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坂崎乙郎 『反体制の芸術』 (中公新書)

「芸術家もしくは制作者は、もともと反体制の側にあり、いわゆるアウトサイダーです。」
(坂崎乙郎 『反体制の芸術』 より)


坂崎乙郎 
『反体制の芸術
― 限界状況と
制作のあいだで』

中公新書 202


中央公論社 
昭和44年10月25日 初版
昭和48年7月20日 2版
208p 
新書判 並装 ビニールカバー 
定価280円
装幀: 白井晟一



本書「あとがき」より:

「『反体制の芸術』は中央公論社の竹内一郎氏にすすめられて書いたものです。はじめ、私はナチスの第三帝国における芸術弾圧とその犠牲者たちの姿をできるだけくわしく浮き彫りにするつもりでおりました。表題は「頽廃芸術」です。
 ところが、竹内氏とお話ししているうちにこの主題をも少しひろげて、いわゆる体制側とこれに抵抗する芸術家のありかたを、歴史的に調べてみようということになりました。
 芸術家もしくは制作者は、もともと反体制の側にあり、いわゆるアウトサイダーです。芸術作品が教会や貴族・王侯、ひいては国家に奉仕していた時代はともかく、十九世紀以降、芸術家は、なによりも制作の自由に彼の真の姿を求めています。
 しかし、体制という権力組織がいつの時代にも存在している以上、芸術家はこれとつねに対立・拮抗せざるをえません。現代もまた権力の時代なのです。したがって、私がここにあげた農民戦争、ナポレオン戦争、ナチス・ドイツの時代、あるいはハンガリー動乱の時期の芸術家の反体制の姿勢が、もしも、今日のわが国の芸術家の正確な状況判断に少しでも役立つならば、幸いです。
 なぜなら、産業資本という新しい権力構成と、団体という古く因習的な権威主義のあいだで、真摯な芸術家は今こそもっとも苦しい自分の道を切りひらいていかねばならないからです。まして、一九五六年のハンガリー、六八年のチェコ、そしてベトナムと考えてきますと、私たちのおかれた状況も明日しれぬ政治権力の掌中にあります。」
「徹底した個人主義を重んじ、非政治的である私が、二ヵ月のあいだこのテーマにとりくんだ現在、はっきりと断言できることは――もはや安定したブルジョア社会からは芸術はなんの生命力もえられはしない――といった素朴な確信でした。その意味で、本書は『夜の画家たち』――『幻想の建築』につづいて、私のもっとも愛着ある一冊となるはずです。」



章扉図版(モノクロ)11点。本文中図版(モノクロ)45点、図1点。



坂崎乙郎 反体制の芸術



帯文:

「権力組織と因襲のなかで、自らの道を切り開いた芸術家たち」


帯裏文:

「農民戦争に加担して極刑に処せられたラートゲープ。ナポレオン戦争の惨禍が課した苛酷な命題にとりくんだゴヤ。スペイン戦争の真実を直視して大作『ゲルニカ』を描いたピカソ。体制非協力のゆえに「頽廃芸術」のレッテルを貼られて追放されたコールヴィッツをはじめとするナチス政権下の画家たち。その他、十六世紀から現代まで、権力の暴威のまえに立たされた芸術家たちの歩んだ道をたどり「政治と個としての人間」を考える。」


目次:

序章 農民戦争から現代まで

第一章 農民の画家ラートゲープ
「ラートゲープは体制に屈して、虐殺された。が、彼の祭壇画はいまなお光を失っていない。」
 悪魔と神
 ヘルレンベルクの祭壇画
 絵筆か剣か

第二章 リーメンシュナイダーの手
「リーメンは両手を砕かれてのち、六年間生きつづけた。愛だけが彼の唯一の信仰であった。」
 ルネッサンスと宗教改革
 血の祭壇
 裏切りか愛か

第三章 『農民戦争』
「私がプロレタリアの生活を描いたのは、彼らの生活が単純かつ無条件に美しいと感じたからです。」
 ケーテ・コールヴィッツ
 死・陵辱・捕われた者
 敗者の論理

第四章 ゴヤの『カプリチョス』
「宗教裁判所の目をのがれ、ゴヤの体制批判はまず辛辣な『カプリチョス』にあらわれはじめる。」
 理性が眠れば、妖魔がめざめる
 社会の上層階級にたいする批判
 真実をあばく筆

