澤田瑞穂 『修訂 中国の呪法』

「天津西関内の民家に時おり怪異を見かけた。ある月明の夜に、中庭でゴロゴロと音がする。見ると、大きな甕(かめ)の中に人が逆立ちして両足を上にし、転がりつづけている。犬が吠えながら追う。これを見かけた者は、その住居に住むのを苦にして幾人も住人が替る。夏某という者、この家に住み、部屋を改造するとき、大門の梁のあいだで一個の木箱を見つけた。中には数寸ばかりの小さな泥塑(でいそ)の壺が収められてあり、その中では一個の小さな泥人形が逆立ちしており、以前に見たのとそっくりである。」
(澤田瑞穂 『修訂 中国の呪法』 より)


澤田瑞穂 
『修訂 中国の呪法』
 

平河出版社 1984年12月20日初刷発行/1995年6月30日7刷修訂版3刷
536p 目次iv 索引24p 口絵(カラー)2p
四六判 丸背布装上製本 カバー 
定価3,000円(本体2,913円)
装丁: [中垣デザイン事務所] 奥りゑ



本書「あとがき」より:

「扱った題材が超能力の類であるため、どうしても「怪・力・乱・神」に渉らざるを得なくなる。また伝承のすべてが実事であったという保証も立てられない。むしろ誕妄の虚説が多きを占めるといってもよいだろう。ありていにいえば、筆者自身も、実はそっちの怪を語る方に興味がある。その意味では、前著『鬼趣談義』や『中国の民間信仰』と出入する部分も多く、中国怪異の技術編というところ。前二書と併せて、どうやら中国妖異考の三部作になった。これに、早いころ出した『地獄変』を加えると妖異四部作ということにもなろうか。」


「修訂版追記」より:

「今回、ルビを多くしたほか、あらたに事項および引用書名の索引を附した。」


本文中図版(モノクロ)。


澤田瑞穂 中国の呪法1


帯文: 

「修験道・民間呪術の源流!
運命の予知・病気治し・富貴になる法から
はては黒巫術・紅巫術まで、
呪術の中に込められた人間の悲喜こもごもとした諸相を、
文献資料をもって広く紹介する。
新たに事項・書名索引を付す。」



帯背:

「呪術の百科」


目次:

口絵
 羅両峯「鬼趣図」

第一輯 見鬼
 見鬼考
 劾鬼考
 禁術考
 避瘧考
 隠淪考

第二輯 呪詛
 嘯の源流
 返魂・摂魂
 呪詛史
 工匠魘魅旧聞抄
 替身と替僧

第三輯 蠱毒
 妖異金蚕記
 蜈蚣蠱
 挑生術小考
 猫鬼神のこと
 夷堅妖巫志
 南法異聞
 摩臍考
 登刀梯
 呉巫雑記

第四輯 雑卜
 響卜考
 雑占小記
 火の呪法
 種まきの呪法
 紅い呪術
 祈子呪法類考
 悪夢追放
 風邪を売る

第五輯 厭勝
 掃晴娘のことなど
 家宅厭勝のいろいろ
 宋代の神呪信仰――『夷堅志』の説話を中心として
 道家青精飯考

あとがき
修訂版追記

書名索引
事項索引



澤田瑞穂 中国の呪法2



◆本書より◆


「見鬼考」より:

「葛洪いう、「見鬼者は、男にありては覡(げき)となし、女にありては巫(ふ)となす。まさにおのづから然るべきものにして、学びて得べきものにあらず」(『抱朴子』論仙篇)。またいう、「術士あるひは偶々体を受くることおのづから然りて、鬼神を見る」(同書、袪惑篇)。」
「たしかに視鬼・見鬼は、ともに禁邪の方術というよりも、むしろその前段階として、ある人のもつ異常な霊視の力をいうものであったが、転じてはその超能力を具えた巫覡(ふげき)・術士等の人にも用いられ、これを視鬼者とか見鬼人とか見鬼師とか称した。またその人の通称のようにも用いて、たとえば李姓の人ならば李見鬼などとよんだ。
 近世また浄眼の称があった。見鬼の能力をもつ人は、俗に眼の眸子(ひとみ)が青いという。」

