『中井英夫全集 [9] 月蝕領崩壊』 (創元ライブラリ)

「夕、散歩に行く前、「まちがっていた」という。「何が」「何もかも」と。」
(中井英夫 『月蝕領崩壊』 より)


『中井英夫全集 [9] 
月蝕領崩壊』

創元ライブラリ L な 1 9

東京創元社 
2003年10月31日初版
850p 付録10p
文庫判 並装 カバー 
定価2,000円+税



本書「解題」より:

「『月蝕領宣言』 
 一九七九年十一月三十日、立風書房刊行、菊判、函、一二二頁、二三〇〇円、装画・装幀は建石修志。」
「『LA BATTEE(ラ・バテエ)』
 八一年七月二十日、立風書房刊行、B六判、函、二〇五頁、一八〇〇円、挿画・装幀は建石修志。巻末の「中井英夫著書目録」は略した。
 「週刊読書人」八〇年一月七日号より八一年三月二十三日号まで連載された。」
「『流薔園変幻』
 八三年一月一日、立風書房刊行、B六判、函、三〇七頁、装幀は直江博史。」
「『月蝕領崩壊』
 八五年四月二十七日、立風書房刊行、B六判、函、二八八頁、装幀は建石修志。」



本文中挿絵(建石修志)68点、図版2点。「付録」図版4点。
「解題」中にインタビュー記事「『黒鳥館』に到着して」(「週刊読書人」、1981年8月3日号)を収録。


中井英夫全集09 01


帯文:

「小説は天帝に捧げる果物、一行でも腐っていてはならない。
『月蝕領宣言』『LA BATTEE』『流薔園変幻』『月蝕領崩壊』
人間・中井英夫の愛と真実!!
こうしてすべては終った。
もっとも愛する五月という季節に。――」



目次:

『月蝕領宣言』

 殺人者の憩いの家
 ポオ断章
 影の訪問者
 翼のあるサンダル――あるいは蟾蜍(せんじょ)の記
 異形の者
 カニバリズムの夜
 リラダン「ヴィルジニーとポール」 (翻訳)
 不在
 
 あとがき

『LA BATTEE (ラ・バテエ) 砂金を洗う木皿』

 I 79年12月~80年2月
  1 罪の構図
  2 孫・孫・孫
  3 呪文
  4 二通の遺書
  5 人名整理法
  6 旅へ
  7 故郷の香り
  8 コアラと牛肉
  9 黒い噴火
  10 悪感

 II 3月~4月
  11 音楽展で
  12 肩書き
  13 語り草
  14 暗い春
  15 桜の下には
  16 一振りの剣
  17 時の人
  18 春の触手
  19 死の合唱隊(コロス)
  20 遠い弔鐘
 
 III 5月~6月
  21 痴漢
  22 清涼剤
  23 紫陽花の畔には
  24 老いの歯
  25 アダムの朝
  26 「新青年」の話
  27 白鳥の死
  28 梅雨と七夕
  29 地上の縁
  30 地上の罠
 
 IV 7月~9月
  31 初物の味
  32 奴隷の耳
  33 晴朗な殺人者
  34 冷夏の終り
  35 散歩者
  36 桔梗の瞳
  37 火山の麓で
  38 探偵小説を読む
  39 13の厄
  40 橅館の殺人

 V 10月~12月
  41 月に吠える
  42 青猫の夜
  43 鋼鉄の意志
  44 死の方向
  45 記憶違い
  46 焔と蛇
  47 冬扇
  48 影の世界
  49 土星へ
  50 暦と老い
 
 VI 81年1月~3月
  51 綺想異風派
  52 テレビの内そと
  53 分身
  54 わが町の記……
  55 コバルト60
  56 白線屋
  57 執行猶予
  58 舌代
  59 最後の不安
  60 フィナーレ

『流薔園変幻 北軽井沢の風物』

 まえがき
  一九七三年
  一九七四年

 一九七五年
  眩しすぎる星
  落葉松の芽立ち
  タラの芽の天ぷら
  ヤマネの出現
  庭の植物名一覧
  「香りへの旅」完
  本シメジ採り
  紅晶宮(野反湖)
  星よりも寂しき言葉

 一九七六年
  小説のはかなさ
  心臓変調
  事故と廃屋の主
  感謝知らずの女
  スピカの星蝕
  「光のアダム」着手
  アレチノギク退治
  月と風と物の怪
  落葉松の変幻

