佐々木宏幹 『シャーマニズム』 (中公新書)

「魂はこの地からさらにほかの地に行き、さらに別の地に行くというように移動を重ねるうちに、小鳥、羽虫とだんだん小さくなり、ついに塵埃の一つに化す。」
(佐々木宏幹 『シャーマニズム』 より)


佐々木宏幹 
『シャーマニズム
― エクスタシーと憑霊の文化』

中公新書 587

中央公論社 
1980年9月25日 初版
1992年3月25日 6版
iv 222p 
新書判 並装 カバー 
定価640円(本体621円)



本書「あとがき」より:

「本書では、シャーマニズムを汎世界的な現象と見なそうとする最近の研究傾向を踏まえ、人類学的視点からシャーマニズムの特質や性格、機能に関する、諸研究者の仮説や解釈を整理するとともに、各地の諸現象・形態にシャーマニズムとしての共通項を求めようとしている。従来のシャーマニズム論は、多かれ少なかれ北東アジア、シベリアのシャーマニズムに準拠して、他地域の類似現象を取り扱うという傾向があった。これにたいして本書では、日本、東南アジア、南アジアのシャーマニズムに焦点を据え、これにその他の地域を関連させるという手法をとっている。」
「シャーマニズムは巨大で複雑な文化であり、本書はその特徴の若干を掘り起こしたにすぎない。」



本文中図版(モノクロ)多数。


佐々木宏幹 シャーマニズム 01



カバーそで文:

「神霊・精霊・死霊など超自然的な存在に直接かかわり、これを強力に体現する最も典型的な呪術――宗教的職能者がシャーマンである。この職能者を中心とした信仰と儀礼の体系に宗教人類学的なアプローチを試み、その構造と機能上の特色を見出す。特に、シャーマニズムを汎世界的な現象と見る立場から、各地の諸現象・形態にその共通項を求めようとする。多彩な資料に基づき、従来の諸説を再検討し、新しい枠組を提示した意欲作。」


目次:

Ⅰ 生き神 (シャーマン) の諸相
 シンガポールの生き神・童乩(タンキー)
 奄美の生き神・ユタ
 他界に飛翔する生き神・シャーマン
 シャーマンの呪術 - 宗教的特質

Ⅱ シャーマニズムとは何か
 「シャーマン」の語の由来
 若干の定義をめぐって
 憑霊=ポゼッション
 脱魂=エクスタシー
 脱魂・憑霊とトランス
 トランス・憑霊・霊媒術・シャーマニズム

Ⅲ “憑霊”の構造
 さまざまな憑霊現象
 自発的憑霊と非自発的憑霊
 シャーマニックな憑霊の構造

Ⅳ シャーマニズムの世界観
 アニミズム
 霊的存在の実態
 インドの神々
 北アジアの精霊観
 霊魂観と他界観

Ⅴ シャーマンへの変身のプロセス
 “ウマレユタ” と “ナライユタ”
 宮古島のユタのイニシエーション
 召命型のイニシエーション
 修行型のイニシエーション
 シャーマニック・イニシエーションの社会-文化的意味

Ⅵ シャーマンと祭司(プリースト)
 オショウサンとオカミサン
 呪術-宗教的職能者分類の現状
 祭司-シャーマン関係のヴァリエーション

Ⅶ シャーマニズムの社会的機能
 集団ヒステリーとシャーマン
 個人の救いとしての憑霊
 社会の“安全弁”としてのシャーマン
 シャーマニスティックな儀礼の意味と役割

Ⅷ 日本のシャーマニズム
 さまざまなシャーマニズムの寄り合い場所日本
 日本のシャーマニズムの諸局面


あとがき
索引



佐々木宏幹 シャーマニズム 02


「ツングースの二霊魂(S. M. シロコゴロフによる)」



◆本書より◆


「生き神 (シャーマン) の諸相」より:

「タンキー(童乩)の語は“占いをする若者”(divining youth)を意味するが、研究者や現地の一般の人たちは“霊媒”(medium または spirit medium)と呼び、信者や依頼者は“生き神”(living god または goddess)と称することが多い。
 タンキーはすべて、現在の役割をはたすようになったのはみずから求めたのでは決してなく、神に選ばれて仕方なくなったのだと主張するし、(中略)たしかに彼らのライフ・ヒストリーを検討してみると、彼らは何らかの形で神からのうながしとしての“聖なる病い”(巫病)を経験している。
 福善堂のKもまたこの聖なる病いの経験者である。」
「Kが中学三年のとき、突然トランス(trance=異常心理)のような異常な心理状態になり、家に連れ戻された。以来彼女は数々の不思議な経験をした。朝起きようとしても身体がベッドに縛りつけられたようになって、いくら力をいれても動かなかった。」
「先代のタンキーGは、Kが南海観音に見こまれ、神の宿り場として選ばれたことを知った。このような場合、神に選ばれた者が頑強に抵抗すると、身心の異常はますますひどくなり、やがて命を失うにいたるといわれる。」
「神が人間の身体を借りて宿り、生き神が出現するための基本条件は、人間が人間でなくなること、つまり通常の意識が極度に低下した状態(トランス)を作りだすことである。」

