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吉田禎吾 『日本の憑きもの』 (中公新書)

「先代の婆さんは「犬神使い」といわれ、部落の両側を流れている川の橋の下に住んでいたイヌガミを拾って帰り、床下に飼っていたという。イヌガミは一般人には見えないが、白黒斑のイタチのような動物で、歩くときは宙を歩くので足音も聞こえないといわれる。この婆さんはイヌガミをコロコロと呼んで愛玩し、床下に無数に飼っていたそうである。」
(吉田禎吾 『日本の憑きもの』 より)


吉田禎吾 
『日本の憑きもの
― 社会人類学的考察』

中公新書 299


中央公論社 
昭和47年9月15日 印刷
昭和47年9月25日 発行
2p+202p 
新書判 並装 ビニールカバー 
定価250円
装幀: 白井晟一



本書「序章」より:

「日本の憑きものの研究は、主として民俗学の領域において行なわれてきたが、本書は民俗学的な接近をめざすのではなく、おもに社会人類学的な立場から憑きものの現象に光をあててみたい。」


本文中に表4点、図5点。章扉図版(モノクロ)4点。

でてきたのでひさしぶりによんでみました。



吉田禎吾 日本の憑きもの 01



帯文:

「キツネ・イヌガミ憑きの正体に迫る社会の深層心理への踏査」


帯裏文:

「伝統社会の解体、都市化の進行とともに、キツネ憑き・イヌガミ憑きなどのいわゆる憑きもの現象は今や確実に消失の方向にある。しかしこの現象の背後には意外にも、日本社会の家筋の問題を含む人間関係の祖型が匿されているのではなかろうか。今なお憑きもの現象の濃密に残存する村落への長年の調査と、外国の豊富な類例とを比較して考察した本書は、かつて日本民俗学が試みた領域への、社会人類学の側からの新しい照射である。」


目次:

序章 「憑きもの」に憑かれて
 憑きものの魅力
 社会の深層心理への踏査

第一章 憑きものの正体と特色
 心的分離としての憑依現象
 外国の憑きもの
 望ましい憑霊と望ましくない憑霊
 家系と結びつく日本の憑きもの
 人と動物霊
 キツネの正体
 イヌガミの正体
 蠱道との類縁
 オサキの正体
 憑きものと性
 憑きもの落とし
 憑きものの予防

第二章 憑きもの筋
 結婚のタブー
 ナマヅル
 憑きもの筋の形成
 江戸中期に発生か
 隠岐の人狐の話
 富をつくる憑きもの
 筋と階層
 筋の伝播 (山陰・四国)
 縁切り
 筋の伝播 (関東)
 憑きものの内在性と外在性
 家系・血筋をひく妖術
 筋の集団化

第三章 憑きものの社会的意味
 死霊が憑く
 祖霊と親族
 憑く憑かれるの関係
 社会的潤滑油
 憑きものと村落社会
 家単位の憑きもの現象
 イギリスの妖術との比較
 憑く人の特徴 (日本)
 憑く人の特徴 (外国)
 憑かれる人の特徴
 社会統制の機能
 不幸を説明する機能
 妬み深い憑きもの
 村落構造の維持機能
 妖術の盛んな社会の特色
 憑きものの社会的条件
 憑きもの筋の持続

あとがき




吉田禎吾 日本の憑きもの 02



◆本書より◆


「第一章」より:

「一九七〇年十二月八日朝、青森県津軽郡蟹田町で、母親(四十七歳)がイタコ(祈禱師)のお告げを信じて、頭痛を訴える長男(十八歳)に乗り移ったという悪霊を追い払おうと、長男をなぐり殺してしまった。母親は「七日夜、かわいそうなので添寝していたところ、八日午前零時ごろになって、息子に乗移った神様が、息子をとるというので息子とにらめっこした。二時ごろになって神様を追出すため息子と取っ組合いになり、主人も娘も手伝って神様を追出そうとしたが、神様にまけたため死んでしまった」と錯乱状態で述べたという。(中略)長男の頭痛は悪霊が乗り移ったためであり、叩けばこれを追い出せると信じていたために殺してしまったのである。
 一九六九年九月七日の午後、秋田県由利郡に住むある老婆(七十三歳)に憑いたキツネを追い出そうと、長男(五十二歳)ら家族や親類の者たちがなぐったり、かみついたりして、死なしてしまった。」

