「カイエ 特集: ネルヴァル 幻視者の系譜」 (1979年2月号)

「詩人たちのなかには、解釈のつかない存在であり続けるものが何人かいてもいいはずである。」
(アポリネール 「ネルヴァル奇聞」 より)


「カイエ」 
特集: ネルヴァル 幻視者の系譜
1979年2月号(第2巻第2号)

Cahiers de la Nouvelle Littérature

冬樹社 1979年2月1日発行
270p 出版図書案内8p
22×14cm 並装 
定価760円
編集人: 小野好恵
表紙・目次・扉作品・特集カット: 古川タク



本文中図版(モノクロ)多数。


カイエ ネルヴァル1


目次:

◆手帖
海外文学 『ドクトル・ジヴァゴ』とオリガ・イヴィンスカヤ (工藤正広)
ジャズ Who's Who レーベルのこと (安原顯)
演劇 ヨーロッパ演劇散見 (利光哲夫)
◆詩
悪夢のカトラン (清岡卓行)
風媒火片10・11 (北川透)
◆連載
同時代の文学 「一抹の悲傷」――開高健「オーパ!」 (川本三郎)
劇場と歯ブラシ 坂の上 (佐藤信)
いつも音楽があった 銀座の雀 (倉本聰)
らくがき帖 はみでた子たち (樹木希林)

特集: ネルヴァル 幻視者の系譜
◆テクスト
獄中記 (ジェラール・ド・ネルヴァル/訳: 篠田知和基訳)
◆エッセイ
ボードレールとネルヴァル (河盛好蔵)
黒い太陽 (佐藤朔)
ネルヴァル/ペルスヴァル 『オーレリア』と『聖杯の物語』 (天沢退二郎)
エリュアールの見たネルヴァル (支倉寿子)
◆討議
ネルヴァルと日本文学 (中村真一郎/入沢康夫/篠田一士/井村実名子)
◆評論
回想のネルヴァル (菅野昭正)
鍵と烏と角燈 ネルヴァルの死んだ場所 (入沢康夫)
女王の幻 ネルヴァルの女性神話 (稲生永)
幻のフュナンビュール (井村実名子)
◆翻訳
透し彫り(抄) (アンドレ・ブルトン/訳: 入沢康夫) 
『幻想詩篇』論 (アントナン・アルトー/訳: 田村毅)
ネルヴァル奇聞 (ギヨーム・アポリネール/訳: 宇佐美斉) 
ジェラール・ド・ネルヴァル (ジャン・ジロドゥ/訳: 小副川明)
◆評論
狂気の言語――ミクロ・レクチュールの試み (篠田知和基)
ネルヴァルを読むアルトー (田村毅)
前世の記憶 ボスコとネルヴァル (有田忠郎)
ヘレネ、アリラ、リリト (大浜甫)
ウィーンの恋 反カサノヴァから反ドン・ジュアンへ」 (小林茂)
◆翻訳
『幻想詩篇』の二大ソネ (フランソワ・コンスタン/訳: 橋本綱)
◆評論
「螺旋」と「渦巻」 ネルヴァルとイェーツ (出淵博)
『幻想詩篇』傍題 (土岐恒二)
ネルヴァルとドイツ文学 (飯吉光夫)

◆エッセイ
なにげない日々を重ねて… (桃井かおり)
◆短篇
影の狩人 (中井英夫)
◆連載
犯罪調書 岩手山麓殺人事件 (井上ひさし)
手帖 IV (柄谷行人)
小林秀雄を歩く 8 (高橋英夫)



カイエ ネルヴァル2



◆本書より◆


アポリネール「ネルヴァル奇聞」より:

