アッタール 『イスラーム神秘主義聖者列伝』 (藤井守男 訳)

「心の健全は、孤独にのみある」
(ウワイス・カラニー)


ファリード・ゥッディーン・ムハンマド・アッタール 
『イスラーム神秘主義聖者列伝』 
藤井守男 訳


国書刊行会 
1998年6月22日 初版第1刷発行
392p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価3,900円+税
装訂: 柳川貴代



「訳者まえがき」より:

「本書は、西暦十二世紀後半から十三世紀前半のペルシア文学を代表する神秘主義詩人、ファリード・ゥッディーン・ムハンマド・アッタール Farid al-Din Muhammad Attar が散文で残した『神秘主義聖者列伝』 Tazkirat al-Auliya のペルシア語原典からの抄訳である。(中略)本書では、イスラーム神秘主義とともに、とりわけ、ペルシア文学との関連で重要と思われる「聖者」十四人を選び出し、それぞれの「聖者」に関する内容も訳者の判断で取捨選択して翻訳した。(中略)アッタール自身による自序も、その重要と思われる部分を訳出した。また、読者の理解の手助けとなるように、各項目の最初に簡単な解説を付した。」


巻頭に地図(10~12世紀のペルシア)、訳者解説中に図版(モノクロ)4点。


アッタール イスラーム神秘主義聖者列伝


帯文:

「イスラーム聖者の言行録
12~13世紀ペルシアの大詩人アッタールによって
編まれたイスラーム神秘主義文献の古典。
禁欲と苦行の日々を送り、
神への愛に身を捧げた聖者たちの苛烈な生涯を、
さまざまな逸話・奇蹟譚を織り交ぜて描く。
ペルシア語原典より本邦初訳。」



帯背:

「宗教文学の古典
本邦初訳」



帯裏:

「――舌を切り取られ、日没の礼拝の時、首が切り落された。首が切断されている間、彼は微笑をうかべ、そして絶命した。ハッラージは命運の球を神への服従の広場の極みにまで運んだ。すると彼の四肢の一つ一つから声が聞えた。――
――「我は神なり」――(本文より)」



目次:

訳者まえがき

アッタール自序
ハサン・バスリー
ラービア・アダヴィーア
イブラーヒーム・アドハム
ズン・ヌーン
バーヤズィード・バスターミー
シャキーク・バルヒー
サフル・ビン・トスタリー
マアルーフ・カルヒー
サリー・イェ・サカティー
ユースフ・ビン・ホセイン
ジュナイド・バグダーディー
アブル・ホセイン・ヌーリー
ムハンマド・ビン・アリー・ティルミズィー
ホセイン・マンスール・ハッラージ

解説 (藤井守男)




◆本書より◆


「ハサン・バスリー」より:

「途轍もない恐怖が彼を支配し、座している時も、まるで、死刑執行人の目前にいるような様子であった。誰も彼の唇が笑って綻(ほころ)んだのを見たことがなかった。大きな苦痛が彼にはあったのだった。

 伝えられるところでは、ある日、ハサンは修道場の屋根の上で激しく泣いていた。涙が樋を伝ってある人物に滴った。
 「この水は清いものであるか」
 ハサンが言った。
 「いいや。洗い流すがよい、神に背きし罪深き者の涙だから」」

「ある時、ハサンは犬を見て言った。
 「神よ、この犬にかけて、私を受け入れたまえ」
 「犬とあなたではどちらが上か」と訊かれると答えた。
 「もし、神の責苦から私が逃れられるなら私は犬より上等だが、もしそうでないなら、神の栄光にかけて、犬の方が私のような者が百人いるよりましだ」」

「「ある男が二十年間、集団の礼拝に訪れず、誰とも交際することなく、一隅に座ったままです」とハサンに伝えられた。ハサンはその男の所に出向き、尋ねた。
 「なぜ、礼拝に来て人と交わらぬのかね」
 男は「私をお許し下さい、没頭しておりますゆえ」と答えた。
 「何に没頭しているのかね」と訊かれて男は答えた。
 「神から私に何の恵みも訪れず、そして、私からは、私が神に背くということもなく、私にはいずれも音沙汰がありません。しかし私は、その、いまだ来ぬ恵みへの感謝と、その一度としてなしたことない背きの罪の許しの懇願に没入しているのです」
 ハサンは言った。
 「そのままお続けなさい。あなたは私より優れた方だ」」

「死が近づくと彼は笑った――誰も彼が笑うのを見たことはなかったのに。そして、「どんな罪ですか」と言うと絶命した。ある老師が彼を夢に見た。
 「生きている間あなたは決して笑わなかった。死に瀕して笑うとはどういうことだったのかね」
 「私は声を聞いたのだ、“死の天使よ、彼に対して厳しくあたれ、いまだ一つの大罪が残ったままだ” と。私はそれが嬉しくて、にこりとしてから、“どんな罪ですか” と訊いて死んだのだ」



「ラービア・アダヴィーヤ」より:

「ハサン・バスリーは自分の説教の場にラービアがいないと説教をしなかったほどであったのだから、そのラービアのことは男性に並べて述べることができるはずだ。いや、それどころか、真理に照してみれば、神の徒と言われる人びとは、唯一性の中に無と帰した人たちのことであり、唯一なる神においては、我と汝の個々の存在が消滅するのであるから、まして、男と女という存在自体がどうしてあり続けようか。」

