江戸川乱歩 『孤島の鬼』 (創元推理文庫)

「どこから私しゃ来たのやら
   いつまたどこへ帰るやら」



江戸川乱歩 
『孤島の鬼』

創元推理文庫 401-1

東京創元社 
1987年6月26日初版
1991年9月20日再版
400p 
文庫判 並装 カバー 
定価580円(本体563円)
カバー: アトリエ絵夢 志村敏子
挿絵: 竹中英太郎



本文中、竹中英太郎による挿絵76点。解説中図版(モノクロ)2点。


江戸川乱歩 孤島の鬼 01


カバー裏文:

「密室状態での恋人の死に始まり、その調査を依頼した素人探偵まで、衆人環視のもとで殺された蓑浦は、彼に不思議な友情を捧げる親友諸戸とともに、事件の真相を追って南紀の孤島へ向かうことになった。だが、そこで二人を待っていたのは、言語に絶する地獄図の世界であった……! 『パノラマ島奇談』や『陰獣』と並ぶ、江戸川乱歩の長編代表作。」


カバーそで文:

「登場人物
蓑浦金之助……本編の語り手
木崎初代……蓑浦の恋人
諸戸道雄……蓑浦の友人
諸戸丈五郎……道雄の父
深山木幸吉……素人探偵
秀・吉……双生児
北川刑事……池袋署の警察官」



巻頭内容紹介文:

「私(蓑浦金之助)は会社の同僚木崎初代と熱烈な恋に陥った。彼女は捨てられた子で、先祖の系図帳を持っていたが、先祖がどこの誰ともわからない。ある夜、初代は完全に戸締りをした自宅で、何者かに心臓を刺されて殺された。その時、犯人は彼女の手提げ袋とチョコレートの罐とを持ち去った。恋人を奪われた私は、探偵趣味の友人、深山木幸吉に調査を依頼するが、何かをつかみかけたところで、深山木は衆人環視の中で刺し殺されてしまう……! 鮮烈な読後感を残す大乱歩の長編代表作を、初出時の竹中英太郎画伯による挿絵全点を付してお届けする。」


目次;

孤島の鬼
 はしがき
 思い出の一夜
 異様なる恋
 怪老人
 入口のない部屋
 恋人の灰
 奇妙な友人
 七宝の花瓶
 古道具屋の客
 明正午限り
 理外の理
 鼻欠けの乃木大将
 再び怪老人
 意外な素人探偵
 盲点の作用
 魔法の壺
 小年軽業師
 乃木将軍の秘密
 弥陀の利益
 人外境便り
 鋸と鏡
 恐ろしき恋
 奇妙な通信
 北川刑事と一寸法師
 諸戸道雄の告白
 悪魔の正体
 岩屋島
 諸戸屋敷
 三日間
 影武者
 殺人遠景
 屋上の怪老人
 神と仏
 かたわ者の群
 三角形の頂点
 古井戸の底
 八幡の藪知らず
 麻縄の切り口
 魔の淵の主
 暗中の水泳
 絶望
 復讐鬼
 生地獄
 意外の人物
 霊の導き
 狂える悪魔
 刑事来る
 大団円

自註自解

喜びと不安と――乱歩と英太郎と (中井英夫)



江戸川乱歩 孤島の鬼 04



◆本書より◆


「「僕を軽蔑しないでくれたまえ。君は浅間(あさま)しいと思うだろうね。僕は人種が違っているのだ。すべての意味で異人種なのだ。だが、その意味を説明することができない。僕は時々一人で怖くなって慄え上がるのだ」」

「私は内気者で、同年輩の華やかな青年たちには、あまり親しい友だちを持たなかった代りに、年長のしかも少々風変りな友だちにめぐまれていた。」

「彼は一種の雑学者で、何を質問しても知らぬといったことがなかった。別に収入の道はなさそうであったが、いくらか貯えがあるとみえ、稼ぐということをしないで、本を読むあいだあいだには、世間の隅々に隠れている、様々な秘密をかぎ出してくるのを道楽にしていた。中にも犯罪事件は彼の大好物であって、有名な犯罪事件で、彼の首を突っ込まぬはなく、ときどきはその筋の専門家に有益な助言を与えるようなこともあった。」
「近づくと、チャチな青塗り木造の西洋館の玄関をあけっ放しにして、そこの石段に四、五人の腕白小僧が腰をかけ、一段高いドアの敷居の所に深山木幸吉があぐらをかき、みんなが同じように首を左右に振りながら、大きな口をあけて、
   「どこから私しゃ来たのやら
      いつまたどこへ帰るやら」
 とやっていたのである。彼は自分に子供がないせいか、非常な子供好きで、よく近所の子供を集めては、餓鬼大将となって遊んでいた。妙なことには、子供らもまた、彼らの親たちとは反対に、近所ではつまはじきのこの奇人のおじさんになついていたのである。」
「西洋館といっても、アトリエか何かのお古と見えて、広間のほかに小さな玄関と台所のようなものがついているきりで、その広間が、彼の書斎、居間、寝室、食堂を兼ねていたのだが、そこにはまるで古本屋の引越しみたいに、書物の山々が築かれ、そのあいだに古ぼけた木製のベッドや、食卓や、雑多の食器や、罐詰や、ソバ屋の岡持などが、めちゃくちゃに放り出してあった。
 「椅子がこわれてしまって、一つきゃない。まあ、それにかけてください」
 といって、彼自身は、ベッドの薄よごれたシーツの上にドッカとあぐらをかいたものである。」

