川村二郎 『イロニアの大和』

「つまり天人や鬼神は永遠の子供なので、普通の人間はだまされる経験を通じて子供から大人に成長、または堕落するのだが、天人にひとしい人間も時にはいて、だましだまされる関係についになじむことができない。」
(川村二郎 『イロニアの大和』 より)


川村二郎 
『イロニアの大和』


講談社 
2003年11月20日 第1刷
269p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,500円+税
装幀: ミルキィ・イソベ
装画: 「大和国明細地図」より(奈良県立奈良図書館所蔵)


「初出誌 「群像」 二〇〇二年六月号~二〇〇三年九月号」



川村二郎(ドイツ文学)生前最後の本です。著者にとって「最初の文学の導師」(『幻視と変奏』所収「バロックについて」)であった保田與重郎を論じています。


川村二郎 イロニアの大和


帯文:

「保田與重郎をめぐる大和文学紀行
国のまほろば大和の地に刻まれた、
無垢なる魂の悲惨と栄光。
悠久と無常の風土に保田文学の根源をたどる傑作評論。」



帯背:

「保田與重郎の大和」


帯裏:

保田を読み始めた頃は旅を嫌っていた若者が、老境に入って、旅の経験もかなり積み重ねてきたその蓄積の上で、保田の大和を眺めた時どのように見えるか、そのことをたしかめようとしたのがこの本である。いうまでもなく現実にはその土地は行政区画としての奈良県であって、そこにひそむ遠い過去の追想は、所詮幻にすぎぬかもしれない。しかし幻にこそ土地の神髄があると考えれば、現実の相はかえって虚にすぎなくなるともいえる。実にして虚、このイロニーの上に保田の大和は浮んでいると見た所に表題を置くいわれがあった。――後書より」


目次:

一 吉野
二 後南朝
三 神器
四 天誅組
五 十津川
六 山処
七 天平
八 山田寺
九 奈良
十 東国
十一 ヘルダーリン
十二 イロニー
十三 ゲーテ
十四 ナポレオン
十五 後鳥羽院
十六 ヤマトタケル

後書




◆本書より◆


「三 神器」より:

「光厳天皇を含め、持明院統の天皇たちが、おおむね消極的で控え目で、自己顕示衝動に乏しいのは、歴代の中でもとりわけなつかしく慕わしい印象を与える特徴だと思う。とりわけ光厳の徹底した受動性と謙抑からは、理想的な天皇というにふさわしい高貴さが輝き出ている。
 南朝の礼賛者からすれば、その消極性受動性は、まさに幕府の世俗的権力に庇護されているからこそ生じたもので、王者の尊厳とは何らかかわりないということになるのだろう。こちらとしては、下民の暴力さえもなすがままに受け入れていた光厳に、生れながらの帝王の至純の高貴さを見るのだが、見方が違うといわれればそれまでである。」



「五 十津川」より:

「信ずべきでないものを信じるのは、愚かといえばむろんいかにも愚かなことである。裏切られる、詐欺にかかる。いつでも裏切られた方、詐欺にかかった方が悪いのである。大方は私利私欲から怪しげな話に乗せられ、とどのつまりだまされたといって怒ったり泣いたりするのは、愚かを通り越して低劣のきわみである。
 しかしこれは人間世界での話にすぎない。「疑ひは人間にあり、天に偽(いつわり)なきものを」と『羽衣』の天人はいう。「情なしとよ客僧達。偽あらじと云ひつるに、鬼神に横道なきものを」と『大江山』の酒呑童子はいう。つまり天人や鬼神は永遠の子供なので、普通の人間はだまされる経験を通じて子供から大人に成長、または堕落するのだが、天人にひとしい人間も時にはいて、だましだまされる関係についになじむことができない。」

