マン・レイ 『マン・レイ自伝 セルフ・ポートレイト』 千葉成夫 訳

「欲望の強さが充分であれば、方途は見付かるだろう。言葉をかえれば、あらゆる創造的な行動の背後にひそむ力とは、情報ではなくて、霊感なのである。」
(マン・レイ 『セルフ ポートレイト』 より)


マン・レイ 
『マン・レイ自伝 
セルフ ポートレイト』 
千葉成夫 訳


美術公論社 
1981年6月10日 初版発行
1988年10月22日 第3刷
407p 口絵(モノクロ)36p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,500円



本書「訳者あとがき」より:

「本書はマン・レイ著『セルフ ポートレイト』――Man Ray : 《Self Portrait》, André Deutsch, London (Little, Brown and Company Inc., Boston), 1963 の全訳である。」



本文二段組。口絵図版42点。


マンレイ自伝 01


帯文:

「写真芸術の先駆者!!
鬼才マン・レイの自伝は、芸術創造の白熱した1920~40年代のパリ、ニューヨークを舞台に活躍したピカソ、ミロからヘミングウェイ等数十名の著名芸術家が強烈な個性をもって登場する。まさに貴重な時代芸術史の回顧だ。」



カバー裏文:

「マン・レイ(1890-1976)
 本書は1920年代から30年代にかけて、ニューヨーク、パリのダダ、シュルレアリスム運動の中枢として活躍した写真芸術の先駆者マン・レイの自伝である。
 当初、画家として出発した彼はやがて写真に転じ、「レイヨグラフ」「ソラリゼーション」などの技法を開発し、前衛的な写真芸術で一世を風靡した。
 一方、ピカソ、マティス、親友デュシャン、ブルトンさらにはヘミングウェイにわたる広範な文化人・芸術家たちとの交友から生れた多くの肖像写真をも残している。
 軽快な彼独特の筆致でみずからの人生の足跡を辿る本書は、モンパルナスのキキをはじめ、多彩な芸術家の群像を、過ぎ去った時代を背景にひとりひとり鮮やかに描ききっており、明快な展開をみせる絵画論・写真論と共に現代芸術史のいぶきを生き生きと伝える貴重な回想である。」



目次:

小さな序文 (ジュリエット・マン・レイ)

ニューヨーク
 子供時代
 学校
 職業遍歴
 山の手の美術研究所
 スティーグリッツの「二九一」
 フェレール・センター
 リッジフィールドの芸術家村
 ドンナ

リッジフィールド、ニュー・ジャージイ
 ドンナとの結婚
 きたるべき個展のための制作
 キャンプ旅行
 写真ことはじめ
 訪問客たち
 初個展
 絵が売れる

ニューヨークふたたび
 レキシントン大通りのアトリエ
 マルセル・デュシャン
 個展
 チェス・クラブ
 ドンナとの訣別
 ソシエテ・アノニム
 ニューヨーク・ダダ
 パリへ

パリ
 ポール・ポワレ――ついにつくられずじまいの肖像
  ファッション写真
  レイヨグラフ
  ポワレの栄華と没落
 実録モンパルナスのキキ
  出会い
  キキとの生活
  キキ、南仏で騒動を起す
  訣れ
 貴族階級との交際
  ドゥ・ボーモン伯爵、
  グレフュール伯爵夫人、
  シャルル・ドゥ・ノアーユ子爵、
  マハーラージャ
 アメリカおよびイギリスの作家
  ガートルード・スタイン、
  ヘミングウェイ、
  エズラ・パウンド、
  ジョイス、
  ヴァージニア・ウルフ、
  ウィリアム・シーブルーク
 画家と彫刻家
  ピカビア、
  ブランクーシ、
  マティス、
  ブラック、
  ドラン、
  ピカソ、
  デュシャン、
  ダリ、
  パスキン、
  エルンストほか
 ダダの映画とシュルレアリスム
  「理性への回帰」、
  「エマク・バキア」、
  「ひとで」、
  「骰子城の神秘」

占領と脱出
 アンティーブ
 アドリエンヌ
 戦争
 脱出行
 パリに戻る
 スペイン、ポルトガルへ
 ニューヨーク上陸

ハリウッドを発見する
 西部へ
 ジュリエット
 ふたたび絵を始める
 新しいアトリエ、車
 人前で話をすること
 回顧展
 映画人たち
 ジュリエットとの結婚
 パリへ

パリふたたび
 航海
 フェルー街のアトリエ
 制作
 「わたしとは何か」
 「ダダ製」
 《破壊されないオブジェ》事件
 「女性の頭部の財産目録」
 以下は空白