「当時ジェラールはハイネを訳していたが、このドイツの抒情詩人は彼について次のように書いている。
 「それはひとりの人間というよりはまさしくひとつの魂であった。言葉はどんなに陳腐であっても構わない。天使の魂であったと言いたい……。しかもそれは偉大な芸術家であった。彼の想念に漂う薫香は、素晴しい彫刻を施された金の香炉のうちにつねに封じ込められていた。けれども、芸術家のもつ利己心のかけらも彼にはみられなかった。純真な心そのものであった。繊細で神経の過敏な人であった。善良で、わけへだてなく誰をも愛した。人に妬み心を抱くようなことはなかった。たまたま小犬に噛みつかれても、肩をすくめるだけだった。」
 近頃の新聞・雑誌には、ジェラール・ド・ネルヴァルにまつわる愉快な逸話が、好んで取りあげられている。「レ・マルジュ」誌がこの種の話をいくつか紹介したのをはじめ、ゴーチエ・フェリエール氏の書物にもすてきな話がいくつか収録されている。以下は、一八五五年、「ジュルナル・プール・リール」紙に掲載されたものである。
 「誰もが衷心から惜しまずにはいられない、この気の毒なジェラール・ド・ネルヴァルは、自分の師であったレチフ・ド・ラ・ブルトンヌと同じように、所嫌わず無造作に執筆した。ある時は境界の標石の上で一行を書き、またある時はポン=ヌフの橋の欄干の上で、ひとつの段落を書きつけたりした。郊外の酒場で書くこともあれば、またとある女優の居間で豪華なじゅうたんに両足を踏まえて執筆することもあった。」
 急いでやっつけた書きものには殆んど重きを置かないで、彼はせいぜい十行ばかりのこまぎれの散文をせっせと帯状の紙に記すと、糊づけして封緘しておく。ある一冊の書物の原稿は、このようにして出来た五、六百の切れはしから成っているのであるが、その中には一語としてすてきでないものはないのであった。
 人々はこぞって、『シルヴィ』と題される彼の魅惑的な中篇を読んだ。これを書いている時、作者は一週間シャンティイに行っていたが、それはただその作品に必要な入日(引用者注: 「入日」に傍点)を観察するためであった。
 「このシャンティイへの旅行のために」、と彼は言うのだった。「ぼくは二百フラン使ったんだが、そこで書いたものはせいぜい十二行ばかりで、入日はぼくに大金を消費させて、ついに二十四スーしかもたらさなかったことになる。」
 ある日のこと、パレ=ロワイヤルの庭園で、尻尾に青いリボンをつけた生きたウミザリガニを連れて散歩しているジェラールの姿が見かけられた。噂はパリ中に広まり、友人たちが驚いてみせると、『シルヴィ』の著者はこんな風に答えたものだ。
 「どうしてウミザリガニが、犬や猫やガゼルやライオン、あるいは人がうしろに従えて連れて歩く他の一切の動物たちより、滑稽なことがあろうか? ぼくはウミザリガニが好きなんだ。大人しくて真正直なうえ、海の秘密にも通じているし、第一ほえたりしない……」

「詩人たちのなかには、解釈のつかない存在であり続けるものが何人かいてもいいはずである。」



「ネルヴァルと日本文学」より:

入沢 (中略)その他考えていくと、結局われわれがまったく違うものだと思ってそれぞれに愛読しているつもりのものが、たどっていけばどうやら同じ一つの川の水を汲んでいることになっちゃうんじゃないかって考えるわけですね。ところで、そんなことへの興味が結局ぼくの詩の原動力になってるような気がする。
篠田 なるほどね。
入沢 ぼくに詩を書かせてるもののもと(引用者注: 「もと」に傍点)があるとすれば、やっぱり、なにかすべての文学のいちばん底というか、中心というかにある(はずの)ものを、ああでもないこうでもないって、少しずつ探し求めてるんじゃないかというふうに思うわけです。」



入沢康夫「鍵と烏と角燈――ネルヴァルの死んだ場所」より:

「一八五五年一月二十五日の夜、猛烈な寒気がパリを襲い、気温は零下十八度まで下った。四、五日前から降ったり止んだりしていた雪がまだ消え残っている道路や屋根の上に、またしても白いものがひとしきり舞い狂った。その一夜が明けて二十六日金曜日、蒼ざめた朝の光がさしそめた裏町の片隅で、一人の男が首を吊っているのが発見された。
 溝の底のように落ちくぼんだ通りから、二、三メートル上の通りへと通じている古ぼけた石段。その石段のわきの鉄の窓格子に細紐を結びつけ、男は、いくぶん膝を折るような姿勢でぶらさがっていた。すり切れたフロックコートをまとい、シルクハットをかぶったままだったから、ちょっと見たところでは、首を吊っていることが判らないくらいだった。」

「ここに一つ、お誂え向きの文章が残っている。それを読んでみよう。ネルヴァルの死の三日後に当る一八五五年一月二十九日に書かれ、翌日の新聞に載ったもの。筆者はアレクサンドル・デュマで、発表紙は彼の主宰していた「銃士」紙。」

