唄たちへの頌――シャンソン
  ゴルゴダの唄――少年愛
  サド侯爵の脇役たち
  繭ごもる嬰児――澁澤龍彦
  銀と金――乱歩と正史
  枇杷熟るるころ――内田百閒
  美の洪水――泉鏡花
  王の孤独――久生十蘭
 III
  第五太陽忌
  襤褸と裸と
  薔薇の旅 ただし過去への
  澄江堂の幻
  カーの欠陥本
  陰画の旅
  ガス燈の彼方に
  最後列の聴衆
  デルボオ電車
  内部のながめ
 IV 寺山修司・田中貞夫追悼
  弔辞
  われに五月を
  むなしい薔薇
 あとがき

『溶ける母』
 I
  薔薇の力
  緑の手ぶくろ
  溶ける母
  毒蝶の群れ
  三月の娼婦
  蛾の眠り
  横顔と月光
  人形たちの反乱
  炎の井戸
  白日葬
 II
  悔いと酒の日々
  二つの町
  点滴のしずく
  宴の終りに
 III
  香は在りぬ
  父の笑顔
  一歩の一歩
  火の継承
 IV
  時間の彼方の瞳
  奇妙な暗い洞――マンガとエロチシズム
  紫いろの薔薇――芥川比呂志氏追悼
  戦中・戦後
  バラ色の漿果――スパイ小説について
  モルモットの弁――空白の八・一五
  等身大
  残酷な日記
  未来の法廷
  オジン考
 V
  海の眺め
  三越今昔
  真夏の旅
  うすなさけ
  おとなの娯しみと昔の名優たち
  いろんな番組 いろんな夕焼け
 VI
  言葉の宝石
  ページの向うの娼婦たち
  葡萄詩
  ある苦さについて
  架空の廻廊 私と推理小説
  彼方の王宮
  剥落した記憶
  美の棘
  幻想文学の構造
 あとがき

解説 (紀田順一郎)
解題 (本多正一)

付録 6 
 消えた人へ (祝部陸大)
 長いものが嫌い (和気元)



中井英夫全集07 02



◆本書より◆


『香りの時間』より:


「待つ」より:

「私にとってワインだの宝石だの、あるいは薔薇だの香草だの金貨だの、なにがしか人に珍重されるものは、生得この身にそぐわぬという思い込みがあって、それらは憧憬の対象でこそあれ、滅多に現実として傍らにあったことはない。」


「偏愛的俳優(スタア)列伝」より:

「「カリガリ博士」という映画にこうも心を奪われ、上映されるたび何回でも見て見倦きることがないのは何故だろう。精神病院の内部ということ。そこに蠢く、影のような狂人たち。拘束衣とウプサラ大学の秘本。絵画の方ではもうとうに魅力を喪い、むしろ陳腐でさえある表現主義が、まだいきいきとしていて、歪んだ部屋もいびつな樹木も道も背景としてふさわしいこと。ホルステンヴァルの定期市の、おびただしい見世物小屋の妖しい雰囲気。カリガリの名にぴったりな博士の風貌。しかし、それらのすべてを超えてこの映画を司どるのは“眠り男セザーレ”その人である。黒シャツに黒いタイツ姿で徘徊する夢遊病者。重苦しい悪夢がそのまま凝って人間となったようなセザーレほど凶(まが)々しく、しかも優雅な主人公がいるだろうか。いまもなお足音を忍ばせ、石の壁づたいにそろそろと近づいてくる兇悪な殺人鬼は、しかしどんな男性舞踊手よりも美しい。こうまでみごとにその役を演じたコンラート・ファイトは、このときまだ二十六歳の青年であった。
 この映画を初めて見たのは遅く戦後になってのことだが、一葉のスチール写真が早くから憧れを唆(そそ)り立てていた。昭和8年7月号の「新青年」――小栗虫太郎の輝かしい処女作「完全犯罪」百枚を巻頭に載せたその号は、また嬉しいことに“怪奇・怪談・恐怖”と銘うって怪奇映画の特集を口絵に飾っている。墓場から来た人びとという「恐怖城」、世界中から畸型児を集めて作った「怪物団」、モロー博士の「獣人島」にフランケンシュタインやらジキルとハイドが加わる賑やかさだが、“昔のグロ映画二つ”として、ロン・チェニーの「ノートルダムのせむし」とともに紹介されているのが「カリガリ博士」だった。わずか6センチ四方に満たぬその写真に、たちまち私は吸い寄せられた。後で判ったことだが、それは映画にはない一場面で、美女を小脇にしたセザーレが壁伝いに歩いている。みごとなまでの表現主義の背景の異様さと、黒タイツ姿の美しさとが、すでに私の中に何かを決定した。」



