小松和彦 編 『民衆宗教史双書 30 憑霊信仰』

「狐は今でこそ人間に駆逐されて姿をあまり見せなくなったが、古くは、人里近く姿を現し、鹿などとともにきわめて親しみやすい動物であった。田や畑のほとりで無心に遊び、あるいは野ネズミをとってくれる狐の群れを見て、いつとはなく、人々は狐を田の神、稲荷神の使徒であると考え、神聖視するようになってきた。」
(速水保孝 「狐持ちの発生を探る」 より)


小松和彦 編 
『憑霊信仰』

民衆宗教史叢書 第30巻

雄山閣 
平成4年5月1日初版発行
389p はじめに・目次7p 口絵4p 
A5判 丸背布装上製本 機械函 
定価6,000円(本体5,825円)



口絵図版(モノクロ)4点、本文中図版多数。


小松和彦編 憑霊信仰 01


帯文:

「「つきもの」――多様な憑霊信仰の諸相を探る!
神霊がなにかに乗り移るという宗教的観念、つまり憑霊信仰は、古代から連綿と続いてきた信仰である。しかし、その体系的研究の動向が出始めてからさほど歳月が経っておらず、本格的な研究はむしろこれからである。本書は、特に「悪霊憑き」に比重を置いた論文を収録し、課題を示す。」



帯背:

「宗教史・地方史・民俗学・民族学・歴史学関係者など必備の叢書」


目次:

はじめに (小松和彦)

第一篇 憑霊信仰の歴史と展開
 憑きもの (石塚尊俊、昭和37年)
  一 憑きものの種類と分布
  二 憑きもの筋と社会的緊張
  三 憑きもの使いの問題
  四 憑きものと家の神
  五 憑きもの研究の問題点
 憑霊現象と特殊家系 (桑田忠親・島田成矩、昭和34年)
  一 霊魂の憑依(のりうつ)り
  二 どんなものが憑くのか
  三 憑けられやすい人
 狐持ちの発生を探る (速水保孝、昭和51年)
 乱心/狐憑き/指籠入れ (昼田源四郎、昭和60年)

第二篇 憑霊信仰の機能と構造
 中央高地における一迷信の地域的基礎 (千葉徳爾、昭和41年)
  一 問題のいとぐち
  二 クダ狐の分布と性質
  三 木曾谷を中心とするクダギツネの諸類型
  四 つきもの迷信の類型と要素分析
  五 動物信仰の原型とその変革
  六 族団的地域社会とその結合
  七 族団における対立と緊張
  八 今後の課題
 憑きもの現象と社会構造――社会人類学的アプローチ (吉田禎吾・上田将、昭和44年)
  はしがき
  一 憑きもの筋と憑きの事例
  二 憑きもの筋と憑きの現象
  三 憑きもの現象と社会構造との連関
 群馬県南西部におけるオサキモチ信仰とサンリンボー信仰の社会的意味 (板橋作美、昭和53年)
  一 はじめに
  二 社会的背景
  三 オサキモチとサンリンボー
  四 近隣関係とオサキモチ・サンリンボー
  五 社会、経済的位置とオサキモチ・サンリンボー
  六 親族関係とオサキモチ
  七 結び
第三篇 憑霊信仰と宗教者
 憑霊と除祓――「憑く・憑ける・憑けられる」の三元構造 (山折哲雄、昭和51年)
 神道の憑きもの落とし――「蟇目の法」をモチーフとして (長谷部八朗、昭和62年)
  一 はじめに
  二 「蟇目の法」について
  三 事例の紹介
  四 手法の特徴
  五 小括と課題
 カミ、つきもの、ヒト――島原半島の民間信仰をめぐって (石毛直道・松原正毅・石森秀三・鷹巣和則、昭和49年)
  一 はじめに
  二 神とつきものの世界
  三 神と人をつなぐ者
  四 カミとの交流
  五 おわりに
第四篇 憑霊信仰研究の回顧と展望 (小松和彦)
  一 悪霊信仰研究の回顧と展望
  二 収録論文解説
  憑霊信仰 主要文献目録



小松和彦編 憑霊信仰 02

口絵より。

上: 「伏見稲荷神社の裏の稲荷山の光景。かつて狐落しの験力を身につけるため、多くの行者がここで修行したという。」
下: 「犬神落しで知られる賢見神社。」



◆本書より◆


「はじめに」(小松和彦)より:

「「憑霊信仰」という用語は、まだ充分に世間一般に流通している語とは言えないのではなかろうか。もっとも、このような用語が学術用語として文化人類学や民俗学、宗教学などの研究者たちによって用いられるようになってから、まだ十数年ほどしか経っていないと思われるので、それも当然のことかもしれない。
 しかし、憑霊信仰という語が指し示している信仰現象については、日本人ならば誰でもが知っているはずである。それは読んで文字のごとく、神霊がなにかに、つまり、人や事物に乗り移るという宗教的観念についての総称なのである。
 神霊が人や事物に乗り移る――それはいったいどういうことなのか。乗り移るという状態はどのような状態であり、なんのために乗り移るのか。憑霊信仰研究とは、こうした問題に答えようとすることから生まれてきた。
 上述のように、憑霊信仰という語は新しい用語であるが、この語が生まれるまで、憑霊信仰研究が扱うような内容の信仰についての研究がまったくなされなかったわけではない。いや、むしろ民衆宗教研究史のなかでも相当蓄積のある研究対象であったといっていいだろう。
 憑霊信仰は、それまでの二つの大きな憑霊信仰研究を総合するような形で生まれてきた概念であった。一つは、人に善霊が憑くという信仰についての研究で、それは「シャーマニズム」とか「巫覡信仰」とか呼んで研究してきたものである。もう一つは悪霊・邪霊のたぐいが人に憑く信仰についての研究で、こちらの方は「憑きもの信仰」と呼ばれてきたものである。同じ神霊憑きでありながら、なぜか、両者が別の信仰のように区別され、そのために両者を統一的に把握しようとする努力があまりなされなかったのである。その反省をこめて、「憑霊信仰」という語が新たに用いられ始めたわけである。
 では、このような研究態度をとることの利点はどこにあるのだろうか。一番の利点は、憑霊現象をよりダイナミックに把えることが可能となってくることであろう。たとえば、人を病気や死におとしめるような霊に憑かれた者は、当然その霊を「悪霊」と判断するわけであるが、もしそのような霊を送りつけることができる者がいれば、その者にとってその霊は「善霊」とみなされていることになる。また、日本では、そうした悪霊を祓い落して祀り上げ、守護神(=善神)に変えてしまうことも可能なのである。このあたりのプロセスを理解していく上で、憑霊信仰という語はまことに便利な用語だといえよう。」
「理想をいえば、本巻は、「憑霊信仰」と銘うってある以上、善霊憑きと悪霊憑きの双方を含んだ論文集とすべきであろう。しかし、そのためには本巻一冊では、とても重要論文を収め切れない。そこで、私は本巻を悪霊憑きの方に比重を置いた論文を中心に一冊を編むことにした。それでも、収録した論文を一読されればおわかりになると思うが、その内容の多様性に驚かされることであろう。とくに、悪霊憑きが、民衆のなかに差別を作り出したり、病気や死の説明になったり、社会集団の編成に利用されたりしていたということに留意していただきたいと思う。つまり、憑霊信仰の研究は、人間とはなにか、集団とはなにか、神霊とはなにか、病気とは、狂気とは、等々、を考えるための重要な手がかりを私たちに提供しているのである。」



「乱心/狐憑き/指籠入れ」(昼田源四郎)より:

「前節で、われわれの日常的常識的世界が類型化した知識の集積からなっており、そのなかでわれわれは「慣れ親しんだ世界」として安心しきって生きていることを述べた。こうした安定した日常世界を乱す外集団は、「反発、不快、嫌悪、反感、憎悪、恐怖の対象として捉えられる」(Schütz, A.: Collected papers, 1962-70)ことが知られている。そして「狂気の者」こそがまさしく、われわれの平穏な日常世界に異議申し立てをおこなう「正常者」にとっての「外集団」にほかならないと言えるのではないだろうか。じっさい彼らの異議申し立ては非常にラジカルなもので、われわれが自明と信じて疑わないもろもろのことがけっして自明ではないことを暴(あば)きたて、われわれの日常世界を根底から崩しかねない暴力的な力を潜在させている。べつの見方をすれば、それだけのラジカルな破壊的な力をもっているからこそ、それは芸術や宗教などの分野で、新しい文化を創造するひとつの大きな原動力にもなってきた。しかし、われわれはそのラジカルさに恐れ反発し、「気違いの言うこと」だからと蔑視ないし無視することで、自分たちの日常世界の「正しさ」を守りとおそうとする。このような形で、基本的に狂気は日常世界から排除され隔離されざるをえない宿命にあったように思う。その抑圧が解かれ、あるいは積極的に「狂気」が利用されることがあったにせよ(中略)、それはあくまで宗教や芸術活動という、枠付けられた「非日常」のうちで、しかなかった。」


「中央高地における一迷信の地域的基礎」(千葉徳爾)より:

「昭和三十年ころ、木曾谷で生活改善のモデル地区として名高かった某村、結婚の相手をえらぶとき、憑きものの家筋を嫌う迷信をやめることを青年会で申合せ、各人の決心を表明した。その席上では、この家筋だと噂される家の子女から、それぞれの困惑の体験が語られ、新生活への意識が強調されて感激は大きかったそうである。ところが、これでふだんの噂が公認されてしまうと、それまで漠然とした「もしかしたらそうかもしれぬ」という不安だったものが、「やはりそうだった」という確証を得たわけで、そうした家系の出身者と進んで縁組をしようという人は、さっぱり現われない。いわば藪をつついて蛇を出したかたちで、こればかりはいまだに後味の悪いものになっているという。」
「こうした不幸は一日も早くなくすべきである。ただ、それにはこのような迷信が成立し維持されている根源を明らかにすることが先決であって、某村青年会のような、一片の決議によって人心を一新するといった方法は、効少なく害が多いことに心せねばなるまい。」


















































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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