「青陽庵の僧の語ったところによれば、同庵の僧某、まだ出家しなかったころ、こんなことを聞いた――新死人の頭辺飯(まくらめし)を盗み、左手を返して少量を取り、人には見られないようにして食する。これを七回すれば、日中にも鬼を視ることができるようになると。某これを信じて実行したところ、はたして毎日家にいても市に出ても無数の幽鬼を見るようになり、闇夜でも同様であった。鬼と人とは相半ばして雑(まじ)わり、形状一ならず、はなはだ畏るべし。およそ生人が路をゆくに、鬼これを見て側に避けるようなれば、その人は無事。もし避けないようなれば、その人は多病。もし鬼がすぐ背後につき、かつ戯弄(ぎろう)するようなれば、その人はきっと死亡する。某は次第に厭気がさし、かつ怖くなって狂人のようになった。人に勧められて張真人府(ちょうしんじんふ)(道教天師道の本山)にゆき、符水を求めて治療したところ、目は幽鬼が見えなくなったものの、精神はすでに痴呆になっていた。ついに剃髪して僧になったと(清・東軒主人『述異記』巻中「視鬼」)。
 呉小南家の下僕陸祥(りくしょう)の子で阿昭という少年、十余歳になるのが、目中に双眸子(二重ひとみ)あり、よく鬼を見る。小児が病気になると、阿昭に外から小児の魂をつれ帰らせると病が癒る。あるとき呉小南の長子が病気になったので、魂を尋ねさせると、坊ちゃんはベッドにいて、自分の腹の上に坐しているという。一日おいて枕のところにいるという。また一日おいてベッドの辺にいる、窓のところにいるという。最後に、坊ちゃんは外へ出ていって、引張っても帰ろうとしないと急報した。室に入ってみると、すでに息は絶えていた。(中略)(清・諸聯『明斎小識』巻五「双眸子」)。
 清の王端履氏の族人樸存(ぼくそん)という人は、眼よく鬼を見ることができ、闇夜の往来にも燈火を必要としなかった。道光二十一年(一八四一)三月、蕭山県の東部の村々に瘟疫(おんえき)が流行した。樸存氏によれば、すべて鬼はみな牆壁(しょうへき)に附いて進み、何もないところをゆくことはできない。疫鬼も同様である。牆壁(しょうへき)に遇えば蚯蚓(みみず)のようにあとずさりして進み、壁に入りこむ。通常の鬼は一団の黒気のごとく、顔かたちを識別できない。顔かたちがあって何もないところでも進めるのは厲鬼(れいき)であるから、急ぎ避けなければならない。疫病の家に見舞にゆくときには牆壁にはもたれず、立ったままでいなければならない。決してそこの湯茶を飲んではならない。毒はみな水に仕込んであるからだと。(中略)(王端履『重論文斎筆録』巻二)。」
「袁枚いう、羅両峯はみずからもよく鬼を見るという。日が暮れると満路みな鬼となり、富貴の家に旁行斜立(ぼうこうしゃりつ)し、呢々として絮語(じょご)する。気暖く人の旺(さかん)なるところを好み、集まって居ること水草を逐うもののごとし。また鬼は牆壁(しょうへき)窓板(そうばん)に遇えば、みな直穿(ちょくせん)して過ぎ、障礙(しょうがい)はないらしい。人とは無関係で、なんら妨げるところはない。面目のわかるのは冤(えん)を報じ祟をなさんとする鬼である。貧苦の家には鬼の往来するものが少ないのは、その気衰え地も寒いからで、鬼もまたその冷淡に耐えられないからであろうと。両峯またいう、鬼が人を避けること、人が煙を避けるがごとし。それが人であることを知って避けるわけではなく、その気を厭って避けるのである。しかし往々にして急ぎ足の人に突きあてられると、散じて数団となり、もとの一鬼に復するまでには、かなりの時間を要すると。
 銭泳いう、羅両峯はみずから浄眼と称し、よく鬼物を見た。そのいうところによると、夜間ばかりでなく、毎日の午(うま)の刻を除く他の時刻にはみな鬼がある。あるいは街市中に隠躍(いんやく)し、あるいは衆人の内に雑処し、千態万状、枚挙に耐えないと。」



「嘯の源流」より:

「各種の事例を並べてみると、周漢時代の古い嘯は、単なる音声の技芸だったのではなく、元来は巫祝または術士が、霊魂・役鬼・精霊・鳥獣・風雲・雷雨などの異類異物を召集する呪法の一種だったと考えられる。嘯の声気は合図のためというよりも、むしろその音波曲線に乗せて異類を招き寄せるものだったようである。」


「呪詛史」より:

「木を刻して人形とすることは古代からあったが、後には藁でつくったワラ人形の草人や、竹の骨に紙を貼った張子人形または厚紙を剪ってつくった紙人形も用いられた。人形のほかに狐・犬・猫・虎などの畜類に見せかけて、これを妖術で操って使役することもあった。
 木人は主として特定の個人を呪うために用いられたこと、文献資料からみても疑いがないが、草人・紙人の類になると、特定の個人を標的としたものではなく、むしろ不特定多数の世人を騒がす動機不明の邪法のように考えられた。しかし実態不詳のままに歴代これが通り魔のように市井に出現し、流言(デマ)となって一時的にせよ地方民にパニックを起させた例も少なくない。」
「明・周元暐(しゅうげんい)『涇林続記(けいりんぞくき)』によれば、蘇州地方にはもと狐はいなかったのであるが、明の嘉靖三十六年(一五五七)、民間では狐の祟りという訛伝(デマ)がおこなわれた。日暮れになると出現し、これに出遇う者があると夢にうなされたように、胸または咽喉を押さえられて声も出せない。ひどいのになると、顔面を噛まれたり皮膚を爪で引き掻かれたりする。ただし生命には別条はない。」
「一説では、この術を使う者は江西人で、(中略)隣人が塀の隙間から覗くと、その人は風呂敷包から紙を取り出して無数の鳥獣の形に剪(き)り、それを二階の床板に並べる。髪を被(かぶ)り刀を持ち、禹歩(うほ)して呪を誦し終ると、水を噴きかける。すると諸物が動きだして悉く二階の窓から飛んでいった。まもなく、近隣の騒ぐ声が聞えた。その人は正坐して待ち、五更になると、またもや禹歩(うほ)して呪を誦するに、諸物は元のごとく飛び返って下に落ち、もとの紙に復する。それを風呂敷に包んで寝た。これを覗いた隣人は驚いて、狐の怪はこれに違いないと、夜明けに亭主に告げ、かつ警察に届け出ようとしたが、亭主は巻添えになることを恐れて、ほんの少しばかり洩らしたため、その人は逃亡し、怪もまたやんだという。」









































































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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