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『コレクション 瀧口修造 3 マルセル・デュシャン/詩と美術の周囲/骰子の7の目/寸秒夢』

「「この子は妙な子だ。空ばかりじっと眺めている」とみんなで話したものだと、母親が(中略)語ってくれたことがある。(中略)どこか脳髄に故障があるのかも知れない。ところがこの傾向というか性癖は現在でも残存していないとはいえないのだから気になるのである。(中略)こんな赤ん坊のあらぬ空想(?)が周囲の現実に対する反抗になるなんてばかげた話なのだが、事実は事実である。」
(瀧口修造 「詩と美術の周囲」 より)


『コレクション 
瀧口修造 3 
マルセル・デュシャン
詩と美術の周囲
骰子の7の目
寸秒夢』

監修: 大岡信・武満徹・東野芳明・鶴岡善久・巌谷國士

みすず書房 
1996年10月20日 印刷
1996年10月30日 発行
430p 目次v/欧文29p 目次i 
20.5×15.5cm 
丸背バクラム装上製本 貼函 
定価9,785円(本体9,500円)

月報(10p): 生の交接は……(加納光於)/瀧口さんのこと(橿尾正次)/源流を守る人(合田佐和子)/図版(モノクロ)5点



第13回配本。本文中図版(モノクロ)多数。「解題」および本文の一部(翻訳、夢日記)は二段組です。


瀧口修造 コレクション 03 01


帯文:

「人は絶えず何ものかに賭ける。 6 の目の骰子を振りながら、実は 7 の目を求めているのではないか。」


目次:

Ⅰ マルセル・デュシャン
 『マルセル・デュシャン語録』
  マルセル・デュシャン語録 (翻訳)
  ローズ・セラヴィに 
  RROSE SÉLAVY考
 マルセル・デュシャン語録について
 デュシャンのロート・レリーフ
 本・もうひとつの本 デュシャンの語録
 急速な鎮魂曲 マルセル・デュシャン一八八七~一九六八
 ローズ・セラヴィ ’58~’68
 マルセル・デュシャン : 九箇の雄の鋳型
 検眼図 だれの証拠品、だれが目撃者?
 検眼図傍白
 扉に鳥影
  私製草子のための口上
 Personally Speaking
 マルセル・デュシャンとジェームズ・ジョンソン・スウィーニーとの対話 (翻訳)

Ⅱ 詩と美術の周囲
 大椿事
 一つの lost generation について
 マチスの『海の動物』に寄す
 ピカソのえがいた顔
 若いピエロの話
 聖家族
 海のギャラリー
 夢日記が夢のように消えた話
 詩と美術の周囲
  Ⅰ 夢の記録
  Ⅱ 永い一日の日記(一)
  Ⅲ 永い一日の日記(二)
  Ⅳ 書くことと描くこと(一)
  Ⅴ 書くことと描くこと(二)
 ガウディ・ノート
  Ⅰ サグラダ・ファミリアの鐘楼の尖塔
  Ⅱ カサ・ミラの通風塔
  Ⅲ パルク・グエルの一角
 ゾンネンシュターン展
 ウォルスあるいは道
 ヴォルス箴言集 (ヴォルス) (翻訳)
 遅れる鎮魂歌 パウル・クレーを想いながらの断章
 パウル・クレー詩篇 (パウル・クレー) (翻訳)
  夢Ⅰ
  夢Ⅱ
  夢Ⅲ
  詩Ⅰ
  詩Ⅱ
  詩Ⅲ
  月
 笑い猫夢話 ききて――種村季弘
 自由な手 抄 (マン・レイの素描/ポール・エリュアールの挿詩) (翻訳)
  序
  糸と針
  欲望
  賜物
  苦痛と不安
  ナルシス
  自由な手(フリー・ハンド)
  独り遊び
  女とその魚
  マヌカン
  裸
  美しい手
  自由
  三月十四日のお天気
  支配力
  パラノイア
  期待
  掌中の雲
  怖れ
  ヘヤブラッシ
  エリアーヌの塔
  持ち運べる女
  [「GQ」誌序文]
  [単行本あとがき]
 時のあいだを 七つの断片とともに ジョゼフ・コーネルに
 一九四二年九月十六日付の手紙から (ジョゼフ・コーネル) (翻訳)
 ロマンティック・バレエ讃/無題 (ジョゼフ・コーネル) (翻訳)
 人形の遊び (詩ポール・エリュアール/写真ハンス・ベルメール) (翻訳)
  ポール・エリュアールの詩についてのノート
 ミクロク・ナナン 音詩(試)
 ミロの星とともに
 ミロとともに 詩画集の誕生