「このように、人に憑くと信じられている動物には、キツネ、イヌガミのほかに、ヘビ、タヌキ、ネコ、サルなどがある。人に憑くキツネには種類があり、キツネという以外に、関東ではオサキギツネ、中部地方ではクダギツネ、東海地方ではオトラギツネともいわれる。中国地方にはヒトギツネ、ゲドー(外道)という語もある。ゲドーという別の動物霊があるのではなく、キツネやイヌガミの別名である。またカッパが憑くという信仰もある。
 こういう動物霊のほかに、人間の生霊(いきりょう)や死霊が憑くという現象もある。紫式部の『源氏物語』の中に「物の怪(け)、生霊(いきすだま)などいふもの、多く出て来て、さまざまの名のりする中に……」とあり、いろいろ占(うらな)っても、葵の上に憑いた生霊が誰のものであるか分らないという叙述がある。(中略)私たちが一九六四年から翌年にかけて高知県のU部落で調べたところによると、生霊に憑かれたために精神的・身体的病気になったというケースが一七ほどあった。(中略)出雲地方の山間部においても、生霊が憑くことがしばしばある。憑かれた人は、憑いた人の言葉づかいや動作まで似てくるし、急に大食になったり、踊ったり、飛びあがったり、うわごとを言ったりする。」
「憑かれた者のしゃべる言葉は、その人に憑いた者の言葉だと信じられている。ある十五歳の娘が憑かれたとき、狂乱状態になり、うわごとの中で、フロシキ、フロシキと言っていた。これはある老婆が憑いたせいだとされた。村びとの話では、その老婆がその娘の家からカナダライを盗み、フロシキに包んで帰る途中、人に見つかったので、フロシキごと道端において帰ってしまったので、フロシキを失ったことがくやしく、娘に憑いたとき、フロシキのことが娘の口から出たというのである。
 高知県のある地方では、憑かれた人には、その人に憑いた者の動作や声が現われるといわれる。たとえば、音痴の人に芸者が憑いたことがあったが、そのとき憑かれた男は、音痴のはずなのに、その芸者と同じようないい声で上手に歌ったという。」

「讃岐の東麦に住む人が、飼イヌを首だけ出して地に埋め、イヌの好物の肉を与えて、「汝の魂をわれに与えよ」と刀を抜いてイヌの首を打ち落とした。イヌの魂をえて、仇を討とうと思っていた相手を咬み殺して本懐をとげた。これ以後、この人の家にイヌガミというものが伝えられ、婚姻を結ぶと、その家にもイヌガミが伝わるようになったという(『土佐邦淵岳誌』)。
 イヌを生き埋めにしておいて、呪文を唱えておくと、その人およびその子孫まで、人を憎いと思うと、そのイヌの念が相手の人に憑いて苦しめる、という記事もある。こうして、「犬神をもちたる人、たれにてもにくしとおもへば、件の犬神忽つきて、身心悩乱して病をうけ、もしは死する」(『醍醐随筆』寛文十年)ということになる。
 イヌの前に食物を与えずに置いておき、飢えた後にこの首を切り、イヌの念力を身につけた者がイヌガミスジの祖先だ、という話は、四国では今でも各地に伝えられている。」