「顕官や高位の功臣をことさら批判したり軽蔑したりする態度は、保田には見られない。日の当らぬ、「人眼につき難い」場所にひそむものだけに心を向ける偏窟は、大和国中(くんなか)のひと保田の性分には全くそぐわない。ただ、真直なために世間の規格に合わず、否応なしに日かげの方に押しやられて行く、純真な、あるいは愚直な魂に、深い同情を寄せていたことは明らかである。」


「七 天平」より:

「仏教なり儒教なりの道徳的規制の枠を越えて、自由にまた自然に愛情の表現に身を委ね得た女性たちへ、保田與重郎はくり返し飽くことなく、鑚仰の言葉を捧げ続けている。遠くは額田王や石川郎女や坂上郎女から、近くは与謝野晶子や岡本かの子まで。この系列の中心には、いうまでもなく和泉式部がいるが、伝説の光明子も、この輝しい連環の一つとして表象されているだろう。
 『万葉集の精神』の中で、保田は和泉式部について激語を発している。

 和泉式部といふ女性は、愛情と恋愛を歌つた点で東西に比を見ないやうな偉大な詩人だつたが、彼は己の生命と肉身によつてさういふ思想をうたひ上げた。さうして彼は比類のない汚名をうけ同時に祭祀もうけたのである。この人間の汚名と神聖な尊敬の雑居は、彼女を神聖な創造のイロニーとした伝承上の意味もあつた。いづれの伝承も代々のインテリゲンチヤに指導されたものだが、旧い時代の人々が一端(ママ)公式の筆をとるときは、必ずこの可憐な菩薩の如き女性に筆誅を擅にしたのである。」



「八 山田寺」より:

「文学者の足跡を辿り、生家址や住んだ家や作品とかかわりがあるとされる場所やを訪ね歩く、いわゆる文学散歩の趣味は当方にはさしてない。作品は作品、なまの現実とは関係ないと、原則的に考えるからである。ただし原則には当然例外が伴う。大和のような土地は例外を誘い出す契機に満ちている。(中略)そのような土地に、ただ生まれたというばかりでなく、土地の意味を少年時から日常の感覚を通じて体得していた文学者が、保田與重郎にほかならない。彼の文学をめぐるための用意として、彼の生活のあった場をめぐるのは、ぜひとも必要なことではないまでも、心に始動のはずみをつけることではないだろうか、と思ったのだった。」


「十二 イロニー」より:

「「清らかな詩人は、現実と自己の対立を、或ひは自己と他人の対立をうめる便宜の方法としてデイアレクテイクもイロニーも発見し得ない。」
 「しかもここに於ける現実との距離、そしてかかる距離に妥協しないことこそ、清らかな詩人の本質である。イロニーもパラドックスも、しゃれも軽口も、真の詩人の世界ではそれを手段とすることはゆるされない。」
 『清らかな詩人――ヘルデルリーン覚え書』から引いたこれらの文章は、それが保田與重郎の言葉であるだけに、意外というのではないが、しばらく立ち止って思案させるほどの意味を含んでいる。
 周知の通りイロニーは、保田が濫用というべきほどに多用したドイツ語である。そしてそれがドイツロマン派経由で取り入れられたことも知られているだろう。フリードリヒ・シュレーゲルが推奨した、いわゆるロマン的イロニー。ただしさらにつけ加えれば、シュレーゲルがこれによって大方の悪評を買ったのと同様に、保田のイロニーも、胡乱な観念の迷走として、猜疑の目にさらされることをまぬかれなかった。
 ロマン的イロニーを最も辛辣に仮借なく批判したのはヘーゲルである。(中略)大体彼(シュレーゲル)が断章、断片を好み、思考の成果を整然たる体系にまで築き上げないことも、法外な綜合と体系の巨匠ヘーゲルにとっては、軽蔑と嫌悪の的でしかなかったろう。しかしシュレーゲルにしてみれば、はなから体系への依拠は念頭にないのである。(中略)いずれにせよ、主観性の誇示や仮象の偏重などが、ことさらに挑発的な表現でもって強調される時、ロマン的イロニーは、無責任とか恥知らずとかいった悪罵を浴びせられるのを避けられなかったし、それはシュレーゲル同様に保田にもめぐって来た運命だったといえる。
 だがシュレーゲルに保田が親しんだのは確かだとしても、イロニーに関しては、シュレーゲルとは別の筋道から、より啓発的な暗示を得たのではないかと考えられる。
 ヘーゲルはシュレーゲルのイロニーを「真剣」を欠いた「遊び(シュピール)」にすぎないと否認した上で、一般にロマン派の美学者と見られているゾルガーのイロニー論を積極的に評価し、シュレーゲルとは同日の談でないとまでいっている。」
「シュレーゲルのイロニーが、ヘーゲルの非難する通りに、自我を絶対化した「遊び」にすぎないかどうか、見る角度によってかなり見え方は異って来るだろうが、少くともそのように見られる要因を内包していることは確かである。ゾルガーのイロニーは、およそ「遊び」からは遠い、鬱々とした悲愴な熱気を孕んでいる。」
「保田はゾルガーについて特に何かを述べてはいないが、ゾルガーのイロニー論の解説を中心にしたオスカー・ベッカーの「美のはかなさと芸術家の冒険性について」という論文には、幾度か言及している。「美のはかなさ」というのは(中略)ゾルガーの用語で、(中略)美は理念の現前だが、現前する当の場は現象界よりほかにはない。すると(中略)理念は現象界(特殊性)に移行しその場を占有した刹那、無と化してしまうのだが、ほかならぬその瞬間が芸術の位置する場なのである。つまり芸術、ないし美は、誕生と死滅とを同時に経験する。それが「美のはかなさ」であり、ベッカーの考えでは、生れると同時に滅びるそのような芸術の現場に参与するのが、芸術家の「冒険」だということになる。
 芸術をもっぱら悲劇的な力動性の相のもとに見るこの芸術観は、当然のことながら、芸術作品の古典的な完結性とか、永遠の生命とかいった問題とはかかわらない。ヘーゲルのいう「無限の絶対的否定性」、理念が現実を否定し、しかし否定されて無と化した現実の、いわば無の力が逆に理念を否定し、俗なたとえを使えば相撃ちか共倒れのような恰好で、一切が崩れ落ち消えて行く、そんな苛酷な闘争の場が芸術の場であるとするならば、そこには幸福な完成や実現が恵まれよう筈もない。具体的な作品の成果に即していえば、ゲーテの豊かな充実、見事な均整はここからはるかに遠く、ゲーテが嫌ったシュレーゲル、ティークたちロマン派の、すてばちな自己解体の試みにより近いともいえようが、彼らの作にまつわる、時に耐えがたいまでに過剰な遊戯性や感傷性は、絶対的否定性にはおよそそぐわぬものといわねばならない。そのように考えると、シュレーゲル流儀のイロニーには全く無縁と思われるヘルダーリンが、この否定性のイロニーに最もふさわしい存在と思われて来る。
