フリードリヒ・グラウザー 『外人部隊』 種村季弘 訳

「「いつもこうだったんだよ」と彼は言った、「ごく小さいときからだ。皆がおれを憎むんだ。(中略)おれにはどうしようもないし、他の人たちもどうしようもない……根っからこういうふうらしいんだ。おれには他人(ひと)を苛立たせる何かがあるみたいだな。これはもうどうしようもないことなんだよ。」」
(フリードリヒ・グラウザー 「贖罪の山羊」 より)


フリードリヒ・グラウザー 
『外人部隊』 
種村季弘 訳

文学の冒険 第58回配本

国書刊行会 
2004年7月20日 初版第1刷発行
484p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価3,600円+税
装幀・造本: 前田英造
装画: 勝本みつる



本書「解説」より:

「四歳で生母と死別した。ウィーンで高等学校(ギムナジウム)第三級まで履修してからスイスの田園教育舎、さらにジュネーヴのコレージュに学び、そこで教師と悶着を起こす。次いでチューリヒ・ダダに最年少のメンバーとして加わる。やがてモルヒネ依存症になり、それが原因でウィーン商科大学フランス語教授だった父親により精神病院に強制隔離される。以後は精神病院、外人部隊、炭坑夫、庭師、のような二十世紀初頭の独身者集団のあいだを転々と放浪する。以上の消息は本書(中略)「自伝的ノート」に報告されている。
 生前はもっぱら特異なミステリー作家として知られていた。だが死後出版された一連の作品によって、狂気作家ローベルト・ヴァルザーと戦後の不条理劇作家フリードリヒ・デュレンマットを結ぶ二十世紀スイスの先駆的アウトサイダー作家として評価される。これがフリードリヒ・グラウザーの簡略なポートレートである。
 訳出したのは『外人部隊』、ほかに自伝『ダダ、アスコーナ、その他の思い出』、短篇小説集『モルヒネ、および自伝的テクスト』。いずれも自伝的要素の色濃い作品である。」



グラウザー 外人部隊


帯文:

「ランボーのほのめく光を盾に
プルーストの主題を
コンラッドの文体で書く」



帯背:

「ダダイストの生涯」


カバー裏文:

「男爵家の血筋を引きながら殺人犯として外人部隊に逃げ込んできたピエラール、
麻薬売人のスミス、少年たちを漁った男色家のシラスキー、
オスカー・ワイルドに愛されたと自称するパチョウリ……
ヨーロッパ、スラブ、アフリカから集まった人間たちの奇怪な絵模様が渦巻く
フランス外人部隊を舞台に、みずからの破天荒な生を描き、
セリーヌやブレーズ・サンドラールの精神的系譜に連なる傑作長篇小説『外人部隊』。
他に、モルヒネ依存症だった自己の生涯を濃密に反映させた短篇小説集『モルヒネ』と、
ダダイズム運動の貴重な証言『ダダ、アスコーナ、その他の思い出』を収録。
先駆的アウトサイダー作家の待望の作品集。」



目次:

外人部隊

モルヒネ
 割れたグラス
 書く……
 精神病院日記
 七月十四日
 コロン-ベシャール-オラン
 簡易宿泊施設
 秩序攪乱者
 園芸場
 音楽
 パリの舞踏場
 モルヒネ――ある告白
 贖罪の山羊
 道路
 同僚
 忘れられた殉教者
 隣人
 村祭
 自動車事故
 十一月十一日
 鶏の運動場
 夏の夜
 インシュリン
 魔女とジプシー
 旅行会社
 ネルヴィの六月

ダダ、アスコーナ、その他の思い出
 [自伝的ノート]
 田園教育舎で
 ダダ、ダダ
 アスコーナ――精神の市場
 アフリカの岩石の谷間にて
 階級と階級の間で
 付録(「探偵小説のための十戒」に関する公開状)

解説 (種村季弘)




◆本書より◆


「精神病院日記」より:

「しばらくきみに手紙を書かなかったね。ぼくはとても落ち込んでいた。ついこのあいだのぼくの診断調書でジュネーヴで下された診断を読んだ。早発性痴呆症(ディメンティア・プラエコックス)ならびに体質的精神病質。合併症:モルヒネ依存症。この診断書を消化するには二三日余裕が必要だ。この問題では特にH・シュテーリが助けになってくれた。われわれはヘルダーリンのことを話し合った。ヘルダーリンの場合どんな精神病が認められたのですか、とぼくは質問した。きみのと同じさ。それはすべての詩人の場合に起こるものと立証できるよ、ゲーテを除けばね、と彼はイーロニッシュにつけ加えた。これですこしはなぐさめられた。それからやってきたのは、精神医学に対する反抗と正当な異議申し立てだった。きみに会えさえしたらなあ。(中略)ぼくはときどき、気が狂うんじゃないかと不安になる。たえずおろかな質問が鎌首をもたげる。やっぱりみんなの言うことが正しいんじゃないか? 助けてくれ、ねえ、ぼくは弱い、きみは大きい。ときにはぼくのことを考えてくれてるかい? それはそうと狂気ってのは実現なんじゃないのかな? ヘルダーリンの場合はまちがいなくそうだ。『盲目の歌い手』草稿(狂気の時代の前)と『ヒュロン』(同じ『盲目の歌い手』を狂気のさなかで新たに、われわれ向きに改変したもの。第一稿はこれに対して、蒼白で、理想主義的-ギリシア的)を読みくらべて見給え。ぼくはヘルダーリンとショーペンハウアーを読んでいる。なぐさめになる、とても。」


「秩序攪乱者」より:

「世にはいわゆる反社会的分子なるものが存在する。小文の冒頭に申したようなタイプの人間、つまり泥棒常習犯、強盗殺人犯、風俗犯罪者など、この種のタイプをきちんと認識すべく、人びとはずっと彼らを観察し彼らについて論じてきた。社会秩序の代表者たちのこの種の人間たちに対する考え方は、信じられないほど混乱し不安定だ。」
「わたしはさしたる政治的信念を持っていない。永遠の平和を信じることもできない。現政権とは別の政党が実権を握れば生活がより公正になるかと言えば、これは絵空事もはなはだしいと思う。陳腐な言い種(ぐさ)ではあるが、存在の全体は、それが対立物の組み合わせであるからこそ存立する。光はそれだけで存在するのではなく、わたしたちが光を認識するのはその反対物である闇を通じてこそなのである。単独の慈悲としての神というものは考えられない、神は悪魔の悪業にその補完物を有するにちがいないとは、つとに神智学者ヤーコプ・ベーメの説くところだ。されば神も悪魔も根底においては一者である、と。おそらくいかなる体(てい)の秩序もこれと同断であろう。秩序は混沌なしには知覚され得ない。これで実際もう一歩で次のように言えなくもないのである。「反社会的分子」は、その名がすでに語っているように無秩序の代表者であり、それゆえに必要不可欠であって根絶し難く、それがなくては秩序が存在しないのだから、彼らを根絶することは不可能だと。誠実たらんとするならば、わたしたちは自分のなかにも例外なく犯罪者が巣くっているのを認めないわけには行かないことも、先に確認したとおりである。」



「モルヒネ――ある告白」より:

「わがヨーロッパ社会はモルヒネ中毒者があらかじめ「アブノーマル」と見なされるような仕組みにでき上がっている。おそらくこの薬物が人をあまりにも個人主義的にしてしまうからだろう。アルコールは人づきあいを促し、ある種の残忍さを促す。阿片は劣等感を生じさせる。いや、おそらくそれ以上なのだ。そう、あまりにも強い劣等感にさいなまれている人だけがモルヒネをやるのだ。」


「贖罪の山羊」より:

「寛容は今日では評判がよくない。それは承知だ。寛容を云々すると、自堕落、卑怯、無責任、のそしりを招きかねない……本当にそうなのかどうか、ぼくは疑問に思う。具体例がないとうまく説明しにくい。そこでこの種の具体例を一つ挙げる。外人部隊に部隊の憎まれ者随一の将校がいた。なぜ憎まれ者なのか、だれにもわからない。(中略)当の将校はそれに気がつかないふりをした。ある行進の際に一度ぼくと話をしたことがある。そこでぼくはたずねた。どうしてこうなったんでしょう、だってあなたはだれ一人いじめたわけじゃないのに。将校はちょっと悲しげな顔をした。「いつもこうだったんだよ」と彼は言った、「ごく小さいときからだ。皆がおれを憎むんだ。(中略)おれにはどうしようもないし、他の人たちもどうしようもない……根っからこういうふうらしいんだ。おれには他人(ひと)を苛立たせる何かがあるみたいだな。これはもうどうしようもないことなんだよ。」その後のある戦闘で将校は射殺された。(中略)しかしこの将校の寛容は、本当に卑怯と見まがいかねなかったものなのか?」
「人びとをあるがままに受け入れること、彼らを自分の好みに合わせようとしないこと、これは至難の業だろう。しかしすべての人間がお互いに似てしまったらどうなるか、という問題を、いつかはよく考えてみなければならない――」



「解説」より:

「しかしもう時間がなかった。生き永らえてそこそこ小市民的な作家生活に安住するつもりもなかった。「文学三昧の生活なんかぞっとする」と、筋金入りの放浪詩人はうそぶき、結婚後は新たな伴侶ベルタ・ベンデルとともにチュニジアに渡って病院看護士として生きる計画を抱いていたという。
 
 おれたちは断じて角縁眼鏡なんぞ掛けやしない、
 おれたちは虫けら、そこらのだれか、いやまったく。
 おれたちは子供たちが、犬が、海が、大好き。
 人類の目的なんて知ったことかよ。

 動物と子供たちと老婦人が大好き。「シャツを着ていない人がいたら、自分のシャツを脱いでその人に上げてしまうだろう」、と身近の友人はグラウザーの人となりを評した。
 「彼はやさしすぎて生きて行くことができなかった」とも。
 どのみち念願の作家生活は永くなかった。一九三八年十二月八日、イタリア、ジェノヴァ郊外ネルヴィの寓居で、ミュンジンゲン精神病院の看護婦として知り合ったベルタ・ベンデルとの「永い春」のあげくの結婚式を明日に控えながら、夕食の席で突然意識を失って帰らぬ人となった。享年四十二歳。」




























































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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