「大分県速見郡豊岡町T部落にH家というイヌガミモチがあった。この家は農業兼石工師だったが、代々精神病患者を多く出し、現在子孫は死に絶えている。先代の婆さんは「犬神使い」といわれ、部落の両側を流れている川の橋の下に住んでいたイヌガミを拾って帰り、床下に飼っていたという。イヌガミは一般人には見えないが、白黒斑のイタチのような動物で、歩くときは宙を歩くので足音も聞こえないといわれる。この婆さんはイヌガミをコロコロと呼んで愛玩し、床下に無数に飼っていたそうである。イヌガミはあまり数がふえると飼主まで食い殺すので、ときには間引きをするといわれる。
 『土佐国淵岳誌』は「狗神(いぬがみ)」を「鼠ノ如キ小狗」と述べている。さらに時代を遡って、寛文六年(一六六六年)の『伽婢子』(巻十一)には、「その犬神をもっている主人が死ぬ時は、家を継ぐべき者に犬神が移るのが傍にいる人には見える。これは米粒ぐらいの大きさの犬であり、白黒の斑があり、死んだ人の身を離れて、家を継ぐ人の懐(ふところ)に飛び入る」という意味のことが書いてある。これはきわめて小さいイヌガミで、中国の「蠱(こ)」を思わせる。」
「中国・四国地方の憑きものにトウビョウというのがあり、これはヘビである。キツネをトウビョウという所もあるが、トウビョウといわれるヘビは、四国のイヌガミや山陰のキツネのように、人に憑いてわざわいをなし、一定の家系に伝えられる。中国地方のある村では、トウビョウは小さいヘビで首に黄色の環帯があり、頭は平たく、ミミズに似ている。トウビョウモチはこれに毎月晦日に粥(かゆ)を煮て与えるといわれている。山陽地方の一部のトウビョウはカツオブシのように長さが短く、中ほどが太く、首の辺に白色の輪があるヘビで、これを小さい甕(かめ)の中に入れ、土中に埋め、その上に祠(ほこら)をたてて祀っており、祟(たた)りを免れ、金持にしてもらうために、ときどき蓋を開いて酒をそそいでやらねばならない。
 四国の讃岐地方では、トウビョウのことをトンボガミといい、土瓶神の字を当てている。大きさは杉箸ぐらいのものから竹楊子ぐらいのものまでいろいろあり、色は淡黒色、腹部が薄黄色で、頭の所には黄色い環がある。このトンボガミモチは、トンボガミが人に憑くので怖れられている。こういう家は、トンボガミを甕に入れて、台所の近くの床下などに置き、ときどき食物をやり、酒をそそいでやるという。旧幕時代にある人が讃岐中部の某村に行き、ある家に宿を借りていたが、ある日家に帰ると、家の者が留守で、台所の鑵子(かんす)がぐらぐら煮えている。一杯飲もうとふと床の下を見ると甕があるので、茶甕かと思って開けてみると、トンボガミがうようよいる。これに熱湯をかけて蓋をしておいた。家の者が帰ってきてからこのことを話すと、家では大喜びで、永年の厄介物を片づけることができたと言っていたという。
 この伝承は、中国の六朝時代に干宝(かんぽう)の著わした『捜神記』(巻十二)に載っている話に非常によく似ているが、これは偶然であるとは思えない。中国の話はつぎの通りである。
 「滎陽(けいよう)(河南省)に廖(りょう)という姓の家があった。代々蠱(こ)を使うのを職業にして、それで財産を築きあげた。その後、息子に嫁を迎えたが、このことは嫁には打ちあけなかった。
 あるとき、たまたま家人が出はらって、嫁だけが留守番をしていると、ふと部屋のなかにある大きな缸(かめ)が目についた。ためしにあけてみると、大きな蛇がはいっている。そこで湯を沸かして注ぎかけ、殺してしまった。家人が帰ってからこの次第を報告したところ、家中の者はがっかりしてしまったが、それからまもなく、家族の中に伝染病がおこって、ほとんど死に絶えてしまったのである」」
「『大漢和辞典』(巻十)によると、蠱とは「まじもの。まじなひに用ひて人を毒する蟲」であり、たくさんの虫を皿に入れて互いに食い殺させ、残った虫で蠱をつくったらしい。」



