『中井英夫全集 [8] 彼方より』 (創元ライブラリ)

「大仏は夕やみの中にじつとしてゐた。ゴーレムみたいなうすきみのわるさ。何といふ猫背だらう。」
(中井英夫 『続・黒鳥館戦後日記』 より)


『中井英夫全集 [8] 
彼方より』

創元ライブラリ L な 1 8

東京創元社 
1998年4月24日初版
855p 付録7p
文庫判 並装 カバー 
定価1,800円+税



本書「解題」より:

「『彼方より』
 一九七一年九月十七日、深夜叢書社刊行、四六判、函、二〇一頁、一〇〇〇部限定、一二〇〇円、著者写真一枚、日記本文写真一枚、装幀は佐野政義。
 「中井英夫初期作品集」と副題されたこの一冊は、I 戦前詩編、II 戦中日記、III 戦後小説により構成された。」
「『増補新装 彼方より』は七四年九月二十五日、潮出版社刊行、四六判、函、一八七頁、一〇〇〇円、著者写真一枚、日記本文写真一枚、解説は出口裕弘、装幀は駒井哲郎。(中略)III 戦後小説はのぞかれ、新たに出口裕弘による解説「戦中日記について」が加えられた。」
「『黒鳥館戦後日記』
 八三年三月二十五日、立風書房刊行、四六判、函、二七六頁、二三〇〇円、装幀は建石修志。」
「『続・黒鳥館戦後日記』
 八四年四月二十七日、立風書房刊行、四六判、函、三九六頁、二八〇〇円、装幀は建石修志。」



日記 I。
『彼方より』は「II 戦中日記」のみ収録。
本文中図版(自筆挿絵)3点。


中井英夫全集08 01


帯文:

「小説は天帝に捧げる果物、一行でも腐っていてはならない。
昭和を貫いた光芒
戦中日記『彼方より』、『黒鳥館戦後日記』(正・続)
いま己は、敵の本家本元の「大本営」へ
「のりこんで」ゆくのだ。勝たねばならぬ。」



カバー裏文:

「日本陸軍参謀本部で孤独に綴られていた稀有の戦中日記『彼方より』、待望していた敗戦の日に立ち会うことなくいきなり戦後に放りだされ、小説とひとの愛をただひたすら求め続けた苦い彷徨の記録『黒鳥館戦後日記』(正・続)を同時収録。“見知らぬ友よ、見知らぬままに我を愛せ。”――痛切に甦る中井英夫の青春。」


目次:

『彼方より』
 まえがき
 昭和十八年
 昭和十九年
 昭和二十年
 あとがき

『黒鳥館戦後日記――西荻窪の青春』
 一九四五年
 一九四六年
 あとがき

『続・黒鳥館戦後日記――西荻窪の青春』
 一九四七年
 一九四八年
 一九四九年
 あとがき

解説(鶴見俊輔)
解題(本多正一)

付録 5 
 「メーゾン・ベルビウ地帯」のころ (椿實)
 今頃、『虚無』の読後感」 (下野博)



中井英夫全集08 02

「1946年頃の中井英夫」



◆本書より◆


『彼方より』「まえがき」より:

「これは私の戦時中の日記である。(中略)昭和十八年、いわゆる学徒出陣で駆り出される前の数日と、あとはすべて兵隊として過した日々に記した。いまさら何を、という気は自分でもするが、あえて発表しようと思い立ったのは、たまたま学徒兵として私の配属されたのが市ヶ谷の参謀本部であり、大本営という軍の中枢部にありながら、その中でせっせと反戦・反軍の思いを書き綴っていためぐりあわせを、ようやく面白いと思い始めた理由による。」
「そしてひとつ、これが単に珍しい記録というだけでなく、文学として多少とも意味を持つとすれば、一人の気弱な文学青年が、軍隊という一番苦手な罠に捉えられ、あたかも閉じこめられたその密室からどうやって脱け出そうかというように踠き続けたあげく、ようやく待望の八月十五日の終戦を迎えるのだが、それより早く、思いがけない別な運命を与えられるという、おのずからな物語になっている点かも知れない。従ってこれを私の手のこんだ創作としてお読みいただいてもいっこう差支えはない。『彼方より』という題は、決して現在とは繋がっていない奇妙な時間、その彼方からの便りといった気持による。」



『彼方より』「あとがき」より:

