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岡谷公二 『絵画のなかの熱帯 ― ドラクロワからゴーギャンへ』

「彼はこの世界に背を向ける。今後彼にできることは、目の前の道を最後まで歩き通すこと、否定を生きることだけだ。」
(岡谷公二 『絵画のなかの熱帯』 より)


岡谷公二 
『絵画のなかの熱帯
― ドラクロワからゴーギャンへ』


平凡社 
2005年12月1日初版 第1刷発行
229p 口絵(カラー)8p 
19×13.4cm 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,800円+税
装幀: 間村俊一



本書「あとがき」より:

「私が生まれてはじめて出した本は、ゴーギャンがタヒチとヒヴァ・オア島から妻と友人たちに宛てて書いた手紙を集め翻訳した、『タヒチからの手紙』(昭森社、一九六二)であった。(中略)一九八〇年にもう一冊、ゴーギャンの文集『オヴィリ』(みすず書房)を翻訳しているけれども、私はゴーギャンについて、まともな文章を書いたことがなかった。それは決して、彼に対する関心が薄れたわけではなく、子供が箸をつけないで、一番の好物を最後まで残しておくように、彼について書くことを一日延ばしにしてきたせいであった。」


口絵カラー図版13点、本文中図版(モノクロ)50点。


岡谷公二 絵画のなかの熱帯 01


帯文:

「南方憧憬から
実存的問いへ
〈絵画の民族学〉
の誕生
ヨーロッパ文明の
相対化にはじまり、
ついにはその
否定にまで至りついた、
南に向かった画家たちの
精神の軌跡」



帯背:

「画家たちの南方の思考
西欧文明否定者の系譜」



帯裏:

「エグゾティスムの夢を養い育てた南への関心は、もっと冷静で、客観的で、西欧中心思想を相対化する視線に貫かれた新しい知―民族学―へと姿を変える。近代絵画の流れは、このような風潮とは一見無縁のように見える。しかし十九世紀末までのフランスの画壇を支配した新古典主義のきびしい線、冷やかな色彩を、ドラクロワからマネ、印象派、後期印象派を経て、ナビ派、フォーヴへと続く画家たちの明るく、鮮やかな色彩と対比するなら、それが北と南の対比であることが明らかになるだろう。
(「はじめに」より)」



目次:

はじめに――絵画の民族学
Ⅰ ドラクロワのモロッコ、アルジェリア旅行
Ⅱ オリアンタリストたち
Ⅲ 印象派の中の熱帯
Ⅳ ゴッホの「南方のアトリエ」
Ⅴ ゴーギャンの南方の思想
おわりに

引用文献一覧
あとがき
人名索引



岡谷公二 絵画のなかの熱帯 02



◆本書より◆


「Ⅰ ドラクロワのモロッコ、アルジェリア旅行」より:

「線は、秩序であり、理性であり、崇高さだ。それに対し色彩は、線によって輪郭の檻の中に閉じこめなければならない猛獣なのだ。もし放っておくならば、それは輪郭線を食い破り、一切を霧散させ、絵を何かまがまがしいものに変えてしまう。いや、色彩が乱すのは、絵の秩序だけではない。それは、この社会の堅固な秩序をおびやかす、あるアナーキーな力を秘めているのだ。ドラクロワの絵があれほどの反発と敵意を買い、マネのデビューが画壇を超えた社会的スキャンダルと化し、印象派の人々が政治的反抗者やアナーキスト扱いされたのは、人々が色彩のこのような力を恐れたからだとしか考えようがない。」


「Ⅲ 印象派の中の熱帯」より:

「従来の絵画の中の光を疑うとは、やがて西欧の光そのものへの疑いへと至るだろう。西欧の、北方の光は、ドラクロワが発見したような、亜熱帯や熱帯の、南方の光と対比される。そして西欧の光への疑いは、西欧文明そのものへの疑いへと帰結してゆくだろう。」


「Ⅴ ゴーギャンの南方の思想」より:

「ゴーギャンのタヒチ行きは、世紀末の西欧に猖獗をきわめたエグゾティスムという病いの一つの症例と断じ切れないのは、彼にとって南方、あるいは熱帯が幼年期の六年間を過ごした第二の故郷だったからであり、また、彼がインカの末裔と称していたからである。」

「彼の中には二人の人間がいる、文明人と野蛮人と。」

「「西欧は目下腐敗している」、「ヨーロッパにおいては、人間も芸術も一切が腐敗している」と感じれば感じるほど、彼はおのれの中の野蛮人を次第に強く自覚するようになる。北=文明人が負であり、南=野蛮人が正であるとしても、もしこの自覚がなかったならば、彼にとって後者は、エグゾティスムの対象にしかならなかっただろう。この自覚は、恵まれた、大きなチャンスだ。これがあるゆえに、彼はおのれの中の文明人を殺し、野蛮人として再生するという劇の場に、自分を置くことができるからである。」

「二年間のフランス滞在は、幼いころから彼の体に刻みつけられていた北と南の対立を一層尖鋭化させた。「ヨーロッパにおいては、〔……〕人間も芸術も一切が腐敗している」という思いがさらに深くなる。彼はこの世界に背を向ける。今後彼にできることは、目の前の道を最後まで歩き通すこと、否定を生きることだけだ。」

「地獄の苦しみにもかかわらず、タヒチに彼をひきとめたのは、もはや「永遠の休息」でも「生きる喜び」でもなかった。それは彼を支えてきた「考え方」、否定の責任だったのである。再びタヒチへ向かってパリを後にした時、彼はもはや後戻りできないこと、自分の前の道をひたすら最後まで歩きつづけねばならないことをはっきりと自覚していたにちがいない。」





こちらもご参照下さい:

ダニエル・ゲラン 編 『ゴーギャン オヴィリ 一野蛮人の記録』 岡谷公二 訳



























































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