ネルヴァルの死とその遺体発見場所についての詳報
 もしも、たまたまこの文章を読むあなたが、気の毒なわが友ジェラール・ド・ネルヴァルの遺体が発見された場所へと哀悼の巡礼をしたいと考えるならば、服喪の巡礼者たるあなたは、以下に綴る不思議な行程を辿りさえすればよいのである。
 まず、シャトレ広場で足を停めたまえ。
 ドゼーを記念して建てられた円柱の一方に面し、円柱上の「勝利」の女神像の左の手が指すところに、チューリ(屠殺)通りという名の通りが見えるだろう。
 その通りへと、左に乾物屋、右に酒屋を見ながら入って行きたまえ。
 この通りそのものは、横から交わって来る別な二つの通りによって断ち切られている。
 左から来るのがヴィエイユ=タヌリ(古鞣皮)通り。
 右から来るのがサン=ジェローム通り。
 そこで通りは狭くなる。
 正面の壁に大きな文字で、
  ジェーヴル浴場 BAINS DE GÈVRES とあり
 そしてその下方には
  ブーデ BOUDET
  錠前類御請負 ENTREPRENEUR DE SERRURERIE とある。
 この二つの広告文字の書かれた壁の根方から、鉄の手すりのついた下り階段が始っている。
 狭くて、ねばねばして、不気味な階段。
 その一方の側、右側は段々が壁に接している。
 今一方の側は、通りの延長で、一メートルの幅で錠前屋の店へ通じている。店には看板として、黄色く塗られた大きな鍵が出ている。
 その戸口の前では、一羽の烏(※)がひょこひょこ歩きまわっていて、時折、鋭いしわがれ声を聞かせる。
 階段も、その金物細工屋(=錠前屋)も、すでに別な通りの一部を成しているのだ。
 ヴィエイユ=ランテルヌ(古街燈)通りだ。
 屠殺通り、古街燈通り、この二つの名の奇怪な符合(※)に、あなたは気付くだろうか。
 その古街燈通りへ降りて行くわけだが、そこは、今述べた階段の下を通ってシャトレ広場の地下へもぐり込んでいるかと見える、深く落ちくぼんだ路地に他ならない。
 あぶなっかしい思いで、滑りやすい段々に足を置き、錆びた手すりに手をかける。
 あなたは段を七つ降りて、小さな踊り場へ出る。
 あなたの正面、あなたの頭の高さに、金物細工屋へ通ずる例の延長路が、天蓋を作っている。
 この天蓋の奥の暗がりに、あなたは、牢獄の窓にはまっているのと同じような鉄格子のついた、アーチ形の窓を一つ見出す。
 さらに段を五つ降りたまえ。その最後の段で足を停め、腕を窓の横棧まで挙げたまえ。
 ついにあなたは来た。例の細紐が結びつけられていたのは、この横棧だった。
 ちょうど前掛の紐にするような白い細紐。
 すぐ前は下水渠の入口で、鉄格子で閉ざされている。
 あたりは、先にも言ったように、不気味である。
 あなたの前に、ヴィエイユ=ランテルヌの路地が伸び、サン=マルタン通りの方へと、また登って行っている。
 この通りの途中の、右手には、安宿が一つ。何やらいかがわしげなそのたたずまいは、実際に見ないと判らないだろう。角燈が一つ出ていて、そのガラスの上にこう書かれている。
  「夜には泊れます」
  「水淹れコーヒー」
 安宿の向いには厩舎があり、このところ我々が過して来たような、長い凍てつく夜々の間は、貧し過ぎて、前の安宿にさえ、泊めてくれと頼めない人たちに避難所を与える目的で、戸が開けたままになっている。
 さて、あなたはまだ、最後の段の上にいたんだっけ。
 そうだ、そこだったのだ、両足をその段からわずか二寸ほど離して、金曜の朝の七時三分に、まだ暖かく、頭には帽子をかぶったジェラールの遺体がみつかったのは。
 死の苦悶はおだやかだった、帽子が落ちていなかったのだから。
 もっともそれは、我々が狂気の行為と思っているものが犯罪でなかったとすれば、――このいわゆる自殺が本物の殺人でなかったとすれば、のことだが。
 この点については、すぐまたあとで語ろう。
 番所へ人が走り、死体が下ろされ、医者が呼ばれた。
 医者は瀉血を施した。
 血は流れ出たが、空しかった。ジェラールは二度と眼を開かず、息をふき返さなかった。
 彼は死んでいた!
 私は安宿へ入り、持主の女に問いただした。
 彼女は、自分の家から二十歩ほどの所で首吊りがあると人の知らせに来たその時まで、ジェラールを見たことがなかった。
 「はじめは、その人は凍えたのだと思ったのでした」と、彼女は言った。
 彼は、壁に身を寄せかけて、眠っているように見えた。
 午前一時に、自分の戸口をノックする音が聞えたのを、彼女は覚えている。
 宿は満員だったので、彼女は戸を開けなかった。
 それは、彼だったろうか?
 友人たちは、この月曜から、ジェラールを見失っていた。誰よりもいちばん後で彼が話しかけたのは、私の元の共作者ジョルジュ・ベルである。
 彼はベルと、火曜の十一時頃に別れたらしい。
 水曜の正午、彼は大市場のそばの番所にいて、リシュリュー通り四十一番地のミヨー氏を呼び出した。
 呼び出しに答えて、ミヨー氏は出むいて行った。
 私はミヨー氏には会っていないが、人から聞いたところではこうだ。
 ミヨー氏は、たしかにジェラールを番所で見出した。前夜そこへ拘引されたのだ。
 ミヨー氏は彼に何かしてほしいことはないかと尋ね、財布をさし出した。
 ジェラールは五フランしか取らなかった。
 水曜の午後一時から金曜の朝七時まで、彼が何をしたのか、どうなったのか、どこにいたのか、誰も知らない。
 さて、すでに敢えて提起したあの問いをくりかえそう。
 ジェラールは狂気にかられて自殺したのか?
 ジェラールは殺害されたのか?
 女の前掛から引きちぎられたような、あの細紐は奇怪である。
 断末魔の痙攣が、瀕死の男の頭から落さなかった、あの帽子は、なおのこと奇怪である。
 担当の警視ブランジェ氏ははなはだ知能すぐれた人物であるから、私は、彼がここ数日中に私の問いに答えを見出すことができるだろうと確信している。
 明日はノートル=ダムで、ジェラール・ド・ネルヴァルの葬儀がおこなわれるはずだ。
 夕刊諸紙は、彼の数多い友人たちに、葬列の出発時刻、葬儀のおこなわれる教会、遺体の運ばれる墓地についての、情報を与えるであろう。  アレクス・デュマ」