 一九七七年
  月のクレーター
  やよや待て山時鳥
  ユウスゲの香り
  血まみれの事故現場
  高峰林道コマクサ園
  「光のアダム」完
  キジの親子連れ
  男女の排気ガス自殺
  アカモミタケの味噌汁

 一九七八年
  ピンクの浅間
  さまざまな鳥
  コーローの作り方
  鈴蘭とエンデュミオン
  数珠を繰るセミの声
  真夏日と下水工事
  立野地蔵尊縁起
  ペルシャ雑巾と教皇騒動
  月蝕領ひらく

 一九七九年
  C姉の死
  金と銀について
  泉鏡花とカマラ
  日本のポンペイ発掘
  殺人鬼と虎と
  応桑の殺人詳報
  ロワジール村の少年
  月夜蟹の話
  「名なしの森」執筆

 一九八〇年
  逆さ馬の残雪
  “わが家の夕めし”記
  立野地蔵法要
  ペルセウス座流星群
  花火と茶漬
  メルセデス・シモーネ
  所沢市の事故顛末記
  シメジの御馳走
  ポーカー大荒れ

 一九八二年
  レミーマルタンとフォアグラ
  浅間爆発
  Bの入院と百鬼園日記
  夢の停電と蛾の親子
  鳥たちの饗宴
  サファリパーク行
  地球への訪問者
  台風10号の爪痕
  あんまの笛のような鳥
  
  人名一覧
  あとがき

『月蝕領崩壊』

 まえがき
 
 第一部
  一九八二年六月二八日―九月一六日
  一九八二年九月一七日―一九八三年一月一三日
  一九八三年一月一六日―四月二七日
  追記

 第二部
  一九八一年一月一六日―三月二六日
  一九八一年六月一日―一九八二年一月一一日
  一九八二年四月一九日―六月二四日

 あとがき

解説 (高原英理)
解題 (本多正一)

付録 11 
 走る『虚無への供物』の作者 (田中敏郎)
 あるいは時の柩としての日記 (大橋喜之)
 寺山との歌稿 (図版)



中井英夫全集09 02



◆本書より◆


『LA BATTEE』より:


「3 呪文」より:

「呪文というと思い出すのは、広津和郎氏が(中略)、膝の関節炎の痛みが激しくなると、きまって「プップク、プップク」と唱えたという古い新聞記事である。なんというひたすらな、無垢の純粋さだろうと、その作品にはまったく親しまぬままながら、いまも頭を垂れざるを得ない。太宰治氏とそこだけ話が一致した、恥の記憶に見舞われたとき一瞬「あ、いかん!」と声をあげて打ち消そうとする、それもあるいは呪文の一種であろうか。水禽のように「アワーワ」と一声啼いて、どろりとした液体に変じてしまいたいという、戦後しきりに私を襲った願望もやはり呪文に違いなく、久しく訪れていないが、晴れた日の動物園の禽舎に近づくとき、俄かに騒立つ声のひとつひとつは、確かに魔法によって変身させられた仲間たちのものだった。」


「21 痴漢」より:

「五月の美しい夕暮れ、のんびり散歩をしていると突然に逮捕されて牢屋へ入れられてしまうという短編がブラッドベリの初期にあるけれども、散歩そのものを罪とする風潮は現代の日本でもそろそろ兆しかけている。細い路地に目立つ“ち漢に注い”とか“怪しい人を見たらすぐ一一〇番”などという貼り紙がそれで、その心の狭さ・村びと意識には呆れ返るしかない。もともと東京は都市などではなく、大きな村落にすぎなかったけれども、こんな“他人を見たら泥棒と思え”式の、みみっちい貼り紙を許すことだけはなかった。
 それに、“ち漢に注い”という、このいやらしい書き方はどうだろう。痴漢という言葉の第一義は文字どおり痴(おろ)か漢(もの)ということで、こんなポスターを考えつき、字配りを得意がっている奴の方がよっぽど痴漢に近い。“怪しい人”という発想もまた少年探偵団の好奇心とは無縁な、ふだん見かけないよそ者の意味だろうが、見知らぬ他人こそ旅びとであり、未知の海への案内者かも知れないのだ。どこの社会に行きずりの旅びとを警察へ売るしきたりがあるだろう。ましてそれを得々と奨励するに到っては!
 こういうせせこましい、地域内の同族意識をかき立てるために戦争中の隣組制度がった。顔見知り・わけ知りの既知の人しかいない社会の息苦しさはもうあの体験だけで充分だろうに、無限の可能性を秘めた赤の他人を閉め出す閉鎖部落はそこここに殖え、風薫る五月の散歩はどこかしらうしろめたい、犯罪者の意識なしには出来なくなる日も近いらしい。」