「伝えられるところでは、ある日、ラービアが四ディルハムを人にやって、「私に安手の毛布を一枚買ってきておくれ」と言うと、その者は「色は黒ですか、それとも白ですか」と尋ねた。ラービアは、即座にお金を取り返すと、チグリス河に投げ捨てた。
 「まだ買ってもいない毛布のことで、黒か白か、いずれかでなければ、という何事も二つに分かつ不和の心が現われたとは」」

「何人かがラービアのもとに行った時、彼女が肉を歯でちぎっていた。
 「ナイフはないのですか」
 「神との間を断ち切られるのが怖くて、ナイフを手にしたことは一度としてないのです」」

「伝えられるところでは、ある日、ラービアの女の召使が油の煮汁をつくっていた。彼女は、もう何日間も、まともな食事をとっていなかった。玉葱が必要となった。召使が「隣りからもらってきます」と言うと、ラービアはこう語ったという。
 「四十年この方、私は、栄光ある神に誓いをたてているのです、神以外には何も求めない、と。玉葱のことなどに気をかけてはなりません」
 即座に、天界から一羽の鳥が降りたって、玉葱をいくつか、皮をむいて彼女の鍋に投げ入れた。しかしラービアは、「私は、まやかしを受けているのかもしれません」と言って、煮汁を口にせず、パンだけを口にしたという。」

「「あなたはどこからやって来るのですか」と問われて、彼女はこう答えた。
 「かの世界からです」
 「どこに行くことになるのでしょうか」
 「あの世界へ参ります」
 「この世であなたのすることは何でしょうか」
 「ただこの世の無念を噛みしめております」
 「どのように」
 「この世の糧食に与かりながら、かの世界に係わることをなしているのです」
 「あなたは何と甘美なる言葉の使い手、あなたこそ、修道の場を総べるお方」
 「私自身、修行場の番人をしております。心の深奥にあるものは明かさず、外界にあるものはその内面に入りこませません。ここにやって来る人がいても、やって来ては去り、私とは何の係わりも持ちません。私は、我が内なる心をひたすら見守ります、花の外見の美しさではなく」」

「伝えられるところでは、彼女は絶えず悲痛の嘆きをもらしていたという。「外見の上では、何の原因もないのに、なぜ、嘆き悲しむのですか」と訊かれて彼女は答えた。
 「原因は胸の奥底にあるのです。医師たちではどうしても治せぬ原因が。私の傷口の膏薬は、彼(引用者注: 神)と一つに結ばれることのみなのです。何かと口実を見つけては、来世にあって目的に到達できぬものかと思案しています。実際に痛みがあるわけではありませんが、苦痛に呻吟する人びとに自分を見たてているのです。これが、最低限の務めというものでしょう」」



「バーヤズィード・バスターミー」より:

「伝えられるところでは、導師がある日、同志の仲間たちと共に歩いていると、狭い曲り角の所で一匹の犬がやってきた。導師は身を退き犬に道を譲った。それを見た弟子の一人の心の中に導師を拒否する気持ちが過ぎった。
 「至高なる神は人間をとりわけ尊厳あるものとしているはずだ。導師は神秘道の階梯を行く者たちの王といわれる方、これほどの高い地位と至誠の弟子を何人も擁する導師でおられるのに、人間である我らを差し置いて犬に道を譲るとはどういうことだ」
 導師が言った。
 「親愛なる者たちよ、犬が心の声で私にこう語りかけたのだ。久遠の昔、天地創造の始源、一体何の落度が私にあり、あなたにどんな特別な功績があって、私が犬の皮膚を身につけさせられ、神秘家たちの王の賜衣をあなたが身にまとうことになったのか、と。この思いが私の心奥に働きかけ、私は彼に道を譲ったのだ」」

「伝えられるところでは、バスタームの名士に一人の禁欲主義者がいた。彼に従う者は数多く、皆に受け入れられる人物であった。バーヤズィードの仲間たちの集会にも欠かさず出席していた。ある日、その彼が言った。
 「導師よ。三十年間というもの断食を続けながら、夜は夜で、寝ずに立ち通す行をしているのに、あなたが言う神智は私には影も形もつかめずにおります。とはいえ、私はその神智を信じておりますし、それをつかんでみたいのです」
 導師は答えた。
 「あなたが、たとえ三百年間、断食を続け、祈りを捧げても、その真なる英智の言葉の僅か一粒さえつかむことは叶わぬ」
 「なぜですか」と彼は問うた。
 「あなたが自分自身の我執によって目を覆われているからだ」
 「癒しの道はありますか」
 「私にはあるが、あなたはそれを受け入れまい」
 「言う通りにします。何年もの間、私はそれを求めてきたのですから」
 すると導師はこう言った。
 「今すぐに頭髪と髭を剃り落とし、着ている服を脱ぎ、粗末な布地の腰まきを締めなさい。それから、あなたのことが他のどこよりも知られている場所の隅に腰かけるのです。そして袋に胡桃を詰めて自分の目の前におき、子供たちを集めてこう言うのです。私を一度平手打ちする子には胡桃を一つ、二度平手打ちする子には二つやろう、と。それから町中を歩き回って、子供たちにあなたの首の後を平手でたたいてもらうようにするのです。そうすることがあなたの治療です」
 (中略)
 禁欲主義者は言った。
 「私にはそれはできません。別の指示を御命じ下さい」
 導師はこう答えたという。
 「あなたの癒しはこれ以外にはない、そしてあなたはそれを受け入れまい、と私は言ったはずだ」」




こちらもご参照下さい:

R・A・ニコルソン 『イスラム神秘主義 スーフィズム入門』 中村廣治郎 訳 (平凡社ライブラリー)























































































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Author:ひとでなしの猫
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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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