※「この烏は、はなはだ印象的だったらしくほとんどの人の証言に出てくる。もっとも次のような回想は、それらの中でも特に珍しい。
 「私がジェラールに会うとき、毎度のように、彼は、あの古びたいまわしいランテルヌ通りにある一軒の家のことを話してくれたものだった。そこでは、壁に吊られた大きな籠の中で、一羽の烏がかあかあ啼いているというのである。ああ! あの烏! そいつが彼の思念からもはや離れなかったのだ。その陰気な鳥は、彼の神秘解釈学的カバラ的な諸観念の組み合わせの中に、はめ込まれてしまっていたにちがいない。彼は、数日ごとに、そいつを見に行っていたのだから。彼が打ち明けてくれたところによると、くだんの烏は、シバの女王の持物だったものだという。ついでに言うと、彼は、私に、しじゅう持ち歩いている王冠形の髪飾りを見せたことがある。それは、ガラス細工の、不恰好な輪で、おそらくは、オリエントから、古物商で買って持ち帰ったものだと思われる。
 ある日、彼は、烏に会いに行くのについて来ないかと、私に提案した。暇がないのでと私は断った。『君が来ないのは、多分正しいことだ。あの神秘的でしかも恐るべき存在を、危険なしに見るためには、秘儀参入者(イニシエ)である必要があるからな』と彼は言った。」
 これはネルヴァルの友人E・テクシエの証言だが、これを信ずるなら、ネルヴァルはやがて自分が死ぬその場所を、かねてから熟知していたことになる。果してそうだったろうか。
 なお、この烏は、ギュスターヴ・ドレの幻想的な石版画「ヴィエイユ=ランテルヌ通り」にも、手すりの間にはっきりと描き込まれている。」

※「「屠殺通り」と「古街燈通り」の二つの名の奇怪な符合と言うのは、フランス大革命の時、「街燈へ!」 Au lanterne という叫びが、「反革命分子を街燈に吊るして屠れ!」の意味だったことから来ている。」


 
カイエ ネルヴァル3










































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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