ホルヘ・ルイス・ボルヘス 『ボルヘス、文学を語る』 鼓直 訳

「言葉はもともと魔術的なものであり、詩によってその魔術に引き戻されるのだという、この考えかた(中略)は真実であると思います。」
(ホルヘ・ルイス・ボルヘス 『ボルヘス、文学を語る』 より)


ホルヘ・ルイス・ボルヘス 
『ボルヘス、文学を語る 
詩的なるものをめぐって』 
鼓直 訳


岩波書店 
2002年2月18日第1刷発行
219p 目次i
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価1,800円+税
装幀: 丸尾靖子



1967年から1968年にかけて、ハーバード大学で行なわれた連続講義。ボルヘスは英語で喋っています。
本書は2011年に『詩という仕事について』と改題されて岩波文庫から再刊されています。


ボルヘス 文学を語る 01


帯文:

「私の考えでは、小説は完全に袋小路に入っています。小説に関連した、きわめて大胆かつ興味深い実験のすべての行き着くところは、小説はもはや存在しないとわれわれが感じるような時代でしょう。 ホルヘ・ルイス・ボルヘス
『エーコの文学講義』
『カルヴィーノの文学講義』につぐ、
ハーバード大学ノートン講義(1967―68)の全記録」



帯裏:

「ボルヘスは、はにかむような穏やかな表情で宙をみつめ、まるでテクストの世界――その色彩、構造、音楽などに実際に触れているように思われた。文学は彼にとって実体験のひとつのかたちだったのだ。
カリン=アンドレイ・ミハイレスク(編者)」



カバー裏文:

「20世紀文学の巨人ボルヘスによる知的刺激に満ちた文学入門。誰もが知っている古今東西の名著名作を例にあげ、詩の翻訳の可能性/不可能性、メタファーの使われ方の歴史と実際、物語の語りかたなど、フィクションの本質をめぐる議論を、分かりやすい言葉で展開する。レナード・バーンスタイン、T・S・エリオット、イタロ・カルヴィーノ、ウンベルト・エーコなど、超一流の作家、音楽家、画家、批評家を毎年一人招聘して半年にわたって行なわれる、米国ハーバード大学チャールズ・エリオット・ノートン詩学講義の全記録(1967―68)」


目次:

1 詩という謎
2 隠喩
3 物語り
4 言葉の調べと翻訳
5 思考と詩
6 詩人の信条

気紛れな芸術のあれこれ (カリン=アンドレイ・ミハイレスク)

編者注
訳注
訳者あとがき



ボルヘス 文学を語る 02



◆本書より◆


「詩という謎」より:

「時折りですが、我が家にある沢山の本を眺めていると、読み尽くすことができずに死を迎えるだろうという気がします。しかし、それでも私は、新しい本を買うという誘惑に勝てません。本屋に入って、趣味の一つ――例えば、古英語もしくは古代スカンジナビア語の詩――に関わりのある本を見つけると、私は自分に言い聞かせます。「残念! あの本を買うわけにはいかんぞ。すでに一冊、家にあるからな」。」

「バーナード・ショーは、かつて、聖書は本当に聖霊によって書かれたのか、と訊かれて、次のように答えました。「聖霊は、聖書だけではない、あらゆる書物を書いたのだ」。」

「美は、常にわれわれの周りに存在するのです。ある映画のタイトルとして、われわれのもとを訪れるかもしれない。あるポピュラー・ソングのかたちをとって、やって来るかもしれない。偉大な、あるいは有名な作家の仕事のなかでお目に掛かるかもしれないのです。」

「一篇の作品が、傑出した、あるいはそうでない詩人によって書かれたか否かという点ですが、これは文学史家たちにとってのみ意味のあることでしょう。話を進めるために、仮にこの私が一行の美しい詩を物したとします。これを、いわゆる作業仮説といたします。いったん私が書いてしまった以上、詩行はもはや私には何の関わりもありません。すでに述べたとおりで、詩行は聖霊から、潜在的な自我から、あるいは別の作者から授かったものであるからです。私はしばしば、自分はしばらく前に読んだものを引用しているに過ぎないことを実感します。そしてそれが再発見にも繋がるのです。詩人というのは、恐らく、無名の存在である方がよろしいのでしょう。」



「物語り」より:

「恐らく詩人の意図したところなどは、さして重要ではありません。(中略)実際には彼は、より素晴らしいことを物語っていた。つまり、決して征服できない都市を攻めている、そしてその都市が陥落する前に自分は落命することを知っている男、英雄の話です。そして、その運命がすでに分かっている都市、すでに炎に包まれている都市を守ろうとする男たちについての、遥かに感動的な物語です。これこそが『イーリアス』の真の主題であると、私は思います。」
「ここで二番目の叙事詩『オデュッセイア』を取り上げることにしましょう。(中略)第一の観点からみれば(中略)家郷への帰還、われわれは流謫の身であること、真の家郷は過去、天国その他にあること、われわれは決して家郷に戻ることはないこと、といった観念を見いだします。(中略)われわれがそこに見るのは、一つになった二つの物語です。われわれは、それを帰郷の物語として読むことも、冒険譚として読むこともできる。」
「次にご紹介する三番目の「詩」はこれら二つを遥かに超えるものです。四書の『福音書』がそれです。(中略)信者にとっては、それは人類の罪をあがなう人間の、神の奇妙な物語として読めます。みずから進んで苦しみ、シェイクスピアに言わせれば "bitter cross" 「苦い十字架」のうえで死ぬ神。これは私自身がラングランドの作品の中で見つけたものですが、もっと奇妙な解釈もあります。神は人間の悩みのすべてを知りたいと望んだ、神として許されているように、理性によって知るだけでは十分ではなかった、神はあくまで人間として、人間の限界のなかで苦しむことを望んだ、という考えかたです。」
「何世紀にもわたって、人類にとってはこれら三つの物語――トロイの物語、ユリシーズの物語、そしてイエスの物語――だけで十分でした。人々は飽きもせず、それらを繰り返し繰り返し語ってきました。(中略)私は当時の人間たちが今日の人間たちより創造力で劣っていたとは思いません。新しい陰影が、微妙な陰影が物語に加えられれば十分であると、彼らは感じていたと思います。」



「思考と詩」より:

「私はこれまで幾度となく、意味は詩にとってお添えものではないかと考えました。意味なるものを考える前に、われわれは詩篇の美しさを感じるのだと固く信じています。」


「詩人の信条」より:

「私は一つの考えをもてあそんできました。人間の一生は何千何万という瞬間、そして日々から成り立っているけれども、これらの尨大な瞬間は、これらの莫大な日々は、ただの一瞬に、すなわち自分が何者であるかを人間が悟る一瞬に、人間が自分自身と向き合った一瞬に、つづめ得るのではないか、という考えがそれです。私の想像によれば、ユダがイエスにくちづけた際の、その瞬間のユダは、自分は裏切り者であると、裏切り者となることが自分の宿命であると、そして自分はその呪われた宿命に忠実であったのだと、感じたのでしょう。」

「何かを書いているとき、私はそれを理解しないように努めます。理性が作家の仕事に大いに関わりがあるとは思っていません。現代文学のいわば罪障の一つは、過剰な自意識であります。(中略)私は物を書くとき、自分のことはすべて忘れるように努めます。(中略)私はただ、夢とは何かを伝えようと努めます。そして仮にその夢が曖昧なものであっても、それを美化すること、あるいは理解することもいたしません。」

「私は自分を作家であると見なしています。作家であるとは私にとって、何を意味するのでしょうか? それは単に、自分自身の想像力に忠実であることを意味します。何かを書くとき、私はそれを、事実として真実であるということではなくて(中略)、より深い何物かにとって真実であると考えるわけです。ある物語を書くときも、それを信じておればこそ書くわけです。単なる歴史を信じるというようなことではなく、むしろ、ある夢とか、ある観念を信じるというような按配ですけれど。」
「われわれは、歴史にあまり注意を払わない方がいいのではないでしょうか」

「自分に何ができるか、それが分かる時がやがて来ます。自分の本来の声を、自分自身のリズムを見いだす時がきっと来ます。」
「私は作品を書くとき、読者のことは考えません(読者は架空の存在だからです)。また、私自身のことも考えません(恐らく、私もまた架空の存在であるのでしょう)。私が考えるのは何を伝えようとしているかであり、それを損わないよう最善を尽くすわけです。」
「今の私は、表現なるものを自分はもはや信じていないという結論(中略)に達しました。私が信じているのは暗示だけです。」

「仮にあとで裏切られると分かっていても、人間は何かを信じるよう努めるべきではないでしょうか。」



カリン=アンドレイ・ミハイレスク「気紛れな芸術のあれこれ」より:

「ボルヘスの記憶は伝説的である。ルーマニア出身のアメリカ人教師の語ったところによれば、一九七六年、インディアナ大学でボルヘスと雑談をしたが、その際、このアルゼンチン作家は、ルーマニア語の八連の詩篇を暗誦してみせた。一九一六年のジュネーヴで、年若の難民である作者から教わったものだが、ボルヘス自身はルーマニア語の心得は無かった。彼の記憶力には奇妙な点もあった。他人の言葉や作品はよく覚えていながら、自分の物したテクストは完全に忘れていると言うのだ。」


「編者注」より:

「ボルヘスはウィリス・バーンストーンとの会話のなかで、無名の存在であることへの希望を述べている――「もし聖書が孔雀の羽毛であるとすれば、あなたは、どんな種類の鳥ですか?」と私は訊いた。「そうね」とボルヘスは答えた。「私は鳥の〈卵(エッグ)〉だな。ブエノスアイレスという巣で、まだかえっていなくて、誰からも変わった目で見られない。私は心から、そうありたいと望んでいるんですよ」。」



本講義 mp3 音源(UbuWeb):

Jorge Luis Borges (1899-1986)
The Craft of Verse: The Norton Lectures, 1967-68



ボルヘスのドキュメンタリー(UbuWeb):

Profile of a Writer: Borges (1983)
Playlength: 80 minutes
Director: David Wheatley


































































































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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