 初期中期はともかく、病患が彼の精神をむしばみ、徐々に闇の中へ引き入れて行った後期の詩作は、円満な芸術的調和の諧調をいささかもひびかせていない。言葉が脈絡を失って無秩序に散乱しているかのようで、理念が現実に衝突し粉砕された瞬間の、廃墟の情景もかくやと思わせるが、しかも散り散りの言葉は衝突で生じたような鋭く切りそがれた断面を示し、それが照らし合って異様に複雑な光芒を放つさまは、程よい完成の到底及ばぬ強烈な迫力をもって読者を圧倒する。」
「保田はヘルダーリンの個々の作品について批評を加えることはしていない。はっきり作品より作家を取る立場である。(中略)だから『清らかな詩人』は、まさに詩人論であって、詩論ではない。しかし保田自身が意図していたか否かは知らず、詩においてではなく、詩人の一身において現れるイロニーを、『清らかな詩人』は把握しているように思われる。
 よく知られている通り、ドイツ文学には教養小説というジャンルがある。ドイツ文学に限らず、他国の文学にも同じタイプの作品はいくらも見出されるけれども、世間知らずの愚か者が世間を知って賢くなるという定式は、やはりドイツに一等しっくりしているという気がする。つまり賢くなりたい愚か者の多い世界として、ドイツは一等表象しやすい。ヘーゲルとマルクスの弁証法にしても、その運動と発展の図式は、ドイツだからこそ生れ、ドイツだからこそ栄えたとも思えなくはない。ただの自分から、少しでも脱皮し向上して、新しい自分に生れ変りたい。まことにいじらしく、けなげな望み。しかし悪意をもって見れば、賢くなりたいというのは愚かさ故に抱く願望であり、そう願望すること自体が愚かさの証しだ、といってしまってもいいのである。
 ヘルダーリンの唯一の小説『ヒュペーリオン』も、(中略)教養小説の一つに数えることができる。(中略)しかし実のところ、神的な霊力に満ちたギリシャの自然に恍惚として身を委ねる主人公の資質は、初めも終りも変りないと思われるのだ。(中略)教養小説の枠組(中略)を示すにしては、主人公の自然への帰依は、一途に熱烈に、全体を覆いつくしてしまっていると見える。
 保田がヘルダーリンにおいて、「デイアレクテイクもイロニーも発見し得ない」という時、おそらくこのような、変化を知らぬ(中略)精神の資質を感じ取っているのである。ディアレクティクは愚か者が賢者に進化するプロセスを指し示すが、「清らかな」詩人は賢愚の区別を超越している。「清らか」というと、(中略)『パルジファル』の主人公である若者が、「清らかな愚か者」と呼ばれていたことが連想される。彼は苦難に満ちた経験を通じて、愚か者から神聖な宝を守護する王にまで栄達する。(中略)栄光に達するには経験が絶対必要条件として、欠かすことができない。しかし保田の心象におけるヘルダーリンの清らかさは、経験による成熟を前提としていない。
 詩人の一身において現れるイロニーと先程いったのは、この事態に即してのことである。
 経験から学ぶとは、言葉をかえれば、現実と妥協するということである。ディアレクティクとは、処世術として見るならば、妥協の方法の伝授にほかならない。ディアレクティクもイロニーも知らない人間、すなわち絶対的な「愚か者」は、現実から何一つ学ぶこともなく、その壁にぶつかってあっさり倒れ、無残に砕け散る。」
「ヘルダーリンはルカーチのいうようにジャコバンの理想に殉じたとしても、あるいは保田のいうように革命の大衆の精神に結びついていたとしても、それは現実の歴史に対しておよそいかなる有意義な結果をも生み出さなかった筈である。ルカーチの言葉をそのまま借りれば、
 「誰にも知られず誰にも嘆かれず」
 ひっそりと時代の片隅で、卓越した精神が閉じた生涯は、徒労にひとしい無意味、無だったと見えて来ても不思議はない。
至高の存在が地上で無に帰する瞬間を、深い哀しみをこめて眺める、その視線がイロニーだとするならば、まさしくこのイロニーの視線でもって、保田はイロニーを欠いた「清らかな詩人」の運命を見据えているのである。」
「白雪姫が毒林檎を食わされて死ぬ。赤頭巾は狼に食われて死ぬ。前者は林檎を吐き出してよみがえり、後者は漁師が切り開いた狼の腹から飛び出す。しかしこの種の話の背景には、母に殺された娘、狼に食われて、または狼にひとしい男に襲われて死んだ少女が、数限りなくいたにちがいない。語り手がその悲惨を見えすいたハッピー・エンドで糊塗するのは、むしろ悲惨が骨身に沁みているからである。
 ゾルガーが芸術の生れる場として想定する、理念の無化される瞬間とは、このような窮極の悲惨が発現する刻限なのかもしれない。そのイロニーの機微をそのままに移しているとはいえぬまでも、保田が心をこめてかかわりを深めて行く対象のありようには、共通の類型がある。すなわち、無垢なるものがほかならぬその無垢故に、汚泥にまみれるという構図。」