「第二章」より:

「それにしても、家筋から分家し、あるいは嫁入りしても、同じ筋になる場合もあり、また、筋にならない場合もあるということはどういうことなのか。(中略)そこにはさまざまな要因が働いているようであるが、村の人たちに尋ねても、「さあ、どういうわけかね」と言われ、要領をえないことが多い。S部落からK部落に転出したHS氏や、S部落のKW氏は、人間の性格が関係しているのではないかという解釈をした。つまり、分家とか婚姻関係でオサキモチと関係しているような場合、あるいはもとオサキモチのいた家などに移り住んだとき、村の人たちから嫌われるようなタイプの人は、オサキモチと言われるようになりやすいというのである。だから、そういう性格でなければ、同様な条件においても、筋にならないということになる。
 たとえば、オサキモチとされているTK氏(六十八歳)は(中略)、人と協力しなかったり、人を畑の手伝いに頼むと、早く耕させるように、自分もそばで鍬を動かすので、頼まれた人はピッチを早めざるをえず、(中略)むかし馬を引いて細い道を通るとき、彼は、すれ違う相手が道をよけないと黙ってその人をひっぱたくようなことを平気でやったそうである。(中略)オサキモチの人は性格的に変わっているということは一般によく聞かれる。
 最近オサキモチになったようだといわれるBH氏は、明らかにもともと皆から嫌われるようなタイプの人らしい。戦後、BH氏の息子が嫁を貰ったとき、村の若い者たちがこの家の壁に穴をあけるなどして騒いだそうである。この地方では、祝儀のときには、村の青年たちに酒をふるまうのが習慣であるが、これを出さなかった。(中略)ある人は、このBH氏という人は、「木で鼻をくくったような人で、何かにつけて人に反対するような人だ」と言っている。」



「第三章」より:

「イギリスの社会人類学者メアリー・ダグラスは、アザンデ族の貴族と平民との関係は、上下にフォーマルに構成されていて、平民は貴族にさからわないし、貧者は富者と、息子は父とは争わないのであって、同じ階層の内部や、同じ夫を持つ妻同士(一夫多妻制による)の間におけるような領域において、つまり「社会のなかで、政治組織によって構造化されていない領域においてのみ、人びとは互いに妖術の非難を行なうのだ」と述べている。」
「このように、妖術の信仰が、社会の規律に反した人を罰するという、社会的制裁の機能を果たしているとともに、妖術に対する恐怖は、人びとに、伝統的な規範を確認させ、それを実践するようにしむける。アフリカのカグル族では、妖術の罪をきせられた者は死刑にされたし、妖術の嫌疑を受けたものは、毒を飲まされたり、手を熱湯の中に入れさせられ、もし何ともなければ無罪とみなされたらしい。
 日本の憑きもの信仰も、これに似た機能を持っているようである。」
「見ず知らず他人から憑かれたり、見知らぬ人に憑くことが稀であるのは、憑く、憑かれるという現象のおこる人間関係が、村落的な社会を基盤にしているということである。その人間関係は、互いに知りあい、相互にいろいろなことを期待しあい、権利と義務の関係によってしばられ、長期にわたって交誼と互助が要請されるような、そういう関係である。」
「憑きものは、このように、比較的小さい共同体的な社会において、お互いにパーソナルな、密接な関係が保たれているような社会における人間関係におこるということができる。」
「だから、ある意味で、レヴィ=ストロースの言う「地獄は他の人たちのことだ」という考え方と関連している。つまり、わざわいの原因を、部落内の憑きもの筋に帰してしまうのである。」
「日本の憑きもの現象で、女性の方が人に憑きやすいという傾向も、女性がよそから嫁入りしてきた者であり、夫の「家」や親族にとっても、部落にとっても、多少とも「周辺人」的な要素をそなえていることと関係していると思われる。(中略)その場合、村の規範にかなった人物であれば問題はないが、なかには、皆に嫌われ、つまはじきされるような人物がいることがあり、こういう婦人が人に憑いたといわれやすいのである。
 人に憑いたという人の属性をみると、(中略)一般に村の中では評判のよくない、伝統的な規範からややはずれた人の場合が多い。」
「群馬県多野郡などの村々では、憑きもの筋の者は、しばしば、風変わりな人、(中略)協調性がない、口先がうまい、嘘が上手、憂うつ症、異常者、(中略)などといわれ、評判がよくないことが多い。」
「憑きもの筋の人の特徴は、村びとの評価と本人の反応ないし反撥との相互作用の結果形成されるものである。したがって、(中略)憑きもの筋の少数派地帯におけるほうが、その多数地帯(中略)におけるよりも、筋の人の感ずる精神的圧迫もいっそう強く、その反撥もはるかに強いと思われる。そこでTK氏のように、人にくってかかる性格が助長され、あるいはYR氏のように自閉的、神経症的になるのであろう。こうして、筋の人が「変わり者」といわれやすくなるのだろう。」
「このように、人に憑きやすい人、持筋の人に対する人びとのイメージは、伝統的な規範からはずれた人間を指している。とくに、向う気が強く、気性の激しい婦人は、日本の農村では嫌われる。(中略)こうして人に憑いたとか、人に憑きやすい人だといわれないためには、できるだけ「気性が激しい」などといわれないように、愛想よく、協調的で、おとなしくふるまわなければならない。(中略)村の婦人たちも、「人に憑いたなどという噂を立てられたくありませんね」と述べていた。
 アフリカのセワ族の妖術者も、その社会で規範に反する特性をそなえているし、これはカグル族でも同様である。
 カグル族では、(中略)妖術者と疑われると、煮えたぎる湯の中の石や羊の脂身を拾わされたり、耳たぶを小枝で刺されたりして試され、手を火傷(やけど)したり、耳に痛みを感じたりすると「有罪」とされ、前には死刑に処せられた。だから、そもそも妖術者として疑われないようにつとめることになる。」
「日本の民族は、他の民族に比べて、集団の連帯性、集団への帰属意識が非常に強いことは、欧米の人類学者も、日本の学者も等しく何度も指摘しているので、ここで改めて述べるまでもない。こういう傾向の一つの原型は、日本の村落(現在の部落)にみられる。
 日本の村落の構造は、言うまでもなく、稲作というものによって強く規制されている。それはどうしても集約的な共同労働、水利などに関する共同組織を必要とする。(中略)以前には、自分の住む部落を離れての生存は困難であった。だから部落の統一というものがすべてに優先する倫理となり、(以下略)」




◆感想◆


そういうわけで、多様性を否定し個人よりも社会を優先する日本民族の(というか稲作民族の)集団への帰属意識・集団優先の倫理が差別を生み出してきたのであって、当然それが厳しく批判されるのかと思いきや、著者は「社会人類学的な立場」に立っているので、「日本の憑きもの現象も、(中略)社会的な意味ないし機能を持っており、近隣間の互助、協力に精神的支持を与えているといえる」とか「憑きもの信仰は人間関係の和を促進し、部落の連帯性を強め、伝統的な規範の維持に役立つ側面を持っている」などと差別を助長するようなことをぬけぬけと書いています。





こちらもご参照ください:

石塚尊俊 『日本の憑きもの』 (復刊)
小松和彦 『悪霊論 ― 異界からのメッセージ』
赤坂憲雄 『東西/南北考』 (岩波新書)
ノーマン・コーン 『魔女狩りの社会史 ― ヨーロッパの内なる悪霊』 山本通 訳































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