訳者あとがき



マンレイ自伝 02



◆本書より◆


「五十がらみのよくしゃべる奇妙な小男が寄ってきて、わたしを絵のひとつのところへ引っ張って行った。奇妙なというのは、彼よりは若い人々のこの集りのなかでは場ちがいに見えたからだ。あごひげをすこし生やし、旧式の鼻眼鏡をかけ、黒い山高帽子を被り、黒い外套を着て傘をもち、葬儀屋かそれとも格式の高い銀行の人みたいだった。開会の準備のためくたびれていて、画廊には暖房が入っていなかったので寒くて震えていたから、英語で寒いですねと言った。すると彼は英語で答え、わたしの腕をとって画廊を出て角のキャフェにつれてゆき、ラムのお湯割(グロッグ)を注文した。エリック・サティーだと自己紹介してからフランス語に戻ったので、フランス語は判らないと伝えた。彼は眼をきらりと光らせて、構いませんと言った。わたしたちはさらに何杯かお湯割のラムを追加して飲んだ。暖かくなりはじめ、頭も軽くなってきた。キャッフェを出て、いろいろな家庭用品を店頭にひろげた店のまえを通りかかった。わたしは石炭ストーヴで熱して使う型のアイロンを取上げて、サティーに言って一緒に中に入り、彼に手伝ってもらって、鋲を一箱と膠(にかわ)を一本買った。画廊に戻って、アイロンのなめらかな面に鋲を一列、膠でくっつけ、《贈物》という題を付けて、展示物に追加した。これがパリでのわたしの最初のダダのオブジェであり、ニューヨークで作っていたアッセンブリッジの作品と同類のものだった。」

「ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』がちょうど刊行されたところだった。「シェイクスピア商会」は報道用の写真を撮らせるためにこの著者をわたしのところへ寄越した。ビーチ嬢はこのほかに、友人用に肖像写真のいいやつを何枚か望んでいた。わたしはこの撮影の代金を、そんなに高いものではなかったが、決めて、ジョイスのこの大部な本を一部もらえないかと期待していた。一部くれないかと頼んでも、または買ってもよかったのだが、どちらもしなかった。この本は当時としては安いもので、みんなが欲しがるようなものになるなどとは、誰にも判らなかった。それはともかくとして、ジョイスの肖像の仕事にかかった。細めのアイルランド人の顔立が、ぶ厚い眼鏡でそこなわれていたとはいえ(二度目の眼の手術のまえだった)、関心をそそったからである。わたしは『リトル・レヴュー』誌で彼の短編をいくつか読み、注意を払っていた。そのことを彼に話したのは気楽にしてもらおうと考えたからで、モデルになることをおそろしく厄介な事だとおもっている様子だったからだ。しかしながら、彼は非常に辛棒づよかったが、何枚か撮ると、照明から頭部を避け、両眼に手をやって、これ以上まぶしい光に顔を向けてはいられないと言った。その姿のスナップ写真もわたしは撮ったが、これがいちばん好まれる写真となった。」

「ルーマニア出身のヴィクトール・ブローネルはすぐわたしたちの仲間になった。激越で非合理にみちた彼の作品は、最初は純粋にシュルレアリスム的で、のちにはエジプトやその他の原始時代の源泉から霊感を汲取っていたが、様式は彼固有のものだ。ある晩、さるアトリエで無礼講の宴会があった。(中略)オスカー・ドミンゲスが、その席で、飲みすぎたために暴れ、投げた壜が部屋を横切ってブローネルの片眼にあたり、その眼は見えなくなってしまった。これは不慮の事故であり、不具になった画家は加害者にたいしてそんなに恨みを抱かなかったが、オスカーのほうにはてひどく響いたらしかった。彼は酒を飲むのをやめず、このあと何度も無茶をやりつづけ、どちらかというと彼自身のほうが犠牲者だった。わたしが最後に会ったのは彼の死の数日前だった。それは夜のことで、とあるキャフェだったが、とてもうちひしがれており(展覧会は大失敗だったし、恋のもめごとのために生きているのも耐えがたくなっていた)、何をやっても誰かに害を与えてしまう、できるものならまず第一に自分自身に危害を加えたいくらいなのだと嘆いた。何度か、アルコール中毒解毒のために療養所に隔離されて短期間過したこともあったが、その効果も長続きはしなかった。わたしはなんとか彼を慰めようとつとめ、あした夕食に来てくれと招んだ。だが彼はあらわれず、電話もなかった。いつもはとても几帳面だったにもかかわらずである。とにかく、わたしたちは、共通の友人であるリヨン家で大晦日に会って新年を祝うことになっていた。みんな彼を一晩中待った。電話をかけても出なかった。そして翌日、アトリエで死んでいるのが発見された。自殺だった。解決しがたい状況から脱出する方法として死を選んだ五、六人の友人のなかに、これでまた一人が加わった。この出来事のことをいろいろ思いめぐらしてみて、たぶんなんの解決策もないのなら、それはもともと何も問題がなかったからなのだ、と考えた。それはたんに原因と結果ということにすぎないのだった。昼のあとには夜がくるのと同じようにである。」




こちらもご参照下さい:

サルバドール・ダリ 『わが秘められた生涯』 (足立康 訳)
ルイス・ブニュエル 『映画、わが自由の幻想』 (矢島翠 訳)
ガートルード・スタイン 『アリス・B・トクラスの自伝』 (金関寿夫 訳)





























































































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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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