パウル・ツェラン/ネリー・ザックス 『往復書簡』 (飯吉光夫 訳)

「この暗黒の日々の中でまだ答えられていない問い。この妖鬼じみた、沈黙したままの「まだ……ない」、そしてこの一層妖鬼じみた、一層沈黙したままの「もはや……ない」、さらには「はやくも……また」。そしてその間に、明日中にも、今日中にも、起こり得る、しかも予測しかねるもの。」
(ツェランからザックスへ)


パウル・ツェラン
ネリー・ザックス 
『往復書簡』 
飯吉光夫 訳


青磁ビブロス 
1996年11月11日初版発行
225p 訳者略歴1p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,000円(本体1,942円)
装幀: 伊勢功治
カバー、表紙写真: パウル・ツェラン(1958年、ジゼル・ツェラン=レストランジュ撮影)/ネリー・ザックス(1960年、アンナ・リウキン撮影)
Paul Celan/Nelly Sachs : Briefwechsel



編纂者による解説より:

「ネリー・ザックスとパウル・ツェランは約十六年間にわたって――一九五四年から一九六九年暮れまで――手紙のやりとりをした。両者がこの文通をどれほど大切にしていたかは、この文通が注目すべき完全さで保存されていたことからも明らかである。」


本書「訳者あとがき」より:

「本書(中略)は、一九九三年にズールカンプ出版社から出版された。パウル・ツェランもネリー・ザックスもともにユダヤ=ドイツ系の作家で、前者は一九二〇年生まれ、後者は一八九一年生まれである。ネリー・ザックスは一九六六年にノーベル文学賞を受賞している。」
「両者の手紙は、何よりも二人の精神を病んだ人間の心の交流の観を呈している。その根を掘り下げると、そこには第二次大戦下のナチスによるユダヤ人迫害という問題が浮かび上がる。
 しかし、この『往復書簡』は戦後の産物である。ナチスによるユダヤ人迫害による両者の精神異常の徴候は戦後の出来事に触発されて発現している。
 ツェランの精神不調の原因は、(中略)一九五九年の批評家G・ブレッカーによる新聞紙上でのツェラン批判、一九六〇年物故詩人ゴルの妻クレールによる、自分の夫の作品をツェランが剽窃したという弾劾、一九六〇年以前の作家アンデルシュとの不和などである。
 これに対して、ネリー・ザックスの不調の原因は、一九六〇年に彼女の居住地ストックホルムで反ユダヤ主義の怪文書が出回ったという事実、これとの関連で、ザックスが無線による監視をネオ・ナチから受けているという妄想や、神経ガスで殺されそうになっているという妄想にとらわれたという事実、などである。」
「最晩年のザックスは癌による苦痛の中で死んだ。ツェランは妻子との別居(中略)まで招いたほど精神障害に苦しんでいた。ツェランがパリのミラボー橋(といわれる)から投身自殺したのは一九七〇年四月末か五月初めであるが、その後一箇月と置かず、五月十二日にザックスはこの世を去った。」



本文中モノクロ図版7点(ツェランおよびザックスの筆跡5点、ジゼル・ツェラン=レストランジュによる銅版画2点)。


ツェラン ザックス 往復書簡 01


帯文:

「20世紀を代表する
ふたりのユダヤ=ドイツ語詩人
ネリー・ザックス(ノーベル文学賞受賞)
とパウル・ツェランの交感する
傷ましくも美しいことばたちに
みたされた書簡集。」



目次:

編纂者バルバラ・ヴィーデマンによる解説

『往復書簡』

ザックス/ツェラン対照年譜
人名注釈

訳者あとがき



ツェラン ザックス 往復書簡 02

本体表紙。パウル・ツェラン。


ツェラン ザックス 往復書簡 03

本体裏表紙。ネリー・ザックス。



◆本書より◆


「ザックスからツェランへ 一九五八年一月九日」より:

