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唐十郎 『少女と右翼』

「「ねえ、あたしたちは鬼ね。村の人から見たらこりゃ鬼よ。明日の朝には叩き殺されかねないから」
「夜が明けるまえにここを出よう」
「鬼が逃げるのよ」
「あゝ」
「でも、あたしたち、こんなことをしていると、いつか本当に鬼になるかしら」
「あゝ」
「この国ではこんな伝えがあるのよ。幽鬼を追いかけるといつか本当に幽鬼になるって」
「なってもいい」
「なろうね」
「あゝ」」

(唐十郎 『少女と右翼』 より)


唐十郎 『少女と右翼 〈満州浪人伝〉』

徳間書店 昭和47年5月15日初刷
254p 四六判 角背紙装上製本 カバー 定価690円
装幀: 和田豊
絵: 高畠華宵 (高畠華晃氏提供)



唐十郎の長篇歴史冒険純愛小説。


少女と右翼1


目次:

少女と右翼 〈満州浪人伝〉
 右翼の伝説
 白髪海峡を越えて
 カラスの夜化粧
 黒龍江の少女
 カンナの花咲く村
 呪いの饅頭
 女の髪に火がついた
 死臭の紅塔
 満州の百円横丁
 暗闇の芝居
 黒髪すだれ



少女と右翼3


本書エピグラフ:

「これは歴史を偽造するものである
つまり見てきたような嘘だから
だから歴史的時間のお手玉だ」



本書より:

「内田良平、別名内田硬石(こうせき)は、黙ってシラミを机の上に置く。懐手で人を斬る頭山満(とうやまみつる)と並んで、大陸雄飛の大立者であったが、なぜか孫文等、中国革命党員が述べる革命援助者の日本人リストからは外されている。
この黒龍会の大うわばみは、建設中のシベリヤ鉄道を、単身、ウラジオからペトログラードまで徒歩で往復し、何物かにとりつかれた。赤い鬼火の燃える満蒙の処女地を横切りながら、満州おろしの中で何物かと固い契りを交したものの、そして、それが黒龍会の秘めたる謎であったにも拘らず、内田硬石はそれ以来、裏切りの激流にのまれるのだ。
陸軍の明石参謀と同じ筑前の人でありながら、大東亜の夢破れた焼跡の地を、二つの国の何処にも死場所を見つけられなかったこの男が、この男の無数の影が、鉄条網や焼けたレンガの焼跡を、未だに徒歩で往来した満州と思い込み、彷徨(さまよ)っているのを、上野の山からカモを見つけて降りてきた不良少年たちは目撃しなかったであろうか。
路地のあちらこちらにうずくまっている爆弾あられ屋であったり、四角い水色のキャンデー屋であったり、あるいは海水パンツを持たずに、フンドシ一丁で隅田プールに通う無口な男であったり、炎天下の中をふらつきながら、もう目も頭もバカになっているのに、今でも、死場所のありかを想起しようとするようなエチュードばかりをくりかえしている。」

「その頃、我が父、内田硬石は、オカマ長屋の物干し台で、クレゾールづけした飯盒の米粒をピンセットで、一つまみ、一つまみ、口に放り込んでいたのである。
あらゆる歴史の夢が、あらゆる正義の息づかいが、彼には不潔に思えていた。長屋のオカマや女衒(ぜげん)からさえも、気違い扱いにされながら、独り、くずれかかった物干し台の上にその居を定め、たかが五十年の人生に、寒空の何万光年とも云うべき星座を比し、潔めんとした。だが、星座よりも肉体はもっと重い。その肉体自身が既に腐りかけている。死場所では、肉体が風化するのに、ここでは悪い夢ばかりを刻む。少女ならば、悪い夢のテクニックとそのぶんなげ方を十二歳でおぼえてしまうのに、彼は今初めてその攪乱にかかった。数学者ルイス・キャロルが、少女の十二枚の写真をあつめて、それをこよなく愛好し、そしてアリスが立ち向うトランプの赤の女王に、ここでは、同じところに居られるためには、普通の二倍の速度で走っていなければいけないのよと云わせた、あの攪乱の力学に耐える術は、黒龍会の規約にはなかったのである。」

「彼らには、親分、子分のしきたりなく、常に盟友として、各々、各地にとぶかと思うと、とんでもない獲物を片手に、はせ集まる。社と云っても、使うものとその部下があるわけでなく、右翼と云っても右翼的なテーゼがあるわけでない。無節操で、無定見で、左翼の巨人と会った翌日には政界の凄い黒幕と会っていたりする。それが、予めお膳立てしたマキャベリズムと云うのでは決してなく、音も匂いもなくこの地上から抹殺された筑前の宿怨が、反骨とそして、万葉、古事記の孕んでいる共棲の美学を媒介に、福岡の地に忽然として花開いたのだ。
彼らの原像は、遡って、須佐之男命までゆく。浪人というものの、系譜を辿ると、根源は須佐之男命にゆくらしい。フロイト流に云うならば、この母なし子のイドの源は、大過去の、何千年という時と、今は見えない地の涯てをおぼろに辿り、海を越えた彼方、黄泉国(よみのくに)とか、朝鮮に向い、そこをさえ突き抜けて未だ見ぬ国、紅いの約束の地、つまり、西洋からも清国からも見離されている満蒙の地に往きつく。本能的な共棲志向と大陸への思慕にからまれて。
これが玄洋社の右翼浪人の魂である。それが、明治のナショナリズムの勃興期に、炭鉱夫や、風喰らい芸人などと共に生き、再び、土着的な方向に動いてゆく。」

「内田良平は時間の罠にはまってもがく。こうして彼は、早く夢を見過ぎてしまう病いにかかる。そして夢の通り以上に現実は一つも意外であったことはないように。黒髪が瞬く間に白髪になってしまうのを目撃した男にもう驚かすものは何もない。木の芽を見ると枯木が見える。少女を見ると、老婆が見える。風に吹かれてもそこに悪意を感じる。こうして一夜のうちに黒髪も少女将軍もその一家も去った。駈けてゆく黒髪の向こうに、燃える大きな塔。誰もまだ行ったこともない北の、また北の果てにあるオテナの塔。決して白髪になることのない黒髪の少女が、駈けてゆくその不死の国こそ、彼がいくつ夢を見てもたどりつけない秘境であった。」

「「どうだね、内田。この女をいつ俺に返してくれる」
「この泥をかい」
「泥がどうしたと?」
「カンナの村で鮒を喰ってから、この女の素姓は泥に見えるのさ」」

「「おまえを誰が売ると云った」
「だって泥のようにこねくりまわしてもいいってあの男に云ったじゃないの」
「あの銀次におまえの鱗がはがせたらの話だ」」



少女と右翼2


カバーを外してみた。










































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

すきなことば: 「だれもいない」「ギブアウェイ」「ウポポイ」「隠密」
きらいなことば: 「人と人とのつながり」「キャリアアップ」「ほぼほぼ」「三密」

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。
歴史における自閉症の役割。

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