「北アジアに分布する諸族やエスキモーのシャーマンがその地位を獲得するにいたるまでには、すでに見たような聖なる病い(巫病)を一定の型と内容において体験しなければならないことが知られている。
 巫病はここでも身心異常の形で現われることが多い。シャーマンになるべき人物は、食欲不振、夢、幻覚、幻聴などに悩まされ続け、その間にかつてシャーマンであった祖先(霊)が訪れて、彼を矢や刀で殺し、肉を切りとり、骨をひき離して数えた(ツングース)とか、クマやセイウチなどが彼をずたずたに引き裂き、貪り食ったが、のちにその骨の周りに新しい肉が生じた(エスキモー)とかの体験をしている。もっとも、彼らを苦しめ、痛めつけた祖先や動物が、やがて彼らの守護霊や補助霊となる例は少なくない。
 未来のシャーマンが夢や幻覚の中で殺され、バラバラに解体されると述べても、どうせ現実にではなく夢や幻覚においてなのだから大したことはないと考える人は少なくないと思うが、それは当をえていない。夢とか幻覚の語は、その状況を客観的、合理的に説明するために用いているのであり、当人にとって肉体の切断や骨の解体は、決して夢や幻覚の中の出来事ではなく、まぎれもない“事実”なのである。」



「シャーマニズムとは何か」より:

「以上、(中略)シャーマニズムの定義には憑霊や霊感を重視するものと、脱魂を強調するものとがあることが明らかになったと思う。(中略)エリアーデ的にいえば、脱魂現象が本質的で、憑霊現象は副次的であるということになるが、現実のシャーマニズムにおいては、決してそうとはいえない。現実的には憑霊が支配的な地域、脱魂が濃厚な社会、両者が併存しているところなど実にさまざまな様相が見られ、(中略)その地域・社会のシャーマニズム信奉者にとっては、それらは等しく“神や精霊との直接的な接触・交流の仕方”であるからである。
 それはU・ハルヴァの表現を借りるなら、「霊界との接触は二通りのかたちで起こる。シャーマンの魂が忘我の状態において肉体から脱けてあの世へ行くか、あるいは諸霊がシャーマンに入ってそれに霊感を与えるかである」ということになる。それはまたD・シュレーダーが“移動型シャーマン”(Wander-Schamane)と“憑霊型シャーマン”(Besessenheits-Schamane)と呼ぶ二つのタイプに相当するものである。」

「現状においては、脱魂(エクスタシー)、憑霊(ポゼッション)、トランスの相互関係を、大筋においてつぎのように理解することができよう。
  トランス(trance)
    エクスタシー(ecstasy)=脱魂(魂の旅行)
    ポゼッション(possession)=憑霊(魂の憑依)」



「シャーマニズムの世界観」より:

「アムール地域に住むギリヤークは、普通人は一つの魂、(中略)シャーマンは四つの魂をもつと信じている。あるシャーマンは、彼の四つの魂のうち一つは山から、一つは海から、第三は空から、そして第四は地下からえたのだという。すべての人びとは、その基本的な魂のほかに小魂を有し、それは卵の形をしていて、主要な魂の頭部に住んでいる。人間が死ぬのは、彼の肉体が悪霊に食われるとき、その魂も襲われて肉体を離れ、ミルヴォ(mylvo)という死者の国へ行くからであると信じられている。ミルヴォでは、死霊は人間の形をとり、地上と同じ生活をする。魂はこの地からさらにほかの地に行き、さらに別の地に行くというように移動を重ねるうちに、小鳥、羽虫とだんだん小さくなり、ついに塵埃の一つに化す。魂の中にはふたたび地上に戻り、人間に再生するものもある。
 中国東北部に住むマンシュー・ツングース系のマンシュー族は、人間は目に見える要素と目に見えない要素とから成っており、人間を生かし行動させているのは後者であると信じている。この目に見えない要素がフォジェンゴと呼ばれる霊魂である。それは、ウネンギ、チェルギおよびオロルギの三つから成っている。
 これら三つの霊魂は、円形の物体(心臓)に住んでいる。上図のように、円形の物体の中には、七つの穴のある板があり、ウネンギは静止したままであるが、チェルギとオロルギは互いに板によって隔離されながら、絶えず動いている。もしもこの動きが規則的なら、霊魂の所有者のバランスは保たれ、彼は安眠することができる。恐怖や恐怖に似た状態が生じると、霊魂の運動は加速し、チェルギとオロルギの間隔が縮まる。恐怖の結果、オロルギが身体を離脱すると、人間は眠気を催し夢みがちになる。二つの霊魂のうちどちらか一つが、長時間にわたって離れると、不安や混乱の感情を起こさせるだけでなく、ときには、完全な意識喪失や死をさえもたらすことがある。したがって、チェルギとオロルギの離脱が、ただちに死に結びつくのではなく、一定の時間を超えると死に至るのである。
 マンシュー・ツングースの間では、第一の霊魂がなくなると意識を失い、第二の霊魂を失うと、これを呼び戻す術はなく、死は避けられないと信じられている。第二の霊魂は、死後に死者の世界にゆき、のちにこの世に戻って男児か女児または動物の中に入るか、辺りを徘徊する。」

















































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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