「わたしの胸のうちには、わたしたちが携わっている仕事は、犠牲者たちの灰の苦しみを身に徹して知り、その灰を霊化することだという信仰が、昔も今も、一呼吸ごとにうずいています。わたしは、この暗い営為を刻むことができる目に見えぬ宇宙があることを信じます。わたしは苦しみの石を音楽に変えて昇天させることのできる光のエネルギーを身に感じます。わたしはわたしたちの胸を誕生のときから死のときまで刺しつらぬいている憧れの矢先を、たしかな場所を探しもとめたいという憧れの矢先を、耐えています。自分自身の民族のものとしてのハシディズムの神秘主義がわたしを助けます。この神秘主義は他のあらゆる神秘主義と関連を持ちつつ、あらゆるドグマや制度から遠いおのれの住む場所を、たえず新たなる産みの苦しみの中に創造しています。」


「ツェランからザックスへ 一九五八年五月三十日」より:

「この暗黒の日々の中でまだ答えられていない問い。この妖鬼じみた、沈黙したままの「まだ……ない」、そしてこの一層妖鬼じみた、一層沈黙したままの「もはや……ない」、さらには「はやくも……また」。そしてその間に、明日中にも、今日中にも、起こり得る、しかも予測しかねるもの。」


「ザックスからツェランへ 一九六〇年七月二十五日」より:

「ナチの心霊術者たちの協会が無線電信を使って恐ろしいほど巧妙にわたしを追いつめています。わたしがどこに赴くかを、すべて知っています。旅に出たときは、神経ガスを用いようとしました。もう何年も前からひそかにこの家に入って、マイクで壁ごしに聞いています。」


「ザックスからツェランへ 一九六〇年八月八日」より:

「そして黒い網がわたしのまわりに張りめぐらされています。」


「ザックスからツェランへ 一九六〇年八月十六日」より:

「わたしをとりまく不安と恐怖の闇は、まだ除かれていません。(中略)わたしは今わたしの愛する死者たちに憧れています。」


「ツェランからザックスへ 一九六〇年八月十九日」より:

「親愛なるネリー! 網はまだ張りめぐらされているのですね、そうおいそれとは除去できないのですね……でもあなたはそれを除去しなければなりません、除去できるし、何としても除去する必要があります――あなたの身近かにいるものたちをおもって、あなたの身近かにいるまだ生きているものたちをおもって、です! あなたにはあなた自身のための手があります、詩を書く手があります、(中略)それに加えてどうか、わたしたちの手も取ってください! まだ手であろうとするもの、助けようとするものを取ってください。あなたのために、あなたの御無事のために、あなたのそばであなたとともに自由の天地にいられることのために、あなたを助ける手であろうとするものを取って下さい。どうか、今日でも明日でも、今後いついかなる時でも、わたしがあなたのおそばへ行けることをおもって下さい、わたしにあなたを助けさせて下さい!
 わたしはたえずあなたのことをおもっています。わたしたちは、いつも、あなた、ならびにあなたによって生かされている人びとのことをおもっています! まだおぼえておられますか、あなたとわたしたちが二度目に神について話したとき、このわたしの家の、あなたのものであり、あなたを待っているものであるこのわたしの家の壁に、金色の光が映えていたのを? あなたを通して、あなたがそばにおられることを通して、それが眼に見えるようになったのです。そうなるにはあなたが必要だったのです。そうなるには、自分のすぐそばにいるとあなたが信じられる神のおぼしめしによるのかもしれませんが、いずれにしろあなたがおられることが、わたしたちとともにおられることが必要だったのです。そうなるには、今後も、まだまだあなたが必要です。あなたの眼差しがどうしても必要です――どうかこの眼差しをふたたびみんなのいる場所に送って下さい。その眼差しにあなたの真の、あなたの解き放つ言葉を添えて下さい。あなた自身をその眼差しに委ねて下さい。わたしたちを、あなたの同時代人たちや、あなたとともに住む者たちを、この眼差しに委ねて下さい。すでに自由であるわたしたちをさらにその上自由である者にして下さい。あなたとともに光の中に立つ者にして下さい!」











































































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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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