第五章 ゴヤの『戦争の惨禍』
「『戦争の惨禍』は政治と絵画の接点であり、ここでは現実のポジとネガが密着している。」
 ナポレオン戦争
 状況の絵画
 芸術は運命である

第六章 ナチスの「頽廃芸術」展
「ヒトラーにとって、芸術家は存在しない。彼は自分の夢を殺したように、あらゆる芸術家を弾圧する。」
 九つの弾劾
 頽廃芸術の意味
 集団的ナルシスム

第七章 『この人を見よ』
「政治的な見識をもつすぐれた芸術家のジャーナリスティックな仕事――これこそ重要だ、と僕は確信する。」
 素描家グロッス
 敗戦のもたらすもの
 レアリスムの袋小路

第八章 シュレンマーの『窓』
「シュレンマーの一生は現実空間から抽象空間へ、抽象空間から象徴空間へのさすらいであったろう。」
 空間における人間
 国外亡命と国内亡命
 象徴的空間

第九章 『ゲルニカ』
「ゲルニカの悲劇はつづいている。なぜなら、ピカソの作品は時間・空間をこえた普遍的記号であるのだから。」
 その悲劇
 その形態
 その静けさ

第十章 フォートリエの『人質』
「『人質』は自分の内部にひそむ否応のない暴力にたいする、絵画による徹底した自己検証の結果であるというべきか。」
 レジスタンスの絵画
 人間が人間を拷問する
 肉片

第十一章 『戦車の戦い』
「私たちはつねに反体制の側に身をおかねばならない。理念的であろうと、行動的であろうと。」
 幻想的レアリスム
 レームデンとハンガリー革命
 ホアン・ヘノヴェスの視点

あとがき




◆本書より◆


「第九章 『ゲルニカ』」より:

「のちに、この痛ましい無差別爆撃は直接的にはナショナリストの典型ビダール・エミリオ・モラ将軍の指令を、ドイツ・コンドル兵団が忠実にはたしたことが明らかとなったが、もとよりフランコがそれを知らないはずはない。一九四六年、ゲーリングはドイツ軍がゲルニカを試射場とみなしていた事実を確認しているが、なるほど裏切りが政治の合理とはいえ、これはあまりに陰惨な行為であるとしかいいようがない。
 『ゲルニカ』の悲劇をより詳細に伝えるヘルマン・ケステンの文章を引用してみよう。
 「どうでしょう! 飛行機が、もう防空壕にもいたたまれなくなって逃げまどう人びとめがけて、機銃掃射をあびせているではありませんか。ゲルニカの教会のまえには広場がありました、羊の市場です、柵のうしろには羊たちが群らがっていました。飛行機は、この羊たちにも機関銃のたまをあびせかけたのですよ。それで、羊たちは、どうにもしようがなくなってメエメエなきながら死んでいきました、子供たちとおんなじように。そうして、吠えつづけていた犬たちも倒れて、もう吠えなくなりました。それで飛行機は、こんどは家畜市場の、鳴きわめく家畜たちに機銃をあびせました。牛たちは、やさしい目をした羊たちは、倒れてもう鳴かなくなりました。あいつらは、人間にも、この家畜たちとおんなじように、機銃掃射をかけました。どれもこれもみんな、あの連中にはおなじことだったのです。(中略)耳をつんざくような、あのものすごい物音のあとにきた静けさ、おそろしいほど静かでした。それまでの百倍もこわくなったほどでした。そうして――自動車の破片が屋根のうえに、屋根が庭に。もえさかる木立ち、こわされた窓、爆弾でくしゃくしゃになった家々――屋根のてっぺんから地下室までぱっくり口をあけていました。そうして、あちらこちらに血の溜まり池、くろずんだ血の、どすぐろい笑い声、そうして、死んだ人たち。そんなにもあつかましいものなのです。死というのは。一つ一つの顔だちをぬぐいけして、なかみをむきだしにするのです。
          (『ゲルニカの子供たち』 鈴木武樹訳)」
「しかしながら、『ゲルニカ』以後の近代戦は、こうした語り口もむなしくしてしまった。いったい、肉体を千々に砕くボール爆弾の傷痕を、その残忍性を、なんとしるしたらよいのか私たちは知らない。」
「もともとフランコは統領となるべき大器ではなかった。スペイン反革命軍事評議会が当初考えていた指導者サンフールホ将軍を事故で失ったときに、たまたま彼は将軍の席についた人物で、僥倖としかいいようがなく、やがてヒトラーが彼に軍事同盟の提案をしてきたおりにも、交渉が失敗した偶然によって、彼は消滅することをまぬがれたのである。」
「フランコは「僥倖」の仇名にしかすぎぬ。フランコでなければ、ふたたびだれかある幸運児が彼の後継者たるのだろう。ピカソが『ゲルニカ』で意図したのは、そのような些細な存在にたいする攻撃ではない。彼は『ゲルニカ』を一つの完璧なフォルムとして、いうならば、ゴヤの『戦争の惨禍』と同一のパースペクティヴから、血を殺戮を狂気を、泣く女、落ちる女、暴力、抵抗、挫折、死児、絶叫、いななく馬、断末魔の鳥を冷酷に記号化したのである。」
「『ゲルニカ』はピカソの形態学であり、独自な映像であるがゆえに、それは現在、おそらくは未来にあっても訴えつづけるのではあるまいか。」
「ピカソはナチス占領下のパリで、けっして安閑としていたわけではなかった。彼も「頽廃芸術家」の一人であったし、フランコにとっては「好ましからざる人物」であったから、ゲシュタポの追及は執拗をきわめていたらしい。すでに多くの芸術家・詩人は、ドイツ軍がくるまえにパリを去っている。アンドレ・ブルトンも、フェルナン・レジェもアンドレ・マッソンも、エルンストも、その他大勢――が、ピカソはパリにとどまって、こううそぶくのである。
 「私は、ある種の消極的なかたちで、暴力や恐怖に屈服したいとは思わない。私はパリにいるから、パリにとどまっていたいのだ。私を立ち去らすことのできるただ一つの力――それは私が去りたいという欲望だけだ。」
 なんという偽らざる告白だろう、なんという芸術家らしい発言だろう。彼はいかなる権威にもくみせず、おのれの命ずるままに行動できる稀有な人格なのだ。(中略)けれども、怒りと制作とはおのずから区別されねばならない。怒りに身を任せれば、たとえ『ゲルニカ』の個々のフォルムは完成していても、コンポジションが根底から崩れてしまうだろう。」