「29 地上の縁」より:

「そうなのだ。こと戦争にかかわるとなると私はいやでもムキになり、天皇の名の下に行われたすべて、軍部とりわけ若手軍人どもの横暴さ、右翼の無知、翼賛政治家の恥知らず、知識人たちの狼狽等々によって窒息状態にいた昭和十年代後半の歯ぎしり、訪れる前に奪われた青春のくやしみを、四十年経ったいまもぶちまけずにいられぬらしい。
 それもエッセイならばまだしも、小説でも再三試みようとするものだから、(中略)ただナマの材料を積みあげただけという見苦しい作品が生まれてしまう。なぜそしらぬ顔で、しゃれたお遊びとしか見えない形の小説を書いていられないのか。反世界とも非現実とも呼び名はどうであれ、すべてを裏返したM87星雲にふさわしいものだけを創ろうとしないのか。」
「なぜ地上のもろもろにいつまでもこだわるのだろう。(中略)私は初めからこの現実に“不在”であり、地に住める者どもは禍害(わざはい)なるかな、禍害なるかな、禍害なるかなという中空の鷲の声しか耳にしたことはなかった。地球、その中でも日本は陰惨な流刑地にすぎないという認識から仕事を始めたのではなかったのか?」
「時事に執着し現実に拘泥するのは、より確かな非現実世界を構築するためという考えは変らず、(中略)地上に何らか意義ある作品を残したいなどと、かつて一度も考えたことのない私にとって、物を書くこと自体が肯定と否定との矛盾に陥入るのは是非もない。昭和七年ごろ佐々木邦の『地に爪跡を残す者』という小説の題を見てからこの方、そんな奴にだけはなりたくないと身に沁みて思ったほどで、人生論ぐらい嫌なものはない。」



「44 死の方向」より:

「元自衛隊陸将補山本舜勝氏の“三島由紀夫”は、文章も巧みで、死の二年前から三度に亘る自宅への突然な訪問が無気味に描き出されているが、中に次のような一節があった。
  彼は人生を回顧して「鼻をつまんで通り過ぎたにすぎない」と言い置きした。
 この深い嫌悪感――嫌悪というよりあまりにも剥き出しな地上のものいっさいへの憎悪と拒否は、美と醜への鋭敏すぎる嗅覚に依っているが、それよりも生得の生理と気質から堪え切れずに吐き出した罵りの唾であろう。
 かつて江戸川乱歩は、もう一度生まれ変るとしたら何になりたいかと問われて、どんなものだろうと二度と再び地上に生を受けたくないとニベもなく言い放ったが、三島もまた当然、吐き出すように同じ答えをしたことであろう。そしてこの二人が地上の名声とは裏腹に自分を人外(にんがい)と規定し、無垢な少年の魂を保ち続け、そして同性愛者の心情をあえて隠さず、それなればこそ“身を撚(よ)るやうな悲哀”にしじふ(引用者注: 「しじふ」(始終)に傍点)浸されていたkらには、この地上が腐臭に充ちた汚穢の海であり、二度と再びそこで暮そうなどと考えもしないことは当然であろう。あれほど一面では人生を享受しているように見せかけながら。……
 実際、三島ほど大ぴらに同業者の悪口をいって楽しんでいた作家も稀れであろう。嫌いな連中はもとより、親しい筈の人でも遠慮なくこきおろした。」



「47 冬扇」より:

「この永遠の健康優良児たち。いまさらながら二十年ほど前、「不健康なことなら何でも好きだ」といっていた友人(俵屋宗達の末裔)がなつかしい。」


「60 フィナーレ」より:

「他にいい残したことはないだろうか。そうだ、ボーイズ・ビー・アンビシャスに代る呪言を考えたといった。それは aberration 常軌を逸すること、倒錯、脱線を意味する言葉で、もしかすると辞書で、語尾に -tion のつく全部を探さねばならぬかと思っていたが、何とその最初に出てきてくれた。
 ボーイズ・ビー・アバレイシャス!
 訳せば“一期は夢よ、ただ狂へ”ということになるだろうか。」



『流薔園変幻』より:

「流薔園(るそうえん)というのは、もとは一九七〇年に執筆した連作小説『幻想博物館』の舞台で、どことも知れぬ丘の上に建つ架空の精神病院につけた名である。“流薔”はすなわち“流刑サレタル薔薇”の意で、気取っていえば Rosa extorris Nakai となる。」
「それまで自分の住居を黒鳥館と称していた私は、一九七四年になって北軽井沢(中略)に小さな山荘を持ったが、そこをすぐ流薔園と名づけたのは別な理由からで、敷地を横切って小さな流れがあり、しかも“野ばらの里”という名の分譲地だったことによる。」
「山荘が出来たのは七四年八月だが、そこでの生活を行くたび克明に記し始めたのは七五年の四月からで、すべて実録ながら読み返してみるとおのずからな変型小説となっているので、現在なお進行中の奇妙な物語として、ありのまま書き写すことにした。」

「北斗七星、ドアのすぐ上にあり、眼を凝らす間もなく、満天の星、落ちかかる。」

「B、夜中に必ず起きる。ドーシテときくと、宇宙人が呼んでるから起きた、という。
 星よりも寂しき言葉、をいうと思った。」

「遺書として「地球通信」を書くこと。いっさいの小説がそれであるべきこと。
 ほんとうにこの惑星では、何という奇妙な風習が行われていることだろう……
 “人外”という言葉の意味。」



『月蝕領崩壊』より:

「皆既月蝕のとき、月の面は決して黒ではない。あるときは赤銅いろに、あるいは緑に美しく輝く。そこを領土とすることに決めたのは、一九七八年九月十七日の誕生日がたまたま月蝕だったせいで、黒鳥館から流薔薇園と居を移し、さらに暗く狭い場所が必要だと思い到ったからである。」

「夜2時。Bの病気をまだどこか現実のことだ本当のことだと思っていないのではないか、お前は。」
「いまこれを全部読み返してる途中に、フイに黒い蟻が現われた。何の気なしにすぐつぶしてしまって深い後悔――いる筈もない冬の蟻が、なぜ、それもこの途中に出現したんだ、ふいにぽっこりと――ああ何の象徴をオレは殺したのか。」

「夕、散歩に行く前、「まちがっていた」という。「何が」「何もかも」と。」



インタビュー「『黒鳥館』に到着して」より:

「「素材が枯れたとか衰弱したという批判もありますが、半面、あまり幻想文学とかSFなんかが評価され過ぎ理解が続くと、逆にじれったくなって、じゃあ、皆さんのお好きな身辺や私小説的なもので魔法をお見せしましょうかみたいな考えが出てきたのかも知れません。(中略)読んでいただけばどうしようもない身辺雑記で何とかごまかそうとしているのではないことを、ある程度理解してもらえると思うんです」
「でもそれは、自分の手で意図的に作り出そうというのではなく、資質自体がそうだということです。たとえば、ビュッフェはどんな若い女性を描いてもみんな婆さんになってますが、わざとそうしているんじゃなくて、本当に女性がみな婆さんにしか見えないからそう描くんだろうと思うんです。ぼくも、幸か不幸か決定的にそういう資質や目を持ってしまったということですね。
 だいたいぼくは作品の結末なんか全然考えもしないで書いて行って終りに近づいてくると、あらかじめ考え抜いてあったと見えるように現実の事件とうまくつながってくるということですから、その点で幸運だということでしょうか」

「普通、“愛”となると、男女の“愛”がこの地上で普通なんですが、そういう意味での“男同志の愛”ならば無気味に思うかも知れません。でも、連載の中でも、こんなものは“愛”ではない、ただ“一期一会”という訓えを言葉通り守っただけだと書いてるように、ぼくにとっての男性や女性とのかかわりの形はこの地上とは違いますね。(中略)そろそろ、同性愛にしろ異性愛にしろ“人間とは本来畸型なものだ”という視点から根本的に考え直さざるを得なくなっているんじゃないかと思います」
















































































関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本