「香りの言葉」より:

「ガス中毒すると屍体は全身みごとな薔薇いろに染まって、そりゃァ美しいものですという医者の言葉を聞くたび、何かその死人も倖せだったような気さえしてくる。」


「流刑地にて」より:

「同性愛をいまもって、変態性欲と呼ぶ医師がいるとすれば嘆かわしい限りだが、どうでも差別したければせめて少数性欲とでも呼んだらどうだろう。むろん対語は多数性欲だが、人類発生とともに存在し、文明とともに殖え拡がり、人類の終末まで必ず伴にあるものを心の病気だと錯覚し、滑稽にも治療できると信じる魔女狩りまがいのことは、少なくともこの二十世紀で終るべきだし、また終らせなければならない。SFならずともこの少数・多数はいつ逆転するかも知れないのだ。」


「黄色い涎」より:

「戦後間もないころ、私は中央線沿線のアパートにいた。角部屋の六畳三畳――とお断りするのは、隣室にいて友人の自殺未遂を経験したからである。私は勤めたばかりで二十代の末、その夜訪ねてきた友人はまだ二十そこそこの大学生だった。冷たく取り澄ました顔の美青年で、かりに名をAとしておこう。(中略)明け方近くなってふと気あたりがしたのは、襖を閉めた向うに明りが洩れていることに気づいたからである。
 「なんだ、まだ起きてるのか」
 といって私は襖をひらいた。Aはベッドの手前の椅子に腰をかけたまま、居眠りでもしているかのように首をおとしていた。しかしすぐそれと気づいたのは、唇から一とすじ、黄いろく涎が垂れていたからで、膝の上にはメモ用紙めいた白い紙が二、三枚散らばっていた。……
 そのメモに何が書かれていたか、記憶にはない。どうやって医者に運び、どんなふうに胃洗浄をくり返したかも、すでに情景はおぼろとなった。はっきりと覚えているのは、駆けつけた家族が見守る中で、ベッドで転々としながらAの洩らした囈言(うわごと)だけである。Aは愛人の名を呼び、冷たく愛想づかしをされたことを少しも恨んではいないといい、そればかりか、自分はこうして死んでゆくんだから、君はもう誰を愛そうと自由だよ、としんから倖せそうな笑みを浮かべていい続けるのだった。」
「家族に聞くと、自殺の試みはこれで三度めのことらしかった。他の動機は知らない。しかし私は目のあたり人を愛するために死を選んだ人間を見た。」
「Aはいまも生きている。たぶん私同様に、生まれ損ないの死に損ないという自嘲を固く小さな貝殻の中に閉じこめながら。」

「年少者の自殺は、たぶん一九七〇年代末の特色として伝えられるだろう。そして一九八〇年代末には、おびただしい自閉症児の出現が社会問題化するというのが私の予測である。」



「茶の犬の墓」より:

「これから度々おとずれるエネルギー危機に対しても、(中略)いじましい対応の仕方をせず、古き良き日本人の愛した“閑雅”を取り戻すきっかけにしたいものだ。乏(とも)しさという言葉は、いまはたぶん貧乏と同義にしか受け取られないだろうけれど、充たされぬがゆえに湧く憧れ、足りないがために知る潤いもあるので、私にとってそれは安らぎと同じことに思える。」


「黒鳥の死まで」より:

「私はどうも白鳥が好きになれない。近年、白鳥座XI(ワン)がブラックホールだと騒がれ、光さえ呑みこんでしまう巨大な暗黒の洞の存在がひとしきり取り沙汰されたが、それならいっそ黒鳥座とでも改名して欲しいものだと、私は心ひそかに『黒鳥座XI』という題の長編を構想するに到った。虚無の深淵は宇宙ばかりでなく、人間の心にも潜んでいる。一片の光すら届かぬ真の絶望。それをもし書ききることが出来たら、その後は私自身もブラックホールへ吸い込まれたように沈黙するほかはないだろうけれども。」


『墓地』より:


「墓へ到る道」より:

「だがしかし(中略)私にとっての本当の故郷に当たるのは、与楽寺のつい右隣にあった田端脳病院である。私は本当はこの中で生まれ育ったのだとひそかに思うに到った少年時代、通りに面した鉄格子のあわいから揺らぎ出る白い腕を、モダンバレエの一場面でもあるかのように息をつめて見守った。」


