入沢康夫 『ネルヴァル覚書』

「夢と狂気。赤い星。東方(オリエント)に対する欲求。」
「夢が実現する。」
「人びとがぼくを苦しめた。ぼくの頭が休まる風土。とある墓の中に残された愛。」

(ネルヴァル)


入沢康夫 
『ネルヴァル覚書』


花神社 
1984年10月25日 初版1刷
291p 口絵(モノクロ)i 
四六判 丸背紙装上製本 
本体カバー 函 
定価2,400円
装幀: 吉岡実



本書「あとがき」より:

「この覚書は、「詩学」一九八一年九月号から八三年八月号まで(途中二回ほどの休載をはさんで)、約二年にわたって連載されたもので、内容は、若干の字句を訂正したほかはほぼそのまま、本書における章分けも、連載時の回数に対応している。」


本文中図版2点(「聖女ロザリア画像」「デュメニル草稿」)。口絵はネルヴァル肖像。


入沢康夫 ネルヴァル覚書 01


帯文:

「夢と狂気と幻想と神秘の詩人――ネルヴァルにとって、重要な転回点となった1842年を中心に、彼の「狂気」と「詩」の関係を新たな視点で見つめ、その本質を明らかにしてゆく、注目の書。」


帯背:

「ネルヴァル研究
三十年の果実」



目次:

序詩 銅の海辺で

序章 マケイシュバラの笛
1 東方への旅
2 「狂気」と「旅」のはざまで
3 よみがえった死者*
4 よみがえった死者**
5 よみがえった死者***
6 ナポリの一夜*
7 ナポリの一夜**
8 ナポリの一夜***
9 菫色の薔薇・深淵の聖女*
10 菫色の薔薇・深淵の聖女**
11 菫色の薔薇・深淵の聖女***
12 涜聖への叱責
13 一枚の草稿の謎*
14 一枚の草稿の謎**
15 一枚の草稿の謎***
16 愛神の島にて
17 小説『阿呆大王』はいつ書かれたか
18 古い土地・古い歌*
19 古い土地・古い歌**
20 詩の領土

あとがき
ネルヴァル略年譜
ネルヴァル関係邦文文献抄
主要人名原綴一覧




◆本書より◆


「異なる女たちのなかに同じ顔立ちを追い求めること。
永遠の一典型を愛する男。
宿命。」

(ネルヴァル「東方紀行覚書手帖」より、稲生永訳)

「《複数の女性が、実はただ一人の女性である》というテーマ」

「十三番目の女が帰ってくる……それはまた、最初の女だ。
いつも同じ女だ、――同じ束の間だ。」

(ネルヴァル「アルテミス」より)

「わたしはマリアその人であり、そなたの母その人であり、また、あらゆる姿の下に常にそなたが愛したその人です。そなたの試練の一つ一つの度ごとに、わたしは面(おもて)を蔽っている仮面の一つを脱ぎ棄てて来た。そなたはやがて在るがままのわたしの姿を見るであろう……。」
(ネルヴァル『オーレリア』より)

「ところで、古代の姿を「若がえらせる」こと、これはネルヴァルの晩年の主要作品が持つ、公分母的テーマの一つだ。ノスタルジーの詩人ネルヴァルと、よく言われるが、ネルヴァルのノスタルジーは、単なる個人的過去の追憶に止まるものではなく、家族の起源、種族の起源、そして人類の起源を求めて、太古、創世の過去にまでさかのぼろうとする点に大きな特質がある。(中略)一八四三年の長旅の理由は、単なるエキゾチスムの追求とか、文壇への健在の誇示の必要とかに止まらぬ、強烈な内的要求――文明と宗教の発祥の地に親しく赴いて、その風物に接し、その秘密に参入したいという希望――に求めるべきであろう。」

「このホフマンの作品に、ドイツ語の読めたネルヴァルは、翻訳をまたずに原文で接し得たであろうし、また、実際、その一部を自ら訳してみてもいる。物語の大略は次のようなものである。禁を犯して「悪魔の美酒(霊液)」と呼ばれる薬を飲んだ修道士メダルドゥスは、聖ロザリアの画像と瓜二つの処女、アウレーリエ(フランス語に映せば、オーレリー)を激しく恋しながらも、自己の悪の分身と先祖伝来の奇怪な因縁とに翻弄されて、数々の悪行を重ねてしまう。その苦難のあげくに、自分の犯した罪を悔いて贖罪の生活に入るが、たまたま同じ頃、アウレーリエはその名もロザリアという法名で修道女として一生を神に仕えることになる。彼女の献身の儀式の当日が来て、メダルドゥスも、いまなお内心に燃えている情熱に耐えつつ、その場の一隅に列席する。そして、永遠に神に身を捧げるアウレーリエの姿に我を忘れて制止の声を挙げようとする折も折、突然出現した彼の分身(ドッペルゲンゲル)は、凶器をふるってアウレーリエを刺す。彼女の死後、メダルドゥスは、ひたすら浄罪の苦業に身をゆだねる一方、自己の過去の行状の一切を書きつづり、やがてこの惨劇のちょうど一年後に、僧院の一室で、救いを確信しつつ命を終るのである。
 この物語の中でも、特にヒロインのアウレーリエと聖ロザリアの相似、一体化を語る(中略)諸節を読むと、それはそのまま、ネルヴァルの晩年の作品の絵解きであるかのようにさえ思われてくる。」