「空は底知れぬ紺青(こんじょう)に晴れ渡り、海は畳のように静かだった。飛び込み台からは、うららかな掛け声と共に、次々と美しい肉弾が、空中に弧を描いていた。砂浜はギラギラと光り、陸に海に喜戯(きぎ)するあまたの群衆は、晴れ晴れとした初夏の太陽を受けて、明るく、華やかに輝いて見えた。そこには、小鳥のように歌い、人魚のようにたわむれ、小犬のようにじゃれ遊ぶもののほかは、つまり、幸福以外のものは何もなかった。このあけっ放しな楽園に、闇の世界の罪悪というようなものが、どこの一隅を探しても、ひそんでいようとは思えなかった。まして、そのまっただ中で血みどろな人殺しが行われようなどとは、想像することもできなかった。」

「それは石膏の上に、絵具を塗って、青銅のように見せかけた、どこの肖像屋にもころがっていそうな、乃木大将の半身像だった。ずいぶん古いものらしく、ところどころ絵具がはげて白い生地が現われ、鼻などは、この軍神に対して失礼なほど滑稽にかけ落ちていた。鼻かけの乃木大将なのだ。」

「もう七月の中旬にはいっていて、変にむし暑い夜であった。当時の池袋は今のように賑やかではなく、師範学校の裏に出ると、もう人家もまばらになり、細い田舎道を歩くのに骨が折れるほど、まっ暗であったが、私は、その一方は背の高い生垣、一方は広っぱといったような淋しいところを、闇の中に僅かにほの白く浮き上がっている道路を、眼をすえて見つめながら、遠くの方にポッツリポッツリと見えている燈火をたよりに、心元なく歩いていた。まだ暮れたばかりであったが、人通りはほとんどなく、たまさかすれ違う人があったりすると、かえって何か物の怪(け)のようで、無気味な感じがしたほどであった。」

「「割ってみよう」
 諸戸は、そういったかと思うと、いきなり石膏像を柱にぶっつけた。乃木将軍の顔が、無惨にもこなごなになってしまった。」

「さて私は、奇妙な雑記帳の内容を語る順序となった。系図帳の秘密が、(中略)むしろ景気のよい華やかなものであったのに反して、雑記帳のほうはまことに不思議で、陰気で、薄気味のわるい代物であった。われわれの想像を絶した、人外境の便りであった。」

「かたわ者というのは、ひどく人にきらわれるものにちがいありません。助八さんとおとしさんのほかには、きっとそのほかにも人がいるのですが、だれもわたしのそばへきてくれません。そしてわたしもそとへ出られないのです。そんなにきらわれるくらいなら、いっそ死んだほうがいいとおもいます。死ぬということは、助八さんは教えてくださいませんけれど、本で読みました。しんぼうできないほど痛いことをすれば、死ぬのだと思います。
 むこうで、そんなに私をきらうなら、こちらでもきらってやれ、にくんでやれという考えが、ついこのごろできてきました。それで、わたしは、ちかごろは、わたしとちがったかたちの、あたりまえの人を、心のうちでかたわ者といってやります。」

「あるとき、ご飯のおかずに、知らぬおさかながついておりましたので、あとで助八さんにおさかなの名をききましたら、タコといいました。タコというのは、どんなかたちですかと尋ねますと、足の八つあるいやなかたちの魚だといいました。
 そうすると、わたしは人間よりもタコに似ているのだとおもいました。わたしは手足が八つあります。タコの頭はいくつあるかしりませんが、わたしは頭の二つあるタコのようなものです。
 それからタコの夢ばかり見ました。ほんとうのタコのかたちを知りませんものですから、小さいわたしのようなかたちのものだとおもって、そのかたちの夢を見ました。そのかたちのものが、たくさんたくさん、海の水の中をあるいている夢を見ました。」

「海はいつものように、キラキラとひかっておりました。原っぱには、何もなくて、風が草をうごかしておりました。海の音がドウドウと、悲しくきこえておりました。あの海の向こうに世界があるのかとおもいますと、鳥のようにとんでゆけたらいいでしょうとおもいました。けれども、わたしみたいなかたわ者が、世界へゆきましたら、どんな目にあわされるかしれないとおもいますと、こわくなりました。」

「夕闇の中に、蔵の窓は、ポッカリと黒い口を開けて、だまりこんでいる。遠くの波打際から響いてくる単調な波の音のほかには、なんの物音もない。「やっぱり夢を見ているのではないか」と思うほど、すべてが灰色で、音も色もない、うら淋しい景色であった。」



「喜びと不安と――乱歩と英太郎と」(中井英夫)より:

「『孤島の鬼』が探偵小説として殊(こと)に興味深いのは、二つの不可解な殺人事件が全体の三分の一ぐらいで始まり、すぐ解決されて終る点にある。つまり後(あと)の三分の二は、より以上のどす黒い、胸の悪くなるような“人外境”の物語なのだ。しかしそれだけに、それがどんなに輝かしい悪の魅力に充ちていることか。そんなものに小学生のころから夢中になるなんて、やっぱりお前はおかしいんだ、変態だという内部・外部の声をこれまで何度聞いたことだろう。」


江戸川乱歩 孤島の鬼 02


江戸川乱歩 孤島の鬼 03


江戸川 乱歩 孤島の鬼 05



松井須磨子 「森の娘」



『沈鐘』より。
作詞: 島村抱月・楠山正男/作曲: 中山晋平







































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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