澤田瑞穂 『鬼趣談義』 (中公文庫)

「ある日、その女の霊魂が若者の耳の中に潜りこみ、癢(かゆ)くて物音が聞えない。これより毎夜のように耳中の女の霊と語り合う。三年余を経て女の霊は若者に結婚をすすめる。それは山陽の某紳士の家の一女十七歳で、昨夜急死したが、それを活(い)き返らせるから、女の口と鼻の間に耳を附けなさい、そうすればわたしは借軀復生してあなたと永く添い遂げましょうという。若者はそのとおりにして妻を得、耳の病もまた癒(い)えたと。」
(澤田瑞穂 『鬼趣談義』 より)


澤田瑞穂 
『鬼趣談義
― 中国幽鬼の世界』


中公文庫 さ-42-1
中央公論社 1998年8月3日印刷/同18日発行
494p 文庫判 並装 カバー 
定価1,143円+税
カバー: 南伸坊



「中国妖異考の四部作」その二。
初版は1976年9月、国書刊行会刊。修訂版は1990年9月、平河出版社刊。本書はその文庫版です。


澤田瑞穂 鬼趣談義


帯文:

「中国の幽鬼・妖怪の世界を説き明かす博引旁証の大著」


カバー裏文:

「筆記・随筆・地誌類など汗牛充棟の文献世界を渉猟し、中国の幽鬼妖怪の種々相を暢達な筆致で説き明かす。“怪力乱神”を語り、中国古来の霊魂観、幽鬼妖怪観を探究する、碩学による博引旁証の大著。巻末に事項・書名索引を付す。」


目次:

鬼趣談義
墓中育児譚
亡霊嫉妬の事
髪梳き幽霊
鬼卜――亡霊の助言によって吉凶を占う事
再説・借屍還魂
鬼求代
鬼索債
泡と蝦蟇
関羽に扮して亡霊の訴えを聞く話
柩の宿
鬼買棺異聞
産婆・狐・幽霊
墓畔の楽人
鬼市考
偽幽霊出現
僵屍変
棺蓋鬼話
旱魃とミイラ
野ざらし物語
石の妖怪
土偶妖異記
芭蕉の葉と美女

あとがき
修訂版後語

解説 (稲畑耕一郎)

書名索引
事項索引




◆本書より◆


「髪梳き幽霊」より:

「北京阜城門内の某胡同に幽霊屋敷があった。護軍の永某という胆力自慢の男が友人と賭(か)けをして単身その屋敷に泊る。眠りかけると足音がする。ひそかに戸の隙間から窺うと、燈下に一無頭の婦人が坐しており、片手に頭を膝の上におき、片手に櫛を持ってその髪を梳く。両眼は炯々(けいけい)として戸の隙間の方を睨(にら)む。彼は驚いて身動きもできない。やがて女は髪を梳き終ると、両手で耳をつかんで上に載せ、すっと立ち上ると、戸をあけて外へ出ようとする。彼は一散に逃げ出した。」


「再説・借屍還魂」より:

「乾隆元年か二年のころ、戸部員外郎の長泰に下僕あり、その女房が二十余歳で急死した。翌日納棺しようとすると、手足が動いて屈伸しはじめ、俄かに起き上ってここはどこだと問う。譫言(うわごと)かと思っていると、やがて室内を見廻し、ハッと思い当ったように嘆息すること再三、黙々として語なし。これより病は癒(い)えたものの、その語音歩行を察するにみな男子のようで、それに化粧のこともできない。夫を見ても見識らぬ様子。どうも変だと思って問いつめると、やはり男で、数日前に死んで魂が冥府に赴(おもむ)いたところ、寿命がまだ残っているが、女身に謫せられるというので、この女房の屍を借りての再生を命ぜられ、夢から醒めたかと思えば、己は寝台に横たわっていたと。姓名本籍を問うても言いたがらない。事ここに至っては、いまさら前世の辱(はじ)をさらすまでもないと答えるだけ。ついに深くは追及しないことにした。はじめは夫とは同寝しようとしなかったが、後には断りようもなくて、渋々ながら従った。しかし交わるたびに夜明けまで忍び泣きするのであった。」

「浙江平湖の董(とう)という二十余歳の若者、路上で一美女に遇い、跡をつけて城外の小屋でその女と交歓した。一人の野菜売りが通りかかる。見ると若者が棺に抱きついて交媾の状をなしている。幽霊に憑(つ)かれたものとみて助けてつれ帰る。ある日、その女の霊魂が若者の耳の中に潜りこみ、癢(かゆ)くて物音が聞えない。これより毎夜のように耳中の女の霊と語り合う。三年余を経て女の霊は若者に結婚をすすめる。それは山陽の某紳士の家の一女十七歳で、昨夜急死したが、それを活(い)き返らせるから、女の口と鼻の間に耳を附けなさい、そうすればわたしは借軀復生してあなたと永く添い遂げましょうという。若者はそのとおりにして妻を得、耳の病もまた癒(い)えたと。」

「風化店の張家の娘、十五歳。流行病で数日臥(ふ)したまま起きられない。咽喉が乾いたが、たまたま室内には人がいなかったので、無理して寝台から下り、水を取りにゆく。しかし病体で思うに任せず、ついに昏倒した。家人が見つけて驚き、寝台に抱き上げると、やがて気がつき、目をあけて見る。自分を取りまいて様子を窺っている人々はみな識らない人ばかりなので、不思議そうに、「あたしはどうしてここに来たのかしら」という。家人は病中の譫言(うわごと)だろうと思っていると、娘は起きて外へ出ようとする。家人が引き留めると、「あたしは家に帰るんです。どうして留めるんですか」という。「ここがお前の家なんだよ。ほかにどこへ帰るというの」と家人がいえば、「あたしは劉家のものです」と娘がいうので、衆みな不思議がる。そのとき劉家にも娘がいたが、病死したばかり。その父母がこのことを聞いて駈けつける。娘は見るなり「お父さんお母さんだ」といった。」



「鬼求代」より:

「幽霊人口ということばがある。仮空の住民登録をして、実数はそれ以下という場合に用いる。これは現実の人間界での話である。ところが、冥途には冥籍(めいせき)という戸籍簿があって、これに登録せられた亡者は幽鬼とよばれ、所定の人口いや鬼口を保つことになっているらしいから、これこそ、ことばの真の意味での幽霊人口である。
 地球上の人類は刻々に増加してゆく。将来は土地も食糧も不足するであろうことは国際連合か何かでも問題になっているとおりである。しかし従来この人口増加を抑制してきたのは、産児制限や嬰児殺しのほか、人間の病死・老衰死・自殺および天災や人災による事故死あるいは戦争による大量の戦死で、つまり人間には死というものがあって新陳代謝するから、ある程度は増加の速度が抑えられているのである。
 ところが冥籍に入った亡者(もうじゃ)には、もはや人間のような死亡というものはないはずである。すると、幾千万年来の人類史から考えると、冥界の幽霊人口は莫大なものになっているわけで、宇宙に遍満しているに違いないと思われる。だが実際はそうではないらしい。亡者には死がないかわりに、受生(じゅしょう)とか転生とか託生とかよばれる第二、第三の新生の途があって、冥府の審判の結果、その亡者は再び人間なり畜生なりに投胎して生まれ代る。いわゆる六道(ろくどう)輪廻の循環理論である。だから冥界の幽霊人口は我々が想像するほど密度が高いものではなく、転生による人口減で、一定の額を保っている。こちら人間界に新しく嬰児が出生したといっても、それは実は再生品なので、幽顕両世界の相互流通からいうと、絶対的人口増ではないのである。」



「鬼市考」より:

「翰林官の裴択之(はいたくし)という人、河南陽武県の人であるが、六、七歳のころ、父に抱かれて馬で東北の村に出かけた。城外の濠(ほり)のところまでゆくと、城門の南北に市が立っているのを見た。人物はみな二尺ばかりで、男女老幼・吏卒僧道みな往来し、商人の売買取り引きから、荷物をかつぐもの、驢馬に背負わせたもの、車に積んだもの、なんでもある。そのことを父に告げると、父はそんなバカなことといって信用しなかった。しかし三度四度もそこへいったが、いつもそれが見られたという。」

「唐・鄭熊『番禺雑記』に、「海辺には時に鬼市あり、半夜に集まり、鶏が鳴いて散る。人これに従って多く異物を得る」とあって、鬼市の称はすでに唐代からおこなわれたことはわかるが、ただその鬼市の実態が、伝説上の幽鬼の市なのか、それとも人間による夜陰の交易であったのか判然しない。「人多く異物を得る」とは、あるいは「夷人蕃民」との交易を暗示するとも解せられる。」
「清代の記録であるが、異民族の居住する雲南剣川県にも夜市のあったこと、清・張泓(ちょうおう)の『滇南(てんなん)新語』に記載されている。剣川は雲南でも西北の地で、チベットに入る門戸となっており、土着民はすべて異民族。漢人といえば客籍・軍籍のものだけであった。日が暮れると、河原などに市が立ち、百貨が集まる。村民は手に炬火(たいまつ)を持ち、高低遠近より蛍のごとく燐のごとくやってきて売買をする。また地面に蓆を敷いて群飲し、和歌跳舞しあるいは泥酔して喧嘩を始めるものもある。二更になると、酔ったやつを扶(たす)けて次第に散ってゆく。筆者の張氏はこの地に長官として赴任してから、夜市を弊風陋習の甚だしいものとして厳禁したところ、翌月には夜市はなくなり、みな日中に市が立つようになった、と誇らしげに記している。つまり、夜市は日用品交易のためばかりでなく、また一種娯楽交歓の場でもあった。それを、「風化」を重んずる漢人出身長官のために、一方の娯楽は弊風陋習として一片の禁令により奪われてしまったわけである。」



「芭蕉の葉と美女」より:

「蘇州(中略)に一書生が住んでいた。庭前には植木が多い。夏の夕方、入浴後に書斎で涼を納れていると、緑色の上着に翠色の裳という服装の女が窓際に佇(たたず)む。声をかけると女は挨拶して、わたしは焦(しょう)氏と申しますといって、室内に入ってきた。ほっそりした美人である。立ち上って捉えようとすると、女はあわてて衣服の一端を書生の手に遺したまま逃げた。それは裾の一角であった。翌朝みると芭蕉の葉である。書生は以前に隣りの寺で勉強をしたことがあって、その芭蕉の一株を乞うて庭に移植したのである。葉の裂けたところと、手に遺ったのとを較べてみると、ぴたりと一致した。」




















































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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