「絶望の幻想のうちにキリストとともに地獄に出現してメダルドゥスを力づけ、さらにおのれの死に当って彼に「救い」の確信を得させたアウレーリエ=聖ロザリアが、主へのとりなし役、贖罪の介添人としての恋人のイメージの下絵をネルヴァルに与えたことは、(中略)ほとんど否定し難いのである。さらに、(中略)この作品と、ネルヴァルの後半生の思念や諸作品をつらぬいている「過失」「贖罪」「試練」「救済」といったテーマとの、異様なまでの関連性を思い合わせるなら、このことは、なおさら確実なものに見えてくる。」

「ここで、かなり古くから指摘されているネルヴァルに対する十五世紀末の奇書『ポリフィルの夢(ポリフィルス狂恋夢)』の影響について一言しておくべきかもしれない。」

「様々な顔立ちの下に隠された唯一の女性を追い求めるのは心が変りやすいのではなく、実は忠実であることなのだという、あのジェラールには親しい観念」
(P・オーディア)

「ネルヴァルが『ポリフィルの夢』から「夢による神秘的な恋の成就」のテーマのみならず、「相似者」「背誓」のテーマをも汲んでいるという見方」

「一八三〇年代末から四〇年代初めにかけての作者の「創作意識」の急激な深化とでも言うべきものの実態」

「ギリシア神話のカサンドラは、周知のごとくトロイの王女の一人であり、アポロンから予言の能力と、その予言が決して他人からとりあってもらえないという宿命を与えられた。これは、入院以来、自分の言葉をなかなか本気で受取ってもらえない、ネルヴァルの嘆きと通ずるところのあるテーマに間違いないが、この問題についても(中略)、今後の研究の深まりにまちたいところである。」


「いわゆる「ヴァロアもの」の作品、「回想」と「懐旧」の作品とされるものが、じつはヴァロワにまつわる幼時の思い出そのものの提示・定着を最大の目的としていないとすれば、ではこれらの「図柄」を媒介にしてネルヴァルが真に狙ったものは、何であったのか。それはまさに「彼にとっての詩性(ポエジー)」とでも言うよりほかに、うまい表現のみつからない、あるもの(引用者注: 「あるもの」に傍点、以下同)である。その「あるもの」の探究と定着のために、ネルヴァルは一生を費やしたのだった。最晩年の作品のあれこれに描かれたヴァロワは、もはや、しかじかの時代の、フランスの一地方ではなく、作品を書くという行為を通じて辛うじて望見できる、ネルヴァルにとっての「詩の領土」の寓喩に他ならないのである。」

「……我々は自分の放浪の生涯の中で、少なくとも、七つの城を持つ。――そして青春時代に夢見た、その名も高い煉瓦と石の城にたどりつけるものは我々のうちにもほとんどない。――そこでは髪長き美わしの女が、ただ一つの開いた窓から、愛に満ちた微笑を送る。その時、格子のついた窓ガラスには、夕べの荘厳が照り映えている。」
(ネルヴァル『ボヘミアの小さな城』より)

「いま、一八四一~四二年にネルヴァルの書き遺したものを通して、私たちは次のことを断言してもいいところまで来ているのではないだろうか。ネルヴァルの狂気との出会いは、はなはだ逆説的ではあるが、意識的な「詩」の追究の開始と不可分に重なり合っている、と。以後十三年の彼の「生」は、その追究、その着実なプログラムの一歩一歩を証しすることになる、と。」



◆その他◆


序詩「銅の海辺で」(なんども生まれかわりを繰り返してきた「カイン」の裔としての詩人「ネルヴァル」が意気沮喪しているときに、一つ目の巨人(鍛冶神)が「立って、そなたの宿命を成就せよ。」「数知れぬあまたの時と数知れぬあまたの生を/一句の中に、一語の中に、/ひしめき合はせよ。」と呼びかける)は、入沢氏が本書収録エッセイ連載中に上梓した連作長篇詩『死者たちの群がる風景』(1982年)に収録されていますが、本書「あとがき」には次のようにあります:

「発表場所が詩誌であって、仏文学の研究誌ではないという点は、たしかにあるにしても、それを考慮に入れても、この覚書における、私のネルヴァルへの対し方は、研究者のそれではなかった。自分の眼鏡でとらえた対象しか語れなかったのはあえて言うまでもないが、その眼鏡も、研究者や批評家のそれではなく、詩の実作者のそれであった。実作者は、ある意味で(いや、あらゆる意味でかもしれない)自分勝手なものであり、また、自分勝手でなければならないという「宿命」さえも背負っている。」
「あの連作長篇詩の成立に対しては、この覚書の連載は、直接・間接に影響を及ぼしている。その逆もまた言えるはずで、たとえば、この覚書でネルヴァルとヴァロワの関係を云々するのがいちばん後まわしになったのは、上記詩篇の終りの二章を書いてしまったが故の、奇妙な論じにくさに由来していたことを、正直に告白しておこう。」



「討議 ネルヴァルと日本文学」(「カイエ」ネルヴァル特集号)より:

入沢 また違う話をしますとね、ヘンリー・ミラーが、愛読書のなかにネルヴァルもあげてますけど、ライダー・ハガードをあげてるでしょう。ハガードは『ソロモン王の宝窟』でしょう、それからイシスの女神に仕える巫女をヒロインにした『洞窟の女王』、ぼくは子供のころにあれを非常に愛読したものでしてね。案外すべてはそこから始まったのではないかという気さえする。「不死の人間」とか、「魂の転生」とか、「死による救済」とか、ソロモン王、シバの女王とか、ネルヴァルと共通するたくさんのディテールがある。だからヘンリー・ミラーがハガードに入れ揚げているのをみると、なるほどそうかと、ちょっとわが意を得たような気もしたわけです。」







































































































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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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