土方巽 『病める舞姫』

「寝たり起きたりの病弱な人が、家の中の暗いところでいつも唸っていた。畳にからだを魚のように放してやるような習慣は、この病弱な舞姫のレッスンから習い覚えたものと言えるだろう。」
(土方巽 『病める舞姫』 より)


土方巽 
『病める舞姫』


白水社 
1983年3月10日 第1刷発行
1986年11月10日 第2刷発行
232p 口絵i 
A5判 仮フランス装 貼函 
定価3,400円
装幀: 吉岡実



初出は雑誌「新劇」(白水社)1977年4月号~12月号。雑誌連載時には「原稿が出来るたびに、三好豊一郎に通読を求めて、最小限に手を入れて貰っていたそうだ」(吉岡実『土方巽頌』)。
「単行本として刊行されるに際しては、土方巽の要請によって、鶴岡善久が「新劇」の文章に手を入れた。土方巽からはすべてを任せるから不必要な部分はカットし、残す文章にも大幅に手を入れてほしいという指示があった」(『土方巽全集Ⅰ』鶴岡善久による解題)。

本書は白水Uブックス版も出ています。


土方巽 病める舞姫 01

函。


土方巽 病める舞姫 02

表紙。


土方巽 病める舞姫 03


内容:

病める舞姫
 一~十四

土方巽について (澁澤龍彦)



土方巽 病める舞姫 04



◆本書より◆


「子供は誰でも、都合よく機会を逃したいという期待に綿々たる恋慕をもち、それにそった息遣いで生きているものだ。」

「どこの家へ行ってもズタズタに引き裂かれた神様の一人や二人はいたし、どこの家の中にも魂の激情をもう抑えきれない人が坐っていて、あの懐かしい金切声を出して叫んでいた。腑抜けになる寸前のありったけの精密さを味わっているこれらの人々を、私は理解できるような気がして、眺めていたのだろう。」

「寝たり起きたりの病弱な人が、家の中の暗いところでいつも唸っていた。畳にからだを魚のように放してやるような習慣は、この病弱な舞姫のレッスンから習い覚えたものと言えるだろう。」

「魔力が足りないものにはかまっていられない。」

「じっと息をころしていると、溶ろけていく私のからだは、変に蘇えったような姿になって現われてくるのだった。私がわからなくなっても、わかってくれているようなものが、からだの内側から現われてくるのだった。私のからだの着換えが始まっていた。」

「身を持ち崩そうが、気が狂おうが、それに似合ったお日様も照っていて、人々は着物は着ているが裸になって歩いていたのだった。(中略)そんな表の景色を覗き見しながら、私は泥鰌の口をした侍のように喘いで、からだがなくなれば随分楽になるだろうと思い、水に濡れた檜の板の香に息をひそめていたりした。」

「姉とは、突然に家のなかからいなくなるものだ、と私は思っていた。黴のなかから幽霊を育ててきたような私のからだには、その黴(かび)に抱かれてミイラのように干涸らびて育ってきたようなところがある。」

「あんこ玉が喰いたい一念だったのか、私のからだのなかに慈悲心鳥がバサバサと骨の羽を拡げてくることもあった。」

「私は骸骨で生まれたのだ。だから途中から肉がつき、その肉がどんなに熟れていっても、そんな肉にひっついた考え事が満足なものに熟れていく筈がないではないか。」

「みんな行方不明になりたがっていた。」

「家のなかには誰もいなくなっていた。靴を逆さまにして振っていた無口な人もいつの間にか掻き消えていった。蚯蚓が沈んでいるだけだ。見慣れない透けた胃袋の形をつけて大股に歩いていった死体の人を見たような気がする。細長い胃袋の形をした死体がその細い胃を締めたりして、やや未練たらしく消えていくのも見たことがあるような気がする。この明かるい秋の空の下で一匹の蛔虫が天に昇っていった。家のなかでは大きな牡丹餅を喉のなかに沈めて、じっと坐っている人もいた。」

「この冬場に身籠った鳥のように、妖しい虹を眼に流している男が、まわりの人に嫌われながら現われてくることがあった。「まるで物事にかじりつくことをしない。何でも打ち明ければいいのに。」人に指をさされるようなそんなだめな男が現われてくるのだった。「あんな男に近づいていけば、お前もあのような片端者になってしまうぞ。あんなに心持ちが流れてしまえばひっ掴まえて揺さぶったってどうにもなるものではない。」その男が誰であったかは朧(おぼろ)であるが、ときどき家の者に手を握られて、相当強くその手を揺さぶられていることもあった。その男がそばに来ると、まるで陽当たりが悪くなったように邪険に指で突き返されていたように思う。だがいま私はその男に不用意に近づきたいと思っているのだ。むやみやたらに襲いかかることでなしに仲よくなりたい。」

「「私はなにも悪いことはしなかった。」寝呆け狂った鴉のように、急に黒マントの女がそう言って、遠くから届いた包み物に耳をあてて聞き入るような形になった。そうしてなかば歌うような口調で、へんてこりんなことを口にしていた。「雨が墨の字書くことを私に教えたって、誰に咎められる筋合いがあるものか。それに私は、涼しいお月様を飲んだことがあるもの。」そう言って、いきなりいきり立ったように「私は濁った鳥じゃないからな。」と言った。」

「黒マントと白マントの仲は、はたの想像以上に仲よくなって、お互いの眼の玉もいらなくなった。うれしくなってついついからだを置き忘れた黒マントに、白マントは、ちょっと病気のふりをしなければそこに植わっている柳がかわいそうだよ、と話しかけたりするのだった。」

「白マントの女は、顎をはずしたビッコの縄飛びをしはじめた。迷い子よけの匂いを嗅ぎにいっていたような鼻が戻ってきて、その縄飛びの顔にひっついた。すると顔の皺や、うっすらと生えた産毛が一緒によじれ、よじれて飛んでいる縄と一つのものになった。
そのおどりがあまりに見事だったので、黒マントの女が立ち上がって、「私、豚の鳴き声を出してみる。」と言ってきゅうっと叫びだしたので、白マントの女はひれを拡げて弱った鯉のようにゆらゆらっとよろめいた振りをしてみせた。それがあまりうまくいったので、黒マントの女はなんだか額のあたりがむず痒く、どうしたらいいかわからないまま、雪の上に四つん這いに這い出して、這い這い幽霊のようになった。犬の頭を下げてその場から逃げていった白マントが、惚れぼれとそんな黒マントを見ていたが、「身の上話や打ちあけ話など人にくれてやればいい。だってみんな自分のことだもの。だがね、暗い耳の穴を覗くようにさ、昏れかかるようで昏れかからない生半可でやるおどりも捨てたものではないがね。これぞという時にはな、あばら骨から崖が飛んでいってもいいという気持ちになって、やらにゃあ駄目なんだよ。」といたわって、「外見にはだまされるな。」と注意した。「こうしてしゃべっている間だって、まわりには薄い包丁が飛んでいるし、家の薄氷も逃げるように動いているんだからなあ。家のなかでだってあなたはそうやればいい。なあに、おたくのあの人、ありゃ古い葉っぱだよ。」」




こちらもご参照下さい:

郡司正勝 『童子考』






































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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