Ⅲ 骰子の7の目
 画家の明証
 第十一回シュルレアリスム国際展〈絶対の隔離〉のポスター
 ルネ・マグリット マグリットの「不思議な国」
 マックス・エルンスト 幻鳥ロプロプのゆくえ
 ハンス・ベルメール 真珠と煉瓦 ベルメール断章
 ポール・デルヴォー 隣り合う女たち
 流謫 ポール・デルヴォーに (ポール・エリュアール) (翻訳)
 クロヴィス・トルイユ 市民画家クロヴィス・トルイユ
 マン・レイ マン・レイはマン・レイである
 マックス・ワルター・スワーンベリ 水晶の腕に
 おんなに憑かれて (マックス・ワルター・スワーンベリ) (翻訳)

Ⅳ 寸秒夢
 ガウディの夢
 三夢三話
 『星と砂と 日録抄』
 『寸秒夢』
  寸秒夢、あとさき
  夢三度
 夢日記 (未定稿)

解題 (鶴岡善久)
初出一覧

欧文テクスト
 TOWARD RROSE SELAVY
  A marginal note to To and From Rrose Selavy
 A Rapid Requiem Marcel Duchamp 1887-1968
 [Personally Speaking]
 OCULIST WITNESSES
 RÊVE GAUDIEN
 MIKROK NANAN

欧文テクスト 初出一覧



瀧口修造 コレクション 03 02



◆本書より◆


「マルセル・デュシャン語録」より:

「ユーモアとエロティスム
 一般にユーモアというものは作品の創造にとって不可欠のものでしょうか?
――絶対です。……くそまじめであることは実に危険なことだという理由で。くそまじめを避けるためにユーモアを介入させる必要がある。ただひとつ私の考えるまじめな問題はエロティスムです。なぜといってこれはまじめな問題だからね! そこで私はエロティスムをたとえば「花嫁」のための足がかりとして使おうとこころみたのです。
 一九六六年、ピエール・カバンヌとの対談」



「ローズ・セラヴィに」より:

「こうして彼の思考と作品とのあいだの見えない方程式のようなものは、言語とのあいだにも見られるだろう。デュシャンは多くの詩人と異なりイメージに固執しない。むしろ反意味(アンティ・サンス)がしばしば彼を惹きつける。われわれ読者を悩ますに足る題名やオブジェの銘がそれである。その点で言葉と物体とのあいだに相似的な関係がなりたっていることを想わせるものがある。言葉はわれわれの長い習慣の結果であり、それらは逆にわれわれを束縛する体制をつくっているが、デュシャンは突如として、その慣行のコミュニケーションを断ち切る。この場合、むしろ言葉は、ある意味で既成品なのであって、そこからデュシャンはさらに言葉の「レディ・メード」をつくるのだ、といえるかも知れない。言葉のしゃれとは、一般的にいっても、言葉を一種のオブジェとして利用することにほかならないといえるだろう。
 彼の作品や書かれたものが、いかに難解を装い、謎に閉されたように見えても、デュシャンは秘教的な詩人ではないし、虚無に身を投じた反抗の詩人でもない。言葉の主観的な実在ともほとんど係わりを持たないのである。彼のイロニーは一種のダンディスム、ブルトンによればダンディスムの歴史的な発展の果ての、というべきだろうが、それはデュシャン自身の言う「無関心のイロニー、メタ・イロニー」にほかならない。」



「マルセル・デュシャン語録について」より:

「数年前、私はオブジェの店を東京にひらくという私としては突飛な空想を抱きはじめ、その命名をマルセル・デュシャンに乞うた。すると彼は快く「ローズ・セラヴィ」 Rrose Sélavy という彼が若い頃に使った有名な女名前の変名をつけてくれたのである。オブジェの店の考えは、私にとって観念と現実とを背中合せにして生れざるをえなかったもので、いまも宙づりのままであるが、私はまずデュシャンへの敬愛をあらわすと同時に、日本版「デュシャン語録」を私家版でつくる計画をたてた。それにはデュシャンと深い精神的な絆で結ばれている三人の作家、荒川修作、ジャスパー・ジョーンズ、ジャン・ティンゲリーがそれぞれ作品を寄せてくれたし、デュシャン自身も、色紙をむしって作った珍しい自分のプロフィルを送ってくれた。(中略)そのほか親しい友たちの協力をえて、架空ともみえた本が徐々に形をとりはじめた。さらに私はローズ・セラヴィの店のためにという想定のもとに、その小看板をチェンジ・ピクチュアとして作った(マン・レイの撮した若いデュシャンの肖像とローズ・セラヴィの署名とを組合せたもの)。しかもそれにデュシャンは「ウィルソン・リンカーン・システム」と命名し、署名したので、ここにまた珍しいデュシャン的イベントが起ったことになる。」


「急速な鎮魂曲」より:

「死について。
 デュシャンはピエール・カバンヌとの長い対話の最後で語った(一九六七)。それも問われたからであるが。
 「あなたは死について考えますか?」
 「滅多に考えません。それは頭が痛いとか、足を折るとかすれば、肉体的には考えざるをえない。そのときは死が現われる。もし無神論者であれば、自分の意志に反しても、完全に消滅するのだという事実には心を動かされるでしょう。私は他生とか輪廻とかを望まない。およそうるさい考えです。人間はよろこんで死んでゆく、すべてそう考えるのがどんなにいいかしれない。」

「私がデュシャンに惹かれる最大の理由のひとつは、彼が言語を一種のオブジェ化したことである。というよりも、それがオブジェをも暗に言語と化していることと関連しているからである。
 彼は著述家にも「詩人」にもならず、画家ないし芸術家になることからも辛うじて脱して、それをし遂げる。

 芸術は自己撞着である。
 生そのものも同じ。
 マルセル・デュシャンは矛盾をおそれない。むしろ無関心である。
 つじつまを合わせようと躍起になるのが芸術家という芸術家、批評家という批評家。
 彼らは不可避の矛盾と、そのはるか彼方のものに気づかない。」



「一つの lost generation について」より:

「戦火で焼けた私稿の中に若干の夢の記録があつた。私には夢を記録する習癖が学生の時からついていた。その一つの動機はシユルレアリスムの実験によつてだが、私にはフランスの一派の実験とは全く別なものになり、いつかそれが私独自の内的傾向を形成したらしい。そしてそれは一つの文学的な興味の対象にさえなり初めた。というのは、まだ夢からさめたのち(私は一時、枕元にたえず紙と鉛筆とを用意して置いた)、心像が去らないうちに速記しなければならぬのだが、やがてその印象を出来るだけ正確にあまさず書くためには、独特の文章法を案出しなければならぬ。実際には、傍註からさらに傍註が飛び出してくる――これが一つの連続した文章になるのには、異常な訓練と創作力とが必要なことがわかつてくるのである。これは私には怖るべき文学の次元であり、近づきにくいものなのだが、また一つの文学的魅力として時々執拗に回帰してくるのであつた。」


「ゾンネンシュターン展」より:

「シュレーダー・ゾンネンシュターン自叙年譜 〔翻訳・瀧口修造〕
 一八九二年 九月十一日リトアニアの駅馬車の御者の子として生まれ、十三人の子供のあいだで熱狂的で強情なアウトサイダーとして育つ。こうして皮肉で、批判的で、ほとんど病的なほど理屈つぽい黒羊が出来あがる。幼い時から私は独りぽつちである。誰も私と遊んでくれるものはいない。日曜日に若い女たちが色男と森から帰つてくると、私は木に登り、彼らの美しい帽子やドレスに小便をひつかける。そしてひどい目に会う。
 一九〇六年 感化院に入れられる。
 一九〇八年 庭師のもとで厳しい徒弟時代。三十キロの道を歩いて逃げ帰るが、また感化院に送られる。
 一九〇九年 さらにひどい小作農の下働き。夜、ひそかに台所から卵や食物をぬすむ。
 一九一〇年 ふたたび逃走。しばらく家で休むと放浪に出る。曲馬団の馬小屋の掃除夫にやとわれる。喜劇の才能を認められ、道化の端役を教え込まれる。独立してキャバレーに出る。また食いつめて農場の手伝い仕事にありつく。が、ある日、そこの下僕がブランデーの勢いで優しい振舞いに出たので窓から飛び出す。三日後、その男が主人とともに私の部屋に上がつてきて、藁の寝床の下から、その下男の鞄を見つける。私は激しく抗弁する。警官が来たので、私はチーズ用のナイフを手にする。私はついに麻縄で縛られ、精神病院に入れられて、狂人服を着せられる。五カ月して放免。この時、社会正義の基礎と文明の頽廃について詩を書く。私は文字や口頭であらゆる階層の人々に向かつて公共の機関を嘲罵する。
 一九一五年 出征兵士として徴集されるが、私はすでに精神病者として診断されたという理由で軍務に堪えないと抗議する。しかし私は軍隊の道化師となる。軍医はいわく「遺伝的欠陥、白痴、精神薄弱」。兵役を免除される前に、みずから運命を決すべく一策を案ずる。酒保から六匹の塩にしんと二メートルの針金を手に入れ、大隊の兵舎に駆けつけ、にしんを体操機械の梯子にぶらさげ、藁に火をつけると、私は笑いかつ煙りの周囲を踊り狂う。そして私は「ドイツ軍隊御用の燻製にしんの商人」だと声明する。四週間の検討の結果、私は不治の狂人として放免される。」
「一九三〇年 (中略)逮捕からふたたび精神病院に収容される。そこで絵を描く患者を知り、その仕事を観察する。かれの勧めで画材を求め、描きはじめる。釈放後、ふたたび検挙される。」
「一九四四年 義妹とともに廃墟の地下室に住む。焼跡で拾つた薪を売つて暮らす。
 一九四九年 脚部の水腫のため靴がはけなくなり家に籠る。この時、かつて私を力づけてくれた患者の画家を思い出す。私はまつたく未知の状態に飛び込む。すでに百点ほどの作品を描いたとき、クビセック教授に会う。氏は私の仕事に興味を抱き、数週間にわたり検討する。シュプリンガー画廊が最上の作品二十点を買い、それ以来私を物質的に支えてくれている。
 西ベルリンの芸術学校教授の大部分は私を軽蔑する。私は講演やわいせつな作品により、学生のあいだに禍いを撒きちらすという理由で校内に立入ることを禁止しようとする。
 一九五九年
      フィナーレ
 おまえは私の希望を砕き、心を締めつけ、魂を苛んだ。そして今、腐つた悪党よ、おまえは私に一票を投じてくれというのか。私は私自身に投ずるであろう。」



