クレイグ・クルナス 『明代中国の庭園文化』 (中野美代子/中島健 訳)

「こうした「清高」の理想は、とりわけ文徴明および蘇州の一部庭園における果樹生産と結びつき、世俗的なものからの努力なしの離脱や欲得なしの撤退を彷彿させる。とはいえ、それは世俗的世界への再参加あるいは再介入の機会を生むようにもはたらく。その場合の再参加あるいは再介入は、離脱することなしで手に入ったものよりも、はるかに強い影響力と結合力があたえられるであろう。」
(クレイグ・クルナス 『明代中国の庭園文化』 より)


クレイグ・クルナス 
『明代中国の庭園文化
― みのりの場所/場所のみのり』 
中野美代子+中島健 訳


青土社 2008年8月10日第1刷印刷/同20日発行
267p(本文中別丁カラー図版14p) 原註・文献目録35p
A5判 丸背紙装上製本 カバー 
定価3,800円+税
装幀: 高麗隆彦



本書「訳者あとがき」より:

「本書は、Craig Clunas, Fruitful Sites: Garden Culture in Ming Dynasty China (London: Reaktion Books, 1996) 240pp. の全訳である。」


中野美代子 クルナス 明代中国の庭園文化1


帯文:

「フルーツフル・ガーデンを求めて
幽玄、瞑想的、平安そして広大な宇宙観が投影された悠久の空間とは、中国庭園に抱いてきた根強いオリエンタリズムの幻想。されば実際の庭園とは如何なる場所だったのか。さまざまな相貌を持つ庭園の実像を、絵画・文学から園芸・植物学、風水そして政治・経済的側面まで踏まえ自在に論じつくし、固定観念を粉砕する第一級の空間論・文化史。」



帯背:

「桃源郷の実像」


帯裏:

「誰が庭園を所有したのか。そこを訪れたのは誰か。庭園の美学とはなにか。
絵画や詩に庭園はどう描かれたのか……。
豊かで錯綜する文化現象を、蘇州の庭園などに探る。

クレイグ・クルナス Craig Clunas
ロンドン生まれ。中国研究。ケンブリッジ大学卒業後、シカゴ大学客員教授、サセックス大学教授を経て、現在はオックスフォード大学教授。中国美術関連の著書多数。」



目次:

はじめに

I 果樹の庭園
 江南のまち蘇州
 拙政園
 果樹の庭園

II 美学の庭園
 皇帝の庭園
 貴族社会の役割
 庭園文化の拡大
 明末の蘇州
 草木・岩石・ぜいたく品
 袁宏通『園亭紀略』あらまし
 伝統農業の復活
 美学の勝利
 アクセスおよび世捨て

III 文一族の庭園
 文徴明の人物像
 文徴明の著作
 文一族の資産
 公共の景観

IV 庭園の表象
 庭園はどう語られてきたか?
 庭園遊行と地図作成(マッピング)
 庭園内のネーミング
 庭園を絵に描く
 庭園についてのテクスト

V 庭園の数字
 風水と土地
 測量と地図作成(マッピング)
 数字のステータス
 所有権の美学

おわりに

訳者あとがき (中野美代子)

文献目録
原注



中野美代子 クルナス 明代中国の庭園文化2



◆本書より◆


「III 文一族の庭園」より:

「こうした「清高」の理想は、とりわけ文徴明および蘇州の一部庭園における果樹生産と結びつき、世俗的なものからの努力なしの離脱や欲得なしの撤退を彷彿させる。とはいえ、それは世俗的世界への再参加あるいは再介入の機会を生むようにもはたらく。その場合の再参加あるいは再介入は、離脱することなしで手に入ったものよりも、はるかに強い影響力と結合力があたえられるであろう。かくして、「清高」を強調すること、いい換えるなら、生活には経済がつきものという事実を認めることへの拒否という行動様式が生まれる。明代においては、生活経済は、圧倒的に、土地あるいは土地化した資産からもたらされた。「清高」という概念は「隠棲」という意味を規定するものでもあるが、一種の世俗的な、かつ非超越的な「聖性」として理解できるかもしれない。
 ピーター・ブラウンは、古代後期の東ローマ帝国におけるこの現象について、こう述べている。
  聖人の生活は、……芝居じみた苦行によって特徴づけられているので、一見しただけでは、禁欲の社会的な深い意義を見すごしやすい。禁欲とは、長期にわたって人との交わりを断つ厳かな儀式であり、つまりは異人になることなのだから。まわりの社会にとって、聖人とは、家族や経済的利益の絆にしばられずにいることができる人であり、(中略)親族や村とのあらゆる絆を放棄するものであった。
 明代のエリートにとって、苦行は不快そのものであり、いっぽう家族との絆の厳しさは理屈の上ではしんどいものであったろう。しかしここでは、聖性についてのブラウンの理解が役立つ。ここでいう聖性とは、非強制的なタイプの力と密接に結びついたものであり、また俗界における個々人の些細な行為、あるいはばかでかい介入によって施行される権威や影響力がゆっくり積みあげた宝庫とでもいうべきものである。「高邁なる隠者」に道徳的な「てこ」をあたえたのは、日常からの分離であった。すなわち「隠者とは、その時代でもっとも魅力ある活動に積極的に参加した、自意識に目ざめ、高度に道徳的で、しっかり教育されたエリートのことをいう」のである。現存する拙政園を「つくる」のにだれよりも手を貸した人物すなわち文徴明ほど、完全に明代の「清高」のいとなみを体現したものはいなかった。」



中野美代子氏による「訳者あとがき」より:

「本書は、中国明代の「庭園」史を意図したものではない。著者の意図の一端は、本書のサブ・タイトルにみごとに託されていると思う。
 “Fruitful Sites”とは何か? “fruitful”とは、第一義的には、文字どおり「果実がよく実る」である。そこから、「豊かな」とか「よい結果をもたらす、効果的な」といった派生義を生む。“site”とは、建築物のような人工物(アーティファクト)がかつて存在した、あるいはいま存在している「場所」である。
 著者が考察の対象としてえらんだ蘇州の「拙政園」は、王献臣(一四九三進士)が創建した庭園であるが、「拙政」というへんてこな名称の由来は、よく知られているように、晋の潘岳(はんがく)が仕官しても志を得なかったので、「室(すまい)を築(た)てて樹を種(う)え、園(はたけ)に灌(みずそそ)ぎ蔬(やさい)を鬻(ひさ)ぐ、これもまた拙き者の為政(まつりごと)なり」といったことによる。つまり、垣根で囲ったはたけで野菜づくりをし、それをほそぼそと売って生計を立てた、というのである。それも、官界で出世できなかった者の「為政」かどうかはともかくとして、「灌園鬻蔬(かんえんしゅくそ)」の伝統が、そっくり王献臣の「拙政園」にも引きつがれていることにクルナス教授は注目する。王献臣と親しかった文徴明(一四七〇~一五五九)の「拙政園記」を分析し、そこに果樹がどれほど生えていたか、それでどれほどの収益があったであろうかを、さまざまな農業・果樹史の関係書を参照しつつ論証する。果樹だけではない、樹木や池の魚の経済的価値まで俎上に乗せられる。まさしく“fruitful garden”だったのである。
 「伝統的な中国文化」において永遠に変わらぬ定数(コンスタント)たる陶淵明のような文人が確立し、無限にくり返されるパターンとしての「隠退」あるいは隠者のすがたは、もうたくさんだ――と、クルナス教授はいう。そして、「拙政園は、特有の土地管理とりわけ造林技術のおかげで、創設時に投資した大量の資本を貯え保存している、富の蓄電池(バッテリー)であると理解できるであろう」と。」
「そんな“fruitful garden”も、十六世紀後半になると、果樹や樹木の生産性よりも、エクゾティックな樹木や高価な石などを置くことに傾斜する。つまり、ぜいたくな消費である。とはいえ、ほんもののぜいたくとは、気むずかしい嗜好をバックボーンとしているので、(中略)成金の俗な見せびらかしには似ない。」
 「つまりは、庭園という場所それじたいが、何も生産はしないが、ぜいたくな消費として「意識的に建造され美的なものとして受け入れられる人工物(アーティファクト)」となった。それはそれで、庭園という不動産にほかならない場所の、ひとつの勝利であったろう。
 かくては、クルナス教授の Fruitful Sites とは、果樹などの「実りゆたかな場所」であったものが、やがて場所それじたいの「美的価値のゆたかさ」の意へと変化したことをも内包しているであろう。訳語を「みのりの場所/場所のみのり」としたゆえんである。」





























































































































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

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将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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