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坂崎乙郎 『夜の画家たち』 (講談社現代新書)

「……たぶん、私はそう永くは生きられないだろう。でも、それは悲しむべきことだろうか。祝祭は、それが永くつづいたからといって、はたして美しいといえるだろうか。私の人生は祝祭だ。短く、華麗な祝祭なのだ。」
(パウラ・モーダーゾーン=ベッカー)


坂崎乙郎 
『夜の画家たち
― 表現主義の芸術』

講談社現代新書 519

講談社 
昭和53年9月20日 第1刷発行
237p 
新書判 並装 カバー 
定価390円
装幀: 杉浦康平+鈴木一誌



本書「あとがき」より:

「『夜の画家たち』がはじめて本になったのは一九六〇年です。当時、私は二年間のドイツ留学を終えて帰国し、留学中感銘をうけた表現主義の画家について、折りにふれ雑誌「みづゑ」や「美術手帖」に文章を発表していました。」
「『夜の画家たち』が再版されたのは一九七〇年、造形社で、その後久しく版を断っていました。
 その間、表現派の展覧会をはじめとし、(中略)表現主義に関する文献もかなり出版されるようになりました。」
「表現主義についてはわが国でも今後すぐれた研究が発表されるのではないか、と思います。その意味では、本書はほんの輪郭を引いたにすぎないのかもしれません。しかし、いまとなっては二度と書けぬであろう、本書にこめられた青春の文字ゆえに、あえてそのまま新版にしていただくことにしました。ただし、紙数の関係から、初版および再版の「表現主義とは」、「生のアラベスク――ムンクI」、「表現主義の版画」は割愛しました。」



本書の「まえがき」と「あとがき」は、新書化にあたって新たに執筆されたものです。
本文中図版(モノクロ)多数。


坂崎乙郎 夜の画家たち 01


カバー文:

「激しい感情表出、鮮烈なタッチと大胆な色彩、
死とエロスの、霊と肉の赤裸々な相剋を伝える緊張と孤独――
北欧のムンク、スイスのホードラーを先達とし、
ドイツに実を結んだ表現主義ほど、
自我と世界の悲劇的対立を
尖鋭に浮き彫りにした芸術運動はない。
フランス絵画主流の従来の絵の見方のみならず、
カンディンスキー、クレーを育む
現代芸術のひそかな間道として、
〈ブリュッケ〉〈青騎士〉を中心とする表現主義芸術に光をあてた本書は、
今日の芸術を考えるうえでの新たな視点を提供する。」



カバーそで文:

「「右手首のない自画像」――真新しい軍服をまとった画面の男。
そのえぐり取られたような肉の落ちた容貌と
ふかすでもない煙草をくわえた口もとの、ぞっとするような自嘲……
この男はだれでもない、あきらかに「私」である。
「私」は若い芸術家である。しかも、「私」には天才の自負がある。
使命がある。この天才が、本来の使命を棄てて、
世界の暴力沙汰の員数合わせに駆り出されることは、なんという矛盾。
だから見よ! 画面の男は鮮血のしたたる手首のない右腕を掲げている。
“斬り落されたのかって? 冗談じゃない。斬り落したのさ。
いいかい。絵筆を握るこの大切な右手を、自分でね”。
このキルヒナーという画家は、なぜこんな血のしたたる右腕を描いたのであろうか?
――本文より」



目次:

まえがき

1 アルファとオメガ――ムンク
2 実在と影――ホードラー
3 わがための祝い――モーダーゾーン=ベッカー
4 地霊――ノルデ
5 運命を占う人――ココシュカ
6 ダス・ジムボール――キルヒナー
7 ペーネロペイアの布――ベックマン
8 形体の闘い――マルク
9 青の異端――青騎士とカンディンスキー
10 線と秘法――クービンとクレー

表現主義主要文献
あとがき



坂崎乙郎 夜の画家たち 02



◆本書より◆


「ダス・ジムボール――キルヒナー」より:

