吉岡実 『「死児」という絵』

「或る日、美術雑誌を見ていると、奇妙な絵があった。それには(スタンチッチ 死児 一九五五)と小さく印刷されていた。啓示! とはおおげさだが、私はこの時「私の戦中戦後」を「死児」という題名で書くことにしたのである。」
(吉岡実 「「死児」という絵」 より)


吉岡実 
随想集
『「死児」という絵』


思潮社 
1980年7月1日発行
345p 初出一覧3p 
菊判 丸背布装上製本 貼函 
定価2,900円
装幀: 吉岡実
装画: M・スタンチッチ「死児」



本書「あとがき」より:

「これは私の最初の散文集である。とにかく文章を書くことが苦手で、やむをえぬ事情で、依頼を拒むことが出来ず、それに応えてものした文章ばかりである。いずれの小品も、事実の経由を綴った、日常反映の記録にすぎない。」


詩人・吉岡実のエッセイ集。のち筑摩叢書版も出ていますが、内容に異同があるようです。


吉岡実 死児という絵 01


帯文:

「待望久しい全エッセイ集
特異な詩的世界を構築しつづけて注目される著者が、1955年から現在まで折々に書いたエッセイのすべてを収録した画期的刊行。詩・短歌・俳句の人と作品論から自作・身辺・旅などに関して、鋭く事実を見つめ、飾らない率直な文体で綴り、人柄が浮彫りされる大冊。」



帯背:

「全随想集」


帯裏:

「ラドリオで伊達得夫が待っていた。私は「死児」を渡して、息をつめる。長い時間が必要だ、「死児」を読むためには。伊達得夫は重い口調で云った。

古代の未開地で
死児は見るだろう
未来の分娩図を
引き裂かれた母の稲妻
その夥しい血の闇から
次々に白髪の死児が生まれ出る

ここがとてもいいなあと云った。そして、彼のとなりにいた男に渡した。男は一通り読むと、黙って「死児」を伊達得夫へ返した。……
(本書より)」



目次 (初出):

I
私の生まれた土地 (「詩と批評」 1967年5月号)
あさくさの祭り (「俳句とエッセー」 1977年10月号)
好きな場所 (「風景」 1968年3月号)
日記抄 (「詩と評論」 1967年9月号)
『プロヴァンス随筆』のこと (「文藝」 1969年5月号)
懐かしの映画 (「ユリイカ」 1966年6月号)
蜜月みちのく行 (筑摩書房労組機関紙「わたしたちのしんぶん」 1959年6月10日)
大原の曼珠沙華 (「三田文学」 1962年1月号)
阿修羅像 (「草月」112号 1977年6月)
高遠の桜のころ (「鷹」 1976年4月号)
小鳥を飼って (「ユリイカ」 1971年4月号)
飼鳥ダル (「朝日新聞」 1973年6月2日)
わが鳥ダル (「群像」 1975年2月号)
ひるめし (「あさめし ひるめし ばんめし」11号 1977年6月)
本郷龍岡町界隈 (「旅」 1978年12月号)
受賞式の夜 (「東京新聞」 1977年2月8日)
済州島 (筑摩書房労組機関紙「わたしたちのしんぶん」 1955年8月20日)
軍隊のアルバム (筑摩書房労組機関紙「わたしたちのしんぶん」 1967年5月20日)
*
突堤にて (「現代詩」 1962年1月号)

II
読書遍歴 (「週刊読書人」 1968年4月8日)
女へ捧げた三つの詩 (「現代の眼」 1961年11月号)
救済を願う時 (「短歌研究」 1959年8月号)
「死児」という絵 (「ユリイカ」 1971年12月号)
詩集・ノオト (「詩学」 1959年4月号)
わが処女詩集 《液体》 (「現代詩手帖」 1978年9月号)
新しい詩への目覚め (「現代詩手帖」 1975年9月号)
「想像力は死んだ 想像せよ」 (「現代詩手帖」 1977年5月号)
手と掌 (イメージの冒険③『文学』 1978年8月)
わたしの作詩法? (『詩の本』Ⅱ 1967年11月)

III
《花樫》 頌 (「コスモス」 1972年11月号)
永田耕衣との出会い (「銀花」 1971年9月秋季号)
耕衣秀句抄 (『俳句の本』 1980年4月)
富澤赤黄男句集 《黙示》 のこと (「俳句」 1962年1月号)
誓子断想 (『山口誓子全集』第8巻月報 1977年8月)
高柳重信・散らし書き (『現代俳句全集』第3巻 1977年11月)
枇杷男の美学 (『現代俳句全集』第5巻 1978年1月)
回想の俳句 (「朝日新聞」 1976年7月4日、11日、18日、25日)
兜子の一句 (「渦」 1978年12月号)
私の好きな岡井隆の歌 (『現代短歌大系』第7巻月報 1971年10月)
遥かなる歌 (『石川啄木全集』第4巻月報 1980年1月)
孤独の歌 (『短歌の本』I 1979年10月)
*
変宮の人・笠井叡 (「ANDROGYNY DANCE」1号 1968年8月)
画家・片山健のこと (「文學界」 1979年9月号)
昆虫の絵 (難波田龍起自選展パンフレット 1974年6月)
月下美人 (「群像」 1977年12月号)
和田芳恵追想 (「新潮」 1978年7月号)

