澤柳大五郎 『アッティカの墓碑』

澤柳大五郎 
『アッティカの墓碑』


グラフ社 
1989年11月20日 初版発行
239p 口絵(モノクロ)24p 
A5判 丸背バクラム装上製本 カバー 
定価3,500円(本体3,398円)



本書「序説」より:

「エジプト人のやうに遺骸を永久に保存しようとする要求はギリシア人にはなかつた。時代により地方により焚葬も埋葬も行はれたが、埋葬の場合でもエジプト人やロマ人のやうに立派な金棺や大理石棺は用ゐず、土、板、せいぜい陶板で圍ふ程度であつた。要するに肉體の朽ち滅びるのを意に介さなかつた。
 しかし墓は極めて大切にせられた。儀式に則つて葬られ、しるしとしての墓標を殘し、いつまでも供養を受けることはギリシア人の切なる願ひであつた。
 オデュセウスの冥府行の際眞先に現れた部下のエルペノルの霊は「どうぞ哭禮もせず葬儀もしないで放つて置かないで下さい。私を武具と共に焚き、不幸な男のしるしとして、後の世の人々も私のことを知るやうに、海岸に塚を築き、私の使つた櫂を塚の上に立てて下さい。」と願ふ。オデュセウスはその願ひの通りにしてやつた。(『オデュセイア』XI, 74 ff.; XII, 10 ff.)。
 ギリシア人にとつての墓の意味はここに最も端的明瞭に語られてゐる。即ち死者は儀式に從つて葬られ、しるしの墓標によつて後世にその人の記憶を遺すやうに望んだのである。葬られず墓を持たないのはギリシア人にとつて最大の恥辱であり懲罰であつた。」
「まことに「人類の歴史の最も古い時代から、葬禮美術は他の如何なる藝術形式にもまして、直接かつ明瞭に人間の形而上學的信念を表明して來た。」(パノフスキイ)
 アッティカの墓碑はギリシア人の心を知る上に闕くことのできない遺品である。」



正字・正かな。


沢柳大五郎 アッティカの墓碑 01


目次:

圖版

序説
 ギリシア人と墓
 古典期以前の墓
 墓誌銘
 アッティカ墓碑の中絶
 墓碑再興
 複數人物墓碑
 白地レキュトス
 死者と生者
 無聞の墓主
 内心の表現
 古代の證言

各説
 1 アリステュラ墓碑
 2 ムネサゴラ、ニコカレス墓碑
 3 アイギナの青年墓碑
 4 レキュトス持つ女人の墓碑
 5 ミュリネ墓標 大理石レキュトス
 6 三人物墓碑斷片 (アテネ716)
 7 タイニア持つ女人の墓碑
 8 ヘゲソの墓碑
 9 アムファレテ墓碑
 10 ミカ、ディオン墓碑
 11 テアノ、クテシレオス墓碑
 12 デクシレオス墓碑
 13 少女墓標 大理石レキュトス
 14 女人墓碑《メランコリア》
 15 ムネサレテ墓碑
 16 傳《デモテレス墓碑》
 17 アメイノクレイア墓碑
 18 フュロノエ墓碑
 19 少女と兩親の墓碑
 20 《プロクレイデス》墓碑
 21 《挨拶の墓碑》
 22 《イリッソスの墓碑》
 23 《ラムヌスの墓碑》
 24 アリストナウテス墓碑

後語

 墓誌銘抄
 不翻語一覧
 參考書目

 言及墓碑所在地別索引
 插圖目録
 圖版目録



沢柳大五郎 アッティカの墓碑 02



◆本書より◆


「2 ムネサゴラ、ニコカレス墓碑

 側柱なく、上下に楣(まぐさ)(エピステュリオンとキュマとより成る)と臺座とを持つふたり人物の墓碑で、アッティカのヴァリで發掘され、一九二七年まではペトラキの僧院にあつた。
 楣(まぐさ)部に四行に刻されてゐる墓誌銘によつて、これはムネサゴラとニコカレス姉弟の墓碑で、遺された兩親の手で建てられたものであると知られる。」
「ムネサゴラは袖を香雅縢(かゞ)つたキトンの上にヒマティオンを纏ひ、右手を卸し左手に掴んだ愛玩の小鳥(その頭は損じてゐる)を小さい弟の方に差出してゐる。髪はポニイテイルのやうに結び足にはサンダルを履いてゐる。まだ小さいニコカレスは全裸で右膝を立て、左膝を殆ど床につかんばかり曲げ、小鳥の方に顔を向け兩手を伸ばしてゐる。(中略)もとより實際の姉弟がここに見られる通りの年齢であつたかどうか定かではない。恐らくさういふ冩實は作者も供養者も要求しなかつたであらう。銘が無かつたなら母と子とも解されたかも知れない。
 この墓誌銘にはいろいろの訓み方があり議論があつたらしいが、今日では大體次のやうに解されてゐる。
  ムネサゴラ、ニコカレスの墓ここに立つ。彼等を示すこと叶はず、父と母とに大いなる悲しみ
  を殘してダイモン彼等を奪ひ去り、兩人(ふたり)は死してハデスの住居に赴きし故。
 クレールモンに據れば、この墓誌銘から、この墓はケノタフィオス(遺骸なき墓)であり、この姉弟は海難または火禍にあつて死んだのであらうと推する人が多いといふ。」
「制作年代は四四〇-四三〇(ディーポルデル、カルゥズゥ)から三九〇年頃(ズュセロット)と幅がある。即ちパルテノン直後からアテナ ニケ神殿牆壁浮彫の後までとなるが、碑のかたち、特に頂部や女性の衣文などから判斷して四三〇-四二〇年頃とするのが妥(おだや)かではなからうか。臺座正面の横長の窪みは何のものとも分からない。」
「未だナイスコスの定形も定まらない早期の墓碑ながら、若くして逝つた姉弟の何氣ない家常の姿の裡に、兩親の哀しみが靜かに傳つて來るやうな作品である。」

「エピステュリオン アルキトラヴに同じ。柱の上を水平に繋ぐ楣(まぐさ)材。
キトン 主として麻織の肌に直接著ける薄衣。男女共用。
ヒマティオン 方形、半圓形の外衣、マント。
ナイスコス 神殿、小祠の意。ここでは上部に破風形をもつ墓碑浮彫の縁どりとしての屋形(やかた)。」
 


沢柳大五郎 アッティカの墓碑 03

「《アッティカ最後の墓碑》」。














































































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