「病状はさらに悪化し、暗い昏睡が訪れて私は――というよりこれを書いていた青年は、眠り続けたまま、八月十五日の敗戦の日も知らずに過した。意識を回復したのは、九月に入ってからである。」
「それにしても、眠り続けている間に、日本には何が起ったというのだろう。その日々があんなにも待ち望んだ輝かしい戦後だとは、到底私には信じられなかった。それとも私は、この日記を書いた青年と同一人物ではなく、ただ彼の記憶を脳の一部に移植されただけなのかも知れない。いずれにしろ私は、また違う罠の中に捉えられた思いで、再びひとりの手記を書き始めるほかはなかった。」



『黒鳥館戦後日記』より:

「「ヨイコ」といふ軍国主義時代の言葉が未だ用ひられてゐる。これ位おしつけがましい、欺瞞性のあふれた言葉は珍しいだらう。この名のもとに小学生たちは、凡ゆる素直さと、正しいものを見る眼を奪はれてきた。子供達を欺すのはたやすい。白を黒だと始めから教へつければ、それは黒として通用し始める。恐るべきは教育である。」

「しかし、かへりみてつくづくわが才の乏しきをかこつ次第だ。文才はあるだらう。だが人間社会を見渡してネタを拾ふとなると、何ひとつ出来ない自分なのだ。」



『続・黒鳥館戦後日記』より:

「もう自分について考へるのをやめるがいい。
 死んでしまへば友人たちが語り合つてくれるだらうから。
 有難いことに、そしてぢき忘れてしまふだらうから。
 何れにしろ、自分自身で考へる必要はない。
 未だ生きてゐろといふのか、こんな季節の中で。
 灯が見たい。遠いところについてゐる灯が。
 誰もゐないくらやみの丘にゐて、遠い町の灯を眺めてゐたい。
 馬鹿なことばかりに気をつかつて、あくせく生きてゐることにぞつとしないのか。己はたつたいま溶けてしまひたい。己が死んだといふしらせをうけて、友人たちが来てみると、己のゐたと覚しいところに、どろりと茶色い液体がほんのすこし流れてゐた丈であつた、ならば。
 醜い死顔丈はさらしたくないんだ。いやいや、己が死んだといふことさへ他人に気づかれたくはないんだ。何故人間は知人をもつてしまふのだらう。世界中に誰一人、知人がゐなければどんなに幸福だか!」

「吾郎も金野も千枝姉も、僕の「人でなし」について気づいてゐるんだらうか。この奇怪な生きものが、何を考へ、何を企んでゐるかにぞつとしないんだらうか。」

「大仏は夕やみの中にじつとしてゐた。ゴーレムみたいなうすきみのわるさ。何といふ猫背だらう。」

「小説をかかう!
 一行でいい、小説を創りあげよう。
 蜘蛛あり、親子、きようだい、親戚知人、みな喰ひ殺して五彩の糸を吐く。喰ふものがなければ、すなはちひからびて死ぬばかり。」

「あの鳥達の哀しみの声をきくがよい。
 あいつらは人間だつたのだ。そして或る日、恥づかしさの記憶だけを与へられて、あんな風に変へられてしまつた。日夜を悶えて、彼らは鳴く。
 何故ものを喰ふのか。
 喰つてはいけない。
 喰ひたいとはおもつてはいけない。
 訳のわからぬ宇宙なんてものをでつちあげた、そしてあの末端のカビみたいな己達にまで、こんな苦しみと悩みとを与へた、あの、もとより眼に見えぬ、永久に察知することのできない「意志」に――それを神と名付けようか、馬鹿々々しい、神が人間に考へ得るなどと――たつたひとつ叛逆できるのは死ぬことだけ。それもしかし彼奴がしくんだことかもしれない。」

「緑色に澱んだ森の奧の沼。石炭紀の植物めいた葉を繁らせてゐる森には大蛇(ボア)が鎌首をのばし、鮮麗な花が咲いてゐる。白い月光に背中を照らされて、土人が笛を吹いてゐる。足もとの叢には、やはりによろによろと蛇が頭をもたげ、桃色の白鳥がじつとしてゐる。怪奇な幻想は、もとよりアンリ・ルソーのものに他ならない。
 しんかんとした石切場の道に、小さくひとりの紳士が歩いてくる。「カリガリ博士」の一場面めいた幻妖さがただよひ、空にはれいの、飛行船みたいな千切れ雲。あるひは童話そのものの様な風景だとか馬車だとか。
 彼の絵は理解され易い。その幻想はほほゑましく眺められ、うなづかれ、――さうして忘れられ易い。ルソーが好きだ、などといへば、人はフンと嗤ふだらう。ルソーをね。うんうん成程ね。とまあ、そんな具合に軽蔑されてしまふ。だが、何遍もいふ様に、芸術とはこの夢に他ならぬ。」



中井英夫全集08 03

1948年10月。





















































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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