澤田瑞穂 『中国の民間信仰』

「一塊の石にも神霊が宿ると、水には沈むはずの石が、常識を超えて水に浮き漂うことがあると信ぜられていた。
 むかし陽羨県(江蘇宜興県)の小吏 呉龕(ごがん)というもの、ある日のこと舟に乗って水上をゆく。五色の石が浮いてきた。これを取り帰って牀頭に置いたところ、夜になって一女子に化し、自ら河伯の女であるといった。夜が明けてみると依然として石であった。後またこれを谷川に投じた(『幽明録』および『述異記』)。河伯とは黄河の水神である。」

(澤田瑞穂 「漂着神考」 より)


澤田瑞穂 
『中国の民間信仰』


工作舎 1982年7月5日第1刷/1991年10月10日第3刷発行
579p 口絵(カラー)4p 折込(カラー)1葉
A5判 丸背布装上製本 貼函 
定価8,500円
エディトリアル・ディレクション: 松岡正剛
エディトリアル・デザイン: 木村久美子



「中国妖異考の四部作」その三。
本文中図版(モノクロ)多数。折込カラー図版は「天地三界十八仏諸神」。


澤田瑞穂 中国の民間信仰1


帯文:

「中国研究に必読の好著
早稲田大学名誉教授/日本道教学会名誉会長 福井康順
 怪力乱神を語らず、とは孔子のこと。本書は逆にそれに立ち入っての研究で、中国人の信奉する孫悟空神・龍の母などの鬼神怪異の実態が学的に解明されている。
 著者は斯界の権威で『地獄変』『鬼趣談義』など名著が多く、本書巻頭の「民間信仰と道教」にもその学識の高さが示されている。
 本書はひろく文献を捜訪、しかも徴証に溺れず伝承に迷わず、現状をも観察した稀れな労作である。中国の宗教を検討する時、必読すべき好著。」



帯背:

「失なわれた
神々の発掘
秘蔵文献・図像多数収録」



目次 (初出):

序にかえて 民間信仰と道教 (昭和五十二年十一月二十六日、第一回道教談話会口述/「東方宗教」第五十二号「道教の基礎的問題」 昭和五十三年十月)

第一章 生きる神々
 中国民間の太陽信仰とその経典 (「天理大学学報」第五十九輯 昭和四十三年十一月)
 蟠桃宮の神々 (「東方宗教」第二十六号 昭和四十年十月)
 二つの二郎廟――信仰と環境 (北京・東方民俗研究会「東俗叢」第二号 昭和十九年十二月)
 土地神賭妻 (未刊稿)
 焼頭香の話 (未刊稿)

第二章 異神の源流
 孫悟空神 (「中国文学研究」第五期 昭和五十四年十二月)
 黒神源流 (未刊稿)
 駆蝗神 (「東方宗教」第五十一号 昭和五十三年六月)
 草鞋大王のこと (「二松学舎大学人文論叢」第十七輯 昭和五十五年三月)
 漂着神考 (国学院大学「漢文学会々報」第二十六輯(創立五十周年記念号) 昭和五十五年十一月)

第三章 龍母伝説
 龍の母 (「早稲田大学大学院文学研究科紀要」第二十三輯 昭和五十三年三月)
 龍木篇 (「天理大学学報」第六十五輯 昭和四十五年三月)
 龍宮伝書――水神に手紙を届ける話 (未刊稿)

第四章 神子誕生
 神婚伝説 (「中国文学研究」第一期 昭和五十年十二月)
 神女送子のこと (「中文研究」第十三号 昭和四十七年十二月)
 霊山の性禁忌 (未刊稿)
 泰山香税考 (「福井博士頌寿記念東洋文化論集」 昭和四十四年十二月)
 借寿考 (未刊稿)

第五章 殺人祭鬼
 殺人祭鬼 (「天理大学学報」第四十三輯 昭和三十九年三月)
 殺人祭鬼・証補 (「中文研究」第五号 昭和四十年一月)
 殺人祭鬼・再補 (未刊稿)
 メタモルフォーシスと変鬼譚 (「昔話―研究と資料」第二号 昭和四十八年六月)

