『ボルヘスの世界』 (国書刊行会)

「同僚たちは、彼らの騒々しい娯楽に付き合わないわたしを偏屈者と見なしていたが、わたしは気にせず地下室で、そして天気の良い暖い日には屋上で自分の仕事を続けた。」
(ホルヘ・ルイス・ボルヘス 「自伝風エッセー」 より)


『ボルヘスの世界』

国書刊行会 
2000年10月31日 初版第1刷発行
228p+13p 口絵4p 
A5判 並装 カバー 
定価1,900円+税
装幀: 妹尾浩也



ボルヘス読本。図版多数。


ボルヘスの世界 01


帯文:

「仮にわたしが何者かであるとしての話だが、
わたしはわたし自身ではなく、
ホルヘスとして生き残るのだろう。
――ボルヘス「ボルヘスとわたし」」



目次 (初出):

澁澤龍彦 「ボルヘス追悼」 (「新潮」 1986年8月号)

清水徹 「ひとつのボルヘス入門」 (「イベロアメリカ研究」 1983年1月号)
ジョン・バース 「涸渇蕩尽の文学」 (千石英世訳) (『筑摩世界文学大系81』 筑摩書房 1984年)

ボルヘス年譜 (目黒聰子編) (『バベルの図書館22』 国書刊行会 1990年)

ホルヘ・ルイス・ボルヘス 「自伝的エッセー」 (牛島信明訳) (『ボルヘスとわたし』 新潮社 1978年)

ヴァレリー・ラルボー 「ボルヘスについて」 (高遠弘美訳)
ピエール・ドリュー・ラ・ロシェル 「旅してもボルヘスを知る価値あり」 (高遠弘美訳)
ラファエル・カンシーノス=アセンス 「回想ホルヘ・ルイス・ボルヘス」 (坂田幸子訳)
アリシア・フラード 「文学教授としてのボルヘス」 (坂田幸子訳)
アドルフォ・ビオイ=カサーレス 「書物と友情」 (山本空子訳)
辻邦生 「幻想の鏡、現実の鏡」 (『ボルヘスを読む』 国書刊行会 1980年)

寺山修司 「図書館の宇宙誌――書物の引力について」 (「現代詩手帖」 1981年11月号)
入沢康夫 「ボルヘスむだばなし」 (「現代思想」 1979年2月、4月、12月号)
土岐恒二 「Palimpsesto としての文学――ボルヘスの Obras Completas について」 (「ユリイカ」 1970年8月号)
四方田犬彦 「ボルヘスと映画の審問」 (『ラテンアメリカ文学案内』 冬樹社 1984年)
田中小実昌 「ウソッパチのおしゃべり」 (『ボルヘスを読む』 国書刊行会 1980年)
高橋睦郎 「ボルヘスの詩と真実 ― ボルヘス『砂の本』を読む」 (「青春と読書」 1981年1月号)
天沢退二郎 「明晰なユーモア ― ボルヘス&ビオイ=カサーレス」 (『幻想の解読』 筑摩書房 1981年)

アンケート (平野啓一郎/日野啓三/谷川渥/高橋睦郎/山尾悠子/天沢退二郎/多田智満子/室井光広/清水徹/入沢康夫/四方田犬彦/川村二郎/高遠弘美/森村進/服部正/東雅夫)

アンジェラ・カーター 「分類学者ボルヘス」 (中村紘一訳)
カルロス・フエンテス 「時間の偶有性」 (立林良一訳)
スタニスワフ・レム 「対立物の統一――ホルヘ・ルイス・ボルヘスの散文」 (沼野充義訳) (「SFオデッセイ」 増刊「中央公論」 1985年10月号)
ハイメ・アラスラキ 「ボルヘスのエッセイにおけるオクシモロン的構造」 (大熊栄訳) (「ユリイカ」 1983年9月号)

柳瀬尚紀 「乱丁のボルヘッセイ」 (『ボルヘスを読む』 国書刊行会 1980年)
篠田一士 「邯鄲にて」 (『邯鄲にて』 小沢書店 1986年)

原著書年表
著作(日本語訳)
ボルヘスのアンソロジー
 A 個人図書館
 B バベルの図書館
 C 傑作探偵小説集



ボルヘスの世界 02



◆本書より◆


ボルヘス「自伝風エッセー」(牛島信明訳)より:

「わたしが家のなかにこもりがちな子供であったことは前にも述べた。同じ年恰好の友達がいなかったので、妹とわたしは二人の空想上の仲間を作りあげ、なぜか、「キロス君」「風車君」と名づけた。(彼らと遊ぶのにあきるとわたしたちは母に、あの子たちはもう死んでしまった、と言ったものだ。)わたしは幼いころから近眼で眼鏡をかけ、どちらかというと虚弱であった。(中略)そして、子供心にいつも、愛されるということは、自分には過分なことなのではなかろうかと考えていた。自分が他人から愛される価値のある人間だとは思えなかったのだ。だから誕生日に、それにふさわしいことを何ひとつした覚えがないのに、皆がわたしの前に贈り物を積み上げるのを見ると恥ずかしくてたまらず、自分は一種のぺてん師ではなかろうか、と思ったりした。」

「一九三七年ごろ、わたしは初めて定職についた。」
「図書館の仕事はまったく楽なものだった。十五人で優にできそうな仕事に、五十人ほどがかかっていたのだ。わたしが、十五人から二十人くらいの仲間と分担していた仕事は、未整理の蔵書を分類し、目録を作成することであった。しかし、蔵書はたいして多くはなかったので、体系的な方法などなくても、本を探し出すことは容易だった。だから、われわれが骨折って作りあげた方法など、必要でもなければ、利用されもしなかった。最初の日、わたしはまじめに働いた。しかし次の日、数人の同僚に呼び出され、わたしの仕事ぶりは彼らの調和(引用者注: 「調和」に傍点)を乱すから困ると言われた。「それにね」と彼らはわたしを説得した、「この目録作成は、われわれが一応仕事をしているという、外見をとりつくろうために計画されたものだから、君みたいにがつがつやられたら、仕事がなくなってしまうんだよ。」彼らは百冊しか分類しなかったのに、わたしは四百冊かたづけてしまっていたのである。」
「わたしは約九年間この図書館で我慢した。濃厚な不幸の九年であった。」
「そのころわたしは――図書館以外では――かなり有名な作家になっていたのだ。同僚の一人が、百科事典の中にホルヘ・ルイス・ボルヘスという名前を見つけ、その生年月日までわたしと同じであるのを不思議がっていたことを思い出す。」

「わたしは今や失業の身だった。数ヶ月前、あるイギリスの老婦人がわたしの茶柱が立つのを見て、「あなたは間もなく旅をしながら講演をするようになり、それによって大金持になるでしょう」と占ったことがあった。その時は母と二人して大笑いしたものだった。というのは人前で話をすることなど、とてもわたしにできることではなかったからだ。」

「わたしを非難している文章を読むたびに、わたしはそれに同感するだけでなく、わたし自身が筆をとっていたなら、はるかに辛辣に論難できるだろうと思う。おそらくわたしは、敵たらんとする人びとに、前もって不平不満をわたしに書き送るように忠告すべきだろう。そうすれば彼らは間違いなく、わたしからあらゆる情報と援助を得ることができる。実際わたしはひそかに、ペンネームで自分自身を攻撃する機会を狙ってきたのだ。」

「いまやわたしは幸福を達成不可能なものとは思わない。かつては、そう思っていたのだ。いまでは幸福はいつ何時でも現われること、しかし決して追求すべきものではないことを知っている。失敗とか名声は幸福とは無関係なものである。」






































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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