栗原成郎 『ロシア異界幻想』 (岩波新書)

「単独の、孤立した幻想的現象というものは存在しない。存在するのは現実的な現象のみであるが、しかし、ときには、現実的現象とはまったく別の、もっと本質的で重要な関係と意味とが通常のものよりもさらに明瞭な形で現れることがある。」
(ソロヴィヨーフ)


栗原成郎 
『ロシア異界幻想』

岩波新書 772

岩波書店 
2002年2月20日 第1刷発行
xvi 199p 参考文献5p
新書判 並装 カバー 
定価700円+税



本書「あとがき」より:

「新しい世紀を迎えてなお混迷をつづけるロシアへの私の思いは複雑で、いまはこのような形でしかロシアへの愛を表現できなかった。「ロシア異界幻想」とは「ロシアのフォークロア的表象における異界」の意であるが、私にとってロシアはやはり異界であるために「わたくしのロシア幻想」であるかもしれない。」


本文中図版(モノクロ)多数。


栗原成郎 ロシア異界幻想 01


帯文:

「背後に潜む死神、
西の彼方のあの世…、
ざわめき、息づく「異界」。」



カバーそで文:

「ロシア異界幻想
北方の森の民スラヴ人にとっての「異界」とは、キリスト教以前の異教的色彩を色濃く残した世界である。夜ごと訪れる亡者や家の精ドモヴォイたちは現代ロシア人の意識の深層に今も息づいている。そして死神や地獄の生々しい絵図、ロシア思潮の根底に流れる霊や終末のイメージを織り込みながら、世界樹へとつながる壮大な宇宙へと誘う。」



目次:


 世紀のはざまにて
 幻視と啓示
 「真に幻想的なるもの」を求めて
 日常性の中の異界現象

第一章 「この世」と「あの世」のしきい
 ロシアの農民の死に方
 死の予告
 帰ってくる死者
 亡霊防御法
 《忘却の川》のかなたへ
 過度の哀悼の禁止

第二章 家の霊域に棲むもの
 宇宙の小モデルとしての家
 聖所としてのペーチ
 “赤ん坊の焼き直し”
 母親としてのペーチ
 家神ドモヴォイ
 家族の成員の不幸を予告する
 ドモヴォイの外貌
 変身能力
 ドモヴォイを見るのは危険
 夢魔
 青痣
 好色
 家畜の守護神
 氏族神
 かまどの火の神
 家と人生
 呪術師大工とキキーモラ

第三章 ロシア・フォークロアにおける「死」の概念
 フォークロア的に「死ぬ」とは
 「生」と「死」の闘い
 無敵戦士アニカの最期
 死神幻想
 死の天使
 霊は風か火か
 旅立ち
 幾山河越え去りゆかば
 爪の威力
 「あの世」での生活

第四章 「聖なるロシア」の啓示――民衆宗教詩『鳩の書』
 民衆の中の宗教詩
 民衆宗教詩『鳩の書』とは
 『鳩の書』の成立と解釈
 「正義」と「不正」の闘い

第五章 ロシア的終末論
 地の嘆き
 終末期待
 小終末と大終末
 終わりの時の徴(しるし)
 中世の反キリスト伝説
 クバン・コサックの終末伝説
 反キリストは東方より

第六章 天国と地獄の幻景
 死者の国はどこにあるのか
 宇宙卵と世界樹
 鳥たちの天国
 「ブヤーンの島」
 「楽園」への旅
 地上の楽園
 地獄の位置
 地獄の責め苦

付録 『鳩の書』

あとがき
参考文献




◆本書より◆


「序」より:

「ソロヴィヨーフは、この作品(引用者注: A・K・トルストイの幻想小説『吸血鬼(ウプイリ)』)に付した序文において、「真に幻想的なるもの」の意義を説く。
 「詩における幻想的なるものの本質的な関心と意義は、世界において起こる、特に人生において起こるすべてのことが、その実在的な明々白々たる原因は論外として、なにか別の、より深遠な、より綜合的な、その代わりにより不明瞭な因果関係に依っているのだという確信に支えられている。もしすべて存在するものの生の関係が、2×2=4のように、単純で明瞭なものであるならば、それによってすべての幻想的なるものは排除されてしまうであろう。(中略)しかし、人生をなにか単純な、判断のつき得る、明瞭なものとして表象することは、なによりもまず現実に矛盾することであり、それは現実的ではない。例えば、われわれが歩いたり、乗物で行ったり来たりしている大地の可視的な表層の下には無以外のなにものも隠されていないと断言することは、きわめて悪しきリアリズムであろう。そのような類のリアリズムは、ちょっとした地震や火山の噴火が起これば、たちまち崩れ去ってしまうものであろうし、そのような天変地異は、可視的な地表の下には、活動中の、したがって、現実的な諸力がひそんでいることを証明するものなのである。(中略)そのような自然界の地の成層と深層とは、人生のなかにも存在し、それらは歴史的異変においてのみ顕現するのではない。この世の諸事件の外面的・日常的関係の下には、その顕現の突発性、見掛け上の非合理性にもかかわらず、不変的にして厳格な整合性を有する別の運命をもつ生の関係が存在するのであり、それは鋭敏な注意力をもつ人に顕示されるのである。(中略)真に幻想的なるものは、言わば、はだかの姿では決して現れないものである。その顕現は人生の諸事件の摩訶不思議なる意味をむりやり信ぜざるを得なくするようなものでは決してなく、むしろそれを指し示し、暗示するべきものである。真に幻想的なるものには、諸現象の通常的・日常的関係からなし得る単純な説明の外的・形式的可能性がつねに残されているものではあるが、そのさい、その説明は内的な信憑性を決定的に欠くのである。すべて個々の細部は日常的性格をもつものでなければならず、全体の関係のみが別の因果関係を指し示すのでなければならない。」
 ソロヴィヨーフの「幻想論」を長々と引用したのは、本文で扱われる異界幻想の本質を考える立脚点とするためである。
 死すべき存在としての人間は、当然のことながら、死を媒体として異界に接する。死は厳粛な事実であるが、死後の世界は幻想世界である。しかし、「あの世」は「この世」と深く関わっていることにおいて、ソロヴィヨーフの言う「真に幻想的なるもの」である。
 ソロヴィヨーフはさらにつづけて言う。――
 「単独の、孤立した幻想的現象というものは存在しない。存在するのは現実的な現象のみであるが、しかし、ときには、現実的現象とはまったく別の、もっと本質的で重要な関係と意味とが通常のものよりもさらに明瞭な形で現れることがある。」
 本書は、根幹として、ロシア民衆の死生観を考察の対象としている。」