「生きながらの墓」より:

「こうして私はいつか自分の入るべき墓の在処(ありど)をそこここと地上に探し始め、またその忌日にもひそかな注文をつけるようになったのだが、これは帰るべき天体をついに見失って、流刑囚のまま終るという気持になったためもあるだろう。」


「時間の手の持主」より:

「本当はそろそろカラー新書のひそみに倣って、小説でしめくくりをつけたいのだが、これで本文が終りというのでは『香りへの旅』にもまして虚用書だとそしりを受けるだろう。この本は実用書ではない虚用書で、何の役にも立たないと断ったのに、女性の読者から一人だけ、役に立たないといっても度が過ぎるとお叱りをいただいたことが忘れられない。」


「小説「墓からの贈り物」」より:

「“譚”の中にやはり入れなかった、それで当然だという思いよりも先に、すっかりしらけ、鼻白んだが、暗くなったのでそろそろ帰るという青年に、いつもの習慣どおり胡桃を割って戸袋に近づくと、自慢らしくいった。
 「うちにはね、ずっと冬眠鼠が巣喰ってるんだ。可愛いよ、そりゃ」
 青年の態度が一変したのはその瞬間である。玄関で靴を穿き終えてふり返ると、むしろ憎悪に近い眼になってこういった。
 「それは本当に冬眠鼠ですか。このごろちゃんと確かめたことはないでしょう。それはね、ただの野鼠ですよ」
 その冷笑に応えるように、戸袋に姿を見せたのはまぎれもない黒い毛の鼠で、夜ごとに餌だけを喰べて肥った奴が、いやらしく細い尾をすべらせて壁を伝わりおりると、暗い土の上に消えた。」



『地下鉄の与太者たち』より:


「ふるさと・わが流刑地」より:

「そしてもう一か所、少年時代に変らぬ恐怖と神秘の感情を示唆し続けたのが(中略)、生家の近くにあった田端脳病院である。それは与楽寺という、江戸時代から知られた寺と細い道を挟んで隣り合せていたため、私の内部でもまた死と狂気はつねに隣り合せに育ち、繁る枝葉は入り混り重なり合って、どちらのそれとも見わかぬまで心の沼に翳を落した。
 病院といえば目赤不動の少し先に、いまは都立駒込病院といわれているそれが昔は“避病院”といわれ、伝染病患者だけを隔離収容する病院だったことも、脳病院とは別種のある翳をなげた。何よりもそれは北原白秋の処女詩集『邪宗門』の毒、夢野久作の『ドグラ・マグラ』の毒と通い合うもので、その二冊を私は昭和十年、中学一年生のときともに手にしている。」
「しかし断然田端脳病院の存在は、私の中に何かを決定した。夜になると家を脱け出して、いまもそのまま変らない裏手の石塀と立木の間に体を寄せ、耳をつけて中から洩れてくる悲鳴や呟きに耳を澄ましていた、薄気味悪い中学生がこの私、なのだ。いまなら怖くてとても出来そうもないそんな所業を、よくもまあ憑かれたようにくり返していたものだが……。」



「死者の香」より:

「罪深きおれでござれば、何といたす……終えたものかな、これまでの長い罪を持つおれでござれば、何といたせばよいものかな」
「巫女の名は板橋ミヨといった。しかし「死んだ姉を」と頼めば、他の誰であっても同じように答えたことであろう。」
「ただ私が愕然と聞きとめたのは、
 「罪深きおれでござれば」
 という一句であった。全体が御詠歌か説教節の調子で、早口に唄いあげられる津軽弁はほとんど判らず、五度六度とテープを聞き直しても繋がるところは少ないが、罪深きおれという言葉だけはその中で吹矢の針のようにきらめき、はっきりと心に刺さった。それは姉のことではない、この私のことだという畏(おそ)れが兆したからである。」



「からくり讃」より:

「幻想ははかなく脆いがゆえに美しいという理(ことわり)さえ、見えない冷笑とともに退けられそうな世相は、またまた誰彼が戦争をしたくてたまらない顔をし始めたことと、たぶん無縁ではない。」


『溶ける母』より:


「蛾の眠り」より:

「ペダントリイというものが嫌いではないし、ふだん何か書くときは努めてもの知り顔をしているが、実のところ幼稚園児にも劣るほど根本の知識が欠如していることに気づかされることがある。」









































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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