富士川義之 『幻想の風景庭園』

「まるでいっさいの日常的現実から隔絶し、それとは何のかかわり合いもないかのような生活を送るのが、ポーの物語の多くの主人公たちである。」
(富士川義之 「幻想空間の冒険」 より)


富士川義之 
『幻想の風景庭園
― ポーから澁澤龍彦へ』


沖積舎 
昭和61年9月30日発行
202p 初出一覧1p 
19.5×15cm 
丸背布装上製本 貼函 
定価3,500円 
装釘: 戸田ヒロコ

栞 (7p):
ストイックな審美家 (澁澤龍彦)/「幻想の風景庭園」に寄せて (ドナルド・キーン)/Mr. Fujikawa の背中 (池内紀)/明澄な眼 (磯崎純一)



沖積舎の文芸評論シリーズの一冊として刊行された富士川義之第二評論集。


富士川義之 幻想の風景庭園 01


帯文:

「ペーター・ワイルド・中島敦・内田百閒・吉田健一等幻想文学にことのほか関心を示した文学者達の作品を通して語る東西文学論10篇。」


帯背:

「東西
幻想
文学論」



帯裏:

「著者の気質や嗜好のせいもあって、ポーを除いては、おどろおどろしい道具立てとか、どす黒い情念とか、病的な異常性とか、怪異とかいった様相のとりわけ目につく作品を扱うことは少いけれども、そういう、いかにも鬼面人を驚かす狭義の幻想文学の枠を越えて、人間の本性に深く根ざす、多種多様な幻想のかたちを自分なりに明確に把握してみたいというのが、ささやかながら本書の意図だと言ってよい。「あとがき」より」


目次 (初出):

I
幻想空間の冒険 ポー (『ポー・ホーソーン』解説 集英社世界文学全集 1976年)
黒猫の恐怖 ポー (「ユリイカ」 1973年11月号)
幻想の風景庭園 ポー (「ユリイカ」 1974年2月号)
死の美神 ペイター (「ユリイカ」 1974年11月号)
無垢と頽廃 ワイルド (『コンラッド・ワイルド』解説 講談社世界文学全集 1978年)
批評の自立 ワイルド (「ユリイカ」 1976年5月号)

II
「李陵」の文体へ 中島敦 (「ユリイカ」 1977年9月号)
悪夢の女たち 内田百閒 (「ユリイカ」 1984年2月号)
明るい憂い 吉田健一 (「ユリイカ」 1977年12月号)
所有の王国のスタイリスト 澁澤龍彦 (「現代思想」 1978年12月号)

あとがき
初出一覧



富士川義之 幻想の風景庭園 02



◆本書より◆


「幻想空間の冒険」より:

「若干の例外的作品があるにもせよ、あるいは外国の読者には容易に窺い知ることのできないようなアメリカの土着的な発想の源泉と隠微に結びついた要素があるにもせよ、おおよそのところ、ポーの文学の基底に深く根を張っているものは、土着的な要素の意識的な拒否の姿勢であると思われる。土着的なものの拒否とはつまり、言葉を換えて言えば、自分がそこで生まれ育ったアメリカの風土から、さらにはその風土の上に明確に刻印され、否応なくそこに縛りつけられている自分の肉体から逃れることにほかなるまい。ポーの物語の主人公たちがあれほどまで自分の出自や家系や名前すらの公表を拒み、それらを執拗に隠蔽しようとする傾向を目立って示すのも、とどのつまりはそれらが肉体の属性であるためではなかろうか。さらに言うなら、それらは精神ないしは魂にとってまったく非本質的な、瑣末な事柄に属するためではなかろうか。彼の作品に頻繁に認められる特性、すなわち夢や想像の世界への著しい傾斜が、自分を特定の土地に縛りつける肉体の呪縛から解き放たれ、時間も、空間も、あるいはすべてのものが、内面の魂の領域に還元され、そこに真実を見出そうとすることをもっぱら顕示していることは明白である。物語の主人公たちはほとんどみな一様に、外的な尺度の基準、とりわけ社会的な道徳や倫理の基準そのものにかたくなに背を向け、自分たちの置かれた時間的にも空間的にも限定された外的現実の世界からの脱出を果敢に企て、ひたすら夢や想像力の創り出す幻想空間に沈潜しているからだ。」
「これらのことからも容易に察せられるように、その主題、技法、文体など、一見多種多様に見えるポーの作品に一貫して認められ、その本質を決定していると思われる要素が少くとも二つある。一つは地下的、冥府的な世界、一口に言えば死の世界への下降、あるいは(中略)「魂の恐怖」の世界の呪縛である。もう一つは神秘的、天上的な美の世界への限りない上昇である。この二つの、きわめてロマンティックな特徴が魂の領域、あるいは地獄にも等しく感じられる暗い内面の世界の呪縛によって苦悶しつつも、それからの脱出を夢見てやまないという魂の両極性に深くかかわっていること、この魂の上昇と下降の運動のいずれもが、外的現実や日常生活の場の欠落、ないしはそれからの遊離、すなわち非日常的、非現実的な世界のなかで生起するものであることはいまさらことごとしく述べ立てるまでもないであろう。」
「まるでいっさいの日常的現実から隔絶し、それとは何のかかわり合いもないかのような生活を送るのが、ポーの物語の多くの主人公たちである。」



「無垢と頽廃」より:

「「その悪の習慣や不幸にもかかわらず、びくともしない無垢を保ちつづけている男」
 オスカー・ワイルドをこう評したのはボルヘスである。
 ワイルドと言えば、ダンディ、デカダンス文学の驍将、世紀末の寵児、美の殉教者、芸術至上主義者、仮面の使途、逆説家、警句家、男色家、気取り屋、エンターテイナー等々、生前からさまざまの呼称を冠せられ、毀誉褒貶の渦のなかに激しく巻き込まれていた文学者として広く知られている。しかし、その種のいまや常套化し陳腐ともなった伝説的な呼称を不必要に弄んだり、それに徒らに拘泥することなく、ワイルドの生涯と文学を率直に眺めた場合、まず第一に印象づけられることは、ボルヘスがその正体を看破したように、「びくともしない無垢を保ちつづけている男」の生涯であり文学ではなかろうか。一部の熱狂的な崇拝者を除けば、多くの批評家や学者たちからあまり芳しくない評価を与えられながらも、ワイルドの文学が、一般読者、とりわけ若い読者層にいまなお根強く読みつがれている大きな要因の一つも、窮極的には、悪と破滅の美学に濃く彩られた彼の生涯と文学の表層の背後に絶えず見え隠れする無垢性や未成熟の魅力のせいではないか、とすら思わせるからである。」














































































関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本