第一章「「この世」と「あの世」のしきい」より:

「ロシアの民衆は死を天命として甘受する。十九世紀ロシアの民俗学者スネギリョーフは『諺に見るロシア人』という書物のなかで、疫病のさなかに死の現実に直面したロシアの民衆の姿勢を伝えている。
 「一六五四年コストロマーでペストが猖獗(しょうけつ)をきわめたとき、夥しい数の死者と感染者が出て、死の犠牲となった者が埋葬もされずに路上に累々と倒れていた。疫病に感染したことを自覚した人々は寄進すべき財産をたずさえて教会に行き、懺悔をし聖餐を受けたのち、自発的に救貧院に赴き、そこで屍体が投げ込まれている穴のふちに自分の死を待つべく身を横たえた。同じように泰然自若たる態度をもって、彼らのあとにそこに来た別の人々は、先着の人々が死んでいるのを知った場合は、それらの屍体を穴に落として、自分たちが代わって穴のふちの場所を占めた。」」



第二章「家の霊域に棲むもの」より:

「大工は最古代に起源する技能者であり、生産機能ばかりではなく超人的な呪術能力を有する者である、と信じられた。(中略)大工は自分が建てた家に「不浄なもの」を住みつかせて、人が住めないようにすることができる。大工は新築の家に妖怪キキーモラを送りこむことがある。
 キキーモラは人間に害を与える悪しき霊である。ふつうは人の目には見えないが、小柄で痩せさらばえ、背中の曲がった、醜悪な顔の老婆で、ぼろをまとった姿の妖怪と想像されている。キキーモラはあまりにも小さく痩せているので、風に吹きとばされるのを恐れて外に出たがらず、家の中に住みつく。
 キキーモラは家庭生活にさまざまな害をおよぼす。
 ・家の中のものをひっかきまわして、大騒ぎをする。棚からとび降り、食器を投げつけてこわし、わめき声や金切り声や泣き声をあげ、家人の安眠を妨げる。
 ・紡ぎかけておいた糸をもつれさす。
 ・鶏の産卵能力を低下させ、ひなを死なす。
 ・火事を起こす。
 ・家庭内にいざこざを起こさせる。
 ・病気、とくに熱病をもたらす。
 ・家族の誰かに、とくに子供に死をもたらす。
 キキーモラのもたらす災いのため、人は家に住めなくなる。
 大工は、家の建築依頼者の待遇や支払いが悪かったり、その他なんらかの理由で家の主人にたいして恨みをいだくとき、家のどこかに災いの元を置く。十九世紀には、ロシア北部の村では大工の呪術により人の住めなくなった家がしばしば見られた。」
「大工は、新築の家に災いを送りこむ場合は、家の中のどこかに秘密の細工をする。
 ・支柱の上か親梁の下に豚の剛毛を置く。それによって材木を蝕む虫が発生する。
 ・屋根の下の木材と煙突のあいだの人目につかない場所に、こわれた壺、壜や水差しの首、骨の部分に空洞がある鵞鳥の羽根、木切れやぼろ布で作ったキキーモラ人形などを置く。
 ・自殺者の埋められている場所に、それと知って故意に家の外枠の壁桁を立てる。
 このような呪術を行うのは主として余所(よそ)者の渡り職人としての大工であり、その仕掛けによってキキーモラが現れる。」



第三章「ロシア・フォークロアにおける「死」の概念」より:

「死後の世界は地上の人間世界の延長であり、慣習的な生活条件や生活のリズムがそこに持ち越される、と考えられた。(中略)家族関係は「あの世」でも完全に保たれ、しかもより強力である。(中略)人の「あの世」への旅の目的は祖先との結合にある。」
「せっけん、タオル、櫛などの「この世」での生活必需品は、「あの世」でも必要と考えられて柩の中に入れられる。」
「古代社会においては「あの世」信仰は、現代人には考えられないほどの現実性をもっていた。例えば、ある部族の長が「あの世」にいる祖先になにか伝えなければならないことがあると、彼は奴隷を呼んで祖先への伝言を託して、その首をはねた。」




こちらもご参照下さい:

栗原成郎 『スラヴ吸血鬼伝説考』
大林太良 『葬制の起源』 (中公文庫)
渡辺照宏 『死後の世界』 (岩波新書)
井之口章次 『日本の葬式』 (ちくま学芸文庫)
阿部謹也 『西洋中世の罪と罰 ― 亡霊の社会史』
澤田瑞穂 『修訂 中国の呪法』
谷寿美 『ソロヴィヨフの哲学』
































































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