「十三 ゲーテ」より:

「死んで腐った犬の骸が、「腐肉に集る禿鷹のやう」な衆人の環視のもとで、散々に罵られ呪われ侮辱される。その無残な獣の死屍が、イエス、すなわち救い主あるいは神による歯の白さの讃美によって、いわば聖化される。地上から天上へ高められる。しかしたまたま神の眼が注がれるという僥倖に恵まれなければ、あるいは恵まれたにしてもそれが、さすらう神の旅路の一瞬にすぎなかったとすれば、荒天の雲を洩れた陽ざしが消えた後のように、一層黒々とした屍の陰惨が際立つにちがいない。その時天上に高められたものは地へ突き落されている。
 こうしたイロニー的状況が、次のような感想を保田から引き出す。犬の歯のたとえられた「真珠といふのは、単なる形容でなく、(中略)それは高貴の象徴であつた」と述べたあとで、保田はこういう。
 「本源的な愛と人倫を否定するための悪い材料は、今日多数に見られるであらう。しかしその自然を現はしてゐる材料はさらに多く、又多くは神の如くに眠つてゐるのである。眠つてゐるといふのは、外に広告せず、しかも現実に耐へ忍んで人倫の秩序を支へてゐる意味である。いつも現実の苦難を己一身に耐へるといふことが、美にして聖なる事業と振舞の第一歩である。」
「戦後間もない頃の執筆とすると、これは保田の生涯において最も闇の深かった時期である。自分を死んで罵られる犬と思いなして、少しの不思議もない時である。もちろん自分がそうだなどと、あからさまにいっているわけでは全くない。ただ、「現実の苦難を己一身に耐へる」といい、さらに、他人の愚かさや頑なさや醜さ、その結果として生じる不幸を、すべて自分の負目として荷うのが詩人の務めだ、という具合に言葉を継ぐ時、時代の犠牲という自己認識は覚悟の形で内心にひそんでいたにちがいない。
 すると「神の如くに眠つてゐる」という、ことさら不可思議の匂いの濃い一句は、どのように解かれ得るか。」
「ヘルダーリンの『エーゲ海』に、ギリシャの神々が、人間の問いかけにもはや答えないことを嘆く一節がある。

 ……星のもとで度重ね
 私の胸を迷妄が 気疎い風のように襲うゆえ
 私は忠告を求めるのだ。すでに長らく求める者に
 ドドナの社は慰めの預言を告げず
 デルポイの神は沈黙している。」

「グンドルフは「ヘルダーリンの『エーゲ海』」で、この悲調はそれにもかかわらず決して絶望ではない、「神々は眠っている」ので、眠る神をめざめさせ、神の啓示を讃えるのが、「見者」たる詩人の仕事なのだといっている。とはつまり、覚醒を促す人間の関与がなければ、神は死にひとしい眠りのうちに沈んでいるよりほかないのである。先に引いた一節の少し後に、
 
 天上の神は感受する人間の心に宿るのを好む
 
 という一行がある。人間の感受が神の存在を保証する。感受を待って神は眠る。それがヘルダーリンにおける、時代の悲惨の中での高貴な精神のありようということになるだろう。
 保田がグンドルフのいう「神の眠り」を思い浮べていたかどうかは分らない。しかし前文からのつながりで考えるなら、神の如くに眠るものとは、感受され、真珠のような歯の白さを讃美されることを待ちながら、横たわっている犬の屍ではあるまいかと思われるのである。」





こちらもご参照ください:

高橋巌 『神秘学序説』




川村二郎











































































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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