富士川義之 『風景の詩学』

「衝撃的な現代詩『荒地』成立にあたって、ストラヴィンスキー体験が重要な触媒、ないしは跳躍台の役割の一つを果していることは、もっと注目されてよいと思う。」
「つまりエリオットは、ストラヴィンスキーとジョイスとフレイザーのなかに、神話や秘儀を媒介として、過去と現在、古代と現代とを重置する視点、視座を見出しているのである。」

(富士川義之 「音楽と神話」 より)


富士川義之 
『風景の詩学』


白水社 
1983年1月15日印刷
1983年1月25日発行
348p 初出一覧1p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,200円
カバー絵: モネ「庭の女たち」部分



本書「あとがき」より:

「この本は、ロマン主義以後における風景志向、ないしはそれと緊密に関連する現実と虚構をめぐる問題への、ぼくなりの一貫した持続的な関心を反映した文章を主に集めている。その関心のありかは、とくに旧稿「時間のなかの風景」(『ユリイカ』一九七三年八月号)の一部を利用して新しく書きおろした標題エッセイに多少とも現れているはずである。(中略)また、ペイター論も本書のために新しく書きおろしたものである。その他の(中略)ナボコフをめぐる文章をはじめとする現代英米文学論は雑誌等に発表したものにかなり大幅な加筆と修正(改題も含む)をそれぞれ施してあるが、この本全体として、自分にとって、何が魅力的なのかということを、可能な限り具体に即して直截に語ろうとする姿勢だけは保持したつもりである。」


富士川義之第一評論集。


富士川義之 風景の詩学


帯文:

「川村二郎
本書の論考の多くは、現代の英語文学の、最も果敢な前衛的な試みを対象としている。しかしそれを解明する文章が、周到かつ犀利でありながら、ペイターを愛する著者にふさわしく、おっとりとして気品に富んでいるのは、単なる前衛好みと同日の談でない。ここに展かれた文学の風景は、読者に静かな眼の喜びを与える。」



帯背:

「現代英文学への
最も前衛的な試み」



目次 (初出):

I
風景の詩学――ワーズワス『序曲』について
隠喩としての音楽――ペイターの風景

II
コラージュの風景――『詩章』のために (「季刊英文学」 1974年10月)
音楽と神話――パウンドを中心に (「現代思想」 1979年6月臨時増刊号)
言葉と物――アメリカ現代詩瞥見 (「ユリイカ」 1980年6月臨時増刊号)

III
モナ・リザのあと――詩と散文のあいだ (「現代詩手帖」 1979年7月号)
極限のトポグラフィ――『ワット』について (「ユリイカ」 1982年11月号)
批評性と物語――ポスト・モダニズムの小説 (「カイエ」 1978年創刊号)

IV
記憶への架橋――『ロリータ』をめぐって (「ユリイカ」 1971年8月号)
同一性を求めて――『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』論 (ナボコフ『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』解説 講談社 1970年6月)
夢の手法――ナボコフとドストエフスキー (「ユリイカ」 1974年6月号)
註釈と脱線――ナボコフからスウィフトへ (「ユリイカ」 1977年6月号)
虚構のトポス――ナボコフとボルヘス (「カイエ」 1978年11月号)

あとがき




◆本書より◆


「コラージュの風景」より:

「パウンドにとって観念さえも事物であることを考え合わせてみるとき、そこにはヘラクレイトス風の万物流転の原理が事物認識の前提にあることが知られ(中略)その点で彼は、ある意味では、ヘラクレイトス哲学に親灸したウォルター・ペイター(中略)の現代における継承者としての一面を明示しているとも言える。ついでに言えば、正確な自然観察といい、全体と不調和なほどの細部の強調といい、感覚的な印象の瞬間への著しい傾斜などといい、パウンドは、ラファエル前派の詩人や画家たち、なかんずく(中略)彼が「わが父であり母である」と呼ぶD・G・ロセッティの影響を強く受けていたことを指摘しておいてもよいだろう。(中略)この前衛詩人が十九世紀という時代と必ずしも断絶していないところで仕事をするというか、十九世紀の文学的遺産を鮮やかに変容させることに心をくだいて来た点に、ぼくなどはとりわけ興味をそそられるのである。
 絶えず流動し、一瞬も停滞することなく移り変る事物の与える強烈な印象を定着させる方法としてパウンドが、ペイターの場合にそうであったように、瞬間の美学を彼の創造行為の中枢に据えたことは、ペイター流に言えば、つねに「激しい、宝石のような焔で燃えていること」、つまり瞬間的に得られるエクスタシーの状態を維持し、短い瞬間の燃焼にすべてをゆだねる感性の志向性の明瞭な発現にほかならないのだが、その志向性はペイターのように、内へ内へと向う精神の螺旋状の運動が、いっさいの日常の場から切り離された、一種抽象的な静止状態にある空間のなかにひっそりと固定化されるということはない。内へ内へと進んでゆく求心的な動きが見られるだけでなく、この運動が反転して遠心的に外へ向うことによって、内と外とのあいだにある種の可逆現象が生じ、そこに閉された空間から開かれた空間へと一本の通路が張りわたされ、しかもその二つの空間を同時に包み込む一つの広大な、茫洋たる無定形の楕円状の空間が作られる。それが『詩章』の空間である。」
「そのような空間を作り出す、あるいは結果的にそういう空間として提出せざるを得なかった要因は、何はともあれ、パウンドの歴史意識のなかに求めねばならない。
 彼はギリシア時代以来の、あるいは孔子時代以来の西洋と東洋の文化伝統の価値の果敢な、ある意味で傍若無人な再評価を企て、それに新たな生命の息吹きを吹き込もうとした詩人である。しかも(中略)十九世紀の歴史哲学の呪縛から窮極的には脱出できなかったペイターとは異り、十九世紀的な連続、継起的な時間の観念を否定し、共時的な方法によって歴史を提示するということ、これがパウンドの歴史意識の要諦であり、核心であることはこと新しく述べ立てるまでもあるまい。彼はかつて「われわれに必要なものは、テオクリトスとイェイツを一つの天秤にかけるような文学的な学識である」と語ったことがあるが、歴史の脈絡を離れて普遍的な場から過去の文学や歴史を眺めるというこの強烈な意志こそ、すべてを並置する方法、つまりおびただしい数にのぼる百科全書的な引用や引喩の正確な合成によって作品を構成していく彼の詩的営為の一大原動力となっているものにほかならないと言える。
 このような発想が二十世紀文学のさまざまな局面においてしばしば顕示される重要な特性であることは、テオクリトスとイェイツを並置するパウンドに、たとえば『エル・シッド』全篇に対して、ウェルギリウスの『牧歌』のなかの一つの形容詞、もしくはヘラクレイトスの一つの金言を対置させ、そこに現前する壮麗な文学空間を夢見るボルヘスを照応させてみればただちに了解できることである。」
「この並置の方法は、もちろん、異質な事物の衝突、ないしは混和によって生れる統一的なイメージへの希求を基軸とするパウンドの隠喩的思考の最も大がかりな形での現出にほかなるまいが、きわめて知的な操作の螺旋運動が最終的に到達する、あるいは到達への身ぶりを見せるのは、時間に関わらぬ特権的な状態である。それは一瞬の閃光と化して垣間見える永遠の世界、もしくは神話的な楽園風景である。」



「註釈と脱線」より:

「反小説としての『桶物語』の特性は、また、その文体に注目することによっても明らかになろう。『桶物語』の文体は、ジョンソン博士の時代から夙に指摘されているように、スウィフトとしてはかなり異色のものである。『憂鬱の解剖』の文体の影響がしばしば言及されるが、それをマニエリスム的文体と呼ぼうと、バロック的文体と呼ぼうと、あるいは何と呼ぼうとも、『憂鬱の解剖』や『桶物語』のような作品の文体に接するとき、ぼくはいつも、いまは忘れ去られたある批評家の評言を思い起す。エリオットがかつて、「死化した作品から生きている文体を探り出す才能」の持主という丁重な讃辞を捧げたことのあるその批評家チャールズ・ウィブリーが、バートンやスウィフトの精神的血縁者と言ってよい、ラブレーの英訳者として高名な十七世紀の怪人物サー・トマス・アーカートの文体について、「彼は英語を外国語のように書いた」と評したことを、である。英語を外国語のように書く。これこそバートンやスウィフト、さらには『トリストラム・シャンディ』の献辞の部分をジョンソン博士に読んできかせて、「英語になっていない」と軽くいなされたスターンをつらぬく、文体面での重要な特徴なのではあるまいか。
 そしてこのような文体の系譜が、『ユリシーズ』や『フィネガン』のジョイスを頂点として、現代にめざましく復活していることは、たとえばロレンス・ダレルやフラン・オブライエンやジョン・バースなどの小説の文体を眺めただけでも容易に知られよう。ロシア生れながら、『青白い炎』という稀有な傑作を英語で書いたナボコフは、言うまでもなく、そうした文体を駆使する第一人者である。」





















































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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