フリードリヒ・グラウザー 『狂気の王国』 種村季弘 訳

「われわれは皆、人殺しであり、泥棒であり、姦夫姦婦なのです」
(フリードリヒ・グラウザー 『狂気の王国』 より)


フリードリヒ・グラウザー 
『狂気の王国』 
種村季弘 訳


作品社 
1998年9月30日 初版第1刷発行
1999年1月25日 初版第2刷発行
310p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,400円+税
装丁・コラージュ: 間村俊一



本書「訳者解説」より:

「本訳書『狂気の王国』(一九三六)は、(中略)「シュトゥーダー刑事」物の第四作。シリーズでは四番目だが本邦公開はこれが第一回目である。原題は《Matto regiert》。Matto=マットは文中にもあるようにイタリア語で「狂人」、タロット・カードでは「愚者」の絵札、「道化」を意味する場合もある。英語のマッドといえば話は早いだろう。だからタイトルは、文字通りには「狂人が支配する」だ。つまりは「狂人の王国」、転じて「狂気の王国」。」


グラウザー 狂気の王国 01


内容(「BOOK」データベースより):

「この探偵小説の舞台は精神病院、それも20年代の先鋭に改革の進められつつあった施設である。今世紀初頭のスイスの精神病院は、他国に類を見ない、いささか語弊はあるが、名だたる大物精神病者たちと医師団を抱えた、精神病院のメッカであった。大狂気画家アドルフ・ヴェルフリ、元名ヴァイオリニストの狂気画家ルイ・ステー、永久機関の発明者=車輪狂アントン・ハインリヒ・ミュラーなど、後にシュルレアリストたちが随喜の涙を流すことになる、これらの狂気芸術家たちとその作品の面影は、この小説のどこかに描き込まれているはずだ。」


内容(「MARC」データベースより):

「精神医学花盛りの1930年代、スイスの精神病院を舞台に繰り広げられる異色の探偵小説。狂気の精霊マットの支配するむき出しの無意識の世界を描く。スイスの名刑事シュトゥーダー、日本初登場作品。」


グラウザー 狂気の王国 02


目次:

狂気の王国
 不良少年
 パンと塩
 犯行現場と祝祭ホール
 白い猊下(げいか)
 監視ホールB
 マット、そして赤毛のギルゲン
 ある昼食
 故ウルリヒ・ボルストリ院長
 三部構成の短い間奏曲
 実物教授用標本、ピーターレン
 熟考
 夜間監視人ボーネンブルーストとの対話
 シュトゥーダー最初の精神療法の試み
 紙入れ
 ささやかな難問二題
 シュトゥーダーの良心の葛藤
 愛らしく善良な(リーブ・ウント・グート)
 泥棒が入る
 同僚
 マット登場
 日曜日の影絵芝居
 マットの人形芝居
 シナのことわざ
 七分
 四十五分
 孤独の歌

訳者解説



グラウザー 狂気の王国 03



◆本書より◆


「いつだってこうなのだ!だれかが何か斬新なこと、有益なこと、何かまともなことをはじめる。二年経ち、三年経つ……するとそのだれかは突然消え、没落してしまう。」

「「ともかく、現実世界とわが王国の間には食いちがいがあります」、とラードゥナー博士はいいながらゆっくり表門に通じる階段をのぼった、「はじめのうちは、それがあなたを不安にさせるでしょう。あなたは不快な気持になる。はじめて精神病院を訪れる人はだれでもそうなります。でもやがて治ってきます。そしてあなたの役所のだれか気まぐれな書記とB病棟の毛織物をむしる緊張病(カタトニー)患者との間に、もうあんまり差はないとおわかりになりましょう」」

「「狂人たちと永らく関わり合っていると、だれだってヤラれないではいられないと、本当はそう思ってるんじゃありませんか、シュトゥーダー? つき合ってると狂気が伝染すると? ぼくはよく、それはどうも逆なんじゃないかと自問自答したものです。看護士として、医師として、精神病院に入って行くのはどのみち、俗にいう、頭に鳥を飼っている[頭がどうかしている]人間にかぎられているんじゃないかってね。マットの王国に参入せんとする衝動に駆られている人たちは、自分たちが何かおかしなところがあるのをわきまえている。ぼく流にいえば無意識にね。でもわかってるんです。それは逃避なんです……外の娑婆(しゃば)のほかの連中にしたって、まさるとも劣らぬほどの鳥を飼っていることがよくあります。でも彼らはそれがわかっていない。無意識にすらわかっていないんです……」」
「「マットの王国の境界線はどこにあるのでしょう、シュトゥーダー?」医師は声をひそめてたずねた。「(中略)あなたはいつか、おのれの網のまん真ん中に巣くっている蜘蛛のことを話しておられた。その糸は遠くまでのびている。地上全体をすっぽり包むまでのびている……(中略)きっとぼくを詩人肌の精神医だとお思いでしょうね……それも悪くないでしょう……われわれの望みなどたかが知れたものです……世界にほんのすこし理性を持ち込むこと……それもフランス啓蒙主義の理性ではなく、それとは別種の理性です、現代の……暗い内部に龕燈提灯(がんとうちょうちん)を点(とも)し、ちょっぴり明るませ……虚偽をほんのすこし追い払うことができるような、そんな理性……義務だの、真理だの、誠実だのといった、ごりっぱなことばは脇にのけておいて……もっと控えめなことをするんです……――われわれは皆、人殺しであり、泥棒であり、姦夫姦婦なのです……マットは暗闇でじっと様子をうかがっています……悪魔は死んでしまってもう久しいけれど、マットはげんに生きています。」」
 


「訳者解説」より:

「死の年の二年半前、一九三六年に「ABC」紙のために書いた履歴書である。(中略)とりあえずこれを紹介しておこう。

 一八九六年ウィーン生。母はオーストリア人、父はスイス人。(中略)ギムナジウム卒業試験直前に放校処分になる。(中略)チューリッヒ大学にて化学専攻一学期。それからダダイズム。父はぼくを(精神病院に)監禁させ、当局の後見を受けさせようとする。ジュネーヴへ逃亡。(中略)ミュンジンゲン精神病院に監禁一年間(一九一九年)。同院を脱走。アスコーナに一年。Mo.(モルヒネ)の一件で逮捕。返還移送。ブルクヘルツリ精神病院に三ヵ月。(中略)一九二一―二三年、外人部隊。それからパリで皿洗い。ベルギーの炭坑。後にシャルルロワの病院看護士。またしてもモルヒネ。ベルギーにて監禁。スイスへ返還移送。一年間行政管理の下でヴィッツヴィル刑務所。その後さる庭師の下働き一年。」

「いったんドロップアウトすると放浪生活はどこまでも転がり続けた。」



グラウザー 狂気の王国 04











































































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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

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好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

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尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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