IV
会田綱雄 『鹹湖』 出版記念会記 (筑摩書房労組機関紙「わたしたちのしんぶん」 1957年5月17日)
田村隆一・断章 (「ユリイカ」 1973年5月号)
白石かずこの詩 (「現代詩手帖」 1968年4月号)
少女・金井美恵子 (現代詩文庫『金井美恵子詩集』 1973年7月)
出会い (現代詩文庫『加藤郁乎詩集』 1971年10月)
奇妙な日のこと (『三好豊一郎詩集』折込 1975年2月)
大岡信・四つの断章1・2 (「ユリイカ」 1976年12月号)
大岡信・四つの断章3・4 (『大岡信著作集』第14巻月報 1978年3月)
飯島耕一と出会う (「四次元」7号 1978年8月)
不逞純潔な詩人 (「週刊読書人」 録丸1960年9月12日)
吉田一穂の詩 (『定本吉田一穂全集』第1巻付録 1979年5月)
木下夕爾との別れ (「朝日新聞」 1979年5月18日)
瀧口修造通夜 (「ユリイカ」 1979年8月号)
西脇順三郎アラベスク 1 (『西脇順三郎全集』第7巻月報 1972年4月)
西脇順三郎アラベスク 2~6 (『西脇順三郎詩と評論』第6巻付録 1975年10月)
西脇順三郎アラベスク 7 (「東京新聞」 1980年10月24日)
西脇順三郎アラベスク 8 (西脇順三郎詩集『人類』付録 1979年6月)
西脇順三郎アラベスク 9 (「日本近代文学館」53号 1980年1月15日)



吉岡実 死児という絵 02



◆本書より◆


「私の生まれた土地」:

「本所業平で生まれた。おそらくドブ板のある路地の長屋であったろう。近くに大きな製氷工場があったと聞く。そこで関東大震災に遭遇した。火の海のなかで燃える氷の山。
 それから本所駒方で少年時代をすごした。塀のある二軒長屋。小さな庭で、母は小さな植木を丹精していた。
 水戸様(隅田公園)へ遊びに行き、透明なエビを釣ったり、隅田川の岸の石垣の間でカニをつかまえたりした。大河原屋というイモ屋で尻をカマであたためながら、ガキ大将として暮した。篠塚の地蔵サマの縁日の夜は十銭の小遣いをたのしく使った。星乃湯の女湯をのぞいた。高等小学校のころから、厩橋に移った。奉公に行き、そして兵隊に行き、生まれ故郷本所という土地を失った。」



「小鳥を飼って」より:

「――ミソー(私の呼称)、鳥が飼いたいなあ
 突然妻が云いだした。妻は生来、蛾・蝶・鳥がきらいなので、私は驚く。
――ミソー、どんな鳥がよいか、云ってみなよ!
――大きいのがいいぞ、猫ぐらいのが。キボーシインコか、キバタンオウムはどうだろう?
――ミソー、それらオウムは、鳥の本をみると、七、八十年生きるんだよ、われら二人の死後も生きつづけるんだよ、後に託すべき子孫もないし
――気味がわるい 哀れでもあるな
――ミソー、むかし数寄屋橋の阪急のウインドにいたキレイナ鳥がほしい
 十年ぐらい前、阪急百貨店のウインドいっぱいに、いろんな小鳥を放っていたのを想い出す。美しい少女がエプロン姿で、肩や髪に青や黄色の小鳥をとまらせ、しなやかな手から餌を与えているのが夢の絵のように見えた。
――ミソー、猫の一周忌も過ぎたし、今日買いにゆこうよ
 それから小鳥屋、デパートを巡礼よろしく探し廻って、二人の中の青い鳥――キエリクロボタンという可憐な一番を買った。セキセイインコより大型で、頭は濃茶で、胸毛がオレンジ的黄色、全体がうす綠で、黒い目を白い輪がとりまいて、玩具のような小鳥。カリフォルニアでこの春うまれたらしい。
――ミソー、水入、ボレーコ入、餌入、餌、どれも小さくておもしろい
――ミソー、キエリクロボタンはカワイイな、カワイイな カワイイなカワイイな
 秋近く、気温の変化か、病気か、妻の万遍ものカワイイなの呪文で、一羽が落鳥。妻は泪ぐむ。
――落鳥とはいい言葉だ
 小鳥屋もペット医者も異口同音に、一番の一羽が死ぬと、残った一羽もかならず後を追うという。それから一ヵ月目に生ける一羽も落鳥。最後までいずれが牡牝か不明だった。考えてもみなかったロマンチックな生物の世界。私も妻も、ささやかではあるが、「何かを発見」したかも知れない。」
























































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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