森銑三・柴田宵曲 『書物』 (岩波文庫)

「冬の日曜日など、二人して窓からトタン葺(ぶき)の屋根へ出て、日向(ひなた)ぼっこしながら本を読んだ。K君の蔵書には、『漱石全集』なども揃(そろ)っていた。(中略)何にも煩わされずに書物に親しむことの出来たその頃は、私にはやはり楽しい時代だったといわれそうである。」
(森銑三 「読んだ書物の思出」 より)


森銑三
柴田宵曲 
『書物』

岩波文庫 緑/31-153-1

岩波書店
1997年10月16日 第1刷発行
1998年7月6日 第3刷発行
342p 編集付記・表記について2p
文庫判 並装 カバー 
定価660円+税
カバーカット: 『江戸名所図会』より



本書「編集付記」より:

「本書は最初、現代生活群書の一冊として一九四四(昭和十九)年、白揚社より刊行された。そして、戦後、一九四八(昭和二十三)年、初版より「贈られた書物・贈る書物」の一篇を削除、(中略)十六篇を増補して刊行された。本書ではこれらすべてを収録した。」
「本書の底本には左記のものを用いた。
 森銑三『書物の周囲』(研文社、一九八八年)
 柴田宵曲『柴田宵曲文集』第八巻(小澤書店、一九九四年)」



新字・新かな。


森銑三ほか 書物


カバー文:

「生涯を書物研究に捧げた森銑三(1895―1985)、柴田宵曲(1897―1966)の両碩学が、書物、読書、出版について長年の薀蓄を傾けた随想集。真っ向からこれらのテーマに切り込む森銑三に対し、淡々とその楽しみを語る柴田宵曲と、文章は対照的であるが、その端ばしに「書物への愛」があふれている。」


目次:

はしがき (森銑三)
増訂版序文 (森銑三)

甲篇 (森銑三)
 「書物」という書物
 書物に対する心持
 書物過多の現状
 良書とは何ぞや
 著述家
 出版業者
 書肆以外からの出版物
 出版機構の欠陥
 良書の識別
 ラジオと著述家
 良書の推薦
 書評
 書物の量
 書名
 序跋
 装幀
 木版本と写本
 流布本と珍本
 古本屋・即売会
 蒐書
 書物の離散
 書物の貸借
 贈られた書物・贈る書物
 図書館
 児童図書
 青年図書
 辞書・参考書
 叢書・全集
 書目
 素人の手に成った書物
 見る書物
 形の大小
 不完全
 著者から見た自著
 出でずにしまった書物
 問題の書物
 誤植
 読んだ書物の思出
 探出した書物
 雑誌
 まだ見ぬ書物
 見ることを得た書物
 手がけた書物
 私の欲する書物
 書巻の気
 出版記念会
 結び―書物愛護の精神

乙篇 (柴田宵曲)
 書物と味覚
 辞書
 写本
 珍本
 書名
 書斎
 読む場所
 読書と発見
 書物の記憶
 貸借
 欲しい書物
 蔵書家
 愛書家
 蒐書家気質
 二度買う場合
 自著
 広告文
 売行
 序文
 挿画
 書物の大小
 断簡
 書物の捜索
 古本の露肆
 貸本屋
 書物を題材とした作品
 書物の詩歌
 焼けた書物
 書物と人間

解説 (中村真一郎)




◆本書より◆


森銑三「著述家」より:

「なおこの著述家という名目であるが、これには何やら職業的な匂(におい)の伴うものがあって好ましからぬ。書物を拵える技術ばかりを心得て、著述ということを安価に考え、ただ技術的な手腕に依ってつぎつぎと書物を拵えて、それで生活して行こうとする職業的な著述家などというものは、甚だ以てありがたからぬ。
 技術的には拙(つたな)くても、私等はむしろ職業的な著述家以外の人々の手に成った書物を見たい。越後(えちご)の良寛(りょうかん)は、書家の書と、詩人の詩と、料理人の料理とを嫌(きら)いなものに数えた。その中には著述家の著述も加えられそうである。
 一口に著述家という内にも、大いに尊敬に値する人と価しない人と、あるいはかえって軽蔑(けいべつ)に価する人とがあるわけである。多く売れた書物、評判になった書物の著者が尊敬に値する人で、売れなかった、問題にもせられなかった書物の著者が軽蔑に値する人だなどとはいわれない。かえってその反対の場合もあろう。著述家という内にも種々雑多な人がいる。私等に何人が真に尊敬に値する著述家か、その一事に注意を払うべきである。世間の評判などには捉われずに、己の眼を以てそれを知ろうと努むべきである。」



森銑三「出版業者」より:

「出版界のみとは限らぬが、儲けさえすれば成功したのだという考え方は、あまりに浅ましい。たとい損はしても、失敗はしても、良書は世に送り出して、それが天下後世を益するものだったら、己の懐(ふところ)は肥えなくても、時にはために痛手を負うても、出版業者として立派に成功したのだ。そういう信念で仕事してくれる人が出て来てくれたら、いかばかりか頼もしいことだろう。かようなことをいったら、すぐにその下から、私たちも食って行かなくてはなりません、といわれそうであるが、一人前の男が、ただ口を糊(のり)して行くという一事のために貴重な一生を棒に振ってしまおうとしているのは、決して褒(ほ)めたこととはいわれまい。
 まず儲けて置いて、それからほんとうによいものを出して、理想の実現を期します、という態度の業者もいそうな気がする。しかしその通りに実行した実例は存外乏しいのではなかろうか。十も二十も悪いことをして、罪業(ざいごう)消滅のために一つか二つだけ善(よ)いことをして、それで涼しい顔をしようとするのはあまりに虫が善(よ)過ぎる。(中略)そうした意味の出版物も時に見かけないではないが、その出版物の内容がいかによいものにもせよ、どこかに俗臭のまつわり附(つ)いているのが顔を背(そむ)けしめる。
 たとい大きく儲けなくても、一つ一つ粒選(つぶよ)りの書物を出して行こうと心懸ける、良心的な潔癖な出版業者を見たい。出して行く書物の一つ一つに依って自分の店の個性を造り上げて行こうとしているような業者を見たい。(中略)一つでも当ると儲けが大きいから出版業者となった、というだけの人間があまりに多過ぎる。それでは出版文化も何もあったものではない。」



柴田宵曲「愛書家」より:

「霞谷山人(かこくさんじん)は「常に書をよむ時は、怡然(いぜん)として憂(うれい)を忘る」という人であったが、珍しい書に遭(あ)えば価を論ぜずに購うので、「家はきはめて貧しくして、書は大(おおい)に富めり」とある。これが愛書家の本色であろう。大きな倉を二つ建てて、一には漢の書、一には国書を蔵(おさ)めたという松岡恕庵(まつおかじょあん)は、大分豪奢(ごうしゃ)のようであるが、火桶(ひおけ)は深草の素焼(すやき)を紙で貼(は)って使うというほど、日常生活は簡素なものであった。書を愛する者は往々他の方面を犠牲にして顧みぬ。またそれを意とするようでは、真に書を愛するとはいえぬのである。
 『近世畸人伝(きんせいきじんでん)』は乞丐(こじき)の境涯にありながら、なお書物との縁を断たずにいた人を二人まで挙げている。」





こちらもご参照ください:

『ペトラルカ ルネサンス書簡集』 近藤恒一 編訳 (岩波文庫)
川村二郎/池内紀 『翻訳の日本語』 (中公文庫)
伴蒿蹊 『近世畸人伝』 森銑三 校註 (岩波文庫)






































































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