第六章 魂帰る
 魂帰る (「道教研究」第二冊 昭和四十二年三月刊)
 魂帰る・再補 (未刊稿)

第七章 神との遭遇
 口碑と風水信仰 (未刊稿)
 神との遭遇 (未刊稿)
 庚申史料雑鈔 (原題「庚申補録」 庚申懇話会「庚申」第三十三号原載 昭和三十八年八月/昭和五十三年十二月、同朋舎刊「庚申」では編者により「中国の雑書にみる庚申信仰」と題して収録)

第八章 虫獣・情魂の神
 虫獣神威を顕わす (未刊稿)
 異形の神 (未刊稿)
 情魂神に祀られる (未刊稿)
 賊徒また神を祀る (未刊稿)
 花神二題 (未刊稿)
 廃物に神宿る (未刊稿)

第九章 清末の祀典問題
 清末の祀典問題 (「東方宗教」第二十三号 昭和三十九年三月)

あとがき

事項索引
書名索引
地図
初出誌一覧
著者紹介



澤田瑞穂 中国の民間信仰3



◆本書より◆


「龍宮伝書」より:

「ある魚売りの男が鮮魚を積んだ手車を推して山麓を通る。天気も暑かったので、車を停めて路傍の樹下に休息していると、ふと一道士が竹林から出てきた。見たこともない道士だが、懐中から一通の手紙を取出して、「ご苦労だが、これを……」といって渡す。封書には一字も書いてなく、どこへ届けてよいやらわからぬままに受取る。「そなたは帰りに南丈崖を通るであろう。そこまでいったら、崖を叩いて、南丈崖、労山捎得書子来(南丈崖よ、労山から手紙を送ってきたよ)といえば、誰かが出て受取るはず。気をつけてな。わしはちと急用があるで……」といって道士は山に去った。魚売りは大切に手紙を懐に納めた。郭村までいって高原にある一軒の飯屋の亭主に車を預け、自分は近くの南丈崖まで出かけた。高い絶壁で人家もなく洞穴もない。彼は崖を叩いて例の労山捎得書子来の文句を唱えると、顔前に門が開いて一老人が現われた。奥の客室に案内されてゆくと、そこには年若い先生がいて、棋を囲んでまだ一局が終らない様子。老人は魚売りに一杯の茶をついでやると、またもやその先生と棋を続ける。彼はそれを無心に見ていた。ふと窓外に目をやると、中庭の黄楊樹の葉が黄ばんで落ち、ついで青くなり黄ばみ落葉し……と瞬くうちに変化する。老人と先生とは男のことは忘れたように囲棋に耽っている。彼は腹もへったので、地上に落ちていた棗(なつめ)の核(たね)を拾って口に入れ、また吐き出したが、異常に甘い。やがて棋が終ったのを機に彼は別れを告げる。老人は引留めもせず、軽く礼をいっただけで送り出した。門を出たかと思うと、そこは依然として絶壁であった。彼が郭村に帰ってみると、そこには城壁も人家もなく、ただ一面の水。水辺の高処に幾十軒かの人家があり、建物は見覚えがあるような気もするが、みなふるびて破れている。人家のあるところへいって郭村への路を尋ねても誰も知らない。最後に日向ぼっこの白髪の老婆に問うと、「あの村は、とっくの昔に洪水で沈んでしもうた。洪水の前には、わしの実家もあの村にあったのじゃが」という。それでは何というところかと問うと、「漿魚店というてな、三百余年も前にはここには人家がなく、宿屋が一軒あっただけじゃが、ある日、一人の魚売りが魚を積んだ車を推してその宿屋に預け、南丈崖に潜りこんでしまったのを見かけた人があったげな。いくら待っても戻って来ない。到頭、魚は腐って水になったのに、まだ戻らん。この噂を聞いた人がみな宿屋まで見にいったそうな。大水が過ぎてから、近所の人がここにきて住みつき、村の名を漿魚店とよぶことにしたのじゃよ。」魚売りは聞いて夢から醒めたように、あの黄楊の葉が芽を吹き落葉したのは、それが一年だったことを悟ったという(林蘭『瓜王』所収「漿魚店」)。
 この昔話には文使いと仙郷淹留譚と洪水説話との三要素が連続して語られている。発端の文使いに対して、老人が囲棋に熱中していたとは例の爛柯山の故事の借用。また老人はお茶一杯しか出さなかったが、無心に拾って嘗めた棗の核が神仙の長命果であり、かつ洪水に遭って覆没することを防いでくれたので、これは仙人の大なる報謝であった。」



「殺人祭鬼」より:

「宋の時代に、湖北・湖南などの一部僻遠の地方には、人を殺して鬼神を祭ることを秘義とする殺人教ともいうべき外道(げどう)の邪法が伝習されていた。」

「殺人供犠の功徳によって己も神になり、極楽浄土に転生できるという信仰も、さほど奇異なものでなく、古代人や未開人にもこの例は少くない。もしそれが教義的に組織されると、兇暴無惨な殺人教と化するのである。」



「殺人祭鬼・証補」より:

「湖南沅州の役人李侁の子息、十歳。郡の士人覃先生の私塾に通学する。自宅との距離は一里、朝がた家を出て、毎日の弁当は下男の蔡宣が運ぶ。ところが、この下男が大の博奕(ばくち)ずきで、いつも市中の汪二という男に代りを頼んで運ばせていた。やがて汪は覃先生とも顔見知りになり、少年が帰宅するときには汪二に伴をさせるようになった。ある日、伴をして途中まで帰ると、一人の男が現われて、蔡の旦那は忙しいので、代りに坊っちゃんをお連れしに参りましたという。汪二は信用して、その男の名もきかずに少年をわたした。その晩、李氏の奥さんは息子の帰宅を待ちわびて下男の蔡宣に訊く。下男は覃先生の塾に飛んでゆく。とっくに汪二が伴をして帰ったとの先生の返事に下男は蒼くなり、城内を一晩さがし廻った。夜明けを待って城外に出て捜索する。五里離れた僻処の森に、鴉や鳶が群れさわいでいる。念のための小径をたどってゆくと、少年の屍体が横っていた。すでに腹部は剖かれて内臓がなくなっており、代りに米餌(米または米飯か)が詰めてある。けだし悪徒が殺して鬼を祭ったのである。飛んで帰って奥さんに告げ、検分してもらうと坊っちゃんに相違ない。州の役所に訴え出る。長官は覃先生・蔡宣・汪二の三名を拘引し、懸賞つきで犯人を探索したが、結局は迷宮入りになった。汪二は獄中で死亡。時に淳熙七年(一一八〇)の春であった……。」


「メタモルフォーシスと変鬼譚」より:

「唐の汴(べん)州の西の板橋店。店とは旅人を泊める旅籠屋(はたごや)のことで、そこの女主人の三娘子、来歴不明の寡婦で年齢三十あまり。子も身寄りもない一人暮しだが、姐御肌(あねごはだ)で、評判も悪くない。内証も裕福とみえて、多くの家畜を有している。
 唐の元和年中、河南許州の趙季和というもの、洛陽に赴く途中でここに宿る。先客が六七人。深夜に酒食が出されて諸客は酔い潰れたが、季和だけは酒は嗜まなかった。二更に至って女主人の三娘子も自室に帰る。壁を隔ててゴソゴソと物音がし、また動物の声らしいものも聞える。隙間から覗くと、女主人は燭をつけ、箱の中から鋤と、それぞれ六七寸ばかりの一木牛・一木偶人を取出して竈の前におき、水を口に含んで噴きかけると、二物ともに動き始めた。小人は牛を牽き鋤をつけて牀前の地を耕す。女はまた蕎麦の種子一握りを取出して小人に与えて蒔かせる。やがて芽をふき花ひらき蕎麦が熟すると、小人にこれを刈らせて七八升を穫た。また小さな磨子(うす)を置いて粉に碾かせ、木人を箱に納める。それから粉で焼餅(シャオピン)数個をつくる。雞が鳴いて客が出発しようとするころ、女は先に起きて灯を点じ、焼餅を卓にならべて客に供する。趙季和が戸外で窺っていると、諸客は焼餅を食い終らぬうちに地に倒れて驢馬になった。女はこれらを内に追い入れ、客の荷物は悉く奪い取った……。」



澤田瑞穂 中国の民間伝承4











































































































































































関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本