「ヴォルス箴言集」(翻訳)より:

「神が円で表わされようと
直線で表わされようと
じぶんにはたいしたことではない。
しかし人間のかたちで表わされる
ことはありえない。」

「無人の土地
何匹かの小さなキリンと何匹かのとかげ
茨の茂みのなかの
そこここに小さな虱が一匹
そして上には小さな空
ものを思う必要もない
これが夢だ。」

「みなさんはそれぞれ自分の流儀を
探すべきだ
etc.」

「為さず
ただ存在し信ずるのみ。」

「意志とか力とかの行使は
意図に劣る。」

「この地上のありとあらゆるもののなかで
人間はもっとも厄介なものである。」

「見ること、それは眼を閉じること。」

「完全な精神集中は人がいなくなったときしか
可能ではない。人間にとって最大限の集中力は
眼を閉じ、寝ているときに達せられる
ほんのすこしの外部の意志表示にも
拡散がはじまる。立っていると、両脚は力の一部分を奪う。
眼をひらくと集中力が減少する。外部の眼に見える結果が
増加するのに比例して、完全な状態は遠ざかる。」

「しかしヴォルスは人間を取り囲んでいる
物質を心から愛する。」



ポール・エリュアール「自由な手 抄」(翻訳)より:

「ナルシス

ねばつくマスク
おのれそのもの
迷う道しるべ。」



「時のあいだを ジョゼフ・コーネルに」より:

「ほとんどふたつの時間、いわば時と時とのあいだを歩くのに、あなたはまる一生かかった。 ……人には見えず、時空を旅する鳥たちの時間、過ぎ去った遙かな国の物語も、星辰の運行とともに現存する時間…… もうひとつの時とは、生れて住みついた土地と生活の時間、霧と煙り、水と血液、パンとミルクの時間、おそらく手や顔の皺の時間でもあろう。あなたが狷介な孤独者のように見られたとすれば、なんと愛の充溢のためだ。秘密はあなたが遺した窓のある筐とイメージのかずかず、実は未だ名付けようのない物たちのなかにある。まるで天からやって来た職人の指紋の魔法か。しかし秘密はまだ乳いろの光りにつつまれている。こんなに身近な親しさで。かつてマラルメが詩のなかに ptyx という謎の一語でしか表わさなかった、捉え難い虚空の貝殻とも断じえないものを、何ひとつ傷つけず、あなたは時の波打際で手に拾い、視えるようにしてくれた。風のいのちのシャボン玉とて例外ではない…」


「マグリットの「不思議な国」」より:

「マグリットは小綺麗な身なりの、一見したところベルギーの小市民タイプであったという。」
「外見で人を判断してはならぬのだ。(中略)山高帽と地味な背広の一紳士は、ともすれば仮装のように見えてくるではないか。マグリットが愛したファントマスやニック・カーターのように。」



「星と砂と 日録抄」より:

「おまえは、なぜことば(引用者注: 「ことば」に傍点、以下同)にばかり気を取られるのだ?
おまえは、ことばで出来たお化けのようだぞ、と天の一角から大喝されたように、はっとする。
星で出来た人間がいた。」



「寸秒夢、あとさき」より:

「他国語よ、おまえはもうすこし自国語に近づいてもよい。
自国語よ、おまえはもうすこし他国語に近づいてもよい。」

「コトバまるごとの夢。」

「マルセル・デュシャンという人は、死んだとき、遺言により葬儀もせず、公の死亡通知も出さなかったらしい。それでもルーアンの家族の墓地に葬られて、墓石には故人の意志により、こんな意味のコトバが刻まれたという。
 さりながら死ぬのはいつも他人なり。」

「書き散らした紙きれが溜った。残夢整理。」



瀧口修造 コレクション 03 03


瀧口修造 コレクション 03 04


































































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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