「第十章 フォートリエの『人質』」より:

「フォートリエの『人質』を、たんにナチズムにたいする人間的な憤りといった側面からのみ解釈してはまちがいだろう。鑑賞者はいざ知らず、制作者はつねに内部に狂信を宿している。くる日もくる日もたえまなくヴァリエーションを追求する彼らが、安定した社会秩序と幸福な家庭に平安をみいだすことはほとんど不可能だ。彼は疎外された者であり、自分の人生は決定的な失敗で、周囲とは調子があわないと感じている。かえって、カオスの状態のほうが彼に安らぎをもたらすのである。
 フォートリエは、ナチス占領下の昏(くら)い日々、またとない充実感を味わいはしなかったろうか。独裁者も「狂信」をいだいている。制作者は独裁者の内面にわけいることができはしまいか。たとえ、それがどんなに荒廃した内面であろうと。ヒトラーも建築を志し、絵画をこころみ、ゲッペルスも演劇と小説を、ローゼンベルクも建築・哲学を青春の夢としなかったとはいいきれない。ペーター・ヴィレックの指摘では、ナチスの重要人物はいずれも文学的・芸術的野心の持主だったのである。(中略)『人質』がたんなる憤りであるかぎり、世界はていどの差こそあれ、「眼には眼を」を精神の糧としなければならなくなるであろう。この点、フォートリエのよき理解者東野芳明氏のつぎの言葉は傾聴に値するのである。
 「いわば『人質』は自分の内部にひそむ、否応のない暴力にたいする、絵画による徹底した自己検証の結果であるというべきか。この表情をぷっつりと噛み殺した横顔は、あの『ゲルニカ』の牛の表情と同じように、ひょっとしたら、暴力をまとった顔なのかもしれないではないか。この顔が、無力と暴虐、人間性と獣性といった二つの力のせめぎあった地点から、清冽な優美さをさえともなってあらわれていることにぼくはうたれる。」」
























































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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