「一九三七年、キルヒナーの作品は、ナチスによってドイツの美術館から追放され、そのうちの三二点が“頽廃美術展”のさらしものにされた。このころ、あらたに昂じた結核の病苦と経済的な苦境に悩まされていたキルヒナーにとって、これは絶望への宣告となった。彼は極度の神経衰弱にかかり、翌三八年七月、みずから生命を絶ったのである。この破局的な晩年を、わずかに残った友人たちでさえ、だれも救うことはできなかったという。
 自己中心的とまでいわれたほど自我の強い彼、そして未来の絵画を摸索してたゆみない手法の精進をつづけた彼も、病魔、貧窮、悪意ある無理解という三重苦には、ついにうちかつことができなかったのであろうか? ――いや、圭角のある鋭い個性だけに傷つきやすく、折れやすかったのかもしれない。」
「ゴッホ、ムンク、アンソールなど現代絵画に共通の寄与をもたらした画家たちは、その生涯に一度は直面しなければならなかった破局がある。(中略)あるいは正常な理性を奪われ、または神経を寸断され、さらには重い気鬱症におちいって、狂気の世界をさまようのである。
 彼らの鋭敏な感受性に共通しているのは、自我に対立する世界への執拗な懐疑、自己を含む存在一般へのたえまない不信、そして自我と世界との悲劇的な無縁さの自覚であろう。彼らの画面の眼もあえかな構図も色彩も、実は自我と世界との葛藤の赤裸々な表現であり、対象に激突して砕け散る自我の火花の大胆な抽出にほかならない。しかもその画面は美しい。彼らが正気と狂気との境からもたらしてくれたものは、狂気を知らない人間を戦慄させ、嫌悪させ、やがては驚嘆させ、納得させるほど美しいのである。
 キルヒナーは、おそらくこのような系譜をつぐ画家の一人であろう。それにしても、五十八歳の自殺とはいったいどういうことであろう? ――悲惨である。(中略)この章の初めにみた血にまみれた右腕の自画像から、まさに一直線につながるキルヒナーの悲惨な末路に、私は、主観表出にすべてを賭ける表現主義絵画の、悲劇というほかはない特質と限界の一典型をみるのである。」



「線と秘法――クービンとクレー」より:

「第二次大戦後しばらくして、クービンの作品展がオーストリアで催されたときのことである。会場には数多くの作品が飾られてあったが、なかで「軍馬」(一九五二年)と題する作品が、ある日、何者かの手によってひそかに運び去られてしまったのである。軍馬は、題こそ勇ましいが、これはけっして戦場に赴く颯爽とした馬を描いたものではない。逆に戦闘によって痛めつけられ、飼葉もなく痩せ衰えて、物におびえながら廃虚のたそがれをさまよう脱落の馬である。もしかすると、かれの瞳孔は火焔に焼かれ、鼓膜は爆風に引裂かれているのかもしれない。そうろうとして運ぶひづめの下に、この哀れな生物は、いくばくもない自己の余命を乏しく計っているのであろう。いうまでもなく、これは第二次大戦がもたらした生々しい戦禍の爪痕である。制作年代は一九五二年であるから、むろんオーストリアでは、戦後のもっとも呪わしい時期は終わっている。ではなぜ、こんな悲惨な絵が盗まれたのであろう?
 犯人は、展覧会の一見物人にすぎなかったが、後日捕えられたとき、「僕はこの絵を売ろうなどという意志は毛頭なかった。ただ、会場で僕はこの馬の惨めさに惹かれたのだ。いとおしく思い、フラフラと盗んでしまった。僕は自分の部屋にこの馬を連れてきて、たった二人きりで座っていたかった」と、つつましく答えたという。
 戦争の悲劇を、人間の悲哀を知らない者が、はたしてこんな病馬の絵に心を奪われるだろうか? ――半世紀におよぶクービンの永い芸術的生涯は、こういう、時代に悩み、生をいとおしむ無名の人びとの、もっともインティメートな交感によって支えられたと思うのである。